ポケンモマスターの道を歩み始めた、ヨコハマシティヤマシタタウンに住む19歳の少女・スミレ。優しい心の持ち主にしか姿を見せない希少ポケンモ・カビンゴを筆頭に個性豊かなポケンモ達を揃えている。
☆スミレの手持ちポケンモ(現時点)
・外に出てスミレと共に歩く
カビンゴ(アブノーマル派)
・カプセルに入れて持ち歩き
ユーカク(ほむら派)
スーミュラ(アイス派)
ハムライピ(ダーク派)
ムテキロウ(アルティマ派)
・そもそも自分自身
スミレジェ(ぶりっ子派)

季節は秋に近づき、スミレは相変わらずオフショルに拘りつつも、ショートブーツや薄手のカーディガンを取り入れる。バシャストリートの和食店を3週間前に予約していて、一家総出で訪れていた。

「週末はすぐ予約が埋まる店よ。2名なら入りやすいんだけど、大人数だと前もって取らなきゃなんだ」
「いつも良い店の予約、頑張ってくれてありがとうだンゴ」
「カク!」
「ライピ」
「ロォ〜」
「ミュラ……」
「スーミュラちゃん、どうしたの?」
「ミュラ……」
「最近全然ファイトに勝ててない、か。全然大丈夫だよ、ちゃんとやってるじゃん」
「ミュラ……」

入店して先ずは飲み物を決める。日本酒は良いものが揃っていてお高めではあるが、ペアリングというものが存在していて、今回カビンゴは白州ハイボールで乾杯した後プレミアム日本酒3,4杯(220cc目安)というプランを立てた。

セッティングされている赤い盃を手に取るよう言われ、そこへ日本酒が注がれる(未成年の客に対する対応は不明)。今回はナラエリアのみむろ杉が振る舞われた。
「こんばんは〜、マコっちで〜す!カタヤブリさ〜ん!」
「おおマコトさん、いつもありがとうございます」
「えっすごい、トップアイドルのマコトさんだ!」
「僕でも知ってるンゴ。みんなが物真似する人だンゴ」
「するねみんな。今はレーサーとしても活動してるのよ」
「二足の草鞋だンゴ」

最初の料理は山芋、小松菜、半熟卵をあしらい、上からいくらを掛けたもの。些か要素が多く思えるが、シャキシャキの野菜類に半熟卵のコク、いくらの間違いない味わいがよく共存している。
「カビンゴちゃんにはちょっと少ないかな?和食って味つけがあまり濃くないし」
「大丈夫だンゴ。薄味だからこそ素材の良さがわかるンゴ」
「おりこうさんだねカビンゴちゃん。ヨシヨシ」

この店のスペシャリテである海苔巻き鯖寿司。カビンゴは一口で頬張った。生の鯖の味わいがあることはわかったが、残念なことに脂の乗りなどは判らず。修行が未だ足りないようである。
一方いつものボケット団。ヒールレスラーからサッチーを奪還し絆を再確認したが、カビンゴ攫いは中々上手くいかない。
「まったく、ボスったら!せっかくポケンモ渡したのに一つも褒めてくれなかった」
「そりゃそうでしょ。コマッタやハチッコなんて、弱いものばっかじゃん」
「数あれば良いかな、と思って…」
「数あったら却って迷惑でしょあんなの!全然変わらないね、ミッチーの向こう見ずな姿勢」
「渡さないよりかはマシでしょうが!」
「この〜!」
「喧嘩は止めるニャ!……でも久しぶりにこの茶番見れて安心ニャ」
「茶番言うな!」

ボケット団の接近を知らないスミレ一行に椀物が提供される。オマエザキポートで揚がった金目鯛、そして旬の始まりである松茸をお椀に込めて。松茸の味わいはやはりカビンゴにとって刺激が強すぎる一方、金目鯛の控えめな旨みを気に入るカビンゴ。何だかんだ言って上品な舌の持ち主であるようだ。
個室にいたスミレ一行に、どういう訳かマコトが話しかけてきた。
「おっ、良さそうなスーミュラじゃん」
「ミュラ?」
「はい、手塩にかけて育てています」
「なるほどね。レーシングスーツがよく似合うスーミュラだ。よく着せてる?」
「実は着せられてないんです」
「良くないな。スーミュラはレーシングスーツを着せると喜ぶポケンモだ。みんな専用の1着や2着持っているものだぞ」
「すみません……」
「俺が良い店紹介するから、行って作ってもらいなさい。スーミュラ使いなら当たり前のことだ、しっかりやれ」

ここで日本酒に切り替えるカビンゴ。コトー地方キョウトエリアの日日。メロンの皮目辺りの甘みがシュワっと立つ。


生の魚介が2品続く。先ずはお造り、オーマポートの平目とチョーシポートの鰹。平目からは贅沢にも縁側(?)付きであるが、味が解らないカビンゴ。生魚が苦手分野のようであるが、寿司なら好んで食べるので不思議な生き物である。

そんなカビンゴでも目を輝かせるのが雲丹。アッケシポートの雲丹をセントー地方アイチエリアの平貝、ハマナレイクの生海苔と共に大和芋で纏めて。綺麗な身の紫雲丹は濃厚な味で、生海苔の香りは誰もを虜にする。平貝も様々な要素に囲まれる内にクセが抑え込まれる。
「さっきは悪かったな。レーサーとしてスーミュラのトレーナーとして、口を挟まずにはいられなかった」
「全然大丈夫ですよ。私も反省しています、レーシングスーツ作ってあげなかったこと」
「僕の見たところによると、このスーミュラはとても強力だ。集中的に鍛えることによって、カビンゴをも凌駕する優秀な戦士になる」
「ミュラ……」
「自信無いのか」
「そうなんです。ファイトでも負け続きで。私の力が足りないのかな……」
「足りていない。それは確かだろうな。君はカビンゴを持っている。だからどうしても他が疎かになる」
「そんなことないンゴ!スミレさんは全手持ちポケンモを愛しているンゴ」
「いや、その気はあるかもしれない……」

カビンゴは十口万を嗜む。フクシマエリアの酒らしく柔らかな水の口当たり、そこに甘みがそっと載る。
「私のモットーは、地球上にいる全てのポケンモと仲良くなる、だったはず。でもカビンゴちゃんに巡り逢えて、ムテキロウちゃんもゲインして、その珍しさに気持ちが偏ってしまっていないか、訊かれたらNOと答える自信がない」
「ライピ」
「カク!」
「全然大丈夫?みんなに平等に、できてる?」
「ミュラミュラ!」
「いつも丁寧にお風呂入れてくれるし、食事やマッサージにもこだわり持ってやってくれるンゴ。みんなで一緒に僕のお腹の上で寝るの、幸せだンゴ」
「ふ〜む、まあ信頼関係は確かなようだな」


続いては八寸の提供。ここまで穏やかめな料理が続いていたが、一転して濃いめのラインナップ。左にある鮑の肝と蟹味噌の煮凝りは特に酒を誘う。その隣はもずく酢に柿と豆腐ペースト。右には出始めの銀杏に南瓜田楽、ふっくらとした椎茸の天ぷら、フルーツトマト、塩辛。トマトは名前負けしていない甘さフルーティさで、塩辛とは別に食べた方が魅力を掴みやすい。素材の味わい深さと酒の進む味わいですっかり笑顔のカビンゴ。
今度は恰幅の良い大将がスミレ達に話しかける。
「先日マイウさんが来店されましてね」
「マイウさん!カビンゴトレーナーどうしでお友達なんです」
「やっぱり。カビンゴ使いはヨコハマシティに2人しかいらっしゃらないですもんね」
「マイウさん常連なんですか?」
「はい。この前も写真撮りましたよ」
「これ面白いのは、マイウさん以上に大将が大きいというね」
「本当だンゴ」
「大将もカビンゴちゃんお持ちですか?」
「いやあ会えないよね。相当レアじゃないですか」
「大将ならカビンゴ使い、なれますよ〜。信じていれば必ず出逢えます」
「そうだと良いけどね。でもマイウさんのカビンゴと触れ合えるだけで十分ですよ」
「私達も定期的に来ますね、この赤紫のカビンゴちゃんと一緒に」

3杯目の日本酒は、同じフクシマエリアの飛露喜純米吟醸。先程のものと比べるとどっしりとしているが、やっぱりフルーティ。


ミチオク地方産の牛肉の料理が2品登場。左はフィレ肉のステーキ。脂が上品で軽やか。肉らしい味わいも確とあり絶品哉。右は舞茸を巻いており、焼きの香ばしさと舞茸の芳しさの相乗効果を楽しめる。シンプルに焼いた舞茸に茗荷の甘酢漬け、カラッとした生姜のアクセントも良い。
マコトが再びスミレに話しかけに来た。
「度々悪い。俺のスーミュラ育成論を語らせてくれ」
「聴かせてください!」
スーミュラは単独で輝ける最強のポケンモだ。一般的には、カビンゴのようか最強ポケンモの部類には入らない。それでも俺は信じている、スーミュラの個の力はカビンゴ以上に強いと。ただひとつ条件がある。スーミュラを育てるなら、他のポケンモに構うエネルギーを全てスーミュラにやるべきだ。
「カビンゴと共に育成しようなんて、俺には考えられない。勿論君がカビンゴ使いとして力をつけていることは承知だ。ただ、スーミュラがその他大勢になってしまうことを恐れている」
「つまりどうすれば良いのでしょうか」
「勝手な話で悪いが、俺が預かって育てるのはどうだろうか」
「マコトさんが代わりに育ててくださる、ということですか?」
「そうだ、責任持って最強ポケンモにしてあげる。もちろん最後に決めるのは君だ。無理にとは言わない、考えてくれ」
悩むスミレとそのポケンモ達。カビンゴも不安を隠せないでいるが、目の前に酒と料理が来たから襟を正して味わう。

揚げた胡麻豆腐に餡掛けを施す。餡掛けはややもすると安っぽくなりがちだが、今回はしめじ、そしてケセンヌマポートの名産フカヒレが入り寧ろ贅沢なものである。味も確かであり、この店に対する満足度がぐんぐんと高まる。

「土鍋ご飯が仕上がりました。秋ですね、秋刀魚の炊き込みご飯!」
「ロォォ!」
「美味そうだンゴ」
そこへ突然、水を差す御三方が現われる。
「3名で!」
「予約されてます?ラストオーダー過ぎているのですが」
「してないわよ」
「営業時間22時半まで、って書いてあるわよ。入れるでしょ」
「ちょっと待ってくださいね……」
「ちょっとそこの御三方?ここはコース料理の店なんだ。勝手な真似はよしてくれないか」
「マコトさん!客が突っかかっちゃ駄目ですよ!……ってあれ、ボケット団⁈金もないのになんで来たんだ!」
「金もないのに、と言わ……
せんな、言わせんな!」
「めんどくせぇなあ、ボケット団だよボケット団!」
ヤンスミは威圧感をかけて外に追い出し、ボケット団と対峙する。
「お前さんよ、ここは神聖な料理店なんだ。ずけずけと入ってくんじゃねえ!」
「知らねぇし。飲食店にとりあえず入ることくらい客の自由だろ」
「飛び込みで入れる店入れない店の区別くらいつけられるようにしようね、おつむパンパカパンの皆さん」
「くぅ、腹立ったぞその言い方!今日こそカビンゴを戴くからな」
「そうはさせるか!いけカビンゴ…」
「ミュラ!」
「えっ?スーミュラちゃんが戦う?」
「ミュラ!」
「やってみようか。今夜こそ勝たせてみせるよ」
「けっ、弱っちいのか。さっさと片付けてカビンゴ出させよう。いけコリシン、シチハゴジュウシだ!」
「ミュラ!」
「耐えた、すごい!いけスーミュラ、マフユノコイだ!」
「コリコリ!」
「全然ね。サッチーもサムリナ出しな」
「おい、2対1なんて卑怯だぞ。こっちもカビンゴを…」
「スーミュラひとりでやらせるンゴ。ボケット団なんて彼女ひとりで倒せるンゴ」
「マコトさんもそう言ってたね。任せよう」
「サムリナ、フトンがふっとんだだ!」
「ミュラァァァ!」
「スーミュラ、しょうがないショウガだ!」
「サムリナ、たけぇタケだ!」
「スーミュラ、クエをくえだ!」
「サムリナ、ハウマッチはまちだ!」
「ミュラァァァ!」
マコトも外に駆け出し、不安そうにファイトの様子を見守る。
「頑張れよスーミュラ。あんな悪に負けんな!」
「スーミュラ、カリソメックスだ!」
「ムリ〜ナ!」
「リシン〜!」
「コリシン、よゆうのヨシユキよ!」
「ミュラァァァ!」
「おい大丈夫か?」
「ミュラ……」
「限界が近いようだな。これ以上前線で戦わしても勝ち目は無い」
「私もそう思います。残念だけど……」
「カビンゴ、後はお前が始末しろ」
「わかったンゴ。敵を討つンゴ」
「カビンゴ、かえらないマンよ!」
「カビ、ンゴ」
相手のポケンモをその場に留まらせ、壊れたかのように同じ動きを繰り返させるアブノーマル派の技。
「カビンゴとスーミュラ、力を合わせて。バカモーンとスコシモサムクナイワよ!」
「もう!どうしていつもこうなるの!」
「アタイら飯食いたいだけだったのに!」
「やっぱり卑怯な手は駄目ニャ!」
「うるせぇ!いやーんばかーん!」

カビンゴの勝利の美酒は田酒。流石プレミアム日本酒のフルーティな甘み。店で飲む日本酒は家で飲むものより味わい深いものである。

そしてよそわれた秋刀魚との炊き込みご飯。ここは再び控えめな味に回帰する。秋刀魚の脂がもっと載っていても良いとは思うのだが、そんなことは気にせず飯を掻き込むカビンゴ。一方でスーミュラは落ち込んでご飯に手がつかない様子である。
「落ち込んでる?」
「ミュラミュラ……」
「ひとりで立ち向かおうとしたけど結局カビンゴちゃんを頼ってしまった、か」
「ミュラ!」
「もっと強くなりたいのね。そっか、そうなると……マコトさんにお任せした方が良いのかな……」
スミレはスーミュラとふたりきりになる。
「あのね、もし強くなりたいのなら、マコトさんに預かってもらった方が良いと思ってるの」
「ミュラ……」
「寂しいよね。でもマコトさんなら絶対にあなたを強くしてくれると思う」
「ミュラ……」
「捨てる訳じゃないよ。預かってもらうんだから。いつでも会えるよ。コーチングはマコトさんがするけど、あなたは永遠に私のポケンモ。私がお母さんよ」
「ミュラ……」
「寂しいよね。ごめんね私の力不足で……」
スーミュラとの日々が走馬灯のように蘇る。初めて出逢ったのはヨコハマ駅のジェラート屋。スコシモサムクナイワが決まらない弱気なポケンモがスミレを頼って懐き手持ちになった。程なくしてムテキロウとのファイトの相手に抜擢。ボケット団の妨害があってノーコンテストとなったが良いファイトであった。ビギコンでも見事後続のムテキロウ・カビンゴに後を繋げる盤石の試合展開を繰り広げた。
負けが続いた時、不安に押し潰されそうな時、スミレは全力でスーミュラを抱き締めた。スーミュラのことが大好きだと、心の底から口にした。だから今、スミレの頬を涙の筋が何本も伝う。スーミュラもそれにつられ感極まる。
「強くなって帰ってきてね。遠く離れても見守ってるから!」
「ミュラミュラ!」

席に戻ると、よく飲むカビンゴにはサーヴィスとして九頭竜の貴醸酒が振る舞われていた。
「リッチな甘みのある味わいだンゴ。スーミュラも飲んでみたらンゴ」
「ミュラ?」
「事情はわかってるンゴ。餞に1杯飲むンゴ」
「ミュラ、ミュラ!」

和食店ではあるが、甘味は凝ったものを3種類も提供してくれた。まずはかき氷。昔懐かしい削り機でジャリジャリと削り、柿のシロップと黒蜜をかけて。夏から秋への移ろいを閉じ込めた一品からは、黒蜜の強い甘みの中に柿の穏やかな味を感じる。
左下は無花果のコンポートと赤ワインのジュレ。落ち着いた甘みの無花果にワインの芳醇さ。洒落たデザートである。その右には抹茶シロップのかかった落花生プリン。抹茶のアクセントに彩られて、上品な落花生の味わいが確かにある。
「そういう訳でみんな、スーミュラちゃんはマコトさんの下で修業することとなりました。勿論みんなとは仲間のままだよ。応援してあげてね」
「ロォォ!」
「カク!」
「ライピ」
「マコトさんはちょっと怖そうだけど、スーミュラに対しては真摯に向き合う方だンゴ。修業は大変かもしれないけど、僕たちのこと思い出して頑張るンゴ」
「ミュラ〜!」
たらふく日本酒も堪能して2.3万円。スーミュラの門出を祝う有意義な夕餉であった。
「スミレさん、君は勇気ある決断をした。俺の申し出を受け入れてくれてありがとう。責任持って育てます。会いたくなったらいつでも呼んで」
「はい。最強のスーミュラに育て上げてください」
「君は君で優秀なカビンゴ使い目指せよ。勿論他の仲間もバランス良くな」
「はい、精進します!じゃあね、スーミュラちゃん」
「ミュラ……」
「大丈夫。またすぐ会えるから。ほ〜ら、笑顔笑顔!」
「ミュラ!」
こうしてスーミュラはスミレの手持ちを離れ、マコトの監督の下で実力を磨くこととなった。1週間後には菫色を基調とした格好良いレーシングスーツが完成し、スミレにもその写真が送られてきた。
「スーミュラちゃん、活き活きとしてるね」
「みんなを幸せにする笑顔だンゴ」
「修業は大変だけど、世界一のスーミュラになれるよう真面目に取り組んでいます、だって。楽しみだな〜、強くなったスーミュラちゃんに会えるの。それまで私達も頑張ろう!」
「ライピ」
「カクカク」
「ロォ!」
「ンゴンゴ。強さにも可愛さにも磨きかけるンゴ」
「そうだね。じゃあ今日も街にお出かけよ!楽しい1日にしようね!」
初めて経験したポケンモとの別れ。それは却ってスミレの二冠にかける思いを増大させた。間も無くキューティーコンクールの予選が始まる。スミレとカビンゴはどんなパフォーマンスを見せるのか。年明け、乞うご期待。
(第4シーズンに続く)