女性アイドルグループTO-NAの特別アンバサダー・タテルは、メンバーのカコニと共に東京テレビの旅番組に出演する。JR東日本のフリーきっぷ「キュンパス」で各地を回り、浮いたお金で食事などを楽しむご褒美のような企画。
☆旅のルール
1泊2日の旅で支払った金額(キュンパスの代金除く)の合計が、キュンパスにより浮いた運賃と±1000円以内であれば旅の費用全額を番組が負担。±5000円以上であれば演者が(キュンパス含む)全費用を負担。ただし移動の運賃は一切調べてはいけない。
朝5時に目覚めたタテル。しかし酔いが抜けきれておらずすぐ二度寝した。次に起きたのは8時頃で、スマホにはカゲとカコニからの着信が十何件とあった。
「もしもし?」気怠そうにカコニに電話するタテル。
「タテルさん何やってるんですか⁈もう青森行きのつがる、行っちゃいましたよ」
「わかってるよ。でも体が動かない。何もしたくないんだ」
「しっかりしてくださいよ。私たちまだ部屋にいますからね」
「ごめんな。チェックアウトの時間ギリギリまでいてもらっていい?」
「わかりました。この際仕方ないです」
想像以上に身支度を整える気力が湧かないタテル。口を濯ぐのもシャワーを浴びるのも、着替えるのも荷物を纏めるのも全てが面倒臭い。なんなら生きること自体をやめたいとさえ思ってしまうようである。
「お酒を飲むと、アルコール分解の過程で脳の神経伝達物質に影響が出るんだって。それが鬱を引き起こしているのかもしれない」
「カゲさん詳しいですね」
「ウェルネス情報はしっかり仕入れているので!」
「でもこの後どうするんですかね?タテルさんに訊いてみないと…」
「そっとしておいてあげて。チェックアウトまでには出てくるでしょ」
「わかりました…」
果たしてタテルは11時5分前に部屋から出てきた。
「タテルさん!大丈夫ですか?」
「ああ。ちょっとテンションは低いけど体は動くようになった」
「お昼ごはんどうします?もう青森には行けませんが」
「実は焼肉屋を予約してある」
「もしかして、久ですか?」
「久は満杯だった。別の店を11:30で取ってある」
「え、でも何故青森に行くはずだったのに秋田の店を取っていたんですか?」
「つがるが止まって青森に行けない、ってなった時用に確保しておいた。もし無事青森に行けたら、スタッフさんに代わりに行ってもらおうと思ってて」
「なるほど。この前の反省を活かした形ですね」
予約の時間まで30分弱あるため、ここで急遽、本当はつがるの車内で実施予定だったボーナスチャンスを行う。
「今から御三方にはしりとりをしていただきます。1人3個、合わせて9個の言葉を繋ぎます。その9個の合計文字数×100円をボーナスとして支給します」
「カゲさんとタテルさんの得意分野ですね。足引っ張らないようにしないと」
「大丈夫。気負わずにやろうよ」
「俺が100文字くらい稼いでやるから」
タテル、カコニ、カゲの順で3周。「秋田」の「た」からスタートする。
「えーっと、じゃあ『玉川髙島屋ショッピングセンター』で」
「いきなり長いですね」
「ちょっと待ってください、無理やり長くしてません?」
「いえ。『ショッピングセンター』まで含めて正式呼称です。調べてください」
「…まあいいでしょう」
「これ次は『た』ですか?それとも『あ』?」
「お好きな方でどうぞ」
「じゃあ『あ』で。いやぁそんな長くないかな、『天照大神』にします」
「『み』ね。『南阿蘇水の生まれる里白水高原駅』」
「何それ⁈」
「長い駅名。危ないあぶない、『駅』つけ忘れて『ん』で終わるとこだった!」
「長いの言おうと思って初歩的なルール忘れるの、あるあるだよね」共鳴するタテル。
「気をつけます…」
「じゃあ『き』は…ダメだ『急性骨髄性白血病』しか出てこない」
「『う』は『後ろ指をさされる』…すみません、『る』で渡しちゃいました!」
「安心して。『る』は対策済みだから。『ルイザ・グロス・ホロウィッツ賞』」
「流石カゲ。『う』で長いのはね、『牛にひかれて善光寺参り』とか」
「『リカちゃん人形』ってアリですか?」
「調べますね。Wikipediaによると別称で認められている…OKです!」
「じゃあ『憂かりける人を初瀬の山おろしよ激しかれとは祈らぬものを』で!」
「百人一首かあ!これは大きい!」
「『う』で始まるのは2つあって、そのうち字余りがある方を選びました」
「よく覚えてるな」

138文字繋いだため13,800円獲得。そしてそのまま予約した店「牛玄亭」に向かう。11:30開店の直後に到着し、5分程待って入店した。メニューはランチ最高級の極定食にしてある。
「ランチドリンクでいいよね?」
「はい。流石にビールとかは控えときます」

糖分の欲しかったタテルはメロンソーダを選択。何とも綺麗な緑色をしており、甘みが身に染みる。
「ねぇねぇ、俺らについてる店員さん、可愛かったな」
「また鼻の下伸ばして。変なこと考えてません?」
「何だよカコニ、考えてないし。秋田は本当に美人が多い、びっくりしてるよ」
「それは同意ですね」
「秋田で出会った若い女性、みんな美人さん!」
「TO-NAに入ったら人気出そうですよね」
「ね。入ってほしいよ。スカウトしようかな」
「下心ないですよね?」
「あるか、下心なんてあるまじきこと」
「お待たせしました〜」

焼肉ランチが到着。極定食は希少部位3種盛り合わせであり、この日はトウガラシ・カイノミ・ザブトンというラインナップ。

トウガラシは肩甲骨付近の部位。赤身だが柔らかさと少しの脂もあってとても美味しい。
「美味しいですこのお肉!」秋田美人の店員に話しかけるカゲ。
「ありがとうございます…」
「カメラ大丈夫です?」
「え、ちょっと恥ずかしい…けど、はい!」
「ありがとうございます!タテルさんが褒めてますよ、秋田美人だって」
「ホントですか?いやあ、照れますけど…嬉しいです!」
「TO-NAに入りません?」
「TO-NAにですか?いやあ、私なんか歌えないし踊れないし」
「厳しいけど確実に力伸ばせるレッスンしますから」
「いやぁ…あっ、ザブトンが焦げちゃいますよ!」
「いけねいけね」

ザブトンは脂が多く、焼き始めたら喋っている暇など無い。この脂がまたジューシーで旨くて、たっぷりのライスと合わせて頬張りたいものである。しかしながらライスは水分多めの炊き上がりであり、お米大国においてはもっと粒立ったものを期待してしまう。
「美味しいです!すみません、長々と引き留めてしまって」
「いえいえ。いやあまさかTO-NAの方に声かけてもらえるなんて」
「興味あったら連絡してください。悪いようにはしないので」
「ありがとうございます」

カイノミはヒレに近い部分のバラ肉。少し赤身の弾力がありつつも、こちらもまた旨い脂が溢れ出す。
「2人とも足りる?俺は大酒飲んだ翌日のランチとしては丁度良い量だったけど」
「まあもうちょっと食べたい…けど大丈夫です!節約した方が良いですもんね」
「次はどこ行きます?」
「仙台に行って、ずんだ餅食べます!」
「じゃあ少しお腹空かせておかないと、ですね」
「まあそうだな。でも甘いの食べたい、デザートは頼もうか」

ランチデザートの杏仁プリン。ミルク感、ベリーソースのさりげないアクセントもあってやはり酔い覚めの体に沁みる。
「えーっと、仙台へ行く新幹線は何時発でしたっけ?」
「13:06発だね。連結運転中止だから盛岡で乗り換えが必要」
「あれ、ということは盛岡から仙台までは立ちですか?」
「行くはずだった新青森から、仙台の指定席券を確保してある。それと同じ列車に盛岡で乗り継ぐから、仙台までは座れる」
「良かった…」
新幹線の発車まで少し時間があったため、駅ビルで土産物を見繕う。
「美酒の設計、ありますね。買っていこうかな」
「持ち歩き大変そうだね。配送にしましょう、いいですかタテルさん?」
「了解。じゃあカゲの家とTO-NAハウスに一升瓶1本ずつ配送してもらおう。あと移動中の飲み物買っていこう。はい、林檎ジュース」
「林檎って青森のイメージですけどね」
「ところがどっこい、この『めんこいなりんごジュース』は秋田県民のソウルドリンクだ。裏番組出てるから名前伏せるけど、あの坊主バスケ芸人が紹介してたんだ」
「知らなかったです」
「やった、カゲに知識で勝ったぞ!」
「子供みたいに喜んでる〜」
「喜ぶだろそりゃ。喜ばないのカコニは?」
「よろ…こびますね」
「でしょ〜。はいじゃあ会計済ませて、新幹線に乗り込もう」

盛岡行きの新幹線は在来線からの乗り換え待ちのため少し遅れての出発である。さらに途中駅で対向列車とのすれ違いを行うため何度か停車し、10分近い遅れが発生する。

それでも林檎ジュースは、濃いとは言い難いもののヤラセの無い素直な林檎の味わいが光っている。リラックスムードに包まれた3人は暫し転寝とする。
NEXT