女性アイドルグループTO-NAの特別アンバサダー・タテルは、メンバーのカコニと共に東京テレビの旅番組に出演する。JR東日本のフリーきっぷ「キュンパス」で各地を回り、浮いたお金で食事などを楽しむご褒美のような企画。
☆旅のルール
1泊2日の旅で支払った金額(キュンパスの代金除く)の合計が、キュンパスにより浮いた運賃と±1000円以内であれば旅の費用全額を番組が負担。±5000円以上であれば演者が(キュンパス含む)全費用を負担。ただし移動の運賃は一切調べてはいけない。

川反の繁華街でタクシーを降りた3人は、バー「ムーンシャイン」を訪れる。中に入ってみると先客はおらず、後からも客が来なかったため終始貸し切り状態であった。
食べログの写真をみるとメロンの果実をまるごと使ったカクテルが名物のように捉えられるが、晩冬の時期にフレッシュメロンがある訳がない。カクテルも言えば作ってくれると思われるが、それは次以降の店で飲むとして、ここはウイスキーやブランデーなどをそのまま楽しむ店として利用する。
「そういえばさっき、ジンを飲んでおくと良いって言われました」
「ジンね。最近は国産クラフトジンも多いよな」
「一発目だから、ジントニックにしてもらいます?」
「そうしよう」

マスターに訊ねてみると、秋田のクラフトジンを3種類紹介される。山本の日本酒を作る際にできる酒粕を用いたナイトトラベラーというジンも気にはなったが、3人が選んだのは秋田杉ジンであった。
「ジントニックにすると、トニックの苦味がジンの味わいを邪魔しちゃうんですよね。シンプルにソーダ割りをお勧めしますが如何でしょう?」
「その通りですね。ジンソーダでお願いします」

実際飲んでみると森の香りが濃くあり、山奥の温泉旅館の朝のような安らぎを覚えるものであった。これは絶対にトニック割りをしてはいけないものである。
「思い出すね、2年前カゲと旅した時のこと」
「私の卒業旅行ですよね。なんかすごい熱い話をしました」
「どんな話したっけ?」
「憶えてないんですか⁈すっごく勇気を貰えた、感動するメッセージ言ってましたよ」
「酔ってたからね。思い返したら相当恥ずかしいこと、言ってたのかもしれない」
「文句しか言えない奴に、俺ら天才は負けちゃいけない」
「思い出してきた。正しいことだけど、口にしたらやっぱり恥ずかしい…」
「私はその言葉のお陰で、ブレずに自分らしく振る舞えるようになったんですけどね」
「本音曝け出しといて良かったよ」
「TO-NAのみんなにも本音で向き合って下さるんですよタテルさん。カゲさんが助けられたのと同じように、私たちも助けられているんですかね」
「照れるよ…まあみんなのことが大好きだからね、そりゃ尽くしたくなるものよ」

ここからはウイスキーを頼む。秋田のウイスキーは存在しないため、同じ東北の宮城峡を選択した。マスカットのような、軽やかでフルーティな味わいである。
「じゃあ今夜は私カゲがタテルさんを励まして差し上げます」
「もしかして、京子と別れることになった件?」
「話したくなかったら他の悩みでも良いですよ」
「話す。2人にとって京子は大事な仲間だからね」
自分が主人公気取りになって京子の気持ちを蔑ろにしたこと、自分が子供を頑なに嫌っていて京子の価値観と大きくズレてしまったことなど、事の顛末を赤裸々に語るタテル。
「正直に語って下さってありがとうございます。結構タテルさん自身に非があるような話しぶりでしたね」
「如何に自分が捻くれてるか」
「まあ捻くれてはいると思います。でもそれを変に隠そうとせず話せているのって、成長じゃないですか?」
「そう…なのかな?」
「そうだと思いますよ。昔のタテルさんだったら、失礼かもしれませんが素直に認めてなかったでしょう」
「それはあるかもね」
「TO-NA騒動の責任を感じみんなのために動いた。その中で自分を客観視したんじゃないかな、って考えです」
「見透かされてるなぁ…」
「心理カウンセラーの資格とったので」
「また取ってるやん」
「あとはテキーラマエストロ、ラムコンシェルジュ、唎酒師。ワインエキスパートはちょっと骨がありますが頑張ります」
「さすが学びの化物カゲ。酒も一通り押さえようとしている」

グラスが空いたため次のウイスキーを模索していると、この後もバーをハシゴすることを見越して、半量で提供してくれるとのことであった。あまりお目にかかれなさそうなものから、グレンロセスの1985年を選んでもらった。
「まあタテルさんも次の恋、探してみましょう」
「いやあ、京子以上に好きになれる人は現れないよ。それに俺の捻くれた性格、治そうと思っても治せない」
しばし言葉に詰まるカゲ。するとカコニが声を上げた。
「タテルさんはそのままで良いと思います。確かに変わってるな、とかめんどくさいな、と思うことはありますけど、何だかんだ優しいし頼れるし、それが個性ですもんね」
「食べ歩きの経験が豊富なのも強いですし、普通にしてても良い人巡ってきますよ。それに、京子とよりを戻す可能性だってあるじゃないですか」
「そっか、永遠にバイバイした訳じゃないもんな」
「時間が解決してくれることもありますから。でも今復縁を切り出しちゃダメですからね。最低でも1年は我慢です」
「焦らない、焦らない…」

最後の1杯は各々気になるものを選択することにした。タテルは今まで手を出さなかったアイリッシュウイスキーからブッシュミルズを注文。これが宮城峡に似てマスカットのようなフルーティさを持っている。
一方でカゲはYAZŪKAのBEAUTIFULを選択していた。
「これはね、イエモンの吉井和哉さんが作ったウイスキーなんですよ」
「そんなものがあるんだ。確かにカゲ、イエモン好きだもんな」
「日本のロックバンドといえばイエモンですよ」
「俺JAMしか歌えない」
「え〜いいじゃないですか。大好きな曲ですよ」
「タテルさんそれよくカラオケで歌ってます。毎回心こめて力強く歌われるのでジーンと沁みるんです」
「聴いてみたい。タテルさんが歌上手いこと、神連チャン観るまで知らなかったんだよね」
「俺は魂で歌うタイプだからね。これは特に魂込めたい。俺がカゲを怒らせて、夕食も摂らずホテルに篭っていたことあったでしょ?」
「ありました。あれは本当に申し訳ないです…」
「カゲが抱えていたであろう苦悩に思いを巡らせた時、世の中の不条理に行き当たって。そこで頭の中に流れたのがイエモンのJAMなんだ」
無能ネット民からの罵声に悩まされていたあの頃のカゲ。卒業旅行の夜、その様子を目の当たりにしショックを受けた時に寄り添ってくれたイエモンのJAM。不条理に抗う勇気を与え、愛する人と会える明日を見させてくれる。おかげでタテルはカゲへの強い思いを恥じらいなくぶつけることができ、結果カゲは今も自分らしく活動ができている。
タテルもまた、この曲の信念を胸に、TO-NAを取り巻く不条理を、メンバーへの愛を希望にして打倒した。
「翌朝2人で食べたイチゴジャムのパンは美味かった」
「MVのラストシーンですよね。トーストができればベストでしたけど」
「非情な世界の中で、明日愛する人に会うことだけを望む。思い出すだけで泣けてくるよ…」
「本音で語り合える関係性って、やっぱ良いですよね」
「こうしてまたカゲと会えたのが、心強いメンバーを連れて会えたのが、堪らなく嬉しい。芸能界に居てくれて、スターになってくれてありがとうだよ」
「そう言ってもらえるのすごく嬉しいです。あぁ、私まで泣けてきちゃう…」
会計はこの手のバーにしてはかなり安く済んだ。席料1,000円とは書いてあるが、酒自体が相対的にリーズナブルなのであろう。初歩的なウイスキーが揃っているので初心者に優しく、玄人に対しても、何度か通っていればツウなものを出してくれると思われる。
「いやぁ、夜中まで語り明かすのって良いもんですね」
「次のバーでは私の悩み相談、してもいいですか?」
「もちろんだよ。さっきちょっとヤケ酒気味になっていたもんね」
「なってました?」
「なってたよ。まあ何でも話して、スッキリしようじゃないか」
「ありがとうございます、カゲさん!」

頼りになるカゲが先頭を歩く。20歩くらい行った先のビルの2階に次の目的地「ザ・バー1980」がある。先客はいなかったが、こちらは後から3組来店があった。
食事メニューが充実しており、メニューにはお勧めの食事・酒がドンキのポップのように描かれている。一方カクテルメニューは図鑑のようになっていて、写真はやけに透明感があり美しい。
「ピンクレディにしてみようかな。信じられないことばかりあるの〜」
「それだったらイントロの『UFO!』の方が有名じゃないですか?」
「有名だけど掛け声だけで終わっちゃう。やっぱサビのメロよね」

都倉俊一氏がピンク・レディーの名をつける由来となったカクテル、ピンクレディ。ここでは卵白を使用せず、ジンとグレナデンのみで仕上げる。グレナデンの甘みが心地良い一杯である。
「カコニとスズカのサウスポー、聴いてみたかったなぁ」
「神連チャンの話ですか?あれ迷ったんですよね、スズカさんはサウスポーの方がお好きでして」
「昭和歌謡好きだもんね」
「でも私があまり慣れていなくて、いただきガールの方歌わせていただきました」
「そっか。いつかカコニちゃんとスズカちゃんのピンク・レディー、やりたいね」
「私も見てみたい!」
「UFOならわかるのでやれると思います」
「よし、年内にライヴで披露してみよう。昭和の曲となるとレッスンも一段と厳しくなるけど、頑張って食らいついてね」

お通しにはクラッカー、程よい味付けのガーリックトースト、そして旨味たっぷり野菜スープ。さらにあられ・でん六豆・山葵チップのミックスと、多彩なラインナップ。量はそこまででもないが、腹一杯の状態で訪れてはいけない店である。
「じゃあカコニちゃんのお悩み、聞かせてくださいな」
「はい。実は私、真面目すぎるって言われるんです」
「確かにちょっと堅い印象はある」
「ですよね。独特な世界観のナノちゃんやぶっ飛びお嬢様のマリモちゃんなどと比べると大人しすぎるみたいで」
「大人しくてもいいじゃん。TO-NAにいると感覚が麻痺するところはあるけど」
「個性派のメンバーが多いからね。普通だからって悪いことは無いだろ」
「そうですよね。でももうちょっと、MCや冠番組での盛り上げに寄与したいんです」
「いいねその向上心。さすが真面目ちゃん」
「結局真面目に回帰してる…」

強い酒が飲みたくなったカコニとタテルはギムレットを追加。ライムの苦味と酸味がバリッと効いたジンベースのカクテルである。残雪ありつつも春の訪れが近い、そんな東北の天候とどことなくリンクする見た目のカクテルである。
「カコニちゃんの武器って、やっぱ背の高さだよね。私より15cmも高い」
「俺と比べても高いし。羨ましい限り」
「脚や腕の長さはダンスの見映えの良さに直結するし、背の高さで笑いが起こることもあるし」
「あったねそれ。パン食い競走で1人だけ大した背伸びもせず颯爽と咥えていったの、めっちゃウケた」
「確かに盛り上がりましたよね」
「今の時代に体格で笑うのって良くないのかもしれないけど、自然と『おっ?』ってなることはあるから」
「気負わずに、ありのままのカコニで振る舞えば良いと思うよ」
「ありがとうございます」

続いてメニューで大々的にお勧めされていたブランデーを頼む。比較的甘みの目立つものであった。
「カコニちゃん最近、積極的にタテルさんのこといじってるよね」
「バレてます?」
「俺がちょいとアドバイスしたのよ。俺のこといじってもいいからって」
「最初はそんなことできませんよって言ったんですけど、よく考えてみ、俺が運営に関わるようになったの、カコニが加入したずっと後だよ、って諭されて、まあいじってもいいのかな、と」
「デカい顔してるけど実質みんなより後輩だからね俺」
「確かにそうですね。陽子ちゃん達と同じくらいのタイミングで運営に入ってきましたっけ」
「そうなる。だから俺のこと、全然おもちゃにしてもらって構わない。寧ろしてほしい」
「それはただM気質なだけですよね」
「早速いじるやんカコニ。それそれ、そういう感じでよろしく」
「えぇ…」
「タテルさんが変なことしたら、真っ先にツッコんであげてねカコニちゃん」
「はい、やりすぎない程度に!」
会計は1人5,000円とリーズナブル。ウイスキーもベーシックな銘柄は一通り揃っており、通いやすいバーであると言える。

今度はカコニが先頭を歩く。1980の階段を降りて右に進み、突き当たりを左に進む。2分程で次の店「レディ」に到着した。
「懐かしい!タテルさんと来た店なんだ、ここは」
「それはエモいですね。あ、さっきまでとは違って暗さがある」
「アメリカの田舎町にありそうな感じだよね。左手のボックス席に座ったら青春気分だよ」
ただここはバーの鉄則通りカウンター席に並んで座る。この日は店主(記憶が曖昧ではあるが、初代店主のお弟子さんだとか。高齢のため一線を退いた初代も、偶に顔を出すらしい)と男性助手の2人で回していた。

「これこれ、このメニューブック。オリジナルカクテルが沢山載ってて、見るだけで楽しいやつ」
「楽しいですね〜。青いお酒飲みたい」
「良いところに目をつけたカコニちゃん。ヒプノティックを使ったものは珍しいからお勧めよ」
「初めて聞きました。この川反トワイライトとか美味しそうですね」
「それ前2人で飲みましたよね。確か最初の1杯に」
「そうだったな。よく覚えてるねカゲ」
「じゃあお2人が飲んだそれをいただきます」
「俺は映画カクテルから、ジャックスパロウでお願いします」

カクテルの前にお通しを。チーズ2種、サラミ、そして前回印象に残ったハムサンドも健在。今回はしっかり酔っていたためあまり深くテイスティングできていないが、酔い止めがてら追加発注してまで夢中でハムサンドを頬張る。


ジャックスパロウはダークラム・アマレット(杏仁リキュール)・アクアヴィット(じゃがいもの蒸留酒)を混ぜ合わせたカクテル。口当たりは円やかでアマレットの甘みが際立つが、度数は高いため酔いのメーターが一段と上がる。
「カコニちゃん、TO-NAハウスって中どうなってるの?」
「豪華ですよ〜。みんなが集まれる広いダイニングがどーんってあって、バーカウンター、日本酒の冷蔵庫、ワインセラー…」
「レストランみたいだね。すごい」
「半分タテルさんの趣味なんですけどね」
「やりたくなっちゃって。でも大人メンバーには大好評のようで」
「あとはカラオケルームが2つ、ジム、大浴場にサウナ」
「サウナはキラリンだけしか使ってないけどね」
「キラリンちゃん、目がパッチリして美人さんなのに中身めっちゃオジサンなんですよ」
「知ってる。1人焼き鳥するんだもんね」
「タテルさんと同類です」
「同類って何だよ。ちょっとバカにしてるでしょ」
「まあまあまあ。今度私も覗いてみたいな」
「来週の木曜空いてます?」
「空いてる!」
「グミさんが餃子パーティ開くのでぜひ!」
「行く行く!」
「後でLINE送るので、詳細確認お願いします」
「さすが真面目ちゃん。口だけじゃなくてしっかり証跡残すよね」

続いてタテルはウイスキーに目をつける。
「おっ、厚岸や遊佐がある」
「厚岸は北海道。遊佐は…山形でしたっけ?」
「そう。秋田寄りの山形。東京駅で飲んだらショットで3,000円はいく高級品だぞ」
「ほぼ半額じゃないですか。飲みましょう」

メニューには2024がラインナップされていたが、extra edition 2025も取り扱いがあったためそちらを選択。林檎(?)のような綺麗なフルーティさは流石ジャパニーズウイスキーの為せる業である。
「ウイスキーのメニューなんて、あの時は見向きもしなかったな。只管カクテルを選んでいた」
「ウイスキー飲まれるんですね、タテルさん?」
「最近はそうだね。バーにもカクテル充実タイプとウイスキー専門タイプがある。今日行ったとこだと、1980がカクテルタイプで、ムーンシャインがウイスキータイプ。でここレディは両方派」
「両方派の場合はどうするんですか?」
「カクテルを1,2杯飲んで体を慣らし、ウイスキーに移る。疲れたらカクテルに戻る」
「色々飲むんですね」
「最近はカクテル歳時記を作ってるんだ。カクテルを季語として俳句を作る。カクテル飲んで、ウイスキーで場を繋ぎながら句を拵える」
「かっこいい。それ私もやってみたいです」
「東京戻ったら一緒に行くか。クラゲもきっと喜ぶよ、カゲと会えるとなると」
「クラゲちゃんと作ってるんですね」
「文学少女だからね。文学の叡智を借りたいと思っている」
「カゲさんはポエムがお得意でしたっけ?」
「そう。でも最近作ってないな…」
「ポエマーからの視点も欲しいね。俺は熱心なプレバト視聴者にすぎないから、物書きのしきたりは学んでおきたい。心強いなカゲ」

引き続きジャパニーズウイスキーを攻めるタテル。同じく希少な厚岸を選択すると、メニューには小雪が載っていたが実際に出てきたのは小暑。アイラ島のウイスキーのようにピートが効いているが、ジャパニーズウイスキーらしい清らかな甘みがある。
「厚岸は色々種類ありますよね。二十四節気の名前がついていて」
「詳しいなカゲ」
「GINZA SIXの地下にウイスキーの店あるの知ってます?」
「あるね。いつも素通りしてたけど」
「あそこで色んな種類の厚岸、飲めるんですよ」
「へぇ、それは気になるね。よく行くの?」
「行きますよ」
「ツウだなカゲ。高くない?」
「ハーフショットずつ頼めばそんなに高くつかないです。私結構ウイスキー好きなんですよね」
「カクテルも良いけど、ウイスキー飲み歩きしたいな」
「東京でウイスキー専門タイプのバーって、どこがあります?」
「水天宮の鶴亀とか、表参道のウイスキーライブラリーかな。意外と出てこない」
「まあ通常のバーでも扱い充実してますもんね」
「買うんだったら目白の田中屋が圧倒的な品揃え。バーにあるようなウイスキーは一通り揃っている。よし、田中屋でウイスキー揃えて、餃子パーティの後に飲もうか」
「良いですね。カコニちゃんも一緒に…って、寝てますね」
「さすがに飲みすぎたかな」
「お客様、ラストオーダーの時間です」
「え、もう?」
「日付越えましたね」
「明日は朝から青森行くし、丁度良いタイミングだね」

最後にタテルが選んだのはピスコサワー。2年前に飲んで印象に残っていたカクテルであるが、何度も述べるように酔いが回っており味わうことができないのである。
それにしても3人にとってこの2年は色々あった。カゲは綱の手引き坂を抜けたのち俳優として話題作に数々出演。一方その綱の手引き坂は独立騒動に呑まれ、TO-NAに改名してゼロからの出発。タテルはTO-NA運営に加えて京子と濃密な恋愛をして、それが果てようとしているところである。
「2年前のこと思い出すとすごく泣けてくる。またこうしてカゲと会えて良かったよ…」
「タテルさんが元気でいてくれて嬉しいです。死にかけたって聞いたから、もう会えないんじゃないかと思って…」
手を取り合って号泣するタテルとカゲ。共に最後まで残っていた常連客の男性も、温かい視線を送ってその様子を見守っていた。
遊佐や厚岸の高そうな物を攻めたせいか、3人の会計は25,000円を超えてしまった。それでも居心地は良いしメニューも充実しているし、週に一回は通いたいバーである。
「東京戻ったら月一でバー行きましょう」
「カコニ含めて3人でウイスキーエキスパート、目指そう」
「だってよ。カコニちゃん起きて〜、ホテルに戻るよ」
「あっ、すみませんいつの間に…」
「飲みすぎた?」
「いえ、酔っ払ってはいません。あれ、お二人とも何かありました?涙の跡が…」
「2年前のこと思い出してね、ちょっとウルってきちゃった」
「そうそう。酒飲むと涙腺が弱くなるね」
「今夜はよく飲みました。お陰で抱えていたモヤモヤも解消できました」
「それなら良かったよ。ああ、でも結構飲んだな俺ら」
「明日朝起きれます?」
「起きないとね。今夜だけで大分使っちゃったから、大移動で『浮いたお金』稼がないと」
「よし、じゃあイチゴジャムパン買って戻りますか」
ホテルまでの約1kmの道のりを歩く3人。1階のコンビニに寄って部屋に戻ると、タテルは風呂に入る気力もなく眠りこけてしまう。
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