不定期連載百名店小説『カクテル歳時記を作ろう!』三秋「ウイスキーソーダ」「ドロップアウト」 初秋「セプドール」(イーグル/新宿)

女性アイドルグループ「TO-NA」の特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)を務めるタテル(27)は、グループきっての文学少女・クラゲ(22)とバーを巡りながら「カクテル歳時記」なるものを作ろうと試みている。
○ルール
一、カクテル(またはフレッシュフルーツ)の名前がそのまま季語となる。よって通常の俳句における季語を入れてしまうと季重なりとなる。
一、各カクテル・フルーツがどの季節の季語に属するかは、材料の旬や色合い、口当たりの軽重などを総合的に勘案し決定するが、ベースとなる酒により大まかに以下のように分類される。
ジン…春
ラム・テキーラ…夏
ウイスキー・ブランデー…秋

ウォッカ…冬

  

ウイスキーベースのカクテルを主に秋の季語と定めた前回の歳時記作り。タテルの口は自然とウイスキーを欲していた。スコッチや新興ジャパニーズはカゲとのハードリカー勉強で網羅していたが、ここいらで山崎や白州といった定番のサントリーウイスキーを飲んでおきたいと考える。
「飯食いに行こうか、クラゲ」
「ご飯ですか?バーじゃなくて」
「バーでもある。新宿にサントリーのラウンジがあるんだ。がっつり食事しつつカクテルを飲む、悪くないだろう」
「行きたいです!」
「じゃあ金曜の18時に予約入れとくね」

  

新宿駅東口の、外国人で溢れる横断歩道。青信号であっても渡れないくらい人が多い。旧アルタの裏にイーグルはある。地下へ階段を降りると開けた空間が現れ、バーカウンターに2人並んで座る。早い時間のため比較的空いていたが、時間が経つにつれ席がどんどん埋まる。土曜の夜だと階段に行列ができることもあるようだ。

  

メニューブックはドリンク、食事共に厚めで重い。食事の方はコースを予約していたため眺めていないが、ドリンクメニューはウイスキー・ワイン・一部ベーシックカクテル・オリジナルカクテルと多彩なラインナップで迷う。
「あのカクテルこそ、ここイーグルで詠むべきだな」
「何でしょう?」
「ウイスキーソーダだよ」
「ソーダ割、ってことですか?」
「そう。ただウイスキーをソーダで割っただけ、それをサントリーの、よりハイカラなウイスキーでやりたい訳よ」

  

タテルがベースに選んだウイスキーはオールド。バニラのような甘やかさがある。

  

コースの1品目も間も無く到着。秋らしく茸を盛ったサラダ。爽やかな酸味のドレッシングの中で、茸特有の味わいも華やいでいる。

  

「コーンポタージュで胃を温める」
「すっかり秋になりましたね。タテルさんは相変わらず半袖ですけど」
「歩くと暑いなまだ。ハイボールが体に沁みるぜ」
「あれ、ハイボールとウイスキーソーダって同義ですか?」
「同義としても良いのだが、広義ではハイボールがウイスキーソーダを包含する。ウイスキー以外の酒をソーダ以外のソフドリで割っても一応ハイボールではあるらしい」
「じゃあカシオレもハイボールになりますね?」
「それは流石におかしいな。ただ酎ハイは焼酎ハイボールの略ということもあるし、ハイボールとして歳時記に載せるのは傍題であっても曖昧すぎる。ウイスキーソーダとして詠もう」

  

東京で最後の用事ウイスキーソーダ
「東京観光に来た人が最後に1杯ひっかけて帰る。東京をギリギリまで愉しむぞ、という田舎者の意地を書きたかった」
「馬鹿にしてません?あるあるではありますけど」
「ちょっと説明臭かったかな。しかも的確じゃない気がする」
「そうですね。例えば帰りの列車があと何分で出る、とか言うと面白いと思います」

  

最終の10分前にウイスキーソーダ
「10分しかないのに呑気にハイボール飲んでやがるよ、なんて受け手のツッコミが聞こえてくる」
「短時間でアルコールだけ入れて列車に乗る、プロの飲兵衛ですね」
「議論のポイントとして、日本語の文学において数字は通常漢数字を使うべきである。でも今は算用数字で書いている。算用数字を敢えて使うケースについて、クラゲ説明できる?」
「えーっと、例えばエリア51のように、フレーズの中で算用数字が使われていれば、それは算用数字で書くべきですよね」
「それはそう。後はその数字に付属する単位が、算用数字とよく馴染む場合。プレバトでは『7号車』『シーン8』などが許容されていた」
「『号車』は漢数字でも通りはしますけど、電光掲示板で流れる算用数字のイメージが強い、ということなんですかね」
「なのかな。今回も敢えて算用数字を使うことで、時刻表上の数字を想起させられるのではないかと判断した。そうだ、電車だとわかる表現へ少し修正を」

  

終電の10分前やウイスキーソーダ
「下五字余りが引っかかります。慌ただしい印象があるのに字余りで間延びしているのがちょっと……」
「そっか。確かに呑気すぎるなコイツ」

  

終電は10分後ウィスキーソーダ

  

「リズムを五五七にして、『ウイ』を『ウィ』とすることにより十七音に収めた。中七を五音で切り上げることにより性急さを演出。後10分で電車に乗らないといけない、でもハイボールを飲みたい!」
「急いで駅の売店へ買いに行くんですね」
「それが標準的な読みかな。駅ナカの酒場なら最後の1杯をさっと注文してさっと飲むことも10分でできなくない」
「相当なプロ飲兵衛ですねそれ」
「俺にはできない」

  

ブルスケッタの提供。厚切りのバゲットにクリームチーズ・生ハム・ピューレ状のトマトをたっぷり載せたパワフルな品。1つ1つの具材もはっきりしておりもっと食べたくなる。

  

次のカクテルは季節の果物を使ったものとする。秋は洋梨のハッピープリンセス(オリジナルカクテル)か巨峰のセプドール。勿論リクエストがあれば違うカクテルに仕立ててくれる模様である。

  

タテルはスマホで調べ物をする。地下のためネットには繋がらない、と思われたが店員がフリーWi-Fiを紹介してくれるのでご安心を。
「セプドールはブランデー(コニャック)と巨峰で作られる中々マニアックなカクテル。Wikipediaのカクテル一覧には載ってないけど、OPAでも提供があるし、歳時記に載せても良いとは思う」
「巨峰じゃないと駄目なんですかね?紫の葡萄なら何でも良い訳ではない?」
「巨峰だね。まあ生の果実に加え最近は巨峰リキュールなるものが出回っている。理想は生の果実だが、リキュールで代用しても良いだろう」
ちなみに2人は頼んでいないが、この店では旬の時期になると生の巨峰がメニューに現れる。氷の入ったグラスの上に皮を剥いた果実が載るという独特のスタイルである。

  

話をセプドールに戻そう。巨峰の果実味とブランデーのリッチな味わいが交差する。一方で巨峰の皮にある野生味も感じられる。

  

「ここはクラゲに詠んでもらおう」
「はい。巨峰の自然な味と、ブランデーの都会的な味の対比をイメージして……」

  

農園にポルシェの駐まるセプドール
「葡萄もハイブランドなものが増えて、高級車で乗り付けて買いに来る人がいるのではないか」
「なるほど。最後に『セプドール』と来るから、車の主は葡萄を求めに来ているんだろうな、と最後にわかってくる」
「そっか、何の農園かわからないまま句が展開しますねこれ」
「最初から葡萄農園を匂わせるなら、セプドールは頭に持ってきた方が良い」

  

セプドール農園に駐まるポルシェ
「農園にポルシェが駐車している。葡萄を買い付けに来たのか視察に来たのか、考えさせてくれる1枚の画像が描けたようだ」
「ありがとうございます」

  

魚料理がやってきた。メヌケのポワレにはグリーンソースがかかっていて、バジルとニンニクの味が強く酒が進む。魚も身がしっとり柔らかく、ビストロで出てくる料理と遜色ない仕上がりである。
「これを映像にするとどうだろう?例えば、ポルシェがやってくる、という動きを書くとすると?」

  

セプドール農園にポルシェ一台来る
「確かに映像にした方が、臨場感ありますね」
「せっかく映像にしたのなら、1台とは言わずぞろぞろ来ても面白いんじゃない?」

  

セプドール農園にポルシェ三台来る
「3台も来れば物々しさが出ますね。田舎と都会の対比が濃くなりました」
「『貴方の葡萄は素晴らしい。是非千疋屋にて取り扱いを』『ふぇ⁈』みたいな展開が始まりそう」
「申し出を受け入れるのか、地元にしか売らないという矜恃を以て断るのか、想像するのも楽しそうです」
「よっしゃ、後は音数調整だな」

  

セプドール畑にポルシェ三台来

  

「中七は『農園』を『畑』と言い換えれば収まる」
「葡萄畑、って言いますもんね。異議なしです」
「そして最後は『来』1文字で。文語ではこれだけで『く』と読む」
「カ行変格活用の動詞ですね!思い出しました」
「こうすることにより締まりも良くなる。1文字で句をくっと引き締める」
「何ですか『くっと』って」
「無くはないだろ。よしこれで完成。都会人の洗練された食事も、農村や漁村で丹精込めて育まれた第一次産業の賜物に彩られている。そのことを再認識させられる一句だ、素晴らしい」
「都会っ子のタテルさんと田舎出身の私で、都会と田舎の対比を含んだ俳句をシリーズ化するのも良いと思いました」
「ああ。Dr.コトーをオマージュした俳句も、都会と離島の対比だったな。誰かさんの750cc(ナナハン)俳句のように、得意分野で攻めるのも醍醐味だろう」

  

肉料理は鶏肉をガーリックソースで。筋肉質の弾力があり、ニンニクの立ちすぎないガーリックソースで味わいを補完する。ここまでしっかり食べて、食べログ予約割引が効きコース単体で4400円。大満足のラインナップであった。

  

次の酒はオリジナルカクテルから選ぶこととする。
「カクテルブックに載っているようなベーシックなカクテルだけを網羅してもカクテルマスターにはなれない。季節性やその店の個性が詰まったオリジナルカクテルにも詩がある」
「でもそのカクテルは、広く一般に名前が知れ渡っていないんですよね」
「そうなる。そこで新たなルールを導入しよう」

  

一、各店のオリジナルカクテルに関しては、メニューに載っている、あるいはバーテンダーが発した作品名を季語として扱う。ただし世界共通の名称ではないため、店名を前書きにて記すこと。

  

「前書きって確か、句の前に置いて短く状況説明とかするものですよね」
「その通り。特定の背景を言いたいが十七音の器に収まらない、特定の個人に捧げる句として詠みたいが人名をフルで入れると音数を取られてしまう、時事性の強い句を未来の人にも伝わるようにしたい、などという事情の下で使われるイメージがある。今回は店名を前書きに入れることで、そのカクテルがどこで提供されているのか、読者に知らせ追体験ができるようにする訳だ」

  

今回選んだオリジナルカクテルは「ドロップアウト」。バーボンウイスキーとアマレット、だけ聞くとゴッドファーザーっぽいが、それに加えて柑橘の酸味も効かせており複雑な味わいになっている。
「ゴッドファーザーには無い香りが加わってさらに美味しくなっている。このアレンジ(?)は面白い」

  

バーイーグルにて
ドロップアウト柑橘が開く未知

「初めて詠むオリジナルカクテル俳句ということもあって、未知との遭遇を謳ってみたかった。知らない味を開拓する楽しみをここに宣言して」
「ウキウキしますね。この高揚した気分を、どれくらい受け手に伝えられるか」
「『開く未知』が漠然としてるんだよな。やるならもっと詩的な言い回しを……」

  

バーイーグルにて
ドロップアウト柑橘の解く神の秘宝

  

「柑橘の要素がゴッドファーザーの隠れた可能性を引き出した。ゴッド、つまり神が隠し持つ秘宝である」
「ダイナミックな比喩ですね。ゴッドファーザーがベースにあるからこその演出でしょうか」
「そうだね。じゃないと『神』は出てこないから」
「未知のオリジナルカクテルを開拓する精神、表現できたと思います。良いんじゃないでしょうか」

  

今宵の吟行はこれにて終了、であったがタテルは大事なことを忘れていた。山崎も白州も未だ飲んでいないのである。
「ずっと気になっていたのが、このラッキーダイス。ゾロ目なら12年や18年がお手頃価格で飲めるんだ。やろうかな俺」
「やったら面白いんじゃないですか。私は普通に山崎頼みます」
「じゃあ俺もやらない」
「タテルさんはやってください。見たいです、賽子の振りっぷり」
「別に見せる程じゃないけど。お調子者みたいで恥ずいけどやるか」

  

賽子3つを使用した1人チンチロ。参加費は山崎・白州ノンエイジ1.5ショット分に相当する2100円である。ゾロ目や123が当たりであり、高級な12年や18年を提供してもらえる。

  

結果は6・6・5。惜しくも1つだけ目が揃わなかった。
「あタテルさん、足したら17音になってますよ!」
「だから何だよ、ハズレはハズレ!」
「俳人としては大当たりです。誇りに思いましょう」
「もう、調子良いんだから……」

  

参加賞とはいえ、山崎ノンエイジを1.5ショット飲めるのは嬉しいことである。ジューシィな果実味の一面、カラメルやバニラのような貫禄のある甘みの一面。この多面性こそ、山崎が世界中で愛される所以である。
「中々買えないですもんね、山崎と白州」
「なるべく定価で買いたいしな。次はいつ買えることやら」

  

食事以上に飲み物が高くつき、会計は12,000円近くまで膨れ上がった。
「でもオーセンティックバーとはまた違った雰囲気で楽しかったです」
「今度は自由に料理選んでみようか」
「隣の人が頼んでいた葱の肉巻き、食べたいです」
「あれ生肉でしょ。俺は遠慮するよ、勝手に食べて」
「怖いんですか?」
「ああ怖い。ステーキはまだしも、ハンバーグはウェルダンにしたい」
「タテルさん生もの避けたがりますよね」
「火が入った方が美味いっしょ。寿司ならまだしも刺身なんかはね」
「刺身に火を通すんですか?」
「今度焼肉パーティならぬ焼き刺身パーティやろうぜ」
「私は遠慮します」
「ちーん……」

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