連続百名店小説『みちのく酒びたり』第2陣(オステリア・エノテカ・ダ・サスィーノ/中央弘前)

女性アイドルグループTO-NAの特別アンバサダー・タテルは、メンバーのカコニと共に東京テレビの旅番組に出演する。JR東日本のフリーきっぷ「キュンパス」で各地を回り、浮いたお金で食事などを楽しむご褒美のような企画だが、大雪の影響をもろに食らってしまい…
☆旅のルール
1泊2日の旅で支払った金額(キュンパスの代金除く)の合計が、キュンパスにより浮いた運賃と±1000円以内であれば旅の費用全額を番組が負担。±5000円以上であれば演者が(キュンパス含む)全費用を負担。ただし移動の運賃は一切調べてはいけない。

  

フランス料理店を後にして駅へと向かう一行。電車の時間まで未だ余裕があったため、途中のミルク瓶コンビニで温かい飲み物を買うことにした。
「カコニはいつもカフェラテだよね?」
「はい、カフェラテのメガでお願いします」
「じゃあ買ってくるね」

  

店内に入ったタテルだが、目がウロウロ泳いでいた。
「コーヒーってどう買うんだっけ?冷蔵の棚にない!普通にレジで言えばくれるタイプ?でもレジに人がいない。あああと30分切った、時間がない!」
10分前行動が染みついたタテルは、すぐ時間に余裕がないフリをしてしまう。
「やっと貰えたぞ。エッホエッホ…カフェラテの、メガ!えっ、ミルクが無い?あそっかこれブラック専用か…」

  

「タテルさん遅いですね。ちょっと中見てきます」
「悪いねカコニ。コンビニコーヒーの買い方がわからなかった」
「専門店の高いコーヒーしか飲まないですもんねタテルさん」
「良いところ見せようとして失敗した。ダメだな俺」

  

青森駅行きの列車到着まで15分。小柳駅のホームでカフェラテを飲みながら待つ。
「あ、カフェラテだと美味しいね。ミルクでフルーティさが際立つ」
「いつもコンビニコーヒーは薄いとか言うんですよタテルさん」
「TO-NAの事務所の近くに良いコーヒー店あるからね。贔屓にさせてもらってます。出てます店の情報?ちゃんとお伝えしておきたいので」
「抜かりないですねタテルさん」

  

青森駅には15時前に到着した。そして奥羽本線の運転状況を確認すると、青森〜津軽新城の折り返し運転とのことであった。
「津軽新城…嘘でしょ?ここまでしか行かないよ」
「ほんとだ。新青森の1つ先で打ち止めですね」
「つまり弘前まではバスで行くしかない、と。ああ、余計な出費だ!」

  

奥羽本線に乗れれば、青森駅から弘前駅までの運賃、さらに特急つがるの特急料金が全て「浮いたお金」に蓄積され、自由に使える金額が大幅に増す。しかしバスでの移動となると運賃が実費となり、自由に使える「浮いたお金」は寧ろマイナスになってしまう。

  

「まあでもこれはこれでいいんじゃない?」
「えっ?使えるお金、減るんですよ?」
「バス旅やってみたかったんだよ。アトラクション代、ということで」
「路線バスに乗ることがアトラクション?独特な捉え方ですね…」
「よし、ジェラート食べに行きましょう」
「呑気すぎません?」

  

青森駅から海の方へ歩いて2,3分くらいのところにあるA-FACTORYは、青森名物の林檎を使った土産を多く取り揃える施設。キュンパスで青森を訪れる旅人も多く立ち寄る場所である。この中にあるジェラテリアを目指してやってきた2人であったが、この日は水曜日でありジェラテリアは営業していなかった。
「えっ?休みなんて書いてなかったよね」
「私も確認しましたけど、定休日は空欄でした」
「意味わかんねぇ!」
「ああナチュレさんね、近くに本店があって水曜休みなのよ。それに合わせてここも今日は休み」
「そんな…」
「よし切り替えよう。俺はシードルを飲みます」
「シードルって、林檎のお酒ですよね。まだ飲むんですか?」
「シードルを飲み比べとかあまりしないじゃん。せっかく青森に来たからには味わってみないと」

  

ジェラテリアの手前で行われていたAOMORI CIDREの3種試飲会。試飲とは謳っているが有料のテイスティングである。
「じゃあ2人で600円。誤差の範囲でしょう」
「大丈夫かな。この勢いだと実費の方が2倍くらい上回りますよ」

  

度数3%、5%、7%の順で試飲する。カップは本当に試飲サイズの小さなものである。
「まずは3%から。これは結構甘めだと思います」
「あ、しっかり林檎の甘みがありますね」
「単体で味わうのが良いかも」
「続いて5%を」
「少しドライになってきました」
「まだ甘みを感じられますね」
「最後は7%を…」

  

2人がカップを手にしようとした時、反対側からやってきた老年男性が手を伸ばして取ろうとしてきた。
「え?」
「おとうさん!これ有料なの!」販売員がツッコミを入れる。
「あらそうなの」

  

「アハハハハ!」何故かゲラが発動するカコニ。
「笑いすぎだぞカコニ」
「だってすっごくナチュラルに取ろうとしてましたもん!ヤバい可笑しいアハハハ…」
「確かに盗人のムーヴだった。月曜から夜ふかしのスタッフに声かけられるタイプだ」
「タテルさんの地元にいそうですね」
「俺の実家の半径100m以内に住んでるかも、なんちゃって」「冗談ですよ。無料だと思っちゃいますよねこれだと」
「酒飲みは反応しちゃうね」

  

気を取り直して度数7%を飲むと、先ほどの2杯とは打って変わって甘みがない。
「これは食中酒になるね」
「シードルも美味しい。買って帰りますかね」
「荷物にならない?」
「そしたら配送で…お金かかりますよね」
「カコニが飲みたいなら買えば?」
「東京戻ってからポチります」
「カコニは真面目だよな。さすが次期キャプテン候補」

  

15:20、駅前のバス停に戻ってきた2人。案内所でバスルートの最終確認を確認する。
「バスで弘前に向かうんですけど」
「青森空港経由ですね」
「まずそうですよね。あと黒石から弘南鉄道に乗るのも…」
「まあできますけど、青森空港経由の方がメジャーかと思います。あ、もうすぐ出発ですよ」
「ありがとうございます」

  

「空港行きバスってお高い気がします」カコニが考えを述べる。
「そんな気がする。でも黒石行っても弘南鉄道が動いてないかも」
「JRが止まるくらいだから、動いてない可能性はありますね」
「空港行った方が良いのかな…」

  

逡巡しているうちに空港行きのバスが発車してしまった。黒石に行くしか方法が無くなった。
「こうやって迷った時、だいたい先に発車した方に乗るのが正解なんだよな…」
「間違えちゃいましたか?」
「間違えたかもしれない。ダメだダメだ、決断力が無さすぎる」

  

黒石行きのバスがやってきた。乗り込んですぐ運転手に聞き込みをする。
「弘前にバスだけで乗り継いでいきたいんですけど」
「それなら浪岡ですね。浪岡のバス停に弘前行きが来ます」
「ありがとうございます。ちなみに黒石駅まで行っても弘前行きありますか?」
「ございます」
「ありがとうございます!」

  

「いやあ、まさかバス旅になるとはね」
「雪で鉄道が止まるなんて想像もしてなかったです」
「鬼嫁ブギが流れますよ。テレッテテッテッテン…ってやつ」
「バス旅のテーマソングなんですかそれ?」
「定番BGMだね。これ聞くとあ〜バス旅ってなる」

  

考えられる選択肢は2つ。浪岡で降りるか黒石まで乗り通すか、である。黒石まで行った場合、弘南鉄道が動いていれば鉄道で、不通であればバスを使う。
「黒石まで行くと運賃が高くなるのかな」
「弘前とは反対ですもんね。なるべく直線に近い形で行った方が安そうです」
「弘南鉄道の運賃がわからないからな…鉄道の方が安そうなんだよね」
「速さもありますし、どっち取るか悩ましいですね」
「えーっと…あれ?今津軽新城駅通ったよね?」
「はい」
「失敗したかも!」
「もしかして、新城までは鉄道動いてるから…」
「乗れば良かったんだ。そうすれば青森から新城の運賃が『浮いたお金』に蓄積されて、新城からバスに乗れば青森から乗るより安いから実費も抑えられた。失敗した〜!」

  

紀伊田辺で新宮行きバスを逃した太川陽介のように険しい表情をするタテル。それでもバスは雪の壁に挟まれた道をずんずん進んで、この日の鉄道では越えられない大釈迦峠を通過した。
「カコニ、乗り継ぎの判断を委ねてもいいかな…」
「弱気にならないでくださいよ。タテルさん念願の冠旅番組ですよ」
「わかった。俺は浪岡で乗り継ごうと思ってる」
「私もそれで良いと思います。確実な選択肢を取りましょう」
「じゃあ浪岡乗り継ぎで!」

  

さらに調べてみると、1つ前の青森南警察署前から弘前線が合流するという情報を掴んだ。
「手前で降りて、少しでも運賃を節約できれば」
「浪岡までは歩きですか?」
「歩く。あと15分だもんな、1つくらい歩いておきたい」

  

警察署前で下車。浪岡方面へ向け縦に並んで歩く2人。歩道は横に広がって歩かない、という教えをちゃんと守るしっかり者コンビである。
「あ、トライアルがある」
「トライアル?何の店ですかね?」
「ホームセンター。ペーパータオル買っていこうかな、安いんだよね都心で買うより」
「でもそれも実費になっちゃいません?」
「これは日常生活の買い物ということで、実費への加算なしで良いですよねスタッフさん?」
「ダメです!」
「ダメ?」
「この旅の中でかかる費用は全て実費に加算されます」
「コンビニで買うお茶とかも?」
「全て実費です」
「無理だろそれ!俺けっこう水分補給しないとダメなタイプなんですけど」
「確かに、移動中の飲み物は欠かせないですよね。厳しいルールだ…」

  

ただとにかく弘前に向かうしかないため、浪岡からバスに乗る。
「お金の心配は絶えないけど、バスを乗り継ぐという行為は楽しいね」
「東京じゃこういう街並み、見ないですもんね」
「コンビニがあるエネオスがあるコメリがある。こういう風景もいいもんだね。タクシー乗り継ぎ旅における『大都会』だ」
「タクシーの乗り継ぎ旅もあるんですね」
「万原シニアさんがやってる。1回5000円だけタクシーに乗って、降りたら人探してまたタクシー呼んでもらって、の繰り返しで田舎道を進むんだ」
「面白そうですね」
「面白いよ。シニアさんの大喜利力あふれる発言も見どころ」
「今度観てみます」

  

気づけば辺りは日が暮れ暗くなっていた。弘前のバスターミナルには18時少し前の到着。
「弘前に着きました〜!」
「遂に来た〜!」
「じゃあ一旦ホテルにチェックインして部屋で休憩。18:40にフロント集合で」
「ちょっと待った!チェックインして荷物下ろしたら宴会場に集合してください」
「何が行われるんだ?」

  

駅前のホテルにチェックインし、言われた通り荷物だけ置いて3階の宴会場に入ったタテルとカコニ。
「あれ、なんかゲームでもやるんですかね」
「カコニさんその通り。今からボーナスを懸けてゲームに挑戦していただきます!」
「あさこ・梨乃の5万円旅みたいな展開だ」
「あさこって、いとうあさこさんのことですか?」
「そう。かたせ梨乃さんともう1人女性ゲストを呼んで旅をするんだけど、夕食とお酒代のボーナスを懸けてこんな感じのゲームをやるんだ」
「よく観てますねタテルさん」

  

今回行うゲームは、林檎の街・弘前に因んで林檎の皮剥き。1個の林檎の皮をちぎれないように剥く。最も長く切れたものの長さを記録し、10cmにつき1000円がボーナスとして支給される。

  

「俺こういうの苦手。カコニ先やって」
「私できないです。林檎も食べないので」
「野菜だけじゃなく果物も苦手なんだ」
「そうなんですよ…」
「仕方ない、やってみるか。こうやって刃を当てて、こんな感じで切り込みを入れる?」
「お、良さそうですよタテルさん」
「あとは林檎の方を動かして。集中集中…」
タテルの手捌きを参考にして、カコニも包丁を取る。カメラが回っていることも忘れて無心で皮を剥く。

  

「ふぅ〜、指切らずに済んで良かった…」
「皮も繋がってていい感じじゃないですか?結構稼げましたよ」

  

結果はタテルが122cm、カコニが107cm。22,000円のボーナスである。
「1人分の夕食代が浮きましたね!」
「これは大きい!あ、でもこの後バスに乗らないと」
「またバスですか?」
実は夕食の店「オステリア・エノテカ・ダ・サスィーノ」は弘前城の近くにあり、JR弘前駅からは2km離れている。林檎の皮剥きに時間を費やしたため歩いて行くと19:00の予約に間に合わない。
「バス代がまた実費に加算される…」
「でも2万円以上稼げましたからね、誤差の範囲ですよ」
「お、カコニも金の亡者顔になってきたね」
「人聞きの悪いこと言わないでください。折角の弘前ですからね、飲みますよ〜!」
「飲むぞ飲むぞ、飲むぞ!」

  

あさこ・梨乃に負けない飲みたがりコンビは意気揚々と弘前駅に繰り出しバスに乗る。しかしどの乗り場から弘前城方面へのバスが出るか、いまいち把握できない。
「すみません、このバスは弘前城方面行きますか?」
「本町というバス停で降りてください」
「わかりました」

  

金属団地へ行くバスに揺られ、18:53という良い時間に本町で下車。右に曲がってドーミーインの前を通過し、19時前に店に到着することができた。

  

「ここのワインはね、葡萄の栽培から醸造まで全部を弘前でやっているんだ」
「それって結構珍しいことなんですか?」
「珍しいよ。大きな会社でも無いのに全部を地元でやるなんて吃驚。食材だって殆ど自家製だ」
「地産地消ですね」
「弘前というテロワールを味わい尽くすディナーだ。楽しむぞ!」
「は〜い」

  

乾杯は林檎の街弘前らしくシードルで。色々な林檎をブレンドして辛口に仕上げた。後味に林檎のふくよかな果実味が拡がる。

  

アミューズが2品。独活のポタージュは大地の味の後に、オリーブオイルに付加されたオレンジの香りが来る。

  

茸とサワークリームのタルトは、ペペロンチーノ風味(?)のインパクトが先ずあって、その後サワークリームの濃厚さに茸の旨味が溶けていく。

  

「完全に5万円旅のノリだな。あれ結構な頻度で夕食イタリアンだし」
「居酒屋とかよりイタリアンなんですね」
「ワインがお好きなのかな。あさこさんも梨乃さんもお嬢様育ちだし」
「居酒屋は案外高くつきますもんね」
「今回はイタリアンでありつつ地の物を最大限に使っている。その土地を象徴するレストランでの食事、ガストロノームツアーの醍醐味だね」

  

続いては白子をじゃがいもで包み、芹のサラダを載せて。表面をカリッと焼いた芋と白子の組み合わせはどう考えても美味しい。野菜嫌いのカコニはタテルに芹をあげたが、芹の苦味が彩りとなって作品を際立たせるものである。

  

この日2人以外には男女2人組が1組、そして高齢の男性1人が来店していた。高齢男性はシェフや店員に対し食材やワインなどの突っ込んだ質問をしていて、さながら中尾彬のような出立ちである。
「煩型っぽいお客さんだな…」
「相当食べ歩きなされてる方なんですかね」
「わからない。単に拘りが強いだけの人かもしれない」
「でもタテルさんも恐いですよ。ガストロノームとかテロワールとか、よくわからない横文字並べて」
「日本語だと上手く言い表せないんだよ。ガストロノームは要するにグルメ」
「要せてるじゃないですか」
「テロワールは葡萄が育つ土地の特性、といったところかな。俺はワインに限らず食材全般に対して使いたがるんだけど」
「いずれにしても、難しい言葉並べられると引いてしまいます。わからない人にも優しく説明してください」

  

地元産蕎麦粉のガレットに自家製ブッラータチーズを載せ、仕上げにトリュフを塗した一品。チーズを四方に拡げて春巻きのように包みカットして口に運ぶ。トリュフの香りとガレットの甘みがもう最高。こうなるとチーズの存在感が薄れてしまうのが少し残念。

  

「それに俺料理全くできないし食材の育て方も知らない。味覚も独特だと思ってて、下手に食材のことシェフに話すと墓穴を掘りそうなんだ」
「そんなに自信ないんですか?タテルさんすごい食通に思えますけど」
「この街にはこの名店がある、を言うのが特技なだけ。店の情報だけやけに詳しくて、真のグルメには程遠いと思ってる」
「確かに、タテルさんはどちらかと言うと歩く食べログですよね」
「勿論食材に向き合ってはいるんだけどね、ちょっと多くを語るのは烏滸がましいかもしれないな未だ」

  

続いてフォアグラのテリーヌ。フォアグラ自体とても質の良いものであるが、アーモンドは香ばしさを加える、ピスタチオと林檎ピューレは各々の甘みでフォアグラの塩気を立てる、という風に、理由を持って上に乗っかっている。

  

ここで満を辞して自家製ワインを持ってきてもらう。まずシャルドネ。バニラのような甘みが出やすい品種と今まで説明してきたが、こちらはバニラはバニラでもタヒチのバニラのように色濃い甘み重みがある。
「エグい美味い。鼻血出そうだぜ」
「タテルさんがそんな表現するなんて、よっぽど良いものなんですね」
「日本でこんな濃い葡萄育てられるとは思わなかった。日本の白ワインってもっと軽いじゃん」
「甲州ワインとかそうですよね」
「だろ。買って帰りたいくらいだ…けど予算が」
「東京帰ったらポチりましょう。ポチれるのかな?」
「オンラインストアがある」
「じゃあポチれますね」

  

次は魚料理である。ブイヤベースにキンキの鱗焼きを浮かべて。キンキの旨味は穏やかながらもくっきりとあり、カリカリの鱗と合わせて単体でも成立するものである。下のスープには甲殻類の出汁が凝縮されており、西洋料理の色合いが濃くなる。和と洋のコントラストを上手く表現できていて、シンプルながらも考察のし甲斐がある料理である。

  

高齢男性客は1時間前に食事をスタートしていたため一足先にデザートを愉しんでいた。煩型だと勝手に決めつけていたタテルだが、よく聞いてみるとちゃんと料理を評価しており、悪い人ではないことがわかって胸を撫で下ろす。
「深浦の方なんだ」
「深浦ってどこですか?」
「日本海沿岸だね。鉄道でいえば五能線。海沿いを走り白神山地を越える、風光明媚な路線だ」
「へぇ、それは乗ってみたいです」
「明日秋田行くけど、乗れないことは無いと思うんだ。雪と風さえ無ければ」
「海沿いだから天候に左右されるんですね、京葉線みたいに」
「そう。ただどちらにしても秋田まですっごい時間がかかる。たしか5時間くらい」
「5時間⁈」
「ローカル線だからね、ゆっくり走るもんよ」
「なるほど。初心者の私には厳しいですね」
「俺もキツいかも。特急つがるに乗って奥羽本線経由にしましょう」

  

続いて持ってきてもらったワインは2020年のネッビオーロ。デリケートな品種で、日本での栽培は難しいとされている。見た目は透明感があって軽やかそうだが、飲んでみると渋みもしっかり効いている不思議なワインである。

  

シュガープラムの冷製パスタ。冷製パスタというと味わいが軽薄になりがちだが、トマトの甘みと旨味が確と映えていて絶品。バジルの香り、そしてストラッチャテッラのコクが加わり、マルゲリータの趣もある。

  

「カコニはもっと量を食べたそうだな」
「パスタを食べる時はいつも大盛りにしますね」
「まあ今回はコースの途中だからな。その分食材の力を強くしているから少量でも満足できる。この感覚が解れば食通のスタートラインには立てる」
「私には難しいかもしれません」
「最初は誰だってそういうものさ。経験を積むことが大事」

  

続いて持ってきてもらったワインは弘前ロッソ。メルロー・サンジョヴェーゼ・シラーの3品種を使用している。こちらは最初からタンニンのアタックが効いていて、スパイシーさも覚える。

  

炭水化物もの2品目はあさつきと菊芋のリゾット。あさつきのクセは先述のロッソの特徴と合致する。菊芋は生姜のような味わいを出す。香味系で散り散りになる味を纏め上げるのがトリュフである。
「うぅ…すみませんこれはタテルさんにあげます」
「ラッキー。これめちゃくちゃ美味しい」
「いいなぁタテルさん、大人の味がお解りで」
「クセの強いものもね、洋風に仕上げると食べやすくなるものだよ」
「チーズとかあると食べられたかもしれません」
「最初のうちはね。だんだん素材本来の味を知る方向にシフトする。そうすると今度は日本料理の良さがわかってくるものよ」
「そこまで行きたいな。タテルさんといると、もっと一流の味を知りたくなります」
「学びに向かう姿勢はさすが次期キャプテン。一緒に食通を目指そう」

  

気を良くしたタテルは1人ワインを追加。ネッビオーロの今度は2023年ものである。やはり20年のものと比べて若々しく、タンニンが走り回る。

  

肉料理は馬肉の炭火焼き。赤身のイメージが強いが脂も程よく溢れ出し、その旨味が炭火焼きの香りによりブーストされる。馬といえば人参ということで、ハーブの効いたキャロットラペみたいなものが添えられている。
「赤身肉、最っ高です」
「肉となると急に笑顔になるな」
「だって美味しいんですもん」
「わかりやすい奴だ。肉食カコニには本当に肉が似合うね」
「肉も良いんですけどお芋も美味しい!こんなに甘みが詰まっているとは思いませんでした」
「氷温熟成とかしてるんだろうな。こういう芋の食べ方は日頃から真似したいね。やり方わからないけど」

  

最後は周りを飴細工で囲った苺のデザートで〆る。白胡麻をベースに、チーズやハーブの要素を加えている。多様な味わいを纏めつつ、それぞれの要素が個性を光らせているところが凄い。
「こんな小さな空間に多彩な味わいを効果的に配置している。これって並の料理人にはできない業だと思う」
「果物は総じて苦手だけど苺なら好きで。こうやって苺を食べることができるのは幸せの極みです」

  

舞い上がった2人は食後酒を所望した。既製品のコニャックやアップルブランデーも提案されるが、ここは最後まで自家製で通したいということで、樽熟成をかける前の透明なブランデーを戴く。中国の白酒を彷彿とさせるような、複雑で優雅な香り。

  

初心者には理解が難しい点もあるが、食材達が理由を持って皿の上に配置されていて、タテルのような食の求道者にとっては最後まで感心しきりのディナーであった。

  

最後の客となったところで、赤いエプロンがトレードマークの笹森シェフに声をかけられる。
「弘前へはご旅行ですか?」
「そうです。もうここ目当てで来ました」
「おお、それは吃驚です有難うございます。楽しんでいただけました?」
「最高でした。今度は夏に来てみたいです」
「夏だとねぷたもありますからね」
「弘前のねぷたっていつやるんですか?」
「8月の頭かな」
「一度観てみたいですよね、ねぷた祭り」
「また来よう。弘前には他にも気になる店がいっぱいある」
「それまでに私、美味しいものをもっと食べ歩いて経験値増やしておきます」
「一回り成長して、また帰ってこよう。その時には身長が180cmになってるかもねカコニ」
「10cmも伸びません!そっちの成長期は終わりました!」

  

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