連続百名店小説『キミにはハマが似合ってる。』最終話:桜木町で最後の手を振るよ(カサブランカ/関内)

人気女性アイドルグループ「TO-NA(旧称:綱の手引き坂46)」から、メンバーのアヤ(25)が卒業する。「横浜が似合う女」として話題となったアヤは、TO-NA特別アンバサダーのタテル(26)と卒業記念の横浜デートに出かける。

  

夢のようなデートも間も無く終わりを迎える。アヤとのデートは必ず、バーで大好きなカクテルを嗜んで終わるものである。横浜における出国前最後の思い出は、カサブランカというバーで作ることにした。事前に電話で空席状況を確認し、準備は万端である。

  

「えっ、こんなところ?バーというよりスナックっぽい」
「それがかえってエモいんじゃない?」
「どういうこと?」
「綺麗めのバーもいいけど、ちょっと懐かしい雰囲気の中で、季節のフルーツを使った若々しいカクテルを楽しみたい」
「青春を思い出せる空間、ってことかな」
「最後にふさわしいバーだ。さあ行こう」

  

若干物々しい注意書きが前に置いてある扉を開けると、外界と隔絶された、ちょっと暗めの空間が現前する。左の壁にはモニターがあって、みなとみらいの夜景がリアルタイムで映し出されている。日曜夜の客入りは8割程で、回転も比較的早いためウェイティングは発生しにくい。

  

温かいコンソメスープで内臓を落ち着けてから酒に臨む。
「夏の果物がたくさん。迷うね」
「ここはバナナのカクテルが美味しいんだって」
「バナナとシャンパンのカクテル、美味しそう。果物とシャンパンって相性いいんだよね」
「俺はその上のにしようかな。ウイスキーベースのフルーツカクテルってどうなんだろう」

  

タテルの頼んだバナナカクテルは、大酒飲みにとってはバナナスムージーのような感覚であるが、質の良いバナナを使っていることがよくわかる。生バナナおよび焼きバナナを織り交ぜて変化を生み出しており、ウイスキーがそれをどっしり受け止める。

  

チャージ料代わりのお通しも、カポナータやローストビーフなどしっかりしたもので、2杯以下しか飲まない人であれば持て余してしまいそうである。

  

「卒セレのドレスってもう着た?」
「まだ。さくらんぼ色にしてほしい、とはリクエストしたけどどんなドレスかも見せてもらってない」
「俺ひと足先に見させてもらったけど、麗しのアヤにすっごく似合ってると思う」
「え〜めっちゃ楽しみ。セレモニーで読み上げる手紙も書いてるんだけど、思い出振り返っていたら涙が止まらなくなっちゃう」
「聴いたら俺も涙するんだろうな。アヤらしく書き上げてな」

  

続いても夏のフルーツから、すいかのソルティドッグ。バジルの香りが西瓜の青さを引き立て、味わいは西瓜そのもの。塩が甘さを立たせ、西瓜の持つ多面的な魅力をすべて引き出している。

  

「アヤのインスタ、美しさに溢れていて蕩けちゃう…」
「これからも積極的に更新しようと思ってる」
「教えてほしいな、どうやったらフォロワー増やせるのか。俺のフォロワー2000人なんだよ」
「タテルくんの投稿って、写真は綺麗なんだけど一貫性がないんだよね。トップに持ってくる写真、景色だったら景色、食べ物だったら食べ物で統一した方がいいよ」
「なるほど!」
「ストーリーズは音楽に頼りすぎかな。もっといろんな機能使うと幅が広がるよ」

  

そこへアヤの隣に1人の男性客が座り、話しかけてきた。
「あれ、先ほど天七にいましたよね?」
「あ、デザート俺らの隣で食べてましたね!」
「考えること同じですね。天七の後もう1軒行こう、ってなったらやっぱここ来ますよね」
「日曜だとノーブルは休みですからね」
「普段はどういったお仕事をされているのですか?」アヤも問いかける。
「料理人やってます」
「なるほど。そう言われてみればたしかに料理人っぽい」
「1人で高級店行く人って、料理人かそれ志望のムーヴですよね」
「私の横の人、料理全くしないんですけど中学生の頃からぼっち高級飯行ってるんです」
「中学生から?すごすぎる…」

  

「料理人ってことは、休みの日以外はモーレツに働いてますよね」カットインするタテル。
「はい、早朝から深夜まで忙しくしてます」
「大変ですか?」
「いや、僕のところは皆忙しくするのが好きなので、寧ろ楽しいくらいです」
「よく聞きますそれ。俺なんかすぐテレビとかYouTubeとか観たくなって」
「全く観ないですね僕は」
「それはそれで素敵だと思いますよ。料理人の鑑です」

  

タテルとアヤの3杯目はホワイトラムベースのさくらんぼカクテル。さくらんぼの主張しない甘みを、摺鉢状のグラスからするすると流し込むように摂取する。さくらんぼ姫アヤも最高の幸せを覚えた。

  

「お店はどこで営業されているんですか?」
「伊勢佐木町です。でも近々移転しようと思ってて」
「東京進出ですか?」
「いや、韓国です」
「韓国ですか⁈…実は私も、1週間後に韓国に飛び立つんです」
「そうなんですか⁈」
「はい。私はメイクを学びに行きます」
「彼女はTO-NAというアイドルグループを卒業してそのまま留学するんです」
「へぇ〜。じゃあお互い韓国で新たなチャレンジですね」
「ひとりじゃない気がして心強いです」
「良かったら韓国でまた会いましょう。僕の店来てください、サーヴィスしますから」
「ありがとうございます!」
アヤにお似合いの男性がどうやら見つかったようだ、とタテルは考えていた。安心感と共に寂しさが募る。もう2人でいる時間は終わったが、お互い違う未来に向けて歩み出しているから、もう引き返すことは無い。

  

最後の酒は重めのものにしようと、ブランデーとアマレットを合わせたフレンチコネクション。香りの良いもの同士が合わさり、アヤとの思い出がどっしりと身に沁みるタテル。

  

「アヤ、最後に言いたいことがある」
「何?」
「未来のTO-NAに私はいない、と言っていたよな。でももっと先の未来まで見たらどうだ」
「えっ?」
「俺には見えるんだ」

  

5年後の未来に、アヤは居る。

  

「タテルくん…」
「TO-NAのメイクを担い、メンバーを輝かせる魔法をかけている。世界のアヤ・タケモトとして大活躍する中、古巣への恩返しを忘れない」

  

タテルが見つめるアヤの顔には、美しい涙が流れていた。
「俺はそれまでTO-NAを守る。安心して腕を磨いてこい」
「タテルくんも売れっ子タレントになれるよう頑張ってね」

  

これだけ飲み、歴とした摘みもついて会計は6000円台で済んだ。接客もつかず離れずであり、最後の青春を噛み締める場に相応しい店である。
「アヤさん、また京城で会いましょう。タテルさんも、韓国にお越しの際は是非僕の店に来てください」
「勿論ですとも!」

  

帰り際、店員が燧石を擦る。これで2人の気持ちは完全に未来へ向いた。

  

歩いて戻ってきた桜木町。今度こそ2人で戻ってこれた桜木町。大きな観覧車は、アヤが言っていた通り花火のように光っていて、最後は虹色になっていた。
「これで暫くは見納めね、大好きなみなとみらいの景色も」
「次桜木町に来る時、君はもういない。でも俺はここに来る度に、君のこと思い出すだろうな」
「タテルくん、これあげる」
「さくらんぼのストラップじゃん。しかも二つに割っちゃって。大事にしてたよね」
「いいのいいの。私がいた証として持っていてほしい」
「そっか…夢のような時間をありがとう」
「こちらこそ。タテルくんと過ごした日々、絶対忘れない!」
2人はハグを交わし、桜木町駅の改札に消えていった。

  

アヤはTO-NAとしての残り時間の多くをメンバーと共に過ごした。自分より長い時間と多くの苦楽を分かち合った人といる時間を大切にしてほしいという、タテルなりの配慮である。

  

卒業セレモニーにおいて、アヤはさくらんぼ色のドレスに身を包み感謝の手紙を読み上げた。ネガティヴで何事にも中途半端だった自分が、温かさと優しさに包まれながら、初めて達成感を覚え成長を実感できた。離れるのは寂しいけど、いつかまた、恩返しをしに戻ってくることを密かに誓った。

  

そして最後のデートから1週間後、アヤは韓国に旅立った。見送りは同期メンバーと親密だった一部後輩メンバーに任せ、タテルはTO-NAハウスに残った。

  

さくらんぼストラップの片割れを見つめていると、今でも涙が溢れ出しそうになる。それと同時に明日への活力を得られる。TO-NAと共に国民的タレントを目指し、世界に名を轟かせるメイクアップアーティストを目指し、タテルとアヤは来る日来る日を一生懸命生きる。

  

—完—

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