不定期連載百名店小説『カクテル歳時記を作ろう!』晩秋「ハーバードクーラー」 「ハネムーン」 「アップルカー」(オーパ/門前仲町)

女性アイドルグループ「TO-NA」の特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)を務めるタテルは、グループきっての文学少女・クラゲとバーを巡りながら「カクテル歳時記」なるものを作ろうと試みている。
○ルール
一、カクテル(またはフレッシュフルーツ)の名前がそのまま季語となる。よって通常の俳句における季語を入れてしまうと季重なりとなる。
一、各カクテル・フルーツがどの季節の季語に属するかは、材料の旬や色合い、口当たりの軽重などを総合的に勘案し決定するが、ベースとなる酒により大まかに以下のように分類される。
ジン…春
ラム・テキーラ…夏
ウイスキー・ブランデー…秋

ウォッカ…冬
一、各店が提供するオリジナルカクテルも、メニューに載っている、あるいはバーテンダーが発した名称を季語として扱うことができる。ただし世界共通の名称ではないため、店名を前書きにて記すこと。

  

「あ!11月のカクテルコース、カルヴァドス特集だって!」
「林檎の蒸溜酒ですよね。飲んだことないから楽しみです!」
「早速予約入れて行こう!」

  

CMのようなやり取りをして、恒例行事として門仲オーパのカクテルコースを求めに行く2人。カクテル歳時記という誰もピンと来ないプロジェクトに対し唯一寄り添ってくれる概念、ついつい甘えてしまいたくなるものである。

  

1杯目はハーバードクーラー。カルヴァドスにレモンを組み合わせ、シュガーで甘みを加えたロングカクテルである。カルヴァドスの高貴な林檎香に、フレンチレストランでの記憶を呼び起こされたタテル。

  

紅玉の甘酸っぱきやハーバードクーラー
自解:フランス料理屋でノルマンディー特集のディナー会があって、林檎が名産だからデザートに紅玉のアップルパイが出てきた。それと合わせてカルヴァドス。初めて飲む酒だけどこれが美味かった。そんな夜を思い出して。

  

「タテルさんらしいグルメ俳句ですね。アップルパイとカルヴァドスの組み合わせ、試してみようと思えます」
「是非真似してほしい」
「ただアップルパイだとわからないですねこれだと。確かに紅玉はアップルパイによく用いますが、読み手の多くがそれを知っているかは怪しいです」
「パイ、って言った方が良いね」

  

紅玉パイの甘酸っぱしハーバードクーラー
「待てよ、紅玉も本家歳時記の季語だな。林檎の子季語」
「つまり季重なりになってしまう、と」
「でもね、ここは季重なりにして良いと思う。今回はペアリングを題材としている。アップルパイもカルヴァドスも対等の立場で晩秋を彩る、だから主役2つでもバランスがとれるとみた」

  

ハーバードクーラー紅玉パイ酸かりき

  

「甘い、は敢えて言わない。林檎は前提として甘いものだから。どちらも甘みと酸味を含む品。食後のバーでハーバードクーラーを飲みながら、あのアップルパイは酸っぱかったな、でもそれが心地良いんだよな、って思い出す様を描いた」
「ハーバードクーラーとアップルパイの組み合わせに何を見出すか。読者によって様々な考察が出そうな二物衝撃ですね」

  

続いてのカクテルはハネムーン。ベネディクティンという甘口の薬草リキュールを使用している。材料一覧に明記は無いが、蜂蜜のような円やかな甘みがあって、カルヴァドスの林檎香、ハーブの香り、レモンの酸味など多様な味わい。
「なんか喉に良さそうですよね」
「蜂蜜のニュアンスにハーブだから納得だな」
「ここは私が詠みます」

  

ボイトレ後今夜はハネムーンで我慢
自解:ライヴが間近に迫り歌の練習をしている。ボイトレは楽しいけど大変で、その日の練習が終わったらお酒を飲みたくなる。でも喉を壊してはいけないから、蜂蜜や薬草の入った、喉に良さそうなカクテルを1杯だけ飲んで今日は寝よう。

  

「ハネムーンを選択した理由が明確だ。思ったことを素直に書けている。ただ『で我慢』が散文的な上、消極的なノリになっていてハネムーンを下げてしまっている」
「ああ良くないですねぇ。季語を疎かにしてしまいました」
「俳人なら絶対にしてはならないことだ。先ずはそこを直そう」

  

ボイトレ後今夜だけはハネムーンを
「一気にお洒落になった。明記こそしていないが、一定期間酒を我慢している様が想像できる」
「『だけ』という言葉が効いているのだと思います」
「付属語ひとつで色が変わるのが俳句含め短詩の面白さだ。そうなるともう一声。ボイトレ『後』に違和感があるんだ。無機質というか、説明になりすぎているというか」
「そうですね……」

  

ボイトレや今夜だけはハネムーンを

  

「切れ字を使って場面を2つに分けました」
「さっきのとは違ってボイトレの風景も浮かび上がる。説明臭さを省けて、厚みも出てきた」
「良かったです。ボイトレの結果も考察したくなりません?」
「そうだな……きっと上手く歌えなくて、酒を呷りたくなったとか」
「私は難所を乗り越えたご褒美として1杯、というイメージですね。どちらの解釈も筋が通っていると思います」
「ハネムーン、というカクテル季語の性質を吟味した上で、その人なりの解釈をしてもらおうか。素晴らしい句になった」

  

最後のカクテルはアップルカーとジャックローズから選べる。ジャックローズは、(カルヴァドスと伝えなくとも)ブランデーベースをバーテンダーにリクエストすれば真っ先にお勧めに挙がるくらい定番のカクテルである。だからその逆、中々選ばれることの無いアップルカーを選択する。

  

サイドカーにおけるブランデーをカルヴァドスに代えたもの。先程の2杯と違い甘さは控えめ、キリッとしたものである。ここに来る前にとんかつを食べていた2人にはそれが心地良い。
「まだ30(歳)にもなってないしガタイもいいのに、ロースの脂が思った以上に堪えた。情けないぜ俺」
「仕方ないですよ。グミさんも脂がきついと仰ってましたし、そういうものだと思います」
「高級とんかつはヒレじゃないと無理かも」

  

この会話から俳句の着想を得たタテル。
とんかつの脂をながすアップルカー
自解:脂っこい肉を食べてしまった。お洒落にディジェスティフで消化を促そう。

  

「何故アップルカーを選択したのか、と訊かれたらどう説明しますか?」
「これは距離感の話になってくるかな」
「距離感?」

  

例えばただ「とんかつ」と「ソース」を取り合わせただけだと、とんかつにはソースをかけるもの、という当たり前の話で終わってしまう。これが「近すぎる」ということ。逆に「運命の人」と「ガードレール」を取り合わせたら……
「それコウメ太夫さんのネタですよね」
「ああそうだ。流石お笑いフリーク。遠すぎる、の代表例は最近のコウメさんだ」

  

コウメさんのネタなら「意味不明すぎて逆に面白い」となる。だけど文学界においては、あまりにも遠くて連想の効かない取り合わせは詩として成立しない。当たり前すぎず突飛すぎず、が二物衝撃の鉄則だ。
「今回の場合、まず単純にとんかつとアップルカーの色合いが共通している。そしてアップルカーに含まれるレモンがとんかつが繋がる」
「揚げ物にレモン、みたいなことですね」
「そう。あと句の内容とは無関係かもしれないが、林檎のすりおろしを肉に馴染ませると柔らかくなる、というライフハックを連想する余地もあるとみた」
「この俳句を頭に入れておけば、肉を柔らかくするのに林檎が良い、ということを思い出せそうですね」
「そんな句になったら嬉しいね。まあ取り合わせの距離感というのは主観の絡む論点であるし、俺も完璧に距離を掴める俳人ではないと思ってる。客観視は欠かさず、でも最後は自分を信じる。おっと、推敲の時間が無いぞ」
「私はこのままで良いと思いました。『ながす』のひらがな表記に、お酒を飲んで脂が拡がっていく様を覚えますし」
「さっすが〜クラゲ。よし、このまま載せてしまおう」

  

明日が早いためこれにてお愛想とする。
「今年の秋はこれでお仕舞い。次回からは冬の俳句だね」
「あっという間でしたね秋は。マンハッタンとか飲みたかったなあ」
「来年までのお楽しみ。まあ勝手に飲んでも良いんだけどね。で結局、運命の人とガードレールにはどんな関係があるのか」
「それを考察すると、一本の小説が書けると思います」
「なるほど、遠すぎる二物衝撃は小説にすれば良い訳か。渡辺えりさんが夏井先生に『それは俳句じゃなくて貴女のお芝居でやって』って怒られていたこと思い出した」
「それはわからないですけど……」
「じゃあクラゲ、『運命の人はガードレール』の執筆を頼む」
「その前に福井の作品の撮影を!」
「そうだったそうだった」

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