かつてカリスマ的人気を集め社会を変革しかけたアイドルグループが、フランス帰りの革命を目論む男・カケル(21)に招かれ今再びこの国を変えようと動き出す。カケル率いる「アパーランドの皇帝」の一員(シナジー)として秘密裏で国を動かす。
*この作品は完全なるフィクションです。実在の人物・団体、そして著者の思想とは全く関係ありません。こんなことしようものなら国は潰れます。
*いじめの描写がありますが、全くの作り話であり、筆者自身、または誰かの経験ではありません。
次に訪ねる家庭には、現在進行形でいじめを受け苦しんでいる中学生がいる。担任の先生に相談しても当事者同士での解決を求められ、親が校長に直談判もしたがまともに取り合ってくれなかったと云う。
「大人達は何もわかってくれないんですよ。わかろうとしてくれない」
恨み節を呟くmm。カケルはハッとしつつも、mmが自分から声を上げてくれたことを嬉しく思い頷く。
「そうだよな。主張してくれてありがとう」
「私の経験が少しでも役に立つのなら、と思いまして」
「なるほどね。mmはいじめの渦中、誰にどうしてほしかった?」
「…とにかく1人になりたかったです。誰にどうこうというより、いじめという行為から逃げたかったです」
「逃げることが第一だったんだね」
「はい。抗っても勝てっこないですし」
「mmはいい人だな。そんなに虐げられても反抗しないなんて」
「本当は反抗したかったですよ。心の中では復讐してましたし」
「いい人を虐めるなんて、どういう思考回路してるのか。まともな人の仕業じゃないね。何が気に食わないんだ」
「ちょっと人と違うから、ですかね」
「同調圧力じゃねぇかよ。馬鹿げてる!だからこの国は終わってるんだ」
「…」
「有望な未来を潰して穢れた未来を守る感覚、危険思想だ。全力で抗ってやろう」
いじめ被害者Bの家庭に到着。グループの楽曲制作のために話を聞きつつ、カケルなりの解決策を提案するのが家庭訪問の目的である。
「え、本物のmmさんだ!」
「私のことご存じなんですか?」
「はい。朝のアレ観てるので。お笑いが好きなんですよ。お笑いを観ている時が唯一、いじめのことを忘れられる時間なんです」
「お笑いの力ってすごいんだな」
「すごいんですよ。カケルさんももっと観てください」
「わかったよ。じゃあちょっと辛いかもしれないけど、いじめの話を聞かせてもらえる?」
「はい…」
小学生の頃から少なからずいじめを受けていました。ですが中学に上がるとエスカレートし始めました。僕は小さい頃に病気を患い、その時の手術痕が背中に大きく残っています。プールの授業で着替えている時、それを見られてしまい「怪人だ!」なんて揶揄われました。それ以来、怪人退治と称して蹴られ叩かれ、怪人が人間のもの食べるなんておかしいよな、なんて言われて給食をよそってもらえない。人間の使う物使うのも変だ、って筆箱も教科書も隠されて、いらない紙屑や終わりかけの鉛筆にすりかえられ、授業に支障が出ると事情を知らない先生からは怒られ、事情を話しても信じてもらえず。他の生徒はみんな無視。怖いんでしょうねいじめのターゲットにされるのが。僕の味方なんて、この学校には誰もいないんですよ。
「なるほど、教師までグルになってんのか」
「グルとは言ってないですよ。でも、寄り添ってはくれないんですよね」
「はい。先生は濫りに誰かを貶めることのないよう、慎重を期しているのだと思います。でもせめて僕の話を聴いてほしい。それさえ拒否するんです、忙しいからって」
「それは違うだろ。教師失格だ」
「mmさんはどうやって、いじめを乗り越えてきましたか?」
「そうね…自分でできる最大限の対策をしたかな。物を盗られるのなら、最初から物を入れないでおく。給食をよそってもらえないのは…栄養士や保健室の先生に相談するとどうだろう?」
「それなら確かに、話を聞いてくれそう」
「先生生徒のコミュニティから離れたポジションの人に言えば、状況は変わると思うよ」
「さすがmmさん、頭良いですね!」
「ありがとう。大変かもしれないけど、できることからやっていこう」
「Bくんはいい人だね。やっぱおかしいよ、いい人がいじめられてるの」
「ですよね」
「Bくんって、将来やりたいことあるの?」
「お笑い芸人になりたいです!芸人になって、朝のアレに出たい!」
「素晴らしい夢じゃないか」
「昔いじめられていた人がスターになる話、よくありますもんね」
「そうなのか。それは見事な逆転劇になる」
「応援してる!頑張って!」
「ただ俺としては、証拠が無いと出るとこ出れないのも事実だ。そこでこれを学校に持っていってほしい」
「…筆箱ですか?」
「筆箱としても使える。でもこれには隠しカメラを仕込んである。ほらここ、よく目を凝らして見て」
「レンズっぽいですね」
「レンズだ。これでいじめの瞬間を撮れ。撮れれば俺が然るべき機関に提出する。他にも色々持ってきた。盗撮にならない程度に現場を押さえてくれ」
「…了解しました。でもいじめてる皆はどうなってしまうのですか?」
「気にしてる場合じゃないだろ。悪いことした奴には相応の罰が下る。これは当たり前のことだ」
「…」
「泣き寝入りしてたらいずれ貴方は壊れてしまう。自分の身を守るのが最優先だ。多少過激でも仕方ない。間違っていることは間違っていると伝えないと。それを伝えたくて、俺らは楽曲を作りmm達に披露してもらってる。良かったら聴いてな。その上で、カメラを置くかどうか判断してくれてもいい」
「わかりました」
「俺らは貴方の味方だ。勇気出してくれてありがとう」
その頃、Bの通う学校の校長は、地元の教育長(教育委員会の長)の元を訪れていた。手土産には近所で有名な和菓子屋の最中を携えている。

「教育長、最中を持って参りました」
「ははーん。この店だったら最中より羊羹を買ってきて欲しかったものだな」
「未明から並ばないと買えないあの羊羹を、ですか」
「不祥事の揉み消しを頼む者であれば、それくらいしてもらわないと」
「時間が無かったもので、すみません。最中も皮が驚くほど香ばしくて、あんこは小豆の皮の食感もあり美味しゅうございます」
「つまらぬ物渡されるよりかはマシだな。受け入れることとしよう」
「恐れ入ります」
「君の学校で起きているとされるいじめ問題だが、被害者とされる生徒へはどう対応している?」
「まあ色々と言ってはいるんですけどねその生徒。証拠がない以上対応はできんよ、と返しておきました」
「それはそうだけどさ、もし問題が公になったら、証拠が無いだけで言い逃れはできぬものだ」
「無いものは無いので、そう答えるしか…」
「それじゃあ世間は納得してくれないよ。俺の管内でもう1件いじめ事案が発生したことは知っとるよな」
「はい、それは勿論」
「あれは俺が器用に揉み消したから重大事案にならずに済んだ。だがこれは当たり前じゃないからな。加害者とされる生徒、そして教師から裏を取らなければならない。彼らが『いじめは無かった』と口を揃えて言ってくれれば話は早いのだが」
「早速明日、聞き取り調査してみます」
「くれぐれも慎重に頼むよ。もしいじめの存在を認められたら、俺の首が飛ぶからな」
「承知いたしました。いじめは無かった、と言わせられるよう上手く誘導します。あ、白餡の方も食べてください」

「白餡は要らん。あまりにも普通で何も語ることは無い」
「それは失礼いたしました」
「マニュアルを作って送るからそれに従って対応しなさい。はあ、何で次から次へと事案が舞い込むのかね!」
一方のカケルとmmも、例の最中を土産に携えて事務所に帰る。メンバー全員を集め、カケルが重大事項を周知する。
「俺がプロデューサーになってから、グループ名だけは変えずにやってきた。だが、前プロデューサーの影響下から完全に脱却するためには、改名は避けて通れないと思う。意見を聞かせてほしい」
「改名ですか…」
「既に1回改名して、改名前の時と比べられ嫌な思いをしました。それをまたやると思うと」
「なるほどね。短いスパンで改名するなんてぼったくり居酒屋か!と言いたい訳ね」
「よくわかりません」
「まあいいや、改名案は考えてあるからそれだけ聞いて。新しいグループ名はÉcluneと言います。フランス語の「Éclat(輝き・爆発的な光)」と「Lune(月)」を合わせた造語です。美しさと力強さの二面性を孕んでいます」
「え待って、それめっちゃ素敵やん」
「良いかもしれないです」
「良いけど…やたらめったら改名するのはやっぱり違います」
「3日時間を与えるから、みんなで考えといて」