連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』100杯目+(フジウ/高幡不動)

グルメすぎる東大卒芸人・タテルと、人気アイドルグループ「綱の手引き坂46(現:TO-NA)」の元メンバーで現在は宝刀芸能所属の俳優・佐藤京子。2人共1997年生まれの同い年で、生まれも育ちも東京。ラーメンYouTuber『僕たちはキョコってる』として活躍している2人の、ラーメンと共に育まれる恋のお話。
学生人気の高まりを受け、人気番組『荒々しいガキ』に出演した2人。その様子が好評を博して大人たちの心を動かし、2人はついにピノ高校の文化祭で歌を披露することになる。

  

デュエットソングで観衆の心をときめかせた2人に、進行役の生徒が私生活について尋ねる。
「タテルくんってのんびりしてるように見えるじゃないですか。でも実際は無駄にせっかちで」
「まあ自覚はある。今日もエレベーター捕まえようと思って急いでボタン押しに行って、突起で指切っちゃったんだよね」
「早押しクイズじゃないのにね、何やってんだよもうって思った」
「京子が消毒薬と絆創膏常備していてくれて助かった」
「となると、京子さんがタテルさんをリードしている感じですかね?」
「そうなりますね」即答する京子。
「俺も否定はしません。京子無しでは生きていけない」
「タテルくん、東大卒なのに意外とできないこと多くて。料理とか掃除とか、あと私が読める漢字読めなかったり」
「一つや二つはあるでしょそういうの」
「初めて会った時も、タテルくん全然売れてない芸人さんでした。でも何か魅力感じて、思わず話しかけたんです」
「突然すぎて俺びっくりしたもん。本当に京子なのか半信半疑で」
「実際一緒にいてみたら、頭いいから話面白いし、歌も上手くてびっくりした」
「家にカラオケあっていつも一緒に歌ってる。すごく楽しい。元々京子のファンで、こうして一緒に暮らせているのが夢みたいなんです」
「すごい夢の叶い方ですよね、素晴らしいですね。でもタテルさん、エロ動画観ちゃダメですよ〜」
「おい、どうしてそれを」
「足つぼやった回で言われてましたよね。あれだけは本当に良くない」

  

頷く聴衆たち。
「言われてるよタテルくん。エロ動画は禁止ね」
「はーい。度胸あるなこのMC」
「さて次が最後の曲となります。お2人のオリジナルソング『東京ランデヴー』でございますけど、この曲に込めた想いをお聞きしたいと思います」
「はい、これは1週間くらいスタジオで合宿して制作した楽曲ですね」
「初めての共同作業、ってやつ?厳しい歌のレッスンで絆を深めながら作った、東京生まれ東京育ちの2人ならではのデュエットです」
「皆さん是非手拍子しながらお聴きください」

  

2人の愛の結晶である東京ランデヴー。昭和歌謡のムードでありながら令和の学生のロマンを擽る、ピノ高校文化祭のフィナーレを飾るに相応しい一曲であった。
「こうやって学生さんとセッションするの夢でした。また一つ夢が叶いました!」
「俺、もし高校生に戻れるとしたら軽音部に入りたかったんです。だからこうして皆さんと歌えて最高!」
「だから最後に皆さんへ1つ言わせてください。夢がある人、それを必ず口にし続けてください!」
「アイドルと付き合いたいとかいう馬鹿げた夢でもいいです。夢を持ち続けることは、夢を叶えるための十分条件」
「また難しいこと言って」
「つまり夢を捨ててしまったら夢は叶わないということ。それじゃ勿体無いですよ。可能性に満ちた皆さんですから、夢を信じて走り抜いてください!以上、夢を叶え続けるカップル・キョコってるでした!」
「ありがとうございました!」

  

控室に戻り軽音部員を讃える2人。10分ほど歓談してさあ帰ろうと思ったところ、2人は視聴覚室に誘導される。
「すみません、ちょっと合唱部のパフォーマンスを聴いてほしくて」

  

〽︎遥か遠くに浮かぶ星を…
「すごい!YOASOBIさんの曲だ!」

  

〽︎シュクフクヲキミニシュクフクヲシュクフクヲ!
「タテルさん、京子さん、ハッピーバースデー!」
「嘘⁈」
「えめっちゃ嬉しい…」
「今日は心震わす歌と軽妙なトーク、ありがとうございました!細やかではございますが、私たちからもプレゼントを用意しました」

  

万願寺の隣駅・高幡不動で人気のパティスリー「フジウ」。甘党のタテルのために、有志の生徒がケーキと小菓子を多数購入してスタンバイしていた。

  

真っ先に提供されたモンブラン。メレンゲを土台とし、和栗を使用しているため、40分以内に持ち帰る(冷蔵庫に入れる)必要がある(持ち帰りに時間がかかるようであればイートインで食べよう)。
「もっぺりとした栗の味。秋って感じがする」
「ちょっと待って京子、『もっぺり』ってどういうこと?」
「もっぺりはもっぺりでしょ」
「まあいいか。メレンゲにチョコのコーティングがしてある。生クリームはちょっと重いけど、チョコの苦味があるからバランスがとれている」
「タテルさん、噂通り食レポがお上手…」
「大変じゃなかった?タテルくんの口に合いそうなケーキ探すの」
「そんなことないですよ。フジウさんは食べログの点数も高いし、間違いないかなと思いました」
「俺行ったことあるよ」
「そうでしたか…」
「でもだいぶ前の話だけどね。クラシックなケーキで美味しかった記憶あるから」

  

そんなクラシックなケーキの中から、タテル向けに選ばれたのはサヴァランとマルジョレーヌ。
サヴァランはアルコール強め、クリーム少なめのストロングスタイルで、京子のような下戸は絶対食べてはならない。生地は気泡が整然と入っているので、口に残ったり食べ疲れることは無い。
新作だというマルジョレーヌは、アーモンドやヘーゼルナッツのウッディな香りをよく活かしていて味わい深い。こちらも薄いチョコが張ってあってアクセントになっているが、硬さのあるチョコにカトラリーが当たるとクリームが外にはみ出し溢れてしまうのだけが難点である。
「タテルさんが京子さんを好きになったきっかけって何ですか?」
「まずは声だよね。可愛らしいのにすごいイケボで」
「めっちゃわかります。印象に残りますよね」
「それで知的なイメージ持ってたわけよ。でも実際は天然でさ、偶にちょっと何言ってるかわかんなかったりするのがすごく愛おしくて」
「ギャップ萌えですね」
「最終的には真面目さに惹かれたかな。真っ直ぐだしみんなのこと思ってくれるし。かっけぇ、って惚れてしまった」
「実直さ、今日の公演でも伝わってきました」
「でしょ?京子と付き合って初めて、理屈臭い俺が感情を剥き出しにできた。それくらい心を許せる相手なんだよね。俺が人間らしく生きる上で、京子は不可欠な存在」
「素敵です…」

  

楽屋からこっそり持ち帰ってしまうほどシャインマスカットが好物である京子のために選ばれたタルト。アロマが香るマスカットを、小さいが密度の高い生地で受け止める。マスカット単体で食べたり生地と合わせたりと、心ゆくまで堪能する。
「何故タテルさんと付き合おうって思ったんですか?」
「アイドル時代メンバーとお笑いライブ観に行った時に印象に残っててさ、偶然見かけたから話しかけたんだ」
「すごい勇気ですよね…」
「タテルさんって、家でも面白いんですか?」
「面白いよ。一緒にクイズ番組観てると、あれだけ頭いい人なのにめっちゃボケてくる」
「タテルさん、ボケたがりなんですね」
「そうなんだよ。変顔とかもしてくれるし。タテルくん、河村隆一さんの『Glass』歌いながらやってきて!」

  

〽︎つかまえていてね いつまでぽーーーーー!
「アハハ。顔が吹っ飛んでる!」
「動画編集やってるといっつもこれやってくるんだよねタテルくん。笑い死ぬからやめてほしい」
「さすがゲラの京子。クールなのにゲラ、ってところも萌えるよね」

  

続いて杏を使った2品をいただくタテルと京子。ソレイユは杏ジュレをキャラメルムース、そしてややサクッとしたスポンジで包んだ円柱形のケーキで、どちらかと言うとキャラメルの味が強い。一方のパヴェノワゼットは杏ジャムが煌びやかに全体を包み込み、上のチョコの口溶けも相まってタテルも大きく唸った。

  

「喧嘩とかするんですか?」
「週1くらいでしちゃうね」
「大抵俺の我儘が原因だけど」
「タテルくん結構ズボラなところがあって、それが原因で2ヶ月くらい絶交したこともあった」
「あったね。あの時は辛かったけど、今となってみれば擦り傷にすぎない」
「いやいや、内臓やられて死にかけてたでしょ」
「あれは俺が馬鹿だったよ」
「喧嘩ってわけじゃないんだけど、タテルくんがTO-NAの立て直しに集中してて全然会わない時期もあった。寂しかったなあの時は…」
「俺も意固地になりすぎたね。本音言うと寂しかった、京子の温もりが欲しかった」
「なら何で連絡断ったのよ」
「業務にやきもきして、京子に八つ当たりしてしまうのが怖かったから」
「その程度でタテルくんに愛想尽かすわけないでしょ。本当に寂しかったんだから…」
「京子…」
抱き締め合う2人を見て、生徒達は拍手を送った。

  

温かい焙じ茶と共に焼き菓子を食べる。フィナンシェは少しもちっとした食感で、バターの香りとアーモンド粉の小さな歯応えを感じられる。

  

ウィークエンド黒ごまは、パウンドケーキではあるがカステラっぽい卵感を覚える。

  

もさつきのない芳しいカリソンを食べていると、本番前にキョコってると喋っていたベース担当の男子高校生がいないことに気づいた。
「ベースの子どこ行った?」
「佐々木くんですか?全然気づかなかった、あの子人付き合いは良いけど大人しくて…」

  

「タテルさん、京子さん!僕やりましたよ!」
「まさか…告白したの⁈」
「はい!」
「おめでとう!」
「タテルさんが背中突いてくれたお陰です!」
「いやすごいな…今の高校生って本当勇気あるね」
「タテルさんがライヴの最後で仰っていたことがダメ押しになりました。馬鹿げた夢でも持ち続けろ、って」
「だよな。だって俺はしがない芸人なのにトップアイドルと付き合ってるわけだし」
「説得力ありますね。一歩踏み出せて良かった」
「末永くお幸せに!」

  

こうしてピノ高校でのライヴは大成功に終わった。ミントが微かに香る砂糖菓子を舐めながら、愛の巣へと車を走らせる。
「すごい濃い1日だったね、タテルくん」
「zzz…」
「寝てたでしょ今」
「ごめんごめん、ついウトウトしちゃった」
「別に謝ることはないでしょ。でもちょっと寂しいかな、寝られると」
「だよね。本当に楽しかった。一生懸命歌って学生に夢を与える楽しさ、こりゃクセになるね」
「季節ごとに行きたいね学校ライブ。でも夏は勘弁か」
「汗塗れになっちゃうからね。次は年末かな」

  

ある休日の午後、紅茶と共に土産のコンフィズリー(砂糖菓子)を食べる2人。

  

「ゼリー美味しい!」
「いちごジャムみたいな感じだよね。柔らかいゼリーを、砂糖の塊が輪郭となってはっきりさせる」

  

「青りんご味も食べてみて」
「こっちの方が甘ったるくないかな」

  

「これはフルーツの香りがするね。奥にちょっとミントがあるのか」
「言われないとわかんないかな。でも美味しい。砂糖菓子にも色々あるんだね」

  

「これは何だろう?…チョコの味だ!」
「ナッツの香りも良いよね。3つとも同じ味なのかな?」
「…茶色はコーヒー味」
「緑はヘーゼルナッツかな。美味しいね」
「駄菓子みたいで楽しいね。小学生の頃を思い出す」
「本場フランスの砂糖菓子、もっと研究してみたいな。京子と叶える次の夢はフランス旅行だ」
「いいね。楽しそう」

  

そして京子は、学校で出会った人と撮った写真を眺める。
「私とサシコ先生、タテルくんと将来のMIYAVI、文化祭マジックで生まれたカップル…」
「全部運命的な出逢いだよな。みんな幸せであってくれ…」
「私たちもずっと一緒だよ」
「勿論さ。京子と叶えたい夢は数え切れないほどある」
「これからもよろしくね」
「こちらこそよろしくね」

  

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