連続百名店小説『海へ行こうよ』Eighth Step:Love is…(うずとかみなり/本鵠沼)

売れないグルメタレント・TATERU(25)が、綱の手引き坂46のメンバー・ヒヨリ(20)と共に、小田急江ノ島線沿線を歩きつつ名店を巡る『鉄道沿線食べ歩き旅』。

  

次の駅に百名店があるため、翌朝は11時過ぎの出発と遅めのスタート。
「江ノ島線は藤沢駅でスイッチバックが行われます。片瀬江ノ島方面へは藤沢本町駅方面へ少し戻ってから分岐します」
いつものように細かい知識を披露するタテルに、ヒヨリは珍しく興味を持つ。
「なんでそんなめんどくさいシステムなんだろう」
「藤沢から江の島に行くもう1つのルート、わかる?」
「江ノ電ですか?」
「そう。江ノ電とルートが被らないように、江ノ島線は西側から入る形にしたんだって」
「へぇ〜」

  

20分少し歩いて本鵠沼駅に到着。海はまだ見えないが、大きな藤沢駅からたった1駅離れただけで湘南の海街風情が色濃くなっていた。駅前の細い道を少し進むと、その風情に似合わぬ大声でヤバいジジイが演説していた。
「ヒヨリちゃん危ない、ここは静かに通り過ぎよう」
「忍者、忍者…」
襲い掛かられたら反撃するつもりでタテルは身構えていたが、その心配は杞憂に終わった。しかしジジイに気を取られ目的の店を見失った。看板が控えめで気をつけないとスルーしてしまうくらいなのだ。幸いすぐ気づき、ラーメン自販機を目印に何とか戻って来れたが、外で待っていると今度は車通りの多さに悩まされる。
「ヒヨリちゃん、内側に入って!俺が後ろにいるから」
「大丈夫ですよタテルさん。子供扱いしないでください」
とは言いつつ、身を挺して守ってくれようとするタテルのことを、ヒヨリは心の底から信頼していた。勝手言ったり後先考えずケーキを大食いしたり、体の不調を黙り込んでいたりしていたヒヨリはもうそこにない。

  

予約の時間になり店に入る。入口の大きな段差は筋肉痛の足に応える。無機質なインテリアは凡そラーメン屋とは思えない。
エスニックラーメンなど変わり種のラーメンも多くあり迷うが、タテルは醤油を、ヒヨリは塩をチョイスした。プレミアムにすると良質なチャーシューがたくさん載るというが、昨晩の食事代が2万を超えたことにより(諸経費を払ってくれる)運営に対する申し訳なさが頭を過ぎり、基本形で我慢することにした。

  

カラフルなあられが目を引く塩ラーメンを横目にいただく醤油ラーメン。醤油主体だが味に深みがある。麺はとても柔らかく透き通っており、千原ジュニア氏の俳句から拝借して「とぅるとぅる」というオノマトペで表現したい。
チャーシューは脂身の甘みが目立つのと赤身主体のものの2つで、プレミアムにせずとも満足行くものである。ただ赤身の方は悦に入るまでが少し長い。メンマ、ネギはラーメンの味に干渉してこないため、純粋に麺とスープに向き合える。

  

「ふぅ、なんか落ち着きますね」日頃忙しいヒヨリは美しいラーメンに癒されていた。「京子さんといつもこんな感じのラーメン食べてるタテルさん、羨ましいです」
「今度ゲストで来なよ。京子も大歓迎だと思うよ」
「もちろん行きます!綺麗なラーメンの回がいいです」
「綺麗なラーメンって…」

  

ボックス席には小さい子を連れた家族が座っていた。おそらく近所の人だろう。店員は子供に優しく接する。こうしてたくさんの愛を受け、子供は成長していくのだろう。

  

「ヒヨリちゃん、スタイル抜群で可愛い!」子供の母が反応した。
「ありがとうございます」
「ほら、綺麗なおねえさんだよ」普段子供と絡むことを厭うタテルも、この日ばかりはコミュニケーションをとっていた。
「綱の手引き坂46のヒヨリです」
「こんにちは」
「あら偉い!ちゃんと挨拶できたね」
「お姉ちゃんかわいいね」
「ありがとう!」
「今ここに、ヒヨリちゃんの最年少ファンが誕生しました」まるで某元日テレアナのように実況するタテル。
「ここで逢えたのも何かの縁かもしれない。ヒヨリさんのこと応援します!」
「嬉しい…」

  

「いいね、これぞふれあい旅だよ」
「人の温もりを感じると、過酷な旅でもやってて良かった、って思えますね」
「この旅ももう2駅で終わりか…」
湘南のこじんまりとした街で新たなファンを獲得したヒヨリ。空は青く澄み渡り、海を目指して2人は最後の力を振り絞る。

  

ゴール江の島まで4.5km

  

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