連続百名店小説『続・独立戦争 上』HEAT 09「一座建立の彩り」(恵比寿くろいわ)

昨年の独立騒動を乗り越え人気を取り戻した女性アイドルグループ・TO-NA。しかしメンバーの卒業が相次ぎ、特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)としてグループを支える渡辺タテルは新メンバーを募集することにした。
一方、独立騒動の結果業界から追放されたTO-NAの前プロデューサー・Fは、芸能事務所DP社社長の野元友揶(のもと・ゆうや)に声をかけ、「世界一を目指す女性ダンス&ヴォーカルグループ」のプロデュース、そしてTO-NA潰しを依頼する。
野元が週刊誌と手を組みタテルの悪評を垂れ流したことにより、TO-NAのオーディションは辞退者が続出。野元のオーディションで不合格になった訳あり候補生をTO-NA側に送りつけTO-NAオーディションの破綻を狙うが、タテルはその候補生を続々採用。真摯に向き合い問題を解決していった。

*物語の展開は実在の店舗・人物・団体と全く関係ございません。

  

TO-NAスタッフ・渡辺タテル、結婚式でマナー違反連発!出席者がSNSで暴露「体だけ大きなガキ」

  

「大久保さん!また俺の下げ記事が出ました」
「……これは酷い。タテルくん、マナーは弁えなさい」
「それは反省してます」
「というのは置いといて、この記事は酷すぎる。友人の結婚式だぞ。そこまで踏み躙るのか悪徳週刊誌記者は」
「ほんそれです。第一どこから漏れたんですかね、俺が結婚式出ること」
「いよいよ尾行されてるとしか思えないな。あと野元の嫌がらせも引っかかる。野元がCLASHと手を組んでいる可能性もゼロではない」
「それあり得ますね。太いパイプありそうですもんねあのたぬき親父」

  

遂にTO-NAサイドにCLASHとの繋がりを勘づかれた野元。そうとは知らぬまま、THE GIRLSのデビュー曲披露ライヴに向け準備を進めていた。たった1曲のライヴのために1万人規模の会場を用意し、張り切るがあまり設営に対してもあれこれと口出しする。
「照明が弱い。折角の衣装が映えないよこれじゃ」
「あまり強くすると白飛びします。演者も眩しくてパフォーマンスに影響が」
「僕に逆らう気かい?」
「そういう訳では……」
「白く見せないと美しくないんだよ。文句言わず強くする!」

  

ライヴ当日。招待されていないタテルと大久保、TO-NAメンバーは有料配信で見届ける。
「皆さんお待たせしました。練習期間が思ったより延びてしまってね。本当は1ヶ月で仕上げるはずだったのに、余計に1ヶ月かかっちゃった。でも僕は完璧主義だからね。前置きはこれくらいにして、僕が2ヶ月かけて練り上げたTHE GIRLSのパフォーマンス、とくとご覧あれ!イッツ、ショータイム!」

  

THE GIRLSの5人が幕の後ろから現れた。食い入るように観ていたTO-NAのメンバーの表情が曇り始める。
「みんな少し痩せた?」
「確かに。なんか生気が無いというか」

  

同じくÉcluneメンバーと共に配信を観ていたカケルも、THE GIRLSの異変に気付いていた。
「NATSUMIとEMIは2キロ、SAKIとMIKAは3キロ、KAKOは5キロ痩せたな」
「わかるものなんですか?」
「見ただけでわかる。異常だよ、ただてさえ華奢だったのに。野元が変なこと吹き込んでんじゃない?」
「過度なダイエットの強制とかあったら問題ですよね」
「野元の動向を本格的に追おう。まあ君たちは気にすんな、ÉcluneとTHE GIRLSは闘う場所が違う」

  

それでもTHE GIRLSのパフォーマンスは見事という他なかった。TO-NAの面々は若干の危機感を持つ。

  

「さあ記者の皆さん、質問があればどうぞ!」
「メンバーの皆さんに……」
「メンバーは皆話下手なので恥を晒してしまうよ。僕が質問受けます」
「あ、はい……」
「他に質問ある方?」
「ダーリンサウンズの小森です。白と黒を基調とした衣装で、舞台演出も控えめですが、これには何か意図があるのでしょうか?」
「僕の好きな色だからね、白と黒。良いものは良い、駄目なものは駄目。はっきり言うのが僕のモットーです。今も良いけどもっと伸びるとか、弱点を強みにしようとか、どっちつかずなことをゴニョゴニョ言う人が一番嫌いなんだよ」

  

「衣装やメイク、髪型、そして振り付けが揃っていて美しい。ここまで統一されたヴィジュアルやパフォーマンス、野元さんの拘りなのでしょうか?」
「当たり前じゃないですか。僕はとっ散らかったものが大嫌い。どこ見ていいのかわからないグループは、見る者のことナメてますよ。今の世の中、多様性多様性うるさすぎ。個性を大事にしようなんて宣う某グループのスタッフいますけど、そんなの認めたらこの国は今以上に犯罪大国になってしまう」

  

メンバーと距離をとって壁に寄りかかっていたタテルが急に反応する。
「俺のこと?」
「断定はできないですけど、ロックオンされている感じがありますね……」
「とんだたぬき親父だな。一の質問で十喋んな。メンバーを差し置いてしゃしゃり出んなよクソが」

  

あまりにも不愉快な野元の自論展開が続いたため、TO-NAの面々は視聴を打ち切り、メンバーはTHE GIRLSに後れを取るまいと練習に励んだ。その2時間後、またもやCLASH砲が打ち込まれた。

  

「下品」「命懸けでやってる人に失礼」TO-NAメンバー、冠番組でのオリンピック選手侮辱モノマネに批判殺到!

  

「遂にメンバーまで攻撃対象にしやがった」
「何としてでも見させないようにしないと」

  

しかしこの記事で批判されているメンバーはエゴサを習慣としており、見させないようにする前に目の当たりにしてしまった。そしてタテルの元へ泣きつく。
「タテルさ〜ん!」
「辛いよな。何にも悪いことしてないのに叩かれて。これは正式に抗議しよう。弁護士先生にも報告する」
「メンタル大丈夫か?」
「ダメかもしれないです……」
「無理せず休もうか。自分のペースでいいから。立ち直れない時はカウンセラーにも相談しよう」
「兎に角エゴサは止めな。今のTO-NAの状況では最も危険な行為だ。他のメンバーにも周知徹底しよう」

  

弁護士山本にもこの件を報告したタテル。
「タテルくん、ちょっと疲れてる?」
「そうですか?少しお休みは頂いたんですけど」
「本調子じゃ無さそうだね。まあそりゃこんな嫌がらせされたら疲弊するよな」
「人を虐めて金稼ぐネットメディア、絶対許さない。撲滅したい」
「全くその通りだ。しかし長い闘いにはなる。この間にもCLASHは名誉毀損記事を乱発するだろう」
「キツいっすねそれ」
「大変だとは思うが1つ1つに丁寧に反論声明を発信する。TO-NAを味方する風潮を作れれば、メディアにも少しずつダメージを加えられる」
「やっぱそうですよね」
「辛くなったらいつでも話して。ストレスを溜め込まないようにね」

  

お見立て会まで3週間を切った。野元から送り込まれたアリア・バンビ・チカ・ダリヤ・エリカ・フワリの6名は、タテルと先輩メンバーの傾聴により立派なTO-NAの一員となった。
最初からTO-NAを目指していた合格者2人のうち、ニコは世界遺産検定1級、数学オリンピック金賞などの肩書きを持ち、アイドル界トップクラスの頭脳との呼び声が高く注目度に難は無い。一方でもう1人の遥香にはこれといった特性が無く、特技披露のネタも弱いと嘆いていた。

  

タテルは食事に誘ってじっくり話をすることにした。同伴者の先輩メンバーには、良家の出身で正統派アイドルの路線をいく陽子を選択した。

  

夜の恵比寿駅東口。店へと続く道の街灯はビールを模したデザインとなっている。

  

「俺あんまり日本料理のこと心得ていないんだ。もしかしたら陽子の方がリードする場面も出てくるかもしれない」
「私がリードするんですか?いや、お高い店は流石にタテルさんの方が……」
「まあそんな肩肘張らなくてもいいよ。遥香もリラックスして臨もう」
「はい」
「遥香ちゃんは高級な店、行くことある?」
「全然無いですね。私の家庭は中流層なので」
「俺も中流だよ。服とかゲームとか目もくれず、食に興味を振り切っただけ」

  

店に到着。女将らしき人に出迎えられ、まずは4人程しか入れない小さな待合室に通される。そこから1分くらいで2階へと案内される。
「こちらには紫陽花が生けてあります。小さな蝸牛の置き物も添えております」
「可愛らしい!」
「あっ、ほぉ、へへっ」
花を愛でる陽子と団子を愛でたいタテル。対照的なリアクションである。遥香は無表情のままであった。

  

カウンター席に通された3人。他の客がいるため、写真撮影は一切できない決まりになっている。

  

まずは山椒の冷やしあめが出てきた。関西人の陽子にとっては馴染みのあるもの、と思っていたが山椒が直球で効くため口の中が痺れて堪らない。また、縁の恐ろしく低いグラスに球体の氷が浮かんでおり、氷を落とさぬよう避けて飲むのは至難の業である。第一印象は最悪だったタテル。細く高いグラスに注がれたビールで口直しをする。
「本格的な店すぎたかもしれない。2人とも大丈夫か?」
「大丈夫です。こういう食事も楽しめるような素敵な大人になりたいので」
「流石だな陽子。遥香は?」
「私は……流れに身を任せます」

  

あまりにも我を出さない遥香。野元は何故彼女がTO-NAに加入できたのか、甚だ疑問に思っていた。
「僕が送り込んだ子を何人か落として、こんな特徴の無い子を採用するとは無礼だね」
「たった2人しか残らなかった正規ルート志願者のうちの1人ですからね。採りたい気持ちが先行したのでしょう」
「個性を大事にするTO-NAが、無個性な子を入れるとはね。美人という訳でも無いし、運営は何をやりたいんだ。こんな中途半端な姿勢じゃ、誰も幸せになれないね」

  

「遥香、ひとつだけ約束。これから出てくる料理は全部、美味しいものだと思おう。料理人なら皆、美味しいものを作って出すことを使命とする。性善説で食べる、そのことだけは忘れちゃいけない」

  

続いては夏らしく玉蜀黍の摺り流し。
「とどのつまり冷製コーンポタージュね」
「とどのつまり?」
「結局、って意味よ」
中央には蓴菜、そして枝豆3粒の入ったジュレ。控えめな出汁が涼やかである。玉蜀黍の方も、牛乳を使っていない(はずな)ので飾り気のない真っ直ぐな甘さである。
「蓴菜ですか。ゼリーみたいなのにシャキシャキして、面白い食べ物ですね」
「興味持ってくれたか遥香。秋田フェスでは沢山食べられると思うよ」
「秋田フェス……」
「新メンバーが先輩と本格合流する初めてのライヴですよね」
「ああ。楽しいライヴにしたい」
「私、参加できますかね?」
「どうした?君をハブる訳ないだろ」
「歌もダンスも怒られてばかり、塩顔で目も小さいしテンション高いのも苦手。こんなんでTO-NAの一員としてやっていけるのでしょうか……」
「最初から完成されている必要は無い。活動を通して垢抜けて才能開花して、人気になる人も多いんだから。君は立派なTO-NAの一員だ。そんなネガティヴなこと言うな」

  

実際は甘海老は頭つき2匹のみです。それに、パセリが載る訳ない笑

お造りは鮎魚女に酒盗、甘海老に牛蒡ペースト。鮎魚女は肉厚で身の引き締まりも良く、そこへ酒盗の塩辛さがアクセントになる。甘海老はそこまでねっとりしてはいないが、牛蒡の旨味で味わいを補完する。
「酒盗好きか、遥香」
「好きですよ。塩辛とかたこわさとか食べます」
「20歳過ぎたら大酒飲みになりそうだな」
「カコニさんと酌み交わしたいです」
「いいねぇ」
「それにしても何で醤油じゃないんですかね」

  

疑問を呈する陽子へ、EXILEにいそうな風貌の板前が話しかける。
「うちは平安時代の料理をやっています。その時代には醤油や砂糖など無くて、牛蒡の穏やかな甘みが醤油の代わりです。塩辛は生ものを安全に食べるために合わせます」
「へぇ〜、そんな智慧があるんですね」
「平安時代の料理か。こりゃ面白そうだ」
「よくうちを見つけましたね。もっと派手な店もある中で」
「ピンときたんですよ」
「折角お越しいただいたので、今晩は色々学んでいってください」

  

焼き鮎のお椀。よく食べそうなタテルには鮎を2ケ入れてくれた。鮎がとにかく美味い。途中で山葵を溶いて味変をする。
「お出汁薄めですけど、どうですか?」
「私は関西出身なので馴染みの味です」
「ちょっとお湯みたいです」
「俺は江戸っ子だけどこういうの好きだな。薄味なんだけど、感じ取ろうとすると出汁の味あるんだよね」
「三者三様ですね。昆布しか使っていないシンプルな出汁です。食べ手がその人なりの色に染めていくものですかね」
「出汁とは真っ白なキャンバスである」
「良い表現ですね」

  

タテルはこの時実感した。どんなに無個性と言われる人でも、探せば何色かに染められる可能性がある。陽子もそうであった。朝ドラのヒロイン顔した可愛い子ではあったが、個性は弱く存在感を発揮できないでいた。しかしTO-NAとしての生活の中で、朝野球で特大ホームランを放つ、隅田川で虫を捕まえる、ビーチサンダルでジャングルジムを登り天辺で仁王立ちするなど、「小学生男子っぽい」キャラクターが確立した。
「確かに遥香の個性は、他のTO-NAメンバーと比べると薄いのかもしれない。でもその奥には確とした個性があるはずだ。さっき酒の肴が好きと言った話も、個性として遥香を染める顔料になり得ると思う」
「そうですかね……」
「何色に染めるか、一緒に考えていこう。TO-NAスタッフとしての使命だ。添加物に頼らない、自然体のキャラを探そう」

  

実際は3枚か4枚あった

箸休めとして、レモン水に浮かべた冬瓜。
「アロエみたい。これは美味しいと解ります」
「冬瓜ってこんな食べ方あるんだ。興味深い」

  

そこへEXILE風板前が再び話しかける。
「さっきお椀に水を振って提供したと思うんですけど、何故だか知ってます?」
「えぇ、何だろう?」
「これは、誰も触っていない、貴方のためだけに料理を作りましたよ、という意思表示なのです」
「知らなかった……」
「箸が湿っているのも、食べ物が箸にくっつかないようにするための気配りなんです。箸も椀も、濡らすことで初めてもてなしの準備万端、という訳です」

  

タテルは珍しく緊張感を覚える。これまで色々な店を食べ歩き経験は積んできたはずであったが、日本料理に関しては知らないことだらけである。学ぶことの多い刺激的な夕餉であることを悟り、同時にこれが遥香の魅力を引き出すヒントになる予感を覚えた。

  

次の料理は栄螺。身と肝をそれぞれ素揚げ(?)にして貝殻の中に盛り付ける。そこへ胡瓜の摺り流しをかける。栄螺の食感が活き活きと、身の部分は臭みもなく油と馴染む。胡瓜の青さで減り張りがつく。一方で肝はしっかり肝の臭みがあり、苦手な人は身と一緒に食べると良いだろう。

  

「さっき『料理は性善説で食べろ』と仰ってましたよね?」
「はい。昔は批評家ぶって『本当に美味しいの?』なんて食ってかかってましたけど、『この飯は絶対美味いはずだ』と思って食べるようにしてからは素直に美味しいと思えるようになりました」
「素晴らしいですね。茶道の世界には『一座建立』という言葉があります。茶を提供する側だけが主役ではない。提供する側も戴く側も対等の目線に立って心を開き、空間を作り上げる。今回の場合、我々料理する側ができることはせいぜい5割。後の5割はお客様が愉しもうとする姿勢にかかっています」
「料理人と戦おうとする批評家とは真逆の行いですよね」

  

ここでタテルはビールが空いたため日本酒に切り替える。喜多方の銘酒「大和屋善内」で板前と乾杯する。
「これは備前焼の徳利です。カウンターのこの壁も備前焼なんです」
「なるほど」
「食事だけに注目しても、フルで愉しんだことにはならないのです。食器もそうですし、そこにある掛け軸やいけばな、雑貨類も拘っています。これら引っ括めて前のめりで愉しむ人にとっては、支払い金額以上の体験ができます」
「そう言われると色々学びたくなりますね」
「西洋料理以上に学びがある気がする。ワクワクしてきたぜ遥香も、面白いと思ったことはよく覚えておこうね」

  

八寸と最後の甘味はディテールが細かすぎて生成できませんでした

八寸のテーマは「夏越大祓」。
「夏越大祓の意味、わかりますか?」
「私わかるかもしれません」

  

手を挙げたのは遥香であった。
「たしか6月の30日に行う罪や穢れを祓う儀式のことですよね」
「そうです!よくご存じで」
「巫女さんのバイトをしていたので。少しだけですけど」
「なるほど。茅の輪くぐりもやって」
「はい。ワンちゃんの茅の輪くぐりもありましたね」
「知らなかった俺。恥ずかしいな……」

  

内容は水のジュレに浮かんだ小さめのライチ(?)、こごみとケシ(?)、白身魚のフレーク(?)が載った玉子焼き、鰹、豚肉(?)、さやえんどうに山椒(?)を挟んだものの6品。どれも1口サイズであり、食べ物だけにがめつい人であればフラストレーションが溜まって仕方ないものと思われる。ただTO-NAの面々はそういう次元を超越する。
「美味しい美味しくないの次元で語るのはグルメの領域です。それを超越して、伝統を理解し味わいながら食事を愉しむ、これが美食家の所業。皆さんには美食家を目指していただきたい」
「料理人も良質なものを提供するよう努力するけど、客側も良さを理解しようと歩み寄る。これがあるべき姿……」

  

TO-NAにおける遥香に当てはめて考えるタテル。遥香を無個性だの何も取り柄が無いだの決めつける人はただの「グルメ」。遥香には、遥香と向き合おうとする観客には確と伝わる魅力があるはずだ。その善良な受け手こそが「美食家」であり、TO-NAとして重宝すべき存在である。

  

考えを巡らせていると、炊き合わせが登場した。こちらのテーマは「五味」である。
「五味とは何でしょう?」
「甘味、酸味、うま味…」
「うま味は違います。それは近代の概念」
「そっか、池田菊苗の功績だもんな」
「古来の概念では、うま味ではなく辛味が入ります。現代だと味覚ではなく痛覚扱いされていますけどね」

  

今回は塩味をオクラ、甘味を椎茸、酸味を穴子の酢の物、辛味を蛸の唐辛子煮(?)、苦味を茄子のビール煮が担当する。どの具材も大きめであり五味が確と判別できる。大徳寺納豆(中華でいう豆豉みたいなもの)の白和えでこれらを纏める。

  

「遥香がTO-NAに存在する理由……遥香を見てくれる誰かに笑顔を与えるから。遥香はこれから歌とダンスを究める。それはアイドルなら当たり前にすることだけど、それを見て笑顔になる人が確かに居る。個性の有無とか関係ない。遥香はそれをやれる人だ。だからTO-NAに入れた。余計なことは考えるな。能力を熟成させろ。そうすれば応援してくれる人がついてくる。その人達と一座建立だ」
「一座建立。私のモットーですね」
「そうだ。同時にTO-NA全体のモットーにもしたいな」

  

ここからは〆のご飯物が登場するが、ここまでが比較的少量であったためおかわりは確実に求めることになると思われる。

  

まずは蒸らす前の白飯。米に残る芯は決して下品ではなく、炊き上がりに期待が持てる。

  

炊き上がった白飯を、漬物と共に。期待通り米の粒立ちが良く、漬物の質も高い。あっという間に完食するタテル。
「米が高い、という時勢も相まって美味しく感じます」
「白米なんてザ・無個性だからな。それでも甘みを感じたり食感を愉しんだりするっていうのは、美味しさを感じようとする気持ちがあってこそなんだよね」
「わかります。子供の頃はすぐおかずやふりかけ求めてたのに」
「アイドルも似たようなもんだよな。みんな同じ顔に見える、から脱却して個々人をわかってもらおうとする人が居てくれる。そういう存在は大事にしたいね」

  

おかわりの白飯にはちりめん山椒をかけてもらった。山椒の存在感が弱すぎず強すぎずで美味しい。あっという間に完食するタテル。
「タテルさんタテルさん、箸置く位置違います」
「えっ?そんなところに置くんだ」
「箸置きが無い場合、お盆の左端を箸置きに見立てて置くんです。左にはみ出すの、違和感かもしれないですけどこれが正解」
「あらら。タテルさん、まだまだですね」
遥香からもツッコまれるタテル。
「己の不勉強を恥じます。あゝ辱い……」

  

天ぷらも食べられそうか、と言われたので所望していた。鱧、絹さや、茗荷の天ぷらを載せた天丼のお出ましである。肉厚の鱧に腹も心も満たされる。
「なぜ関西で鱧が夏に食されるかわかります?」
「旬だから?」
「それだけじゃないです。特に昔の京都では、内陸にあるため魚を輸送してもらうことが難しく、比較的生命力の強い鱧が数少ない新鮮な魚介でした」
「技術の発展した現代では考えられない事象ですね」
「そのため夏場の京都では鱧料理が定番となりました。その時期に開催される祇園祭の別名も鱧祭です。鱧に梅肉を合わせるのも、美味しい上に精をつけるための慣わしです」
「そういう理由もあるんだ」

  

まだまだ出てくるご飯物。続いては豚しゃぶ丼に酒盗を載せて。肉と海鮮とは喧嘩しそうであるが、酒盗の独特な塩辛さが豚肉の奥の甘みを際立てるので滅茶苦茶美味しい。
「面白い彩(いろ)の付け方だ。遥香が好きそうな」
「好きですね。塩辛大好きアイドルなんていないですよね」
「塩辛にも種類あるんだよね。今度さ、秋葉原のちゃばら行かない?」
「専門店みたいなものがあるんですか?」
「ある。多分取材もウェルカムなんじゃないかな。YouTubeのネタにしたいね」
「お酒好きのカコニさんに塩辛をプレゼンしたい!とか面白そうですね」
「いいじゃん。早速キャラが色づき始めてきた」

  

最後のご飯物は冷や汁。といっても味噌を使わず澄ました仕上がりである。そこに載せるのは、ばっちり焼いてパリパリに仕上げた鰻。煎餅のように固まっているが、噛み始めると上手く解けていって、凝縮された鰻の味わいが溢れ出す。この濃い味わいをあっさりした冷や汁で流す粋。

  

「どうでしたかお味は?」
「満足です。良いですね日本料理って」
「良かったら飾ってある物の話もしますよ」
「是非お願いします」
「例えば今日はキキョウを飾っています。漢字でどう書きますか?」
「陽子が答えなさい。俺も知ってるけど」
「えーっと、木へんの漢字2つ、吉と……更ですかね?」
「その通りです。よくご存じで」
「流石だ陽子。俺の弟子だけある」
「弟子入りした覚えないです」
「遥香は弟子入りするように」
「『吉』が『更』に増えるように、という意味合いで桔梗を飾っております」
「なるほど、験担ぎみたいなものですね。勝負事の前にカツを食べるとか」
「日本人ならではの考え方だね」
「だから日本料理は面白い。海外の料理ではできない思考ですからね」

  

菓子は女将から紹介。何とも見目麗しい作品である。
「生姜餅に羊羹を載せました。光る蛍を表現しております。左には落雁も添えてございますのでお手にとってお召し上がりください」
生姜の味が思ったより濃いが、その分甘みもあるためバランスが良い。味も一流の素晴らしい甘味である。
「タテルさん、楊枝の使い方変です。こうやってこう使うんですよ」
「自分、不器用ですから」

  

「高倉健さんじゃないんですから」
遥香が渋めのツッコミを入れる。
「よく知ってるな」
「昔の映画やドラマ好きなんですよ。仁義なき戦いとか男はつらいよとか」
「それすごい個性じゃないですか?」
「10代でこれ知ってるとは……見たことないぞ」

  

立派な個性の芽を見つけたところで食後の飲み物。抹茶を点てるのが定番であるところ、夜にカフェイン摂取は理にかなっていないため、漢方茶で〆る。
「これ美味しいと感じる人は疲れてます」
「うぉっ!」
「美味しいな……」
「タテルさん、お疲れですね。ゆっくりお休みください」
「バレましたね。色々大変しております……」

  

タテル分の会計は28,000円。高めではあるが、食べ物だけでなく知識や器、装飾などを愉しむことにより値段に見合った食体験と相成る。

  

タテルは入店時に見向きもしなかった生け花や調度品を確と眺めて帰る。

  

「この螺旋っぽいものは何ですか?」
「蛍籠です。ここに蛍を入れておくと、照明になるんです」
「風流ですね。自然の光だから癒されそう」
「色々学びありましたね」
「この店を良いと感じられる人は素直な人。どれだけ熟れても、この素直さは忘れたくないものだね」

  

こうしてタテルは遥香の魅力を引き出し、TO-NAを成長させる手解きを得た。

  

今晩は日本料理を戴きました。薄味のお出汁って、お湯にしか感じない人もいればはっきりと昆布を感じる人もいる。受け手に依って様々な色に染められるキャンバスなんですね。

  

TO-NAは個性に溢れた彩り豊かな存在だ。でも未だ彩りが足りない。それを補うのがファンの皆様です。ファンの皆さん、どうぞ自分なりにTO-NAを染め上げてください。

  

タテルの達観した発言を嘲笑う野元。
「薄い出汁は客自身が彩るもの?何もわかってないねタテルちゃんは。和食店なんて、出汁は薄いし素材は悪いし、それでいて明細は出さない。戯けた商売だね」
「流石に捻くれが過ぎてません?」
「捻くれじゃないよ、一般人の本音だ。そういうせこい商売をするから人々は高級店から遠ざかる。それに何だね、自分なりにTO-NAを染め上げるって?」
「その疑問は激しく同意です。メンバーだけじゃ力不足だ、って言い訳したいだけなんですよきっと」
「じゃあ僕が染めてあげるよ。真っ黒にね」

  

そう言って野元はしもべにペンキ缶を持って来させた。
「黒〜く、黒〜く塗ってあげよう」

  

TO-NAのメンバーが写ったポスターを、検閲に引っかかったかのように黒く塗りたくった。
「美しき哉この漆黒。さあ期は熟したよ。いよいよアレをやってしまおうか。TO-NAは崩壊必至。深い闇に消えてしまうがいいさ」

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です