連続百名店小説『バカみたいに真っ直ぐな』七夜(パンチマハル/神保町)

エキストラ俳優・宮本建。演技力は誰にも負けないと自負するも、芽が出ず不貞腐れる日々を過ごす。
そんなある日の現場、建は同じエキストラ俳優の山田ハルカに出逢った。前向きで優しい姿勢で場を和ませる彼女を目の当たりにし、建は真っ直ぐ夢を追おうとする。

  

「建くん、YouTubeやろう!」
「YouTube?またどうして?」
「私考えたんだ、建くんが三線の練習をしている姿、いろんな人に見てもらいたいなって」
「たしかに三線はニッチだから、新規性あってウケそうだな」
「じゃあ早速明後日撮影ね!撮影機材がその日に届くから」
「早いな…俺が断ってたらどうするつもりだったんだ」

  

次の日、2人は撮影用の衣装を買いに行く。神保町にかりゆしウェアの店があることを知り、ついでに近辺で昼食を摂ることにした。本当は丸香に行こうと思ったが案の定大行列で断念し、北上してパンチマハルというカレー店に入ることにした。ワンオペで営業しており細かいルールが多少目立つが、受け身の姿勢でいれば恐れることは無い。幸い行列は無くすんなり入店した。
「メニュー決めた?じゃあ注文を…」
「待てハルカ。店主が聞きに来るから待とう。手を煩わせない」
「わずわわせない?」
「いいからいいから。ほら、注文取りに来たよ」

  

建が頼んだのは手羽元と揚げ茄子の入ったインドカレー。具材はさすがの美味しさではあるが、ルーのコクがなかなか開かない。開いたらすごく美味しそうな味ではあるが、建の味覚に対しては最後まで心を閉ざしたままであった。
「コンディション悪いのかな俺」
「まあそういうこともあるよ。今日はゆっくり休んで、明日頑張ろう」

  

次の日、家に機材が届いた。しかし大きな箱が3箱も来ており、建は訝しげな表情を浮かべる。
「ハルカ、このマットは何?」
「ああこれね、撮影の時この上に座るんだ」
「ヨガマットあるよね。それで良かったんじゃない?…って何でテーブルまで買ったんだよ」
「YouTuberぽいかな、って」
「いつものテーブルで十分だろ。は⁈腹筋ローラーもある」
「筋トレは見栄え向上の第一歩!」
「エステマシン、脱毛マシン、ホワイトニングセット、室内バイク、ぶら下がり健康器…チョコザップでもやるんか?」
「色々オプション提案されてさ。ほら、断るのも申し訳ないじゃん」
「待ってよ。こんな買っていくらすんの…ひゃ、100万円⁈」

  

ハルカは如何わしいネット広告にあった「YouTubeスタートアップセット」というものに飛びついてしまった。三脚・カメラ・照明がセットで3980円と謳われていたが、勧誘電話でオプションを提案され、人の良いハルカは断りきれずに全てつけてしまった。
「電話口では1万円って言われたんだけど…」
「こんだけ買って1万ってことないだろ。おい、すぐ返せ。クーリングオフとかあるだろ」

  

しかし通販での購入であったため、クーリングオフが不可能であることが判明した。
「どうしよう…」漸く事の重大さに気づいたハルカ。
「お金借りるしかないかな?」
「待てハルカ、どう考えてもおかしいよこれ。お金は1万しか払わない。それで向こうから何か言われたら徹底抗戦だ、その時は俺に任せろ」

  

こうして2人は悪徳業者と戦うことに決めた。何事も無かったかのようにエキストラ撮影への参加、YouTubeの撮影を行い続けること数週間。
「じゃあ今日はいよいよ曲を弾いてみましょう。初心者は先ず『きらきら星』から挑戦してみるといいですね。じゃあ建くん、弾いてみましょうか」
「えーっと、ドの音は…」
「ドはここだね。ここ押さえて…」

  

「おい!金払えよ!」
外から取り立ての怒鳴り声が聞こえた。幸い三線の音を出す前であったため、居留守を使って取り立てを退散させることができた。しかし恐怖を目の前にして2人は固まってしまう。

  

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