人気女性アイドルグループ・TO-NAへ、秋田県から直々にフェス開催のオファーがあった。TO-NA特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)のタテルは二つ返事で受諾し、特別な想いを持って準備を進める。
帰京後も精力的にフェスの準備を進めたタテル。メンバーも続々と秋田県内各所を訪れ、その後感想を各々カメラの前で語ってもらった。
「横手やきそば最高!」
「角館の武家屋敷の街並みで稲庭うどん。贅沢」
「大館で秋田犬とふれあいました。可愛くて死にそうでしたもう」
「八郎潟行ったら、バドミントンの志田選手に会っちゃった!サインまで書いてくれてマジ神」
「いやあ、みんな大満喫したようで何よりだよ。この映像はスカイドームで流す予定だ。フードやアトラクションを楽しみつつ観てもらおうと思う」
一方、あきたフェスの妨害を企てる野元は、手下のサヤコと作戦の最終確認を行っていた。
「改めて、僕達のスローガンは『NO MORE NATURE! NO MORE WOODS!』。あきたフェスは環境保護も謳っているようだが、今どき自然を保護していたら、儲かるものも儲からないんだよ」
「トランプ氏みたいな考え方ですね。要らぬ環境規制を取っ払って企業の自由な活動を尊重する」
「その通りだよ。僕はこの土地を使って大きなビジネスを行いたい。自然破壊だと揶揄されても構わないね。だってお金が生まれるんだから。それにその事業は、人々の生活を救うものになるんだよ。やるしかないよね」
事業計画をまとめた資料をサヤコに手渡す。
「さすがカネーの虎、抜け目の無いプランです」
「そうかい。じゃあこのまま進めようか。その前に、サヤコちゃんのあの作戦、上手くいきそうかい?」
「ええ。何ヶ月もかけて練習しました。自由自在に操ってみせます」
「これがハマれば今度こそ、TO-NAとタテル容疑者は終わる。海の底で、日の目を見ずに踊っていればいいよ」
フェス初日の3日前、TO-NAの面々は4組に分かれて別々の便で現地入りした。最初の組になったタテルと5人のメンバーは羽田空港に向かう前、未だ病床に臥せたままのグミを見舞う。
「グミ、ここにモニター置いておくね。見えそう?」
「見える。ありがとう」
「これがパスコード。17:00になったらログインしてね」
「フェスは絶対に成功させます。グミさんのこと、喜ばしてみせますよ」
「楽しみ。だけどまずは目の前のお客さん喜ばせるんだよ。じゃないと私喜べない」
「そうでしたね。グミさんに負けない煽り、見せつけます」
カコニはグミの手をぐっと握った。
「力強いよカコちゃん。でも頼もしいね。成功すると信じてる。みんな頑張ってきてね」
秋田行きの飛行機に乗り込んだタテル一行。定刻になっても離陸する気配が無い。ターミナルビルには何故か野元が居て、その様子を観察していた。
「サヤコちゃん、秋田行きの飛行機は未だ飛び立っていない。貨物の積載に時間がかかっているとみた。日本の交通機関の定時性は世界に誇る高さだというのに、お粗末な所業だよ」
「そうなんですね。見張ってくださりありがとうございます」
「いいんだ、僕もこの後大阪に行くから。会食行くの怠いなあ。あの店は客単価5万のくせに粗悪な出汁、粗悪な素材。他人の奢りとは言え行く気がしないよ」
「贅沢じゃないですか。私が代わりに食べに行きたいくらいです」
「君には本物の和食を食べさせてあげるよ。大阪じゃなくて京都だね。大阪は都会ぶっておきながら良いレストランがゼロ。呆れてものも言えないよ」
「恨み節は後で聴きますから」
「そうかい。あ、飛行機が動いた。準備してくれ」
羽田空港の対岸にある公園に身を潜めていた鳥つかいサヤコ。飛び立った秋田行きの飛行機に向けて、数十羽の鳩を放出した。狙うはバードストライクである。
「ん?鳥の群れがこちらに向かってくる」
「それがどうしたんですか?」
「大丈夫だとは思うが、仮にエンジンに鳥が巻き込まれた場合、飛行機の操縦に影響が出る。最悪のケースを想定して…」
鳥を避けようと、機体が揺れた。幸い怪我人の出る事態とはならなかったが、小さな子供の泣き声が機内に響く。
「みんな大丈夫か?」
「ちょっと怖かったです……」
「日本の飛行機は大丈夫だ。シートベルトを常にしておきなさい。でもおかしいな、普通羽田の周りに来た鳥は追い払われるはずなのに」

その後エンジンに異常が無いことが確認され、飛行機はそのまま秋田へ向かうことが決定。バードストライクを意図的に起こす企みは失敗に終わった。
「野元先生ごめんなさい、避けられてしまいました……」
「想定内だよ。落ち込むことは無い」
「次の便でも試みましょうか?」
「やめておいた方が良いね。同じことしたら、目をつけられて君が捕まってしまうよ」
「申し訳ございません……」
「君が気にすることは無いよ。まだ弾はある。あの男達の成功を祈りなさい」

秋田に到着した一行はホテルに大きな荷物を預け、昼食を摂りに蕎麦屋に向かう。以前バーのマスターにお勧めされていた「かとう」という店は、今年百名店に選出された人気店で、平日でも常に満席。3卓ある座敷席のうち1卓だけが空いていたが4人しか座れない。先輩メンバー4人を先に通し、レディファーストを心がける優男タテルと一番の後輩である遥香は店内で待機していたが、間も無く隣の卓も空いたためすぐに入ることができた。
「飛行機から降りたばかりだし、これから挨拶回りもするしだから、酒は飲まないでおこう」
「当たり前ですよそれ」
「まあ仮に飲める状況であったとしても、日本酒の品揃えは秋田県における最低限レベル。ここは真っ直ぐ蕎麦と向き合う店とみた」
「一丁前に語らないでください」
「日本酒のすごいところ行きすぎなんですよタテルさん」
「確かに、食べログの星が高いところばっか攻めてるな」
「でもよくこれだけの良い店、フェスに揃えましたよね」
「俺があんなことになっても撤退せずにいてくれた。本当に有難いよ」
「私達も最高のパフォーマンスをして、皆さんの期待に応えないとですね」

タテルが注文したのは、この日のお勧めメニューにも挙げられていた穴子天せいろ。縦長の皿にぐーんと伸びた穴子は身の厚みを残した揚げ具合で満足度高め。

「カコニ、随分と天ぷら眺めてどうした?」
「いや、みかわさんの穴子天と全然違うな、と思いまして」
「ああ、是山居行ったんだっけ」
「はい。あそこの穴子天はすごく薄く凝縮されていて」
「まあ専門の天ぷら屋と蕎麦屋では全然違うでしょう。ふっくらと食べ応えのある天ぷら、これはこれですごく魅力的だ」

百名店に選ばれるだけあって、蕎麦も確と香りを感じられるものである。タテル曰く若干食感がねっとりしていたと云うが、自身が服用していた汗止め薬による口渇の影響があったとも述べている。
「危ねぇ、もう少し遅かったら太い田舎蕎麦しかなくなるところだった」
「売り切れなんてあるんですね」
「あるんだよね名店は」
「コノさんは蕎麦マニアですもんね」
「ここも来たかったので良かったです。秋田の蕎麦も最高ですね」

店を出る頃には田舎蕎麦も完売し早仕舞いとなっていた。この後一行はカフェに立ち寄りつつホテルに戻った。木曜・金曜にはライヴのリハーサルが実施されるため、程よく永楽やレディなどで飲みつつ秋田滞在を楽しんだ。

そして土曜日、TO-NAのあきたフェスは何事も無く開催。来場者はフードやアトラクションを満喫し、国教大ホールではファン(TO-NA贔屓)と地元民の交流も多数生まれた。メインのライヴも最後まで大盛況。初めて参戦する人達も、元来のファンの手解きを受けながらサイリウムを振り楽しんでいた。病床でライヴを見守っていたグミも終始満足げな様子であり、子供達の合唱やメンバーのスピーチ、そしてラストの演出では涙を浮かべていた。
終演後、県担当者と鳥海山が永楽にて感想を語り合う。
「初手から盆踊り。地域密着型フェスという趣旨を体現してましたね」
「そこから明るい曲、バラード調の曲が続いて、TO-NAらしさが発揮されてた。で新メンバーの個性が大爆発。堪らんね」
「それに負けじと、先輩達も力強いパフォーマンスでした。ラップバトル挟んだのは面白かった。キラさんが普段見せない格好良さで驚きました」
「子供達の合唱、おじちゃんには沁みたよ。涙出ちゃったね。大きくなって都会に出ても、フェスのこと思い出してほしい」
「それで人生の相棒連れて帰ってきたら最高ですね。それこそTO-NAの楽曲『ふるさとのにじ』みたいに」
「思い出すだけで泣けてくる。メンバー達のスピーチも良かった。北海道や西日本の出身で、東北とは縁遠いと思われた方々が秋田を心から楽しんでいる様子が伝わって、心がポカポカした」
「自分のふるさとも大事にしたい、と涙ながらに語っていたのもグッときましたね。そして虹色に染まる客席。生で見ると壮観ですね。その一部になれたことを誇りに思います」
「地元民と思しき方々も満足げだった。TO-NAに入りたい、って母親に言ってた女の子もいたよ」
「大成功ですね。ああ、明日も観に行きたいですよ」
「忙しいことは良いことだよ。チョーカイさんの分まで楽しんでくるから」
「託しました」
フェス2日目も平和的に開幕した。前日の評判を聞きつけ、当日入場券を求める地元民の列が発生。競技場の客席は満杯であったため、この券ではライヴへの参戦はできないが、それでも秋田のフード・ドリンクやスポット的に発生するTO-NAメンバーとのふれあいを楽しむ。
その頃、会場に程近い森の中にて、1人の男が違法にキャンプをしていた。まだ火の燻る煙草の吸い殻を投げ捨て、それはやがて大きな炎となった。