超大型連続百名店小説『世界を変える方法』第5章:悪人に正当な罰を与えよう 2話

フランス帰りのカケル(21)は、「アパーランドの皇帝」として問題だらけのこの国に革命を起こそうとする。かつてカリスマ的人気を集め社会を変革しかけたアイドルグループ・Écluneをプロパガンダに利用しながら。
*この作品は完全なるフィクションです。実在の人物・店・団体、そして著者の思想とは全く関係ありません。こんなことしようものなら国は潰れます。

  

嫌々ながら観ていた夕方のニュース番組で、高齢者の運転技能講習特集に出会したカケル。自信満々だったはずの高齢者が、いざ運転してみるとミスを連発する体たらく。危険を感じたカケルは、高齢者の事故と免許返納について現状を把握する。

  

全体的には若者の方が事故を起こしています。ただ高齢者の場合は事故ひとつひとつが重大なものになる傾向にあります。判断力や瞬発力、状況把握などの欠如という事情があるものと思われます。これはこの国に限った話ではなく、世界共通の社会問題といえます。
免許返納について、この国では免許更新時70歳以上で高齢者講習、75歳以上で講習に加え認知機能検査が義務付けられております。ですが検査で異常が見られてもすぐ更新が拒否されるものではなく、医者の診断が必要となります。欧米も基本的に似た免許剥奪のステップ、ただアジア圏の国では検査や医者の診断を強制しすんなり免許剥奪できるシステムになっているところも多いです。

  

「なるほどね。どうしてこうも回りくどいシステムにするんだろう。一発でズバッと取り上げればいいものを」
「本人の自主性を尊重したいのでしょう。本人の意思に反して強制的に免許を取り上げるのは強権的すぎる、と」
「でも国民の安全を守るのも義務だろう。周りが説得しても自主返納しない利かん坊からは、多少強引でも剥奪する!」

  

翌日、カケルはアパーランドのシナジーと共に再び銀座4丁目に降り立った。日曜日の真っ昼間のため中央通りは晴海通りとの交差点を除いて歩行者天国となっている。2人は松屋方面に歩いていき、途中にある工事中のビルのエスカレーターを下り地下飲食店街に入る。
「もしかして、すき焼きですか?」
「ああ。1人すき焼きもできる店らしい。おひとりさまお断りの店多いから有難いよ」
三越と松屋の中間、それも地下という立地のためか、休日でもすんなり入店することができた。

  

メニューを眺めてみると、カケルはすき焼きセット以外に気になるものを見つけてしまう。
「バタ焼?バターで焼いた肉、ってこと?」
「そうみたいですね。タレにつけて食べる」
「そっちの方が惹かれるな」
「折角のすき焼きですよ?いいんですか?」
「別に思い入れある訳じゃねえし。バタ焼はありそうで無い食べ物だ、そっちを優先する。君はすき焼きを食べなさい」

  

注文して程なくして、カケルにはアスパラ豆腐とトマトサラダがやってきた。すき焼きセットにはついてこないものである。
「これを食べたかったのもある、俺がバタ焼選んだのは」
「渋い趣味お持ちですよね。やっぱり似たもの兄弟」
「兄貴の話はするな!」

  

アスパラ豆腐には蟹肉も入っており、いち和食の先付としての貫禄を覚える。

  

一方でトマトサラダは素材を活かした明るい味付けで、セロリのクセが少し香る。

  

「私の母方の祖父もすごく頑固な人でした。体が動かなくなって老人ホームに入居させようとしたら、そんなところ行くか、って突っぱねられたんです。仕方ないから母が介護して、私も会社帰りに少しは協力したんですけど、母はイライラを募らせるようになって家庭環境が悪くなりました」
「何で入りたがらないんだその爺さん。金が無かったから?」
「違います。蓄えは潤沢にあったので、本当に老人ホーム入って欲しかった。拒む理由さえ聞かせてもらえなかった」
「プライドなのか、家にいる安心感なのか。将又ただ駄々捏ねたいだけなのか。いずれにせよ理解に苦しむ。そういう爺さんに俺は絶対なるもんか」

  

バタ焼がやってきた。カケルは何も考えず右手にある白いものを食べて悶絶する。
「レフォールだこれ!俺としたことが……」
「何だと思ったんですか?」
「味噌的な何かだと……ああ恥ずかしい」

  

肉自体には味は無く、タレにつけて食べるのが大前提となっている。タレは恐らく芥子が効いていて、肉と合わせると脂が良い塩梅になってご飯が進む。カケルの言う通り、この店以外では万世のランチくらいでしか食べられないものである。

  

野菜の分量も多めである。人参やポテト辺りはバター味が効いて美味しい。一方でキャベツやほうれん草は味が薄い割に量が多く、嫌々食べる形となってしまう。
「クリームスピナッチにしてほしい。ステーキの付け合わせみたいな」
「ここは伝統的な店です。そんな洒落たもの出しませんよ」
「それにしても量が多すぎる」
「混ぜればいいじゃないですか。カケルさんもこのままだと頑固親父まっしぐらですよ」

  

白飯は肉の他、この店特製の鯛味噌でも進む。土産としても買うことができる模様である。

  

「足んないかと思って150gにしたけど、思ったより凭れるな。100gで十分だった」
「この国の牛肉はそういうものですよね。アメリカンビーフだったら300gは余裕なのに」

  

何とか食べ終えて退店する2人。歩行者天国を悠々と歩きながら思想をひけらかす。
「別に高齢者でもアクティヴな人には動き回っていてほしい。寧ろ逆に動いていてほしい。定年退職して休んでばかりだとそれこそボケちゃう」
「一生涯働き続けるというのもハードですけどね。最後くらいは余生を謳歌させないと」
「若いうちから休み多めにすればいいものを。週休2日を65歳まで、じゃなくて週休4日を80歳までとか…」
「キャーーッ!」

  

2丁目の交差点で数名が激しく転倒していた。目線の先には、車両進入禁止のバリケードを払って車が歩行者天国に侵入していた。運転手は例によって高齢者であった。
「何が起きた⁈」
「車が急発進して。直接ぶつかってはないんですけど、避けた反動で転んだようです」
「ドライバーは?」
「出てきてませんね。なんか惚けた様子ですよ、アクセルとブレーキ踏み間違えたことすら気づいてない」

  

シナジーに耳打ちするカケル。シナジーは車に向かい運転手に詰め寄る。
「おいジジイ、テメェ何したかわかってるよな⁈」
「アッ?」
「ちゃんと喋ろう?ここ車入っちゃダメ。テメェの危険な運転のせいで人転んでんの」
「あっ、えっ、うっ……」
「頭おかしいね爺ちゃん。こんなのが運転しちゃダメでしょ」

  

「ちょっとあなた何なんですか?急に詰め寄ってきて」
同乗者の女が不快感を示す。
「どうもすみません、うちのツレが暴れてしまって」
カケルが間に入ってきた。
「しっかりしてくださいよ」
「運転手の娘さんですか?」
「そうですけど」
「免許返納するよう、お父様を説得しました?」
「関係ないですよね」
「したかしてないか答えなさい」
「……しました。言うこと聞かないんです」
「お気持ちよくわかります。こういうジジイほど人の言うこと聞かないですからね」
「し、失礼な!」
「これでわかったでしょおじいちゃん、もうあなたに運転する資格はないよね〜」
「お、俺をナメるな!」
「世の中ナメんな!免許捨てろクソジジイ!」

  

カケルの恫喝に、運転手は号泣した。
「泣きたいのは転んだ人達の方だけどな。ほら、出てきて謝りなさい。地べたに手をつけて…」
「焼き土下座じゃないですかそれ」
「やったら面白かったのに。流石にしねぇか。せめてちゃんと頭下げなさい。くだらないプライドは捨てて、ほら!」

  

その後警察が到着し運転手は署で事情聴取を受ける。警察の説得もあってか、彼は最終的に免許返納を承諾したとのことである。

  

NEXT

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です