『続・独立戦争 下』内包ストーリー『秋田フェスプロジェクト〜ふるさとのにじ〜』 二色「土地と演者の相乗効果」(f/秋田)

人気女性アイドルグループ・TO-NAへ、秋田県から直々にフェス開催のオファーがあった。TO-NA特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)のタテルは二つ返事で受諾し、特別な想いを持って準備を進める。

  

珈琲店で一休みした後、ホテルにチェックインしたタテル。久しぶりに飛行機に乗り、昼間から飲んだせいかやけに体が疲れていた。一眠りしようにも、フェスのことをあれやこれや考えていると眠れる気配すら無かった。

  

体が休まらないままディナーの時間になった。秋田を代表するイタリアンの名店・f(エッフェ)。当時はインスタに載っている限られた日にち(殆どが週の真ん中の平日)を確認しSMSで予約するしかなかったが、現在は食べログや一休で、祝日や土曜日でも予約しやすくなっている。

  

簡素で、しかも別の店の看板しか出ていないビルにあるため迷うこと間違いなし。辿り着いた先には大きな木のドアがあり、席まではくねくねした長い通路を歩く。まさに隠れ家、秘密基地のような店である。既にもう1人の男性客が入店していて、只管白ワインを嗜んでいた。

  

寡黙なシェフにお任せしてもらい、瓶内二次発酵のスパークリングを合わせてもらった。ペアリングではなくマリアージュ、というのがシェフの哲学らしい。

  

まずは本カサゴをシチリア古代小麦を衣に使用したフリットに。カサゴの穏やかな旨味が、カリカリの衣によく合う。

  

ここのシェフは元々航空整備士であったところ料理人に転身。和食店で修業するもイタリアンシェフに方針転換し、ほぼ独学で自分なりのイタリアンを築き上げたと云う。そのためか、イタリアンの要素はありつつも、日本料理らしい素材重視の素朴な料理が続く。調理師学校を出た料理人にはできない業であろう。

  

烏賊墨サブレの上に、たっぷりのとんぶりをイカでつないで載せオーブン焼き。仕上げに熟成抑えめのキャビア、烏賊のゲソと耳を固めて凍らせたもの。畑のキャビアこととんぶりが主体の料理とタテルは捉える。滋味深さを味わっていると本家キャビアの塩気が襲来してきて面白い。

  

「シェフにも出店してもらいたいな。こんな独創的なアプローチ、フェスを盛り上げる演者に相応しい」
とはいえ黙々と調理する堅物そうなシェフ。もう1人の男性客は食材や調理法などについて会話していたが、生半可な知識を露呈することを恐れたタテルは黙り込んでしまう。

  

県北・大館の山芋を生地にして、タラの芽、長い名前のチーズ、3ヶ月熟成の自家製茹でハムを載せた。土台の山芋が兎に角素朴な物であり、ハムの味わいが際立つ。チーズも美味く、そこにタラの芽の苦味が効くのも一興である。

  

フェスは秋田市での開催だが、なるべく県全域から要素を掻き集めてこそあきたフェスである。横手焼きそばは正しくフェスに似つかわしいフードだし、由利や鹿角の和牛を焼いたり、三種町の蓴菜を入れた蕎麦も定番である。大曲のイタリアンで教わった秋田伝統野菜も採用したい。アトラクションは能代工業とバスケ対決したり西馬音内の盆踊りをやるなども考えられるが、その辺の事情に疎いタテルはメンバーからもアイデアを募ってみることにした。

  

黒むつを、カタクリと解した文旦のマリネに載せて。文旦の甘みとカタクリの仄かな香りに彩られるムツの脂。完全に日本料理寄りの一皿である。

  

ここでチョーカイさんより投げかけられた、フェス参加者の宿泊問題がよぎるタテル。竿燈まつりで多くの人が訪れるため、市内はある程度受け皿が充実していると思われた。しかし実際は中心部を避けて宿泊する人も多いと云う。また、会場となる中央公園は中心部から離れており、施設内に小さなホテルは1つあるが、付近に宿泊施設はほぼ皆無。殆どの客をバスで宿泊施設まで送迎する必要がある。
「それならいっそ、由利本荘や大曲、角館などへシャトルバスを走らせてみよう。秋田市だけでなく県全体を盛り上げる、が合言葉であるのならそれら宿泊先で観光を楽しんでもらうのも良い手であろう」

  

山羊のチーズをご当地の鈴木牛乳で伸ばし、雲丹、そして秋田の苺「かおりの」を乾燥させたものをたっぷりと。果物とフォアグラの組み合わせは有名だが、雲丹を合わせるというのは珍しいだろう。苺の甘み、チーズの塩味、雲丹のコクが見事な調和。臭みの無い雲丹だからこそできる掛け合わせかと思われる。

  

タテルが頼りにするチョーカイさんではあるが、ワイドショーに専門家として出演すると、業界寄りのコメントをして「庶民をおちょくってる」「贅沢自慢しやがって」などとSNSで非難されることが多い。野元もまた、彼の熱狂的なアンチである。
「旅行して金稼ぐなんて、良い商売してるね。汗水垂らして働く人々を尻目に楽しむ、何の実力も無いYouTuberと同じ不健全な仕事だ」
「業界とベッタリですもんね。高見盛みたいなフォルムで愛嬌はありそうなのにすっごく嫌です」
「その感覚は正しいよ。旅行業界のお偉いさんや官僚にはヘコヘコして、庶民には無茶苦茶言う。虫酸が走って当然だよ」
「今度は田舎の県と癒着。何と恐ろしい」
「炎上癖のあるおデブちゃん2人の理想論に、自治体が乗っかるなんてふざけた話だよ。県民も怒るだろうね、血税を怪しい事業に注ぎ込まれて。早く中止させないと、だね」

  

野元の意向など知らない(意に介さない)タテルは白ワインを追加してもらった。

  

続いてはアスパラのリゾット、ではなくリゾットソースかけアスパラである。まずは根元の部分をそのまま生で食べ、その後3種の貝で出汁をとったリゾットをソースだと思ってアスパラに纏わせ食べる。この意気で食べると、太くて質の良いアスパラの魅力が解りやすい。モノは捉えようである。

  

考えるべきことはまだまだある。フェスは9月に開催予定であるが、そうなると暑さ対策は肝要だ。

  

「中央公園で開催す場合、国際教養大学が施設開放してくださるどのごどだす」
県関係者からの言葉を思い出したタテル。中央公園からは徒歩10分くらいの場所であり、ホールであれば大人数を収容できるので、休憩がてら涼むにはもってこいの施設である。折角であれば図書館も見てもらいたい。ヴィジターでも入館可能であり、コロッセオをイメージした内装が印象的。フェス外の話ではあるが、外界から隔絶された孤高の世界的大学・国教大の存在を多くの人に知ってもらう絶好の機会である。

  

さて次の料理は比内地鶏の炭火焼。下にはそのレバーをソースに仕立て、上には名前を忘れたが山菜を載せている。ムキムキの肉質とパリッとした皮目は比内地鶏の醍醐味であるが、山菜の苦味とレバーの旨味が反応したせいか、エスプレッソのニュアンスを感じたのが実に面白い。

  

「本当は鳥刺しで食べるのが良いんですよね比内地鶏は」
「ですよね。あれ本当最高です」
男性客とシェフの会話を盗み聞きするタテル。確かに美味いのだろうが、生の鶏肉を炎天下のフェスに出すのはリスキーである。焼いても唯一無二の筋肉質は残るため、ばっちり火入れした比内地鶏を誰かに出店してもらおう。直球であれば鳥好の焼鳥が第一候補に上がる。タテルはその店を2年前に訪れていたが、パートナーを怒らせ沈んだ気持ちのまま入店し、思い入れ無きまま店を去っていた。交渉が上手くいく自信は全く無い。凝った料理なら当然ここになるが、未だこの寡黙なシェフに了承してもらえる画が思い浮かばない。

  

パスタはアニョロッティ。県内産の羊肉と行者にんにくを詰め、コシアブラと胡桃のソースをかけている。香りの良い羊肉、行者にんにくで臭みを打ち消し、コシアブラの苦味と胡桃のウッディがアクセント。この辺りは西洋料理の趣であり、食に疎い人達でも理解が及ぶものと思われる。出店してもらうとしたらこの類の料理を提供してほしいと考えた。

  

続いて、桜鱒をハンバーグのように成形したものを蕪の葉で包んだ料理。鱒には弾力が生まれ独特の歯応え。ソースにはアミを発酵した(?)クサい食材を使用しているらしいが、臭いはあまり気にならず塩味のアクセントとして機能している。

  

「そうだ、せっかく国教大を休憩スペースに使うなら!」
休憩中もTO-NAを感じてもらうために、TO-NAのライヴ映像や冠番組を流すことを考える。そして国教大エリアは入場無料(そもそも図書館は誰でも入れるし、国教大の敷地では入場料は取れない)とする。何かイヴェントやってるから行ってみよう、という地元民を取り込みTO-NAの活動を見てもらう。そこへTO-NAのファンが話しかけるなどして交流が生まれれば、ファンは秋田に、地元民はTO-NAに関心を持ってくれる。お互いにとって良い施策になるかもしれない。

  

秋田県を代表する黒毛和牛「錦牛」のもも肉には、ゴルゴンゾーラのソース、あおさとケールを合わせる。ゴルゴンゾーラのはっきりとした味に、青物の香りがたいそう似合う。肉自体は少し筋張っていたがもも肉なので仕方ない。青みのある食材を載せているので、サーロインなど脂のある部位を使用しても良いのではないか、とタテルは考えた。

  

とはいえここのシェフは秋田の食材に独自のアプローチで向き合い、知られざるポテンシャルを引き出すのが上手である。それはあきたフェスの意義と合致するイデオロギーである。若いTO-NAメンバーの瑞々しい感性で秋田の魅力を再発見してもらう。メンバーだって、秋田という風土の中で新たな魅力を見出すことができるかもしれない。秋田食材とイタリアンが手を取り合って全国トップクラスの料理が生まれるように、秋田とTO-NAが手を組んだ結果未知なる一面が発掘され互いに力を増すことになれば良い。フェス出店へシェフを口説き落とす文句を、頭の中で整理する。

  

デザートは山独活のジェラートとパイナップル。野菜のジェラートは何だかんだで甘みが際立ってスイーツらしく仕上がるものだが、独活ともなれば話は別で、淡々と混沌を歩み、最後に苦味がグッとくる。甘みはパイナップルが担う。すっきりさっぱり少し甘く。最後まで独創的な料理であった。素材を活かした薄味の料理、見たことない組み合わせの料理が多く、純粋なイタリアンを求めて訪れると肩透かしを喰らうと思われる。

  

男性客が退店したタイミングで、シェフにフェス出店を交渉してみる。

  

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果たしてシェフはあきたフェスに出店していた。最初こそは渋い顔をしていたが、県の関係者のひとりが店の常連であり、なんとか口説き落とすことに成功。フェス限定の比内地鶏料理とパスタ料理を提供した。さらに鳥好も出店を快諾。どちらも一流店である以上高価格であったが、フードチケットにTO-NAのグッズ引換券をつけ来場者の購買意欲を促進、タテルも料理の魅力を詳らかに宣伝した結果飛ぶように売れたと云う。同じ比内地鶏でもこんなに味わいが違うなんて面白い、などと来場者からもメンバーからも大好評であった。

  

「みなさーん、サンライトスプラッシュゲームのお時間で〜す!」
どこぞのボウリング場みたいなアナウンスが流れ、参加客は場内あちらこちらにある「SPLASH!」と書かれた看板に集合する。
「今から5分後、タンクを背負ったメンバーがあるSPLASH地点を訪れます。メンバーがやってきた地点に集まった人は大当たり!ずぶ濡れになれちゃいますよ〜!」

  

アトラクションの要素を取り入れつつ、熱中症対策の取り組みの一つとして行われたゲリラ放水イヴェント。放水した後には虹ができる。この虹こそ、あきたフェスの象徴である訳なのだが、それについては次回話すこととしよう。

  

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