女性アイドルグループ・TO-NA(旧称:DIVerse)のメンバー・マナと特別アンバサダー・タテル。DIVerse時代、逸材とされながら突如卒業、行方をくらませたマシロを捜していた。春に松本を訪れた時、マシロの撮影した白糸の滝の写真が県の広報紙に掲載されているのを目の当たりにし、偶然会った元隣人の夫婦から、とある高原地帯に引っ越したことを聞き出した。
精神的に追い込まれた末、無実の罪で勾留されていたタテルであったが、敏腕弁護士と生き別れていた弟の活躍により名誉を回復して娑婆に戻ってきた。TO-NAは間も無く秋田にてフェスを開催予定であり、TO-NAを揺さぶったたぬき親父への逆襲を開始しようとしていた。
「タテルさん、軽井沢行く計画どうします?」
「そうだ、マシロ捜しのことすっかり忘れてた。行こう行こう、フェス準備で忙しくなる前に」
「次の次の日曜で良いですかね?」
「そこくらいしか空いてないもんね」
すぐさま新幹線のチケット(割引あり)を押さえ、川上庵の予約も済ませた。ランチはハルニレテラスの近くにあるステーキハウスを訪れる予定であり、そこからそのまま山を登るバスに乗り込んで白糸の滝を目指す。中軽井沢から山岳地帯を経由して旧軽へ。完璧なプランを立てたつもりでいた。
旅行当日、タテルは寝坊した。
それでも急いで日比谷線に乗れば上野発の新幹線には間に合わなくもない。上野駅で待つマナには間に合わなければ先に行くよう伝え、三ノ輪に着いた電車に乗り込む。サタデーナイトの余韻が抜けないご様子の外国人が乗っていて、次の入谷駅で降りるとどんちゃん騒ぎが加速する。
“Wow, it’s a vivid cherry tomato!”
“Looks so delicious, whoo!”
“I’ll eat! Ahhhh!”
非常停止ボタンが押され電車の運行が停止した。新幹線あさま発車時刻まで20分。上野までは1駅のため、いっそ歩いてしまえと改札を出た。
残念ながらあさまには間に合わなかった。しかも日比谷線はすぐ安全確認が取れて発車していたため、電車内でじっとしていれば良かった話である。乗車券は払い戻しが効かず、新たにはくたかのきっぷを買い直す他無かった。時間に余裕を持たなかったが故の痛い出費である。策士でもないくせに策に溺れる、何ともお間抜けなタテルなのであった。

「ごめんなマナ。10時半過ぎに着く予定だ。南口のアウトレットとかで時間潰せるかもしれない」
マナは呆れつつも、以前マシロとも訪れた軽井沢プリンスショッピングプラザを覗く。目に入ったChloéでサンダルを見繕った。安物のスニーカーしか履いていなかった、活動初期のマシロとサンダルを探したことを思い出す。
「私お洒落なサンダル履いてみたい。マナちゃんいつも履いてるからさ、何かお勧めある?」
「私そんなに拘ってないよ。暑いからサンダルにしてるだけ」
「そうなんだ」
「マシロには白いミュールが合うんじゃないかな。色白な足だから、色のあるサンダルよりも白がいいかな、なんて思ったり」
「ありがとう!履いてみるね」
マナの目論見通り、その白ミュールはマシロによく似合っていた。迷いなく購入し、以後マナとの夏のお出かけの際は必ず履いていた。
今、マナはそれに似たサンダルを見つける。試着だけして速攻で購入し、改札口に戻ってタテルの到着を待つ。
「ごめんな本当に」
「プライベートだからって気抜かないでください。まあアウトレットで良い買い物できましたけど」
「Chloéか。俺が知ってる数少ないブランドだ。あっと、時間が無いぞ。早くバスに」
ステーキ屋のあるハルニレテラス方面へ、旧軽経由星野温泉トンボの湯行きのバスに乗車する。夏の日曜の軽井沢であるため混んでいない訳がなく、1秒でも早着したいタテルは遅延にやきもきする。
終点で降りると、Googleマップの情報では店まで下りとなっていたが、実際は手前に止まったため登ることになった。タテルが独り先を急いで番を取りに行く。
駐車場には車がそこそこ停まっていた。座って順番を待つ客を見ながら店の入口に向かうと、既に受付は終了したと伝えられた。しかも2分前に、とのことである。
「くそぉ!」
「タテルさん、声が大きい!」
「2分遅かったよ〜。チンタラする乗客のせいだ!」
「違います!タテルさんが遅刻したからです!」
「どっちにしても今のバスに乗ることになっていたはずだ」
「嘘です。さっき時刻表見ましたけど、1本前のに乗れてました」
「マジかよ……」
「どうするんですかランチは?」
「ハルニレテラスでジェラート食べながら考えよう。はぁ……」

星野リゾートの手がけるハルニレテラス。軽井沢の自然に寄り添ったお洒落な雰囲気の店が集まっており、駐車場は常に満車、入場待ちの車も十台ほど連なっている。川を眺めるウッドデッキに腰掛けて無になりたいところであったがそんな暇は無くジェラテリアに入店する。これからランチタイムという時間であったためそこまで混んではいなかったが、土産物を見繕っていてジェラートエリアへの道を塞ぐ客がいて、過敏になっていたタテルは苛立つ。
遠路はるばる訪れたのでトリプルで、ソルベとアイスクリームをバランス良く選択する。店外に4脚ほどある椅子に座ってジェラートを実食する。

まずはベースを把握するためミルクから。ベースを把握するとは言ったが、ミルクの特徴などを何も感じ取ることができない。これは全くもって遅刻したタテルが悪い。
とうもろこしは薄皮までフル活用したものであり、そのまま身を齧るような感覚である。ただジェラートとして食べるのであれば、中身だけ使って純な味を貫く方が美味しいとタテルは云う。
トマトバジルはまさしくマルゲリータ(チーズ除く)を想像する味であり、最初は驚くが、心が落ち着いてくると舌が慣れて良い甘味酸味となる。
「百名店フィルターかけると予約が必要な店しか引っかからない。旧軽に戻るか。でも面倒だな」
「テラスの中の店とか、その辺のお蕎麦屋さんでも良いですよ」
「あ、中軽井沢駅の南にピッツェリアがある」
この店が最後の希望と踏んだタテルは、確実に仕留めるため電話で問い合わせをする。予約はできないが、待ちさえすれば入れることを確認した。そうなると迷うのはアクセスの仕方である。のんびりジェラートを食べていたため11:35発のバスをまた少しの差で逃してしまった。次発は12:15。一方もし歩くとしたら3km弱と、少し頑張る必要がある距離。
「何分かかりますか、歩いたら」
「40分あればいけるかな」
「じゃあ歩きましょうよ」
「歩くの?いやあ、バスの方が…」
「歩いた方が早く着きますよ。1秒でも早く行く、それがタテルさんのやり方ですよね?」
「まあそうか」
「バス待つ間やること無いです。なら行きましょう、1秒でも早く!」
マナに押し切られる形で徒歩を選択した。流石に東京ほどの猛暑ではなかったが、それでも暑いことに変わりはなく、熱中症にならぬようゆっくり、時にホームセンター等で休みながら歩く。

涼しい地下道を抜けると店らしき建物が反対側に見える。迂回しないといけないのが面倒だが、12:10頃店舗に到着。見事店内の機械にて整理券を確保、5番目の案内となった。
「ふぅ、風が涼しいですね」
「少しは心地良さを感じる。でも暑い……」
「マシロと来た時はもっと涼しくかったです。汗なんてかかなかったし」
「温暖化のせいで何もかもおかしくなった。雪のようなマシロも、そりゃ、ね?」
「何が言いたいんですか?」
「いや、取り留めのない話だよ。早く雪の季節ならないかな〜」
順番が来ていないか確認しに店内に入ると、発券機のスクリーンに幕が覆ってあった。札止めである。仮にバスを待っていた場合はこのタイミングでの到着になっていたと思われ、この店まで空振りしていたことになる。
「薄氷を履むような旅ですね」
「薄氷が残っていただけでも良かった」

間も無く席に案内される。ランチコースを注文、タテルは定石通りマルゲリータを選択した。コースと言いつつ他についてくるものはソフトドリンクと信州野菜のサラダのみである。サラダは確かに瑞々しいのだがドレッシングの量が少ない。

「いや、やっぱ具沢山ピッツァが良かったかな」
「ああまあ確かに。私もマルゲリータにしちゃいました」
「マナはあまりシェアしたがらないよね。こういう時は違うの頼んで半分ずつ食べるのが筋なのに」
「そうみたいですけどね、私にはできない」
「何か理由あるのかな?」
「私にもわからなくて……」

という訳で一心不乱にマルゲリータと向き合うこととする。切れ目の入り方は中途半端で、ナイフも柄がプラスチック製でしなるため使いづらいのが難点ではあるが、味は申し分なし。火入れが強く、その結果モッツァレラがグニグニに仕上がっており、噛めば噛むほどチーズの乳の旨味が楽しめる。勿論トマトもジューシーである。
「やっぱりマルゲリータで正解でした。タテルさんの直感、流石です」
「助かった」
「タテルさんが選択を間違える時って、大体考えすぎている時ですよね」
「いきなり何だよ……まあそんな気はする」
「直感で動いてる時のタテルさんってすごく頼もしくて。メンバーを守るために独立を決断したり、荒ぶる新メンバーちゃん達をふらっと食事に誘って手懐けたり、カクテル歳時記始めてみたり」
「感覚派だよな俺。色々考え出すと何して良いかわからなくなるし、計画に綻びが出ても気付けない」
「タテルさんの冴えている直感、信じさせてください。まあ飛び降り未遂は流石に勘弁ですけど」

タテルの直感はここでデザートと食後の飲み物を発注させた。王道と謳われているティラミスは、コーヒーパウダーが粗めで苦味がキリッと立つものであった。甘いクリームとの対比がクセになる。

カフェラテもまた、エスプレッソとミルクのメリハリが堪らない。2人はこの日のランチ最後の客となるまでゆったりカフェタイムを過ごした。
「やっと一息つけた〜」
「これでやっと白糸の滝に行けるぞ。ハルニレテラスのさらに奥へ行くバスが40分後、峰の茶屋まで行って乗り換えだ」
「あと40分どうしますかね」

2人は先ほど通ってきた、涼しい地下道で休むことにした。人がいないことを良いことに、マナは童心に返ったかのようにヤッホーを叫ぶ。
「いいね、この声がこだまする感じ。マシロだったらきっとキャッキャってするだろうな」
「ハハハ、画が思い浮かびますね」
〽︎君が笑ってくれるから 僕も笑っていられる
タテルが口遊んだ歌詞は、TO-NAに改名してから唯一歌い繋いでいるDIVerse時代の楽曲『Smile and Smile』の一節。色とりどりの衣装を纏ったメンバーが踊り歌うアンセムとして、ファンが選ぶ人気楽曲No.1に君臨し続ける楽曲である。マシロはフロントメンバーの3人に選出されていた。
「元々泣ける曲だけどさ、マシロがいなくなってからあのMV観ると尚更だよね」
「私も1人の時は泣いてますよ、これ観て」
「そうなるよな。悲しみを抱えながらも皆を笑顔にしていく様、美しくて。まさにハマり役だったよな」
「あのまま活動していたら絶対にエースメンバーの1人になっていた。何故守れなかったんだろう……」
「落ち込むな。マシロは今日もどこかで笑っている。俺の直感がそう言っているんだ」
「タテルさんの直感なら……信じなきゃですね。信じます、マシロが幸せでいることを」
NEXT