かつてカリスマ的人気を集め社会を変革しかけたアイドルグループが、フランス帰りの革命を目論む男・カケル(21)に招かれ今再びこの国を変えようと動き出す。カケル率いる「アパーランドの皇帝」の一員(シナジー)として秘密裏で国を動かす。
*この作品は完全なるフィクションです。実在の人物・店・団体、そして著者の思想とは全く関係ありません。こんなことしようものなら国は潰れます。
*いじめの描写がありますが、全くの作り話であり、筆者自身および誰かの経験ではありません。
翌朝、早速Bからmm宛にメッセージが届いた。
昨日はありがとうございました。あれから皆さんの曲、たくさん拝聴させていただきました。震えました。泣きました。何故今に至るまで聴いてこなかったのか後悔するくらいに、皆さんの曲の虜となりました。
正直なところ、ミッションを遂行するのは怖いです。でも、これを成し遂げて、自分がいじめに遭っているという証拠を学校や教育委員会に提出したら、長くつらいいじめから解放されるかもしれない。今すがれる人は、カケルさんとmmさん達だけです。証拠撮影、やってきます!何かあったらまた相談させてください!
「カケルさん、Bくんやってくれるみたいですよ」
「お、それは良かった!あとは上手くいくようフォローしてあげよう」
中継映像にかじりつくカケル。すると早速、Bは隠しカメラの仕込まれた筆箱をカツアゲされる。
「Bのくせに良い筆箱持ってやんの!」
「お前には似合わねぇんだよ!」
Bは巧くカメラを加害者の方に向けて、暴力の証拠を撮影する。まるで戦場カメラマンのように命懸けで惨状を伝えようとする。
「これは酷い。普通に殴る蹴るされてるじゃん。ええ、え⁈悍ましい…」
Bはあろうことか加害者らに胴上げされ、天井すれすれまで投げ上げられた。終いにはゴミ箱めがけて投げ飛ばされ、酷い打撲を負いながら散乱したゴミを独り片付けた。
「これもう暴行罪だろ。野放しにしちゃいけないレベル」
レッスン終わりのmmにも映像を見せる。mmは声を失った。涙だけが止めどなく溢れ出す。
「むごい…こんなに痛めつけられるなんて」
「さすがにここまで酷いリンチとは俺も思わなかった」
「これ異常すぎますよ。ここまでされても認めてもらえないなんて」
「証拠が取れたとはいえ、大人達は往生際悪いからな。ここまできても単なる悪ふざけだと言い張るだろうね」
「最悪すぎる…」
「mm、今日はこの後夜まで空いてるよな?」
「はい」
「Bくんの元に行こう」
「わかりました」
気がはやった2人はムラシマ市に早く来すぎてしまった。Bの授業が終わる時間になるまで、街で人気のピッツェリアでランチとする。普段は軽く酒を引っ掛けるカケルも、この時ばかりはドリンクメニューに目もくれない。
「あの映像は全世界に流した方が良いぜ」
「でも彼がどう言うかですよね」
「それはそうだな。大ごとにしないでくれ、と言われても無理はない。でもここまでショッキングな手段を取らない限り、木や橋桁に首を吊って命を絶つ生徒は無くならないよ」
「首吊り限定なんですね」
「リンチと聞いて真っ先に思いついた。Wikipediaに生々しい写真が載ってて」
「たまにそういうことしますよねWikipedia」
「スマホで閲覧すると、グロいの隠れてないやん!ってなるよな」
「罠ですよね。まあ私は耐性ある方だと思いますけど」
「そんなmmが言葉を失うくらいエグい事案だ、何としてでも白日に晒す!」

ピッツァを食べながら作戦を固めるカケル。ベーコンの味がしっかりしているため全体としては味わい深い。リコッタチーズのコクも味の決め手のようなので全体に満遍なくまぶしてあると良いと思った。

「茄子がなぁ。元気ないよね」
「もう少し噛み応えがあって、皮のほろ苦い香ばしさもあると美味しいですよね。でも全体的には美味しいです」
「一見馴染んでいないような個があっても、全体としてみれば良い物だったりする。勿論個が喧嘩することもあるけど、それも含めて良い絵ができたのなら、何にも変え難い」
「急に名言チックなことを」
「いじめというのは喧嘩を受容する、乗り越える努力のできない奴が取る手段なんだよな。そういうのが威張り散らかす社会、絶対良くないと思う」
「共感します」
「なるべく受け入れてもらう方向で、話進めてみよう」
Bの家を再訪する2人。
「もしかして、見られちゃいました?」
「見てしまった」
「そうでしたか…あまりにも過酷な暴力を受けていて、話すだけでも胸が苦しくなるんです。だから少し矮小化して現状をお伝えしたのですが…」
「話したくなかったんだもんね。それはわかるよ」
「あんなことされたらね、口にするだけでも嫌だよね」
「ありがとうございます…」
「本題はここからだ。実は教育委員会の関係者と接触できてな。同じ管内の学校で発生したいじめ自殺事件あるじゃん」
「はい。他人事とは思えないです」
「第三者委員会の調査結果が出たのを受けて、その子のいた学校側と教育長が記者会見を開くらしい。とはいえ学校側は頑なにいじめを認めないだろうと、関係者は述べている」
「酷い…大人達はいつもそう」
「そこでもし可能ならば、その関係者にBくんの映像を提出して、会見で流したらどうかな、という相談だ。会見の対象となっているいじめ事件とは別の事案になるが、同じ管内の話だし、少なくとも教育長には主張すべきことだと思う」
「そうですね…簡単に決められることではないです」
「まあそうだな。プライバシーの問題もあるし。ただ映像を学校や教育委員会に提出してもすぐ突っぱねられるだろう。そこでさっき言った関係者だ。その人は女性で、委員会のメンバーだ。教育長の姿勢に違和感を抱いている。大人達の中では唯一の味方だ」
「インパクト大きいから…どうしよう」
「まあ考えなさい。提出だけはしてみる。それを大々的に流すかどうかは委ねます」
「Bくん、最後にちょっといい?」mmが口を開く。
「貴方の考えは勿論尊重する。でもこれだけは言っておきたい。世界は自分の手で変えられる。貴方は今、世界を変える絶好の機会を手にしている。それは自分を幸せにすると共に、いじめに苦しむ皆を救う可能性だって秘めている。それだけは忘れないでね」