昨年の独立騒動を乗り越え人気を取り戻した女性アイドルグループ・TO-NA。しかしメンバーの卒業が相次ぎ、特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)としてグループを支える渡辺タテルは新メンバーを募集することにした。
一方、独立騒動の結果業界から追放されたTO-NAの前プロデューサー・Fは、芸能事務所DP社社長の野元友揶(のもと・ゆうや)に声をかけ、「世界一を目指す女性ダンス&ヴォーカルグループ」のプロデュース、そしてTO-NA潰しを依頼する。
野元が週刊誌と手を組みタテルの悪評を垂れ流したことにより、TO-NAのオーディションは辞退者が続出。野元のオーディションで不合格になった訳あり候補生をTO-NA側に送りつけTO-NAオーディションの破綻を狙うが、タテルはその候補生を続々採用。真摯に向き合い問題を解決していった。
*物語の展開は実在の店舗・人物・団体と全く関係ございません。
野元がとどめを刺そうとしていることは露知らず、TO-NA新メンバーはお見立て会に向けパフォーマンスを磨いていた。タテルとTO-NAキャプテン・グミは微笑みながらその様子を見守っていた。
「みんな纏まってきた。最初はどうなることかと思ったよ」
「ごめんな、騒動のせいで大変な思いさせて」
「あれはタテルくん悪くないんでしょ?謝らなくていいじゃん」
「ああ」
「野元先生も実力のある人連れてきたよね。騒動のお陰で逆に人材に恵まれた」
「塞翁が馬、ってやつだね。8月の秋田フェスを成功させれば注目度は一気に高まる。各局音楽番組にもまた当たり前のように出られる。そして紅白にも出て、メンバーの地元にいるご家族の皆さんに勇姿を見せられる。来年にはもっとパワーアップしたTO-NAをお届けできることだろう」
「楽しみ。期待に応えられるよう頑張らなくちゃ」
「あそうだ、明日の夜タイ料理の店予約してるんだけど来ない?」
「え、行きたい!」
「カコニも一緒だ。キャプテン副キャプテン特別アンバサダーの鼎談になるぞ」
「あれ?タテルくんって役職停止中じゃ?」
「停止ならとっくに解いてる」大久保が口を挟む。
「正式に言ってなかったな。タテルくんは新メンバーにしっかり向き合い諸問題を正した。末端の務めをしつつ、自発的に動き責任を果たした。誰もが役職復帰に納得している」
「ありがとうございます……」
「あとはCLASHへの訴訟だな。長い闘いになるだろう、辛い時は抱え込まないように」

鼎談当日は夕方まで仕事が入っていたため、20時に予約して訪れた。目黒川に程近い場所にある高級タイ料理店。入口は引き戸であり寧ろ日本料理店っぽい。店内は清潔感があり安らぐ空間である。
月毎にフォーカスする地域を変えコースを組み立てている。この月はタイ北部の、比較的マニアックな料理を揃えていた。
「タイ料理のコースなんて珍しいですよね」
「しかも食材しか書いてない。どんな料理が出るんだろう」
「恐らく2人の知ってる料理は出てこないんじゃないかな」
「知らないタイ料理が出てくる訳ですね」
「それを追い求めてこの店予約したんだ」
「タテルくんってタイ料理食べるんだね。意外」
「そう?無印のタイカレーはよく買うよ。特にマッサマン」
「あれ美味しいですよね」
「グリーンカレーも大好き。馬鹿みたいに入れはしないけどパクチーも好き」
「ああ、私パクチー苦手です」
「カコニは野菜全般ダメでしょうが」

飲み物のメニューは用意されていないのでとりあえずビールとする。志賀高原ビールの夏限定ラベルは苦味がしっかり効いていた。


最初の2品。1つは玉蜀黍のソムタム。青パパイヤは使われていなくて、干し海老の代わりに琵琶湖の小鮎を主役としている。ナンプラーの味がシャキッと甘い玉蜀黍によく染みて旨い。そして辛い。

もう1つは焼き茄子をペースト状にしたチェンマイの郷土料理。スモーキーさが主であり、味わいはそれほど深くないようであった。
「野菜嫌なら俺に頂戴」
「これくらいなら食べますよ」
「タテルくん、流石にカコニちゃんをナメすぎ」
「悪かったよ」
「この夏ちょっとお出かけしたいですね」
「私バンジージャンプやりたい」
「グミはバンジー大好きだもんな。俺も飛んでみたい」
「私も飛びますよ」
「じゃあ3人で竜神大吊橋行くか」
「去年ベリナちゃんとやったドラマの舞台ですよね。聖地巡礼したい!」
「あの時はスケジュールの都合で飛べなかったからな。よし、1周年記念に行くか」
「じゃあ秋田フェスの準備期間に入る前に行きましょう」
「タテルくん、体重サバ読みしないようにね」
「野呂佳代さんじゃないんだから」


次は岩中豚のスペアリブ、タイ風漬物の入ったチェンマイ風のスープ「パッカード」。少し酸味のある素朴なスープが堪らなく旨いものである。
「これは納豆みたいなものを煎餅状にしたトゥアナオというものです」
「おっ、香ばしい匂い。そのまま食べても美味しそう」
「ちょっと塩辛いとは思います。でも餅米と一緒に食べることはありますね」
「まさしく納豆だ」
「本当に知らないタイ料理の連続ですね」
「そもそもチェンマイがよくわからないです。バンコクとは違うんですよね?」
「タイは上が丸っこくて下が細長い形をしていて、バンコクは丸っこい部分の一番下です」
「じゃあチェンマイとバンコクは全然違う」
「チェンマイはこの店開く直前に渡航して、集中的に料理を研究しました。なので結構得意分野です」
「この後の料理も楽しみだ」


続いて刺身サラダ。山口のブランド鯵・瀬付きあじと琵琶湖の鱒をハーブサラダ、そして青唐辛子ソースと共に戴く。ハーブサラダはミントやパクチー、生姜に茗荷と香りの強いものが勢揃いで、一緒に食べると魚本来の味は判別しづらい。ただ後味に魚の脂のニュアンスは感じられるし、青唐辛子ソースにつければその辛さで脂のとろみが立つ。
「グミさん、ハーブサラダあげます」
「確かにカコニちゃんには刺激強そう。私が食べてあげる」
「俺のもあげる」
「タテルくんは我慢しなさい!」
「ちょっと多いんだもん。青唐ソースの方がもっとほしい」
「じゃあソースあげますよ」
「やった!」
グループ人気上昇の起爆剤たり得る秋田フェスに関して話し合う3人。
「ライヴのセトリは後で決めるとして、メンバーから出し物の案を募った。どれが良いか、軽く眺めてみよう」
「私はストラックアウト提案した。カコニちゃんは?」
「メンバーの等身大パネルを置いて撮影できるブースを設けたらどうかな、と思いました」
「撮影ブースはほぼ確で採用だな。ストラックアウトも、野球を売りにするTO-NAとしては是非やりたいね」
「秋田で野球強い高校あるよね?」
「金農だね」
「そこの野球部員さんにデモンストレーションしてもらうのも面白いかも」
「地元民を巻き込む施策。良いね」


チェンマイ風ホットサラダ。メニュー表にはジャックフルーツと書いてあったが仕入れられず、筍で代用。香ばしさを担う食材が多い中、トマトから水分と共に溢れ出す旨味が纏め上げる。
「謎解きイベント?面白そう!」
「やりたいね。考えるの大変だけど」
「ライヴ内でヒント出してみたり。ばつ丸くんに依頼してみようかな」
「あとは虹色の竿燈を飾る、なまはげから逃走中、……」
「面白そうだけど、伝統を汚しかねない企画だな。慎重に検討しよう」
「冠番組の恒例企画『TO-NAの綱引き』を地元民と実施」
「やりたいです!」
「抽選制だね。応募殺到しそう」
「議論尽きないね。続きは帰ってからやろうか」


次の料理は、鶏出汁を含んだココナッツミルクに、エスニックの香味を含んだチリジャムを添えたもの。ここに鶏を合わせたものがこの店のスペシャリテ的存在であるが、この日は後の料理に鶏が登場するため回避し鱧のフリットを載せた。ココナッツと唐辛子が混ざり合うことによりコク深い未知の甘辛に出会う。鱧の骨切りも確となされている。
「2人は新メンバーと距離縮まった?カコニはチカに逆立ち教わってるけど」
「まだちょっと距離あるかな」
「みんな各々懇意にしている先輩はいますけど、満遍なくはできてないのかな、と思います」
「個性強いからね皆。アリアは突っかかってこない?」
「安心してください。相変わらず口は達者ですけど馴染めてますよ。特にバンビちゃんとは仲良しで」
「良い凸凹コンビだね」
「エリカちゃんは私とよくカラオケします」
「歌上手い者同士だ」
「いえいえ、まだ全然です」
「何歌うの?」
「酒と泪と男と女、ですかね」
「酒飲み同士でもあった」
「終わった後大体声ガサガサです」
「気をつけなさいって」


トマトベースの麺料理「ナム・ギャオ」。本場では豚の血を固めたものを使うが、日本人の口には合わないためレバーで代用する。麺も現地では発酵したライスヌードルを使うが、手に入らないため素麺を使う。

一方でタイ北部では定番食材となっている綿花のがく「ドッグギョウ」が使われていて、硬いがみちっと解れていく食感が面白い。
「こりゃ美味いや。担々麺のノリで食える」
「カコニちゃん嬉しそう」
「肉入ってるので!」
「こんな露骨に肉を好くアイドルっていないよな。好物カツカレーだっけ」
「大好きです。タテルさんだってお好きですよね」
「大々的にカツカレー好きとか言うと風間さんみたいになるから……」
「風間さん、本当に戻ってこないんですかね?」
「戻ってこないだろうな、あの性格だと」
「釈然としない部分あるもんね。本当は無実なんじゃないかと思いたくなる」
第三者委員会の調査結果が出たことにより、風間のハラスメントは否定できないものとなった。まず野元は当然のように彼を批判する。CLASHに「芸能関係者」名義で寄せたコメントより。
彼は歌をお笑いと履き違えている。ダンスはまあ見るに堪えるくらいの実力か。こういうのがこの国のエンタメの最前線にいちゃいけなかったんだよ。金は腐るほどあるんだから、潔く身を隠してもらいたいね。
そしてアパーランドの皇帝ことカケルもまた、風間の行いは容認できるものでないとSNSに投稿した。
調査結果によるとセクハラもあった、と。被害者は風間のハラスメントに起因する疾患で地位と時間を奪われた。風間は逮捕・起訴されて、無期懲役も視野に入るくらいのことをした。なのに警察沙汰にすらならずのうのうと生きている。意味不明。この国の法は腐ってる。
「気持ちは解るけどさ、そんな言い方しなくてもいいじゃん、って思うよね」
「何も知らない第三者が決めつけることじゃないですよね」
「憶測で決めつける人ってシンプルに頭悪い。サングラス物理講師が言ってた」
「何となく知ってるその人」
「本格的な物理学やらせてくれるからねあの人。憶測で物を語るな、という言葉がすごく印象に残ってる」
「さすが東大理系。物理もお手のものだ」
「めっちゃ苦手なんだけど……」

次の日も仕事のため酒量を抑えていた一行(飲み物の値段がわからないから、と言ってはいけない)。ここで漸く次の酒を頼む。肉が続くためイタリアの濃いめの赤ワインを選択。ナチュラルワインということもあってか、次の料理の発酵要素を綺麗に取り込んでくれる。


大山鶏をハーブと共にバナナリーフに包み蒸したもの。しっとりブリンブリンした鶏肉に、あっさりながら辛いハーブがよく合う。
「THE GIRLS、先週Mステ出てたけどパフォーマンスすごかったよね」
「それは間違いない」
「ただタモさんとのトークが一切無かったのは寂しかったです。メンバー1人1人のこと、少しでも知りたかったのに」
「そういえば最初に楽曲披露した時も、質問は野元先生が答えてましたね」
「メンバーが答えようとしたのを遮ってまで出しゃばってきたからな。もしかしたら野元の意向なのかもしれない」
タテルらの推測は殆ど正しかった。THE GIRLSメンバーは公での喋りを一切許されていなかった。トークのレッスンをエイジから受けており、エイジと野元のお墨付きが出るまでは歌番組でのトークをさせてもらえない決まりになっている。
「何だ其の辿々しい喋り方は⁈」
「すみません……」
「俺言ったよね、澱み無く喋れる様に準備しろって。何回練習した?」
「15回くらいです」
「足りねえんだよ!あのな、トークの練習って隙間時間でやる物じゃねえんだ。1時間とか2時間確保して鏡の前に張り付いてやれ!」
「歌とダンスで一杯一杯なんです!」
「泣き言言うな!歌とダンスが出来ても、喋りが下手だと印象悪い!六石男子とか見てみろよ、歌も踊りも出来て冠番組での場の盛り上げ力も優れている。此れくらいやれないと世界進出の前に国内で躓くね。確り鍛えろ。いいか!」
「心配なのは、THE GIRLSのメンバーが相変わらず精気無く見えるんだよな」
「やっぱそうだよね。疲弊してそう」
「世界一を目指すがあまりオーバーワークになってそうですね」
「確かにそうだね。でもあまり私たちが心配することではないかもね」
「あっちは圧倒的実力、こっちは親しみやすさ。無関係の俺らがああだこうだ言うのはお節介だな。無関係であれば良いのだが……」

メイン兼食事は、津軽かもとジャスミンライスだけが載ったプレート、そしてレッドカレー。カレーにはアメリカンチェリーが入っていて、鴨も柔らかく調理されているが、ベースとなるレッドカレー自体が美味い食べ物なので、食材の組み合わせとやらを分析しながら食べる隙は無い。
「キラリンとレジェはすっかりラップに夢中」
「ダリヤの影響だね」
「フェスまでには人前で披露できるようになるだろう、ってダリヤちゃん言ってた」
「素晴らしい。またひとつ個性が実りそうだ」
「私、30歳過ぎてもアイドルやりたい、って言ったじゃん」
「言ってたね、渋谷の居酒屋で」
「でも今は続けられる限りやりたいと思ってる」
「グミ……」
「新しくTO-NAに入ってきま子は皆個性や強い想いがある。先輩メンバーもそれに感化されて新たな一面や更なる魅力を見せ始めている。TO-NAの進化がすごく楽しみ。だからずっと居たいな。TO-NAを離れること、考えたくなくなってきた」
「大歓迎さ。グミには特に居続けてほしい。締めることも和ませることもできるキャプテンシーの高さ、これは貴重だよ」
「私ももっと勉強させてください。グミさんの背中から沢山のことを学びたいです」
「嬉しい……ありがとう2人とも」


デザートはカノムチャン。日本語にすると「階層状の菓子」という意味であるが、要はういろうみたいなもので、(タピオカ由来の?)もち食感と(ココナッツミルクの?)仄かな甘さが堪らない。そこに旬のメロンとそのソースを合わせ、フレッシュ感を堪能する。
「いやあ、知らないタイ料理の連続で楽しかったです!」
「毎月来たいね」
「やっぱり狸の言うことは当てにならないや。実はこの店、野元が痛烈に批判してて」
「こんな良い店なのに?」
「そう。それも彼史上5本指に入る酷評」
「捻くれてますよあの人」
「まあ3年前の話だからね。今日は他の客が居なかったし提供もスムーズだった。酷評しっぱなしは良くないよね。もう一回訪れて改善具合を確認するのが筋というものでしょう」

ここまで本格志向のタイ料理が続いてきたが、最後に出てきたのは抹茶と和菓子であった。ここまでタイの旅をしてきたけど、帰ってくる場所はやっぱり日本である、という店主の考えが反映されたものである。

和菓子はこの時期らしく青梅の上生菓子。求肥の中に餡がぎっしり、梅ジャムも入っていて甘酸っぱい。
「これも手作りなんですかね?」
「だとしたら相当な芸達者だよ。西洋料理の技法も菓子作りもお手のもの」
「全国各地から素材を集めているから和の要素もある。和洋折衷ならぬ和泰折衷だね」
「唯一無二の店だ」
値段の見えないドリンクは、会計時に確認したところ、本体価格でビール1000円、赤ワイン1300円。会計は1人あたり2万円を僅かに切る金額となった。
「美味しかった〜!ご馳走様です!」
「今日は北部だったので、次は南部の料理も食べてみたいです」
「南部は1月から3月くらいにやります。その時は是非お越しください」
刺激的なタイ料理を味わった3人の足取りは、熱帯夜の上り坂であっても軽やかであった。
「タテルくんと一緒に食事するの、本当に楽しい」
「ですよね。美味しいものいっぱいで」
「料理人は美味しいものを作って出すことを生業としている。客はそれを期待して訪れるものだ」
「当たり前のことですよね」
「それが最近当たり前じゃなくなってる。ミシュランや食べログの評価軸が確立したことで、審査に夢中で食を楽しもうとしない客が増えた」
「本末転倒ですよね。楽しみたいからお金かけてまで食べに行くのに」
「野元のように批判したいが為に食べ歩く人もいる。そんな食べ方じゃ料理人も客も幸せにならない。料理人を信頼して食べれば、一定の満足感多幸感は得られる。それを忘れてはいけない」
「素敵なこと言うねタテルくん」
「TO-NAもそうだ。純粋に愛してくれようとする人を大事にしたい。人格否定したり存在を貶す、愛の無い批判には負けない」
「そうですね。でもそれに甘んじて、実力を磨くことを疎かにはしたくないです」
「理想は雪だるマンみたいにバキバキダンスを踊りつつ親近感を醸し出すことかな」
「それできたら最強ですね」
「TO-NAの最後の1ピースを埋めるのはファンやサポーターの皆さん。全員が一丸となってエンタメ界を、最終的にはこの国全体を盛り上げる」
「まずはお見立て会と秋田フェスだね」
「絶対成功させます!」
翌日、CLASH記者が笑みを浮かべながら野元の部屋に入る。
「野元先生!今晩には出せますよ、あの記事」
「ちょっと時間かかりすぎじゃないの。待ちくたびれたよ僕」
「すみません。確実にしたくて慎重になりました」
「この記事が出ればTO-NAは終わる。膿がひとつ抜けるね」
「芸能界の健全化が進みますね間違いなく」
「実力も無いのにちやほやされて調子に乗る。過大評価されてアーティスト面をする。おぢを騙して金を搾り取る。昨今の飲食業界と似たところがあるねTO-NAには」
「ほんそれ。不健全にもほどがある!」
「もう国民は騙されないよ。真面目にやっている数少ない人達だけが報われるべきだ。宝石は磨けば輝くけど、河原の石は磨いても小さくなるだけだね。TO-NAよタテルよ、激流に削られ小石として生きるがいい!」
お見立て会まで1週間。TO-NAハウスでは先輩メンバーも交え壮行会が行われていた。
「じゃあ俺コンビニで買い出ししてくる」
TO-NAハウスの近くにあるコンビニで摘みとスイーツを買い込んだタテル。そこへ男4人の集団がすれ違う。
「あ!TO-NAスタッフのタテルだ!」
「よっ、浮気野郎!」
「ちょっと何ですか急に?」
「記事出てるのに。しらばっくれる気?」
「知らないです、記事なんて」
「これだよ、こ・れ!」
3月末解散のラーメンYouTuberキョコってる、解散の原因はタテルの浮気だった⁈国民的彼女・京子を尻目に地元の川口春奈似女性とお忍びデート
「トップアイドルの京子ちゃんを私物化しておきながら浮気だぜ?最低だな!」
「待てよ、誤解だって」
「火のない所に煙は立たねえだろ?」
「CLASHの記事だぞ。嘘に決まってるじゃん。ただ地元の友達と飲みに行っただけ!20人くらいいた!」
「見て、俺の中指。長くてかっこいいだろ」
「人に中指立てるもんじゃない!」
「人?違うでしょアンタは豚」
「汚い豚、boo、boo、boo!」
「あっち行け、シッシッ!」
言い分を受け流され面と向かって誹謗中傷されたタテルは、TO-NAハウスに戻ると直行で屋上に行った。柵を乗り越え、レジ袋を提げながら縁に佇む。
「遅いですねタテルさん」
「本当だ。ちょっと見てくる」
行動表示板を見て、タテルがTO-NAハウスに戻っていることを確認したグミ。
「変だね。帰ってきてるみたい」
「どうしてこっちに来ないんでしょう」
「いるとしたら……屋上かな?」
屋上に向かったグミ。タテルの飛び降りようとする姿を目撃する。
「タテルくん…何やってんの⁈」
「バンジージャンプの練習。怖くないだろ、って思っていたけど、いざ立ってみると怖いんだね」
「バカじゃないの?ただの飛び降りじゃんそれ」
「俺を止める気か?」
「当たり前でしょ!止めるよそりゃ」
「俺の浮気疑惑の記事が出た。俺は何もかも終わったんだ。俺は人を怒らせてばかり。エイジさんのことも京子のことも、見ず知らずの一般人も皆不快にさせた」
「私たちは助けられてる!」
「でもじきに失望させることになる。人を不幸にする奴に、生きてる資格なんてないんだ」
グミは柵を乗り越え、縁に腰掛けるタテルの元へ駆け寄った。華奢な体で重たいタテルの体を内側へやろうとする。

タテルが内側へ打ち上がり顔を上げた時、グミの姿はそこに無かった。間も無くして地上から大きな衝突音が聞こえる。見下ろしてみるとグミが血を流してうつ伏せに倒れていたのである。
タテルはあまりの出来事に言葉を失った。サイレンの鳴り響く夜の街。グミは救急病院へ運ばれ、タテルは殺人未遂の容疑者として警察に連行された。
—下巻(8月中旬スタート予定)に続く—