連続百名店小説『nao』4th memory:鈴懸なんちゃら(ベベ/鎌倉)

アイドルグループ「TTZ48」のエースメンバーだった直(享年19)。人気絶頂の最中、突如自ら命を絶ってしまった。兄でタレントの建(24)は地元鎌倉を歩きながら、直と過ごした日々を思い返す。

  

夕食の時間になり、鎌倉駅方面へ商店街を戻る建。夕食のあたりはつけていなかったが、近くにピザの名店があることを知った。駅目前、左手の路地に入るとその店はある。チーズ工場を併設した、チーズ好きのためのピッツェリアである。

  

ビールと共に注文したのは、せっかくチーズ押しのピッツェリアということで、ビアンカからナポリターナ・ビアンカ。
「はぁ、直と一緒に酒飲みたかったなぁ。2人でえにし酒やりたかった」
ピザが焼き上がるまでの間、例によって直との思い出を振り返る。

  

小学校を卒業した直は、いじめを逃れるため少し離れた中学校に通うことになった。そこではバレーボール部に入り、朝早くから夜遅くまで練習する日々が続いた。建は建で受験勉強が忙しく、直も家に帰ればすぐ宿題や勉強に追われていた。おだまりコンビが2人でいる時間は少なくなっていた。そんなある日の話。

  

「直、ご飯いらないの?」母が問いかける。
「いらない」直はそそくさと部屋に戻ろうとした。
「直、ちゃんと食べなさい」父も応戦する。
「やることいっぱいあるの!」
「何だその口の利き方は!」
「ヘトヘトなんだよ、ほっといて!」
「これだから反抗期は…」
「父さん、ちょっと当たり強くない?」
「何?」
「帰宅部の俺が言っても説得力ないけど、毎日部活やるのって大変だと思う。バレーボール部なんて特に厳しそうだし…俺が言うのも生意気だけど、もうちょっと寄り添ってあげてよ」
「でも…」
「俺はずっと直のそばにいるからわかるんだ。お願い、叱らないであげて。母さんも、いいよね」
そう言って建は直の部屋の前にお盆を置きにいった。
「気が向いたらでいいから食べてな」
建の話を聞き入れた両親は、これ以降直にきつく当たることはしなかった。

  

思いを巡らしているうちにピザが焼き上がった。チーズ工房自慢のチーズピザだが、肝心のチーズにらしさを覚えなかった。これだけチーズが入っているのにチーズ感がない。その他具材に関しても印象に残らなかった。回想に浸りすぎた建の舌はぼやけていたようだ。

  

建は勉強の甲斐あって東京大学に合格した。その翌年の夏、中3になった直もとうとう部活を引退する日を迎えた。その日は打ち上げがあったが、例によって直は黙り込んでしまい、一足早く帰ることにした。その帰り道、サークル帰りの建に偶然遭遇した。
「お兄ちゃん!」
「直!部活引退か。お疲れ様」
「…」
「どうした、何か心残りあるか?」
小さく頷く直。
「久しぶりに海、見に行こうか。母さんには俺から連絡する」

  

夏の夜の材木座海岸。喧騒を避け、少し遠い場所まで逃れてきた。
「練習大変だったか?」
「…めっちゃ大変だった」
「そうだよな。俺はわかってた。いつもクタクタだったもんな」
「…」
「もっと甘えてくれて良かったのに」
その言葉を聞いて、直は建に泣きついた。
「大変なことばかりだったよ!練習きつかったし厳しかったし、勉強との両立も…」
「…」
「チームスポーツだったからみんなに合わせるのも正直辛かった。お父さんお母さんにもきつく当たってしまった」
「直…」
「でもお兄ちゃんはいつだって優しかった。ご飯持ってきてくれたり会話しようとしてくれたりで、嬉しかった」
2年ぶりに兄の前で全てをさらけ出した直。
「ごめんね、愛情受け取れなくて。どうしても1人の時間が欲しかった…」
建も感極まる。
「もう無理しなくていいんだよ。今日からまた、おだまりコンビ復活だ」
そう言って2人は靴を脱ぎ海に入った。思えばこうして磯遊びするのも2年ぶりである。
「今度は高校受験だな。勉強なら俺に任せろ」
「ありがとう!いっぱい甘えさせてもらうね」
建は感慨深げに大きく頷いた。

  

それからは一家団欒の日々に戻った。直はここで初めて、建のやっていることを知るのであった。
「え⁈お兄ちゃん、お笑いやってるの?」
「そうだよ。お笑いサークル笑論法」
「こんな人見知りなのに、サークルでは愛されキャラなんだって。フランス語のクラスでクラスリーダーもやってるのよ」
「今度みんなでフレンチ食べに行くんだ」
「お兄ちゃんすごいね。急にアクティブになって」
「いやいや。俺が喋るとすぐ沈黙が生まれる」
「建もまだまだだね」
「でもそこがお兄ちゃんらしくていい」
「直もずっとこのままじゃ困るよ。建も頑張ってることだし、何か思い切ったことしなさい」
「うーん…」

  

建の優しい手ほどきで直は無事第1志望の高校に入学した。それから1ヶ月経ったある日、TTZ48の冠番組でオーディションのお知らせが流れた。それを観ていたおだまりコンビ。
「直、オーディション応募してみたら?絶対受かると思うよ」
「えー、こんな人気グループに入れるかな?人前で踊る自信ないし…」
「そういう子たちが意外といい味出すんだって。ばるるだってそうでしょ」
「…受けてみようか」
その結果、直は審査員からの圧倒的な支持を集めTTZ48に加入した。世代交代が求められていたTTZ48に逸材が入ってきたとして、ファンやメディアからの注目度はすこぶる高かった。しかしこのことが、彼女を追い詰める結果になろうとは。

  

「今日はいっぱい直のこと考えたな。でも明日からまた日常が始まる。頑張らなきゃだな。俺の自慢の妹・直、そして直と同じ苦しみを抱く全ての人のために」
明日への誓いを胸に、思い出の詰まった鎌倉を後にする建であった。

  

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