人気女性アイドルグループ・TO-NAへ、秋田県から直々にフェス開催のオファーがあった。TO-NA特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)のタテルは二つ返事で受諾し、特別な想いを持って準備を進める。
地元の子供、小学校低学年以下の観客有志による合唱の最終仕上げが行われていた。先輩メンバーも白Tシャツととりどりのカラーパンツ・コンバースに身を包んで参加する。
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スープホリックで朝食を摂り、鳥海山と集合して10:38の電車で男鹿に向かう予定であった一行だが、例によってタテルが部屋から出てこない。
「タテルさん、もう時間無いですよ」
「シャワー浴びないと。ああめんどくせぇ、体重たい…」
「飲み過ぎなんですよ」
「よく平気だなカコニ。酒豪はいいよね」
「いい加減学んでくださいよ。フェス当日もこの調子じゃ困ります」
「ごめんよ。電車には間に合うようにするから、ニコちゃんとスープ飲んできたら?」
「仕方ないですね。ちゃんと来てくださいよ」
二日酔いの気怠い体を何とか動かし身支度を済ませる。駅方面へ行くぐるるに何とか飛び乗り、駅での集合時間には間に合うことができた。
「大丈夫ですかタテルさん?」
「だいぶ疲弊してるけど大丈夫。キャベジン飲んできたから。チョーカイさんもすみません、ご心配おかけして」
「いえいえ。秋田に行くとどうしても羽目外しちゃいますよね」
「この人何も加減わかってないんですよ。メインの夕食前に日本酒3合近く飲んで、バーではウイスキーやらカクテルやら合わせて10杯」
「カコニだってついてきてるじゃないか。寧ろ追い越してるし」
「不毛な議論は止めましょう。電車乗りましょうか、チョーカイさん」
「アハハ。皆さん仲良しで何よりです」

男鹿までは、赤と青のスタイリッシュな蓄電池電車に揺られ1時間弱である。タテルはその殆どを眠って体力回復に努める。

「男鹿、着いた〜!」
「やっぱりこっちの方がちょっと涼しい」
「わかるんですかカコさん?」
「昨日バーで一緒になったおじさんが男鹿の人でね、男鹿の方が秋田市内より2℃くらい気温低いって言ってた」
「2℃ですか……」
「まあ37℃と35℃じゃ、五十歩百歩だよね」

駅を出てUターンし、塩ラーメン屋「おがや」に向かう。土曜の昼であり混雑が予想されたが、店内は5割程度の埋まりであり、4人はカウンター席に並ぶことができた。
「タテルさん、体力戻りました?」
「お陰様で回復したよ。ラーメンなら〆感覚でスルスル入るだろうね」
このラーメン屋は、男鹿のクラフトサケ(日本酒)製造会社「稲とアガベ」が手がけている。
「皆さんは稲とアガベ、飲まれたことあります?」
「俺とカコニは永楽で飲みました。白ワインみたいな味わいで、普通の日本酒とは一線を画しているな、と。カコニも憶えてるでしょ?」
「憶えてます。稲とリンゴ、本当に林檎の香りして」
「男鹿を代表する産業になってきてますよね。このラーメン屋もそうですし、酒造の副産物で昨晩飲まれたというジンを仕込んだり、あとホテルの運営もやってるそうです」
「手広いですね」
「一つ武器を持って地元を盛り上げる姿勢。良いビジネスモデルですね」
「TO-NAの皆さんがやろうとしていることも立派なビジネスモデルです。人気グループの経済波及効果を利用して地方創生へ繋げる、何て立派な考えなんだろう、と思いますね」

塩ラーメンが仕上がった。具材を別皿にする意識高めスタイル。食欲を我慢できないタテルは早速スープを口にしようとする。
「あっつ!ああやっちまった、クソ!」
「もう、うっかりさんなんだから。猫舌であること忘れたんですか?」
「ラーメン食べたすぎてさ、逸ったね」
「油が結構入ってるので冷めにくいですね。気をつけて食べないと」
かっちりとした麺と合わせて噛むと、塩の甘みを感じられるラーメン。麩はフランス料理屋のバゲットくらいのサイズで、膨らみすぎてあまり良さがわからない。

塩麹で仕立てたチャーシューはハムみたいな感覚。京子とラーメン百名店を制覇したタテルにとっては、厚みがあって脂の旨みがある方が好みであるが、都会人の価値観を押し付けるのはよろしくない。メンマは良き甘みであった。
塩ラーメンのフェスへの出店を持ち掛けると、県から話がいっていたようで二つ返事で受諾。
「男鹿の塩の魅力、知ってもらいたいので是非やらせてください!」
「嬉しいです。ラーメンは絶対ウケますからね、PRもお任せください」
食事を済ませた一行は、向かいにある稲とアガベの販売所を訪れる。広い土産物屋みたいな空間を想像していたが、実際は立ち飲みカウンターが主体の小さなスペースに商品が列べてあるくらいであった。
「じゃあ……飲みますか、飲み比べセット」
「何言ってるんですかタテルさん、二日酔い中でしたよね」
「稲アガなら飲めるよ。爽やかで夏にピッタリだ」
「まあわかりますけどね。飲みましょうか」
「掌返すの早っ」
アルコール分解能に余裕のあるニコ・鳥海山も巻き込んで稲とアガベの飲み比べを行う。3種類選べて500円。全体的に少しお高めな稲アガをこの価格で飲めるのはお手頃なのかもしれない。

タテルが選んだ3点をみてみよう。日本酒をベースとしつつ、副原料にホップを使用した「花風」。ホップによりマスカットのようなフルーティさが演出され実に爽やか。口当たりも可愛い。
続いては稲と○○シリーズから、稲とジャスミン。ジャスミンの香りが濃ゆくそして美しい。フレーヴァーを押し出しつつ美人に仕上げるというのは難しいことであるが、当たり前のようにやってのける稲アガは強い。
どぶろくは従来のものと比べてとろみがあり喉に入りやすい。こちらもホップを使った方を選択したため、マスカットのような香りに酔いしれる。
「男鹿はお泊まりで?」
「いえ、今朝秋田市から来ました。夕方にはまた戻るんですけどね」
「それだと駅周辺くらいしか回れないですね」
「そうなんです。ゴジラ岩・水族館・入道崎……観たいところは沢山あるんですけどね」
「車無いと難しいねどこも」
「一応なまはげシャトルというバスはあるんですけど、前日までの予約制で、運賃も入道崎まで行けば2,500円。ややお高めですね」鳥海山が補足する。
「車じゃないと回れないですね」
「でもタテルさん、免許持ってるじゃないですか」
「めっきり運転しなくなった。京子が運転にどハマりしたせいで」
「京子さんのせいにしないでください」
「酒飲めないじゃん、ハンドル握ったら」
「確かに。せっかくお酒の美味しい土地に来て飲めないのはつらいですね」

未だ飲む余裕があったため1杯追加。稲アガのオーソドックスな銘柄であるが、やはり普通の日本酒とは違う爽やかさ・飲みやすさを感じる。
「小さな都市で生まれた人って、結局みんな憧れの大都会に出ていっちゃいますよね」
「そうですね。少なくとも大学進学では東京に出て、そのままそこで就職しちゃいますよね」
「地元に戻っても働く場所が無い……産業を作りたいですよね」
「その点、稲とアガベさんは良い働きしてるんじゃないですか?地場産業を創出していて」
「酒造りで男鹿の風土を表現し、それ以外にも様々な事業を通して男鹿を豊かにする。それが我々の狙いです」
「男鹿の地場産業を強化して、あとは外部から人が入ってきて人口が増えると強いですよね」
「あきたフェスでは秋田県各地域の魅力を、TO-NAのメンバーから発信しましょう。メンバーの言うことならファンも耳傾けますから、そこから輪が繋がっていくといいな」
「小さなことかもしれないけど、コツコツやれば大きな動きになると思います。是非やりましょう」
「カコニとニコも、秋田や男鹿の魅力を自分の言葉で語れるようにしようか。他のメンバーにも秋田県内各所に行ってもらって、魅力語る様子を会場で流す……」
「何か気になりますタテルさん?」
「いや、プレミアムなやつ飲もうか…」
「まだ飲むんですか⁈」
「余裕あるから。多分他じゃ飲めないだろうし」

そのプレミアムなものとは、稲とリンゴのSPECIAL EDITION、30ml800円。樽熟成をかけているため高価となっている。その期待に違わず、フレッシュさを残したアップルパイの林檎の味わい、そしてカルヴァドスのような芳香を感じられる。
「美酒が多いな秋田は。やっぱり数点、お酒も出店させた方が良いのかな?」
「我々としては提供したいです」
「アルコール頼めるドリンクチケットって、1人1枚だけでしたっけ?」
「そうだけど、言われてみるとケチくさいよね」
「ビールまたはジンソーダ、日本酒2種。3枚は欲しいですね」
「1枚で少量を3種飲み比べ、でも良いんじゃないですか?」
「ニコ、ナイスアイデア。試飲よりちょっと多いくらいの量飲ませて、続きはライヴ果てて街中で、って感じかな」
そろそろ次の場所へ移動しようと思うのだが、今度はソフトクリームが気になって仕方ないタテル。
「お酒飲んだ後だからさ、甘いもの食べておきたいじゃん」
「確かに美味しそう」
「ミルク系だから胃にも優しい。決まりだね」
カップのソフトクリームを受け取って一行は店を後にした。発酵によるミルクのコクがよく感じられ美味しいが、炎天下のため急いで食べないとすぐ液化してしまう。
「子供達との合唱、楽しみですよね」
「楽しみだね。私も小2の学芸会で歌ったよ『にじ』」
「今は卒園式の定番ソングらしいです。タテルさんも歌いました?」
「俺は歌ってない。良曲であることは認識してるが子供とは関わりたくない」
「またガリレオぶって」
「ガリレオぶって、とは何だ。子供は酔っ払いと同じだ。非論理的なことデカい声で叫んで騒いで、脳内に蕁麻疹が現れる」
「脳に蕁麻疹なんてオカルトじゃないですか。ありえない」
「ありえない⁈」
「言わせませんよ。合唱に参加してくれる子は皆良い子です」
「子供達のお世話は任せたよ。あっ、すみませんチョーカイさん。身内で盛り上がりすぎて」
「いえ。はぁ……」
深刻な表情をする鳥海山。彼のスマホにはCLASHの記事が映っていた。
秋田県、TO-NAフェスアドバイザー・鳥海山大パノラマに米5俵を贈賄疑惑!TO-NA側にも求められる説明責任
「嘘でしょ⁈しぶといですねCLASHは」
「米なんて試供品で1kg貰っただけです。でも妙に本当であるかのような書きっぷりで、TO-NAの皆さんを巻き込みかねないと考えると憂鬱なんです」
それを聞いてもなお、タテルは平然としていた。
「こういう時は、海でも見に行きましょう。マリンパークが近いですかね」
マリンパークの展望広場まで、1km強の道を歩く一行。暑い中ではあったが、海が近いためか不快感は少ない。丘に登れば、都心ではまず味わえない、真に涼しい海風を浴びることができる。

「海が綺麗!」
「エメラルドグリーンの海も良いけど、濃い青の海も力強くて素敵ですね」
「日本海らしいよね。爽快な景色だ」

楽しそうなTO-NA関係者達の横で、未だ表情が晴れない鳥海山。
「チョーカイさん、CLASHならもう終わってますよ。俺がグミを殺そうとした、メンバーがその幇助をした、なんて大嘘報じちゃいましたからね」
「でもやけに真実味があるんですよこの記事」
「ならちゃんと反論しましょう。今の風向きなら、世論は味方してくれます」
「僕、ネットでは嫌われ者なんですよね……」
とあるワイドショーにて、二子玉川トオルとの論戦を回顧する鳥海山。
「これからの旅行は飛行機を使いましょう!最近は新幹線より飛行機の方がお手頃です。条件として、チケットは早く購入すること!2,3ヶ月前なら1.1万円台で各地へ飛べちゃいます」
「あのねチョーカイさん、そんな早く予定決められないの。それに天候に大きく左右されることもある」
「それは……」
「新幹線なら都心からでも乗れるし保安検査などの手続きも要らない。空港に行って搭乗口まで行く手間、考えて発言してます?」
「空港へは、直行のリムジンバスもありますよ。便利ですあれは」
「でも道路渋滞で時間が読めない。乗り遅れたらどうする?」
「……」
「旅行ジャーナリストが特定の交通手段をヨイショするなんて、中立性に欠けますよ。今すぐ主張を撤回すべきです」
「僕は皆さんに、ただ安く旅行してほしいと思って…」
「安さにはリスクも伴う、その説明もちゃんとして」
「えーっとその…」
「視聴者の代表として訊いてるんです。回答の準備しておきましょうよそれくらい」
「うるさいな!じゃあ好きに旅行しなさいよ!多少金かかっても楽に行く方法、自分で考えろ!……」
「あれで僕は嫌われました。冷静になって謝罪して、番組には使ってもらえていますが視聴者には不評のようです」
「俺は好きですけどね。謝罪もしているのならそれ以上咎められることは無い。2人だってチョーカイさんのこと、嫌じゃないでしょ?」
「勿論。TO-NAのメンバーは皆、チョーカイさんのこと好きですよ」
「嬉しい……」
「嫌ってるのネット民だけですから。あれは俺らとは違う生き物です。いや、生命体でさえないのかもしれない。関わるだけ労力の無駄です。大多数の人は貴方のことを、そしてTO-NAのことを、襲いはしません。ごく少数の批判ロボットの言うことは聞かなくて良い。自分らしく活動して、応援してくれる人だけ見ていれば良いんじゃないですかね」

達観したタテルの言葉に胸を打たれる鳥海山。傍で聞いていたカコニとニコも涙していた。
「一度週刊誌に追い詰められて地獄を見た、それでもめげずに戻ってきた人の言葉は何て心強いんだろう。タテルさんありがとうございます、僕元気出ました」
「CLASHはもう終わりです。終わらせます。まあそれは弁護士さんに任せますが。俺らは俺ららしく居ましょう。それを伝えたくて、あきたフェスをやる訳ですから。皆で成功させましょう」
「はい!」
誰もいない海辺の丘に、決意の声がこだました。
正確な取材を基に記事を出したCLASHであったが、世論から思うような支持を集められないでいた。こうなると野元も面白くない。
「記事を読まずに批判するのがネット民の性。そういうネット民達はCLASHのような煽動系こたつ記事が大好物だった。でも今や彼らは君達を嫌っているよ。強力な味方が今や敵だ」
「ちょっと待ってください、一生懸命取材しました。嘘も捏造も、要らぬ悪意も無いと言い切れます」
「世の中結果が全てだからね。敵に回してはならない人々を敵に回しちゃったね。もう終わりだよ君達は」
「そんな、終わりだなんて」
「後は僕の方で始末するから。君達は一旦お下がりなさい。僕も少し反省しないとね、嘘や捏造、要らぬ悪意を持った組織を利用するのは良くないって」

タテル一行は最後に道の駅を訪れた。長い間暑い屋外にいたため、クーラーの効いた中のベンチで涼むがタテルにとっては効きが悪い。屋外の軒下では水が霧状に散布されており、こちらの方が寧ろ涼しいらしい。
「あっ、ババヘラアイスだ」
「ババヘラアイス?」
「お婆さんが道端で売ってるアレですよね」
「そう。苺味とバナナ味、2色のアイスを薔薇の花びらのように盛り付けてくれるんだ」
「それがババヘラアイスか!思い出しました」
「3人も居るよ。奥の方のババさん寝てるし」
「暑くて大変そうですね。熱中症の心配しちゃいます」
「そう思うなら買おうか。一度食べてみたかったし」

眠っていない方のババからアイスを購入した。300円を払い、少しばかり世間話をしつつ盛り付けてもらう。本物の苺やバナナとは違う味であるが、懐かしさを覚える甘さ。水分量も多くさっぱりと食べられた。
「おかあさん、美味しかったです」
「それはえがった」
「私達もババヘラアイス、売ってみたいです」
「貴女達売るのなら、アネヘラアイスになるね」
「なるほど。フェスに出店してみたいなぁ、って思った次第です」
「フェスって何がね。食い物がね」
「楽しい催し物です。9月に秋田空港近くの中央公園でやるので、良かったら来てください」
「はいよ」
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あきたフェス当日、業者の協力を得てババヘラアイスが出店した。こちらもおでんの矢絣チャンスと同様、予告無しで突如エリア内にパラソルが出現し、メンバーがランダムで販売を担当する。残暑の中でのフェス、メンバーの手売りということもあって毎度大行列となった。
そして子供達との合唱は、初日のライヴ後半のハイライトとなった。総勢200人の子供がTO-NAメンバーと共に『にじ』を歌唱する。歌唱指導はTO-NAの歌姫・スズカとカホリン。さらにステージに立った際、緊張で落ち着かない子供達を、メンバー全員が持ち前の優しさでサポートした。そのお陰もあって彼ら彼女らの『にじ』の歌声は、色とりどりに暮れていく空に多層的に響き、観客に大きな感動を巻き起こした。あれだけ子供を嫌い嫌いと連呼していたタテルも、目を瞑りながら歌声を鑑賞していて、瞼からは涙が数滴垂れていたと云う。
しかしこの時、TO-NAもスタッフも来場者も誰もが、野元の企みに気づいていなかった。
「NO MORE NATURE! NO MORE WOODS!」