連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』94杯目(とんちぼ/高麗)

グルメすぎる芸人・タテルと人気アイドルグループ「綱の手引き坂46(現:TO-NA)」の元メンバー・佐藤京子。2人共1997年生まれの同い年で、生まれも育ちも東京。ラーメンYouTuber『僕たちはキョコってる』として活躍している2人の、ラーメンと共に育まれる恋のようなお話。
無事三ノ輪の基地で同棲を再開した2人。離れ離れだった数ヶ月を取り返そうと、夏を全力で楽しもうと考える2人だったが…

  

車の中で暫く休んだ2人は愈々夏休みへ向かう。大好きな歌をたくさん歌いながら高速道路を疾走し、青梅インターからは山間の道を行く。
「緑が深い。夏って感じするね」
「たまにはこういう自然もいいな。本当は海行きたかったけど」
「俺だって行きたかったよ。でも山村の夏休みもいいでしょ」
「シャンソン?」
「山村。山に囲まれた田舎。どなりのドドロみたいな雰囲気でエモいと思う」
「めっちゃ心やすらぎそう。あでも虫は勘弁よ」
「俺だってそうよ。今風の旅館だから、あんまり気にすることは無いと思うぜ」
「それだったら最高」

  

飯能の山奥にある温泉旅館に到着。近くには湖やゴーカート場などのレジャースポットがあったが、せめて初日だけは何もしないという贅沢を楽しもう、と2人は決めていた。

  

「いい眺め。窓を開けてっと」
「開けないで!虫が入ってくる!」
「網戸は閉めたままさ。緑の匂いを嗅ぎたいんだ。あぁ落ち着く…」
「たしかに落ち着くね」
「じゃあまずは…寝ようか」
「もう寝るの⁈」
「運転で疲れちゃってさ」
「仕方ないわね。私もちょっと寝るよ」

  

15分程の仮眠をとった後、狭山茶を嗜んだり大浴場に行ったりかき氷を食べるなどして館内を満喫した。夕食は部屋で旅館らしい会席料理を堪能し、タテルは相変わらずの辛口評論で京子を少し困らせた。そして食後最大のイベントとして、貸切の混浴風呂に入る。
「ついに裸のお付き合いか」
「今日だけよ。旅行だから特別」
「一緒に入れるだけでも幸せだよ。こんな肌の汚い俺と入ってくれるなんて」
「そういうこと言わない。入りたくなくなっちゃうでしょ」
「は〜い」

  

「いやあ、密度の濃い1時間だった」
「楽しかったねドドロごっこ」
「京子俺の腹叩きすぎ」
「だってぷにぷにしてて触り心地いいんだもん。やっぱりこのまま太っていてほしいかも」
「京子がそういうの好きとは意外だね」

  

バーラウンジでイチローズモルトを味わうタテル。酒があまり飲めない京子は一口だけもらって、やっぱいいやとなり狭山茶を飲むことにした。
「でもやっぱりお肌のケアした方がいい。いいクリームあるから塗って」
「え〜、塗るのめんどくさい」
「芸能人は見た目が大事だからね。サボっちゃダメ」
「しょうがないな…じゃあ俺からもいい?京子さ、番組収録で退屈そうにしてない?」
「えっ?」
「ちょっと怖そうというか、やる気なさそうに見えてさ」
「え待ってそんなつもり全くないけど」
「俺も気をつけてるけどさ、愛想を忘れちゃ良くないと思う。まだ大物になった訳でもないのに」
「余計なお世話!楽しんで収録やってるから!」
「…」

  

その後2人は互いに言葉を発さないまま部屋に戻った。旅館に着いたらいじらないと決めていたスマホをタテルは操作し徒に時間を消費する。京子もスキンケアをとっとと済ませ布団に入る。

  

真夜中になり、タテルはオカリナを取り出した。真っ暗闇の森を見ながら『きらきら星』を吹いてみると、まるでドドロになった気分である。そこへ眠れずにいた京子が起きてきた。

  

「…ん!」
そう唸りながらタテルは京子にもう一つのオカリナを差し出す。暗闇の中、何を差し出したのか分からず戸惑う京子。
「やめて触りたくない。どうせこんにゃくとかカエルでしょ!」
「ん!」

  

箱の中身は何だろなにおけるリアクションに定評のある京子。触ってみようとするが、オカリナに指が触れる前から大袈裟に飛び上がり叫んでしまう。
「まったく、京子ったら…やっぱり面白いじゃねぇか」

  

「タテルくん…ごめん!」
そう言って京子はタテルを抱きしめた。
「…俺の方こそごめん、強い言い方しちゃって。距離の詰め方が激しすぎたよ」
「私も反省した。ちょっとムスっとしすぎたかもしれないって」
「グループ時代から前に出るタイプじゃなかったもんな。京子には京子らしくいてほしい。たまに口を開いたら変なこと言う京子が、堪らなく面白いんだよ」
「ありがとう…」

  

その後2人は仲睦まじくオカリナを吹き、木々を育む舞を踊って安眠した。翌朝も仲良く朝食を楽しんだ後、せっかく飯能に来たということでムーミンバレーパークを訪問し、中華そばの名店とんちぼに着いたのは12:30過ぎであった。

  

店に着くとまず食券を購入する。もし買わずに並んでしまっても、まだ購入していない人はいませんか、と店員が言うタイミングがあるので安心して良いだろう。
「プレミアム日本酒が500円か。飲みたい、けど飲めない…」
「ラーメン食べに来たのよ。ラーメンに集中しなさい」
「は〜い」

  

前には18人並んでいた。その殆どが2人組または3人組で、唯一いた直前のお一人様・カズキは駅伝の留学生のような牛蒡抜きでシングルライダーの利を得た。
「牛蒡抜き?今日のラーメン、ごぼうが入ってるの?」
「違うって。沢山の人を抜かして先頭に立つことを牛蒡抜きっていうの。箱根駅伝で聞かない?」
「駅伝は観ない」
「俺は親がどっちも駅伝の名門大学卒だから強制的に観させられる。堪ったもんじゃないよ」

  

地方のラーメン店らしく、店員の心遣いは良い。並び中にお手洗いに行きたくなったら気兼ねなく申し付けられる。
「キャー!」
「大声出すなって京子…アァ!虫だ虫!」
「だから自然多いところは苦手なんだって!」
「壁に止まった。ペットボトルで潰し…てやろうと思ったけどやめとく。周りから好奇の目で見られるの嫌だ」
「いや、潰そうよ!」
「京子、ぶっちゃけ俺も潰したい。でも公人の俺らが公衆の面前でやっていいことではない。何とかして逃がしてあげよう」

  

1時間以上の待ちで漸く入店できた2人。その頃にはカズキは既に日本酒と共にラーメンを嗜んでいた。日本酒は店主のおまかせが基本だが、辛口やフルーティといった希望も聞いてくれる。カズキはおまかせにしてもらい、暑い日なので、とお勧めしてもらったのは千葉県山武の寒菊酒造のものだった。清らかで勢いよく喉に入ってきつつも日本酒らしい貫禄があり、文字通りプレミアムである。

  

「いいなあ、寒菊酒造だよ。スズカと千葉のイタリアンで飲んだ思い出の1杯…」
「タテルくん、スズカとの思い出振り返られても困る」
「何でよ」
「当たり前でしょ。私との時間よ。私のことだけ考えてほしい」
「まあそうだけどさ、変に抑えるのもアレじゃない?」
「…まあいいわ。今日はあと2回だけね、メンバーの話するのは」

  

豚バラなんこつ丼が登場した。日高市を象徴するサイボクの豚肉を使用しており、とろっととろける豚肉の旨味がご飯を呼び込む。軟骨は呆気なく蕩けていくが、そういう食べ物である。

  

そして本題のラーメン。丼の際際までスープが入っているため店員の手でテーブルまで下ろされる。提供直前に煮出してくれたという煮干しの苦味が後を引き、脳内に煮干しの画がはっきりと浮かんだ。ただの煮干しラーメンではなくて、スープの醤油ベースもよく感じられ、おまけに最後まで味が薄まらない(寧ろ濃くなっている⁈)のである。
チャーシューも微妙に変化をつけており、最後まで飽きずに楽しめる。この店に携わる人は皆人当たりが良く、ほっこりと満腹になることができた。

  

「京子、近くに河原がある。降りて行かない?」
「行ってみたい。川の水ちょっと触ってみたいかも」

  

東京生まれ東京育ちの2人にとっては物珍しい、淑やかに水の流れる川辺。それほど冷たい水ではないが、素足を浸して少しばかり涼を感じる。

  

「こんな自然体験、私たちしてこなかったもんね」
「自然豊かな場所で育った人からしたら、俺らの戯れなんて当たり前すぎるんだろうな」
「こうして人気のないところで川遊びするの楽しい。秘密基地って感じするよね」

  

〽︎君と夏の終わり将来の夢大きな希望忘れない…
「良い歌だよね、京子が歌うと余計泣けてくるよ…」
「ここで川遊びしたこと、おばあちゃんになっても忘れない」
「俺だって忘れない」

  

足を拭いて車に戻ろうとする2人。京子はサンダルだから足を拭くだけで良かったが、タテルは靴下を履く一手間がある。困ったことに、体幹がぐにゃぐにゃなタテルは片足立ちで靴下を履くことができず、おまけに素足以外を地面に触れさせたくなかったため、京子に後ろから支えてもらうことにした。すると京子の顔を目掛けて蜻蛉が飛来した。
「キャー!虫虫、虫!」
「おい京子しっかりしろ、おっとっとっと!」

  

2人は抱き合いながら転んでしまった。幸い怪我はせずに済み、2人は笑い合いながら起き上がる。
「ハハハ。また1つ思い出が増えた」
「まったく京子ったら。面白いやつだよ、ハハハ」

  

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