不定期連載百名店小説『カクテル歳時記を作ろう!』仲夏「西瓜のソルティドッグ」 「ベリーニ」 三夏「ダイキリ」(ル・パラン/新宿三丁目)

女性アイドルグループ「TO-NA」の特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)を務めるタテル(27)は、グループきっての文学少女・クラゲ(22)とバーを巡りながら「カクテル歳時記」なるものを作ろうと試みている。
○ルール
一、カクテル(またはフレッシュフルーツ)の名前がそのまま季語となる。よって通常の俳句における季語を入れてしまうと季重なりとなる。
一、各カクテル・フルーツがどの季節の季語に属するかは、材料の旬や色合い、口当たりの軽重などを総合的に勘案し決定する。

  

無実の殺人未遂容疑で囚われの身となっていたタテルであったが、弁護人等の尽力により不起訴となり、TO-NAの運営にも晴れて復帰となった。となると真っ先にしたいことはカクテル俳句の製作である。しかし後ろめたさがありクラゲを誘い出す気分ではない。見かねたクラゲの方から、バーへの誘いがあった。
「これからもカクテル俳句たくさん作りたいです。作りたいがあまり1回1人でバー行ったくらいです」
「そうなのか。寂しい思いさせてごめんな」
「帰ってきて下さって嬉しいです。タテルさんの思い受け取って、僭越ながら反戦俳句詠ませていただきました。これなんですけど……」

  

クラゲの良作に目頭が熱くなるタテル。その様子を見たクラゲも涙した。
「俺の帰りを信じてくれてありがとう。貴女は立派なカクテル俳人だ」
「タテルさんのノート見ました。俳句への想いをひしひしと感じて、これは絶対歳時記完成させないと、と思っていたから帰ってきて下さって本当に嬉しい……」
「よく喋るなクラゲ。そんなクラゲと会話できる幸せ、当たり前じゃない……」

  

感慨に浸ること35分。目当てのバーの近くにあるカレー屋を調べ、TO-NAハウスを出発する。今晩のバーは、新宿末廣亭の隣にあるビルの3階、ル・パラン。最初の重厚な扉は自分で開けて、音が鳴ることにより中の店員が気づいて2つ目の扉を開けてくれる。照明は暗めであり、喫煙も可能である。

  

例によってメニューは無いため、先ずはフレッシュフルーツの扱いがあるかを確認する。
「西瓜や桃…」
「タテルさん西瓜の俳句詠みたい、って仰っていましたよね?」
「そうそう。描きたい風景があって」
「じゃあ西瓜にしましょう」

  

志村けん氏が秒で貪るサイズの西瓜を1人あたり贅沢に2切れ、果肉を刮ぎ取ってミキサーにかける。これとウォッカ(グレイグース)を合わせてシェイクし、グラスに注いで縁に塩を塗す。西瓜のあどけない甘さと青さが濃く出た、夏の定番フルーツカクテルである(本体価格2500円)。
「西瓜のソルティドッグですね」
「はい。一応ではありますが『真夏のソルティドッグ』という名前がついています。『サマーソルティドッグ』と呼ぶ人もいますね」
「傍題、ってやつだね」
「傍題または子季語。主たる季語(季題)の派生形ですね」
「そういうこと。まあ傍題を使っても良いんだけど、主たる季語を使うに越したことはない。ここは西瓜のソルティドッグでいこう」

  

西瓜のソルティドッグ離島医療のむずかしさ
「イメージはDr.コトー。西瓜と草履をつくって生きてきたおじいが末期がんを患って世を去るんだけど、最後までコトー先生を信頼して、コトー先生も名残からか草履を愛用するようになったり。医療の届かない離島、それでも地元を大事にして生きてきたその想いを込めてみた」
「なるほど。やっぱりタテルさんって、良い人ですよね。心温まる話が大好きというか」
「そうなのかな」
「絶対そうですよ。だから私もその想いに応えてさせて下さい。『離島医療のむずかしさ』が漠然としていて、壁っぽいと言いますか、冷たい印象を受けました」
「そうだな。何が難しいのか、取っ掛かりの掴みにくい表現だね」
「西瓜と草履で、Dr.コトーを連想できるのでしょうか」
「観ていた人ならできそうだね。連想させる方向で書いてみよう」

  

西瓜のソルティドッグ藁草履の医師ひとり
「コトー関係無くとも、医師が1人しかいなくてしかも草履を履いている、ということは僻地の診療所なんだろう。そう読み手は想像できると思う」
「良いと思います。温かみが出ましたね」
「流石クラゲ。良い指摘してくれるよ。そしたらもう一工夫しようかな」

  

西瓜ドッグ藁草履の医師ひとり

  

「あれ、上の句をかなり端折りましたね。これは傍題の使用ですか?」
「これは単に短くしただけ。実際の俳句の世界にも『龍天に登る』とか『鷹化して鳩となる』のように長い季語があるんだけど」
「そのまま入れたら自由に使える音数少なすぎますね」
「だから短くする。大事なのは伝わるかどうか。バーテンダーさん、これは一応『西瓜ドッグ』と呼んでも通じますかね?」
「はい、良いと思いますよ」
「お墨付きを得た。まあソルティ要素は抜けているけど、日本における定番カクテルとして通りはするから良しとしよう」
「西瓜ドッグという都会的なカクテル季語に離島の医師という田舎要素を合わせる、このギャップが遠近感を生んで味わい深い句ですね。これぞカクテル俳句、サイコー!」

  

ここでタテルの右隣の客が退店したため、2人は1つ右にずれてゆったりとした空間使いができるようにした。この日のバーテンダーはベテランと若手の2人体制。客の多数を占める常連がベテランを我が物とする。一方のタテルは若手バーテンダーに、夏らしいクラシックカクテルを訊ねてみる。するとダイキリを勧められた。
「ラムベースだね」
「またラムですか……」
「ラムは夏のイメージだからな。ちなみに秋はウイスキーやブランデー、冬はウォッカベースが増えてくる」
「なるほど。では有り難く頂きます」

  

ダイキリ(1800円)。苦味や酸味が主体になるかとも思ったが、ラムや砂糖による甘みも効いており、ライムの丸い部分を感じる。
「クールに見えて愛嬌があるカクテル。TO-NAのメンバーで喩えるとミクさんですね」
「なるほど。確かにミクは大人びていて色気もたっぷり」
「色気ですか」
「色っぽい。足の指長いし」
「それはタテルさんの独特なフェティシズムですよね」
「そうなるね」
「そうなるね、って……」
「ではクラゲ、お詠みなさい」
「えっ?えーっと、んー!」

  

ダイキリは擽る(クールビューティー)の(キューティーな表現)
「すみません、穴埋め問題が出来上がりました。短く的確な言葉、パッと出てこなくてですね」
「いいじゃん。産みの苦しみを愉しむのも文学だ。取り敢えず句の説明を」
「ミクさんはクールなんですけど、擽りに弱いところとか可愛くて。落ち着いた雰囲気からポップなアートを創り出すミクさんの魅力を、擽りと絡めて表現してみました」
「ギャップの美学だね。よし、構造的な話をしよう。定型に忠実になれば穴埋め箇所はそれぞれ2音と5音。ただ2音でクールビューティーを表現するのは難がありそうだ。ここは調べを崩しても良いかもね」

  

ダイキリは擽る才媛のラヴリー
「ダメだ、4音4音で字余りです。調べも重たいですし」
「こういう時は熟語の片方の漢字だけ取り出して訓読みすることを考えてもいいかもね。才媛の『媛』の字だけで何と読むのか」
「あれ、たしかこれ愛媛の『媛』ですよね。ということはこれ1文字で『ひめ』と読めるかもしれません!」

  

ダイキリは擽る媛(ひめ)のラヴリーを
「結局定型に収まりましたね。良かった〜」
「あとは『ラヴリー』の是非だな。これが『可愛らしさ』の形容になっているか、というのが少し疑問でさ。英語由来なら『キュート』になるんだろうけど」
「キュートも考えたんですけど、もう少し味わいのある言葉を使いたいと思って避けました」
「確かに『媛』とのギャップが欲しいところではあるね。ラヴリーだと何となくエロさも感じて、媛に寄り添ってしまう」

  

ダイキリは擽る媛の無邪気さを
「言葉選びは纏まってきたけど、一読して倒置法であることを理解できるかが怪しい」
「そうですよね……」

  

ここでまた客の退店があり、ある常連客が定位置に移動したためタテルとクラゲは再び右隣に1つ席を移動することになった。ちなみにこの時退店した客は、2人でマッカランをボトル半分量飲み干していた。

  

2人も各々気になったボトルから1ショット頂く。タテルはローランド地方のスコッチ・CLYDESIDEを選択。赤のSTOBCROSSは家用に買っていたが、今回は青のNAPIER(2000円)を棚に見つけた。赤はトロピカルであどけない印象であったが、青は拡がりがあって淑やかな蜜である。

  

ダイキリが擽る媛の無邪気さ
「倒置法を解除しました。しかし字足らずです」
「意味のない字足らずだ。こういう時は詠嘆しよう」

  

ダイキリが擽る媛の無邪気かな

  

「『かな』という詠嘆の助詞を末尾に置いた。作者が覚えた感動を強調し、読者に投げかける効果がある」
「よくトミザワウメオさんが夏井先生に使い方怒られている助詞ですね」
「不用意に置くと良くないんだよね。今回は淑やかな『媛』とあどけない『無邪気』のギャップに注目してほしい、という意図があるから置いても良いと判断した。ただこの辺の是非は意見が割れそう。受け手のその日の体調や気分にも左右され得る繊細な話だと思うんだ」
「何でもかんでもルールで固めたり白黒つけたりするのは面白くないですよ。文学にはそういう裁量があっても良いと思います」

  

常連客が持ってきたサブレが回ってきたため、もう1句だけ詠むことにした2人。引き続き夏のカクテルを訊ねると、フレッシュな桃を使ったベリーニを案内された。
「遂にきた、シャンパーニュベースのカクテルだ」
「贅沢な1杯になりそうですね」

  

2人の予想通り、1杯3000円という中々高級なフレッシュフルーツカクテル・ベリーニ。だがここまで様々な酒を飲んだせいか舌が麻痺しており、桃の甘みがシャンパーニュの辛さに掻き消されたように感じた。最初に飲んだ方が味わえたのかもしれない。
「こういう時こそ良い俳句を作らないと」
「ひとつ提案なんですけど、2人で各々詠みません?どちらがより優れているか競いたいです」
「俳句王国スタイルだ。よし、やってみようじゃないの」

  

クラゲ:18金まいた手首とベリーニと
タテル:ベリーニに還れ来世は御曹司

「私はシャンパーニュから金を想像し、桃と合わせているから少し純度が下がって18金。それを手首に巻いてベリーニのグラスを持つ映像を作りました」
「ちゃんと手許がアップになっている。名人の描写だ。俺は店名の『ル・パラン』から『ルフラン』を思い浮かべて、ベリーニを生命の源と捉えた。贅沢なカクテルだから、いっそのこと金持ちに転生したい、なんて人物思い浮かべてさ」
「これは思い切ってますね〜」
「大ウケか大スベりか紙一重」
「大丈夫ですよ、意図を確と持って作られたのですから」

  

判定はバーテンダーにしてもらう。実際の店舗ではそのようなサーヴィスは無いのでご留意いただきたい。
「勝者は……

  

18金まいた手首とベリーニと

  

「だよね。最初からわかってたよ」
「タテルさん嘘でも良いから落ち込んでください。張り合いが無さすぎます」
「だって安易なんだもん、金持ち要素の取り込み方。クラゲの『18金』はベリーニに合わせた言葉選びだけど、俺の『来世は御曹司』なんて流れでちょろまかしただけ。勝負には向いてないよ」
「磨き上げたら絶対良い作品になりますよ。ベリーニに死生観取り込む発想は鳥肌モノなので」
「また来年帰ってきます。おめでとうクラゲ」

  

会計は1人1万円を超えてしまった。タテルが飲んだ分は合わせて9300円、チャージ1000円を足して10%加算である。
「高級な店だったな」
「釈放されて初めてのバー、には相応しかったんじゃないですか」
「そうだな。俺らが頻繁に来る場所ではない」

  

「タテルさんがいない間もずっと、映画の脚本書いていましたよ。約束通り秋頃には仕上がりそうです」
「楽しみだなぁ。ああ、海見たい」
「福井の海は綺麗ですよ。冬の日本海は本当に力強いです」
「蟹、蟹。のどぐろのどぐろ〜」
「食べることしか考えてませんね」
「良い日本料理屋と寿司屋を知っている。絶対行くんだから!」
「その前に秋田フェスも、めっちゃ楽しみです」
「あっちでもカクテル俳句作る?」
「時間があればですけど、やりましょうか」

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