連続カフェ&喫茶店百名店小説『Time Hopper』第13幕:聖夜って何かね? 後編(茶茶の間/表参道)

現代を生きる時生翔(ときお・かける)は、付き合っていた彼女・守田麗奈と共に1978年にタイムスリップしてしまった。そこへ謎の団体「時をかける処女」の代表「ま○ぽ」を名乗る女性が現れる。翔は若かりし頃の麗奈の母・守田トキと共に『ラブドラマのような恋がしたい』という企画に参加させられ、過去と現代を行ったり来たりする日々を送る。

  

竹下通りを抜け人の波から解放されると、右手にはセントラルアパートではなく東急プラザがあった。
「現代に戻ってる!」
「うそ…予約したクリスマスケーキが受け取れない!」
「それ以上にタイムスリップしたことの衝撃を…」
「ケーキ食べられないことの方が問題よ!どうしよう、今から予約できるのかな」
「できるでしょ。でもせっかく現代に来たんだから、一流パティスリーでクリスマスケーキ予約しない?」
「ちょっと食べてみたいかも」
「知ってる店、片っ端からあたってみるね」

  

しかし翔が本命にしていた店は悉く予約受付を終了していた。トキに一流店のクリスマスケーキを食べさせたいという目論見が外れ、翔は落ち込んでしまう。
「やっぱりクリスマスケーキやめない?最近ね、クリスマスの需要が暴騰してケーキのクオリティが下がっているんだ」
「そんな…」
「百貨店のケーキが、開けてみたら形が崩れていて問題になった。あとクリスマスとは違うけど節分の恵方巻きでは食中毒も相次いでる」
「でもだからと言ってクリスマス取りやめるのは違うと思う。こういうイヴェントは大事にしないと」
「同調圧力だろそれ。そういうの現代では通用しないんだって」
「つれないな!悲しいこと言わないで!」

  

喧嘩しているうちに路地に迷い込んだ。そこには煎茶専門店があって、何故かクリスマススイーツを推していた。
「翔くん、せめてここでスイーツ食べようよ。クリスマススイーツだってよ」
「あれ、茶茶の間じゃん」
「来たことあるの?」
「去年の3月に麗n…いや友達と来てね、結構気に入ったんだ。チェリースープ…確かに色味はクリスマスっぽいね」
「入ってみよう」

  

元々は特別営業の予定で、茶会の中の1品として提供されるはずだったチェリースープ。しかし主催者の体調不良により茶会が中止となり、急遽通常営業の中の1品として売り出されていた。

  

「4000円…結構お高めなのね」
「確かに高めなんだけど、煎茶を本格的な茶器で1杯1杯丁寧に淹れてくれるから良いんだよね。それに、トキさんが絶対知らないお茶の味、楽しめるから」
「何だろう?」

  

砂糖を塗したペパーミントをお茶菓子に1煎目。濃いお茶を冷水で締めたもの。
「あっ、これは面白いね。お出汁みたい」
「向こうの世界の家庭でも、こういう淹れ方ってあまりしないよね」
「しないね。何も考えず急須にお湯注ぐだけ」
「煎茶なんて現代じゃ家でも飲まないからね。今じゃ粉末のお茶が普通だし、お湯もウォーターサーバーから汲める」
「とにかく楽をしたいのね」
「現代人はとにかく時短したがる。その分お店では手間をかけてもらって、対価を払ってそれをいただく」
「棲み分けができているという訳ね」

  

チェリースープがやってきた。甘酸っぱいチェリーの味を、中央に聳えるクレームダンジュの甘みが引き立てる。クレームダンジュはオレンジリキュールのジュレを纏っており、これがキレを生む。上に刺さっているのはフランボワーズ味のキャンディをチップス状にしたものであり、これまたはっきりとした甘酸っぱさがある。

  

2煎目はティーカップより味わう。飲み口がなだらかで広くなっているから、包み込むように茶を味わえる。

  

パステルカラーに寄ってはいるものの、緑の煎茶とピンクのチェリーはまさしくクリスマスカラーの組み合わせである。
「綺麗に淹れてもらえて嬉しいね」
「でしょ。高いけど定期的に通いたくなるんだよね。でもあれ?本当は1杯目に濃いお茶が出るはずなんだけど…」

  

通常1煎目に登場する、海苔のような風味を感じる濃い1杯が今回は〆として登場した。
「うわぁ濃い。これはハマっちゃいますね〜」
「家でもやってみたくなるね。茶葉ならあそこに売っているけど」
「茶器も揃えないといけないね」
「確か2階で売ってたような。展示だけかな?」
「見てみようよ」
「でも俺バリスタ修業中だよな。他のドリンクに浮気するのは憚られる」
「飲みたくなったらまた来れば良いね」
「そうだね。あ、クリスマスケーキは一旦置いといてシュトレン買いに行かない?」
「シュトレン?」
「ナッツやドライフルーツをたっぷり入れたパウンドケーキみたいなお菓子。大きな塊を、クリスマスを心待ちにしながら少しずつスライスして食べるんだ」
「それは素敵な風習だね」
「この国では未だメジャーじゃないからな、同調圧力うんぬんも関係ない」

  

ピエール・エルメのシュトレンを買った2人。クリスマスの日まで、現代のすみかで大事に美味しくいただいたと云う。肝心のクリスマスケーキはというと、クリスマスの前日、ま○ぽが2人の元を訪れていた。
「トキさん、年末年始休暇をお取りください。あちらの時代に戻して差し上げましょう」
「そんなシステムあるんだ…」
「現代の働き方に合わせておりますので。1979年、クリスマスの日にお戻りいただきます。不二家のケーキも用意してありますので御安心を」
「せっかく翔くんとクリスマス過ごそうと思ったのに…」
「規則なのでお従い下さい。それではこちらへどうぞ」

  

現代に残された翔は久しぶりに麗奈と再会した。ドラマにまつわる発言さえしなければ休暇明けまで一緒にいても良い、ただしまずい言動があれば猛烈な痒みで警告される、という規則である。
「翔くん…」
「麗奈!元気にしてた?」
「うん。クリスマスケーキ、一緒に食べない?」
「食べようか」
こうして翔と麗奈の2人は、別れようとしていたのが嘘のように年末年始を仲睦まじく過ごした。しかし麗奈の家にて、気になるものを見つけてしまう。
「これって…」

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