連続百名店小説『海へ行こうよ』Third Step:Storm(ペンタイ/南林間)

売れないグルメタレント・TATERU(25)が、綱の手引き坂46のメンバー・ヒヨリ(20)と共に、小田急江ノ島線沿線を歩きつつ名店を巡る『鉄道沿線食べ歩き旅』。

  

翌朝、予報の通り台風が接近し豪雨となっていた。一方でヒヨリは遅い時間まで寝ていた。
「ヒヨリちゃん、チェックアウトの時間だよ」
「…」
結局正午までチェックアウトの時間を延ばしてもらい、11時を過ぎてようやくヒヨリは支度を始めた。

  

「ヒヨリちゃん遅いよ。11時半には店入りたかったのに」
「疲れたのでゆっくり眠らせてくださいよ。それに何ですかこの雨」
「俺も嫌だよこんな嵐の中歩くの。でも進まないと」
「…」

  

駅のすぐそばにあるタイ料理店「ペンタイ」。テーブル5卓のみの狭い店で、前にいた2人組が入店すると満席になってしまった。15分は待つと言われた。待つ場所も店の前にはない。おまけに雨脚が突然強くなり、2人は駅ビルに避難した。運に見放され、タテルまでもが帰りたい感情を持ち始めた。
「前髪崩れちゃう…ホント雨は嫌だ」
「俺も雨嫌いだ。風が強いと尚更。雨の日は風吹かしちゃいけない法律とかないのか」
「…」
「何で黙るのよ」
「もう今日はやめましょう。サイコロお願いします」
「いやいや早いって。ご飯食べてから考えよう」

  

15分経ち再び店に行くと、さっきまでの混雑が嘘のように空いていた。外界を隔てるものはスライド式の薄いガラス扉1枚のみであり、少し開けていると大雨の音がザーザーと響く。それはまるで、スコールに見舞われ飛び込んだ現地タイの屋台にいる気分である。
「こうして腰を落ち着けると、雨っていいもんかもしれない」雨嫌いのはずのタテルが言う。
「タイ料理、楽しみです」ヒヨリも少し気持ちが落ち着いてきた。

  

平日限定のランチセットは、グリーンカレーといった定番ものからタイ風ラーメン・チャーハンといった中華ものとのコラボ、そしてライスに卵焼きを載せただけという未知のメニューもあった。タテルは結局王道系から、バジル炒め、いわゆるガパオライスのようなものを選択した。

  

「ヒヨリちゃん、昨晩はあれから大丈夫だった?」
「ずっとお腹いっぱいすぎてつらかったです」
「だよな…」
そう言うとタテルは表情を和らげる。昨日のようにあれやこれや怒ることはもうしない。
「ちょっと無理したかな。自分の体が一番大事だからね。労わってあげよう」
「じゃあ今日はもうここで終わりですね」
「いや…ねぇ、1駅だけでも進まない?」
「嵐の中歩くなんて無茶です。体労わるならここで終わりましょうよ」
「そ、そうだな…」

  

料理がやってきた。肉はグニグニと歯応えがあり、程よい味つけと思わせて辛さが後からやって来る。ハーブは肉と食べると土臭くなるのがあるあるだが、自由にかけられるナンプラーが間に入ると抑えられる。フライドエッグもしっかり焼かれており、夢中になれる一皿である。
セットのスープは一転クセがなく、タテルの地元足立区の給食を思い出す美味しさであった。
「これは良い。夜大勢で来ていっぱい料理注文してワイワイやりたい」
「そうですね。今度ミレイさんと行こうかな」

  

美味しいタイ料理でエネルギーチャージした2人は、雨脚が弱まるタイミングを見計らい外に出た。
「1駅も進まないのはさすがに良くない。次の駅までそんな距離ないし、1駅だけでも頑張らない?」
「そこまで言うなら…」
鶴間駅方面へ歩き出す2人。しかし強風に煽られ傘をさすのは困難であった。わずか700mの道のりを、30分もかけて鶴間駅に到着。2人はすっかりずぶ濡れになっていた。
「もうやめにしよう」言い出したのはタテルの方であった。「ということでサイコロ振ります。お願い、2出ろ!」

  

豪雨へ投げ飛ばした角の丸いサイコロは前へ横へと暴れる。2の面で止まると見せかけ、復元力で0の面へ戻されてしまった。これによりタテルは帰京後一切乗り物に乗れないことになった。ヒヨリも仕事現場への移動および帰宅以外での乗り物の使用が禁止される。
「俺引きこもるしかないじゃん。京子とラーメン行くのにも使えない?ダメ。あぁ…」
「私もみんなと一緒に食事行けない…」
猛暑の中歩きを強制される日々に、2人の気持ちは沈みきっていた。2日間で進んだ距離はわずか6km弱、残る百名店は6軒。

  

帰京したタテルは次の日、京子とのラーメンロケが待っていた。三ノ輪の基地に到着したタテル。
「タテルくん、またすごい汗!何があったの?」
「今日は訳あって家から歩いてきた」
「電車も乗らずに?何でそんなことするの!」

  

事情を全て話すタテル。
「変な企画ね」
「ヒヨリちゃんが全然言うこと聞かなくてさ」
「なるほど。初対面の人には心開いてくれない子だからね」
「それはわかってる」
「でも信じてあげて。ヒヨリちゃんはとても優しい子だよ。一緒にいるといつも楽しい」
「そういえば京子とヒヨリちゃんはマブダチだよね」
「そうそう。くだらないことでいっつも笑ってる。そういう関係性になったら勝ちだと思うよ」
「わかった。辛抱強くやろう」
「それにしても、こっからまた歩くの?」
「そうだよ」
「じゃあ私も歩く」
「暑いけど大丈夫?」
「うん。秋葉原くらいなら歩けるよ」
「ありがとう…」

  

ゴール江の島まであと24.0km

  

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