連続かき氷小説『アイツはゴーラー』6

不定期連載『アイツはゴーラー』
アイドルグループ「綱の手引き坂46」の特別アンバサダーを務めるタテル(25)は、メンバー随一のゴーラー(かき氷好き)・マリモ(19)を誘い出し、美味しいかき氷探しの旅を始めた。

 

鎌倉駅西口に佇むマリモ。そこへタテルが遅れてやってきた。
「タテルさん、遅いです。どうしたんですか険しい顔して?」
「手洗い場に石鹸がなくてイライラしちゃった」
「タテルさんって潔癖症ですか?」
「そうね。生来清潔感ないから、せめてやれることはやりたくて」

    

平日の夕刻、江ノ電は混雑している。あっという間に席が埋まり、次の電車もしばらく来ないから2人は立ち乗りを受け入れた。
「あ、ここですね。ドラマ『nao』でタテルさんが行ったケーキ屋さん」
「夏休み最後の日の回想をしたところか。えのすい行った話よね」
「すごく感動しました。でもタテルさんって妹いませんよね?」
「そう。生き別れた弟以外いない。だから全くの妄想。可愛い妹がいたらどうなるんだろうな、って」
「私は…可愛い妹ですよ」
「お兄ちゃんの貯金箱から金盗んだ奴が何言うとる」
「その話蒸し返さないでください!」

  

「江ノ電って、意外と遅いんですね」
「最高時速45kmなんだって。車より遅いね」
「でも風情ありますね」
「時間なんか忘れて、ゆったり揺られるのが江ノ電の醍醐味ってものだ」
とはいえ由比ヶ浜駅までは2駅しかないので3分で到着した。
「優しい雰囲気…まさしく『nao』の世界観ですね」
「撮影思い出すだけでうっとりしちゃうな。あ、かき氷屋は海とは反対方向ね」
「もう夕方だから急ぎましょう」

  

由比ヶ浜の大通りに出るとすぐ、たい焼きの名店なみへいが現れた。海沿いではないが、まるで海沿いの店のような親しみやすさを覚える。
たい焼きの名店であると同時に、夏はかき氷の名店でもある。店頭でかき氷とたい焼きを注文し、奥の卓袱台に座る。
「レトロな雰囲気…落ち着きますね」
「これが鎌倉だよな。新旧入り交じっていて、頭に浮かぶ物語に複雑性が生まれる」
「タテルさん完全に小説家の気分ですね」
「マリモはお嬢様だから、卓袱台なんて縁ないよね」
「お嬢様じゃないです!」
「マリモが畳に座っているのが新鮮でね…いいね」
「急に語彙力なくなりましたね」
「マリモもドラマやらない?」
「やりたいです。演技することの楽しさ知ったので」
「マリモにはどんな役が合うかな…名家の女の子役とか」
「結局お嬢様じゃないですか」

 

かき氷がやってきた。タテルはさっぱりとした梅ヨーグルトを選択。一見何もかかっていないように見えるが、無農薬の梅シロップがたっぷりかかっている。シロップがない部分はヨーグルトで補強して。作り物の梅味にあるような尖りは一切ない、汚れのない青梅の気品に、タテルはドラマの一節を重ねた。
「『直は汚れの取り除かれた水平線の先にいると思ってます』のくだり、俺マジで涙こぼしそうになって」
「覚えてますよそのシーン。美しくて儚くて。涙が溢れて仕方ありませんでした」
「一生忘れないと思う、このシーンは。食べ終わったらその水平線、見に行こうよ」
「勿論ですとも」

続いてたい焼きがやってきた。東京の名店で食べてきたたい焼きとは違い生地が厚め。だからといってダマになっているとかはなくて、生地もじっくり味わうべき一品である。

  
大食いのマリモは加えてピロシキを平らげる。
「美味しそうだなピロシキ」
「タテルさんも頼んだらどうです?」
「俺はお腹いっぱい。京子とラーメン食べてきたから」
「そうですか…私も京子さんとラーメン食べたいです」
「それ他のメンバーも言うんだよね。予約受け付けました。マリモは5番目です」
「5番目…」
「たぶん寒い時期の呼び出しになると思う」
「首を長くして待ちます」

  

店を出る頃には、閉店時間1時間前にも関わらずたい焼きは売り切れていた。日が傾き始め、海辺に行くにはちょうど良い時間であった。由比ヶ浜の駅を通過し右手の路地を進むと、海岸通りの先にあの海が見えてきた。

      

「憧れの由比ヶ浜に着きました!」
「懐かしい…でもあの頃と比べると人がいっぱいだな」
「真夏ですからね。劇中の空は幻想的でしたけど、今日は澄み渡っていて違った趣があります」
「ああ、あの空はすごかった。クライマックスの不思議な展開にぴったりだったもんね」
「今日みたいな空だったら展開変わっていましたか?」
「セリフとか変えていたと思う。間違いなくあの日の幻想的な空で良かったと思うな」
「それでも変わらないものがあります。水平線、綺麗ですね」
「そうだね」
「私幸せです、聖地に来られて。この写真ナオさんに送りますね」

   
東京にいるナオの元に写真が送られた。
「ん?海の写真が1枚…どういう意図だろう?」

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