連続百名店小説『キミにはハマが似合ってる。』第5話:最後の強がり(クライスラー/日ノ出町)

人気女性アイドルグループ「TO-NA(旧称:綱の手引き坂46)」から、メンバーのアヤ(25)が卒業する。「横浜が似合う女」として話題となったアヤは、TO-NA特別アンバサダーのタテル(26)と卒業記念の横浜デートに出かける。

  

「ガヤガヤした所で良さげな店もあるんだよね。そっち行きたければ右に曲がるけど」
「でもやっぱシーガーディアンみたいな正統派のバーがいい」
「じゃあこのまま橋渡ろう」

  

大岡川を越え公園を抜けると、風俗系の店が並ぶエリアに入った。デートには相応しくない空気感に焦るタテルは思わず足を速めてしまう。
「タテルくん、私に合わせて。足痛いし」
「ごめんごめん。アヤには無縁の世界だからさ、ささっと通過しようと思って」
「あまりそういうこと言わない方がいいよ」
「そうだな…」

  

そんな街並みの中にバーの名店「クライスラー」はある。狭い階段を、足を庇いながら登るアヤ。店内は天井が高く、ボトルや骨董品が並ぶ荘厳な雰囲気であった。だがカウンター席は後ろが窮屈である。

  

メニューブックは存在し、その中から2人は、シーガーディアンでも頼んだ思い出のカクテル「ヨコハマ」を注文した。つっけんどんなマスターによりメニューブックは下げられてしまい、この後の注文は左端の壁に大きく掲げられたメニュー看板、または食べログに有志が載せたメニュー写真を見て決めざるを得なかった。
「今日は飲み放題じゃないからな。酔い潰れても俺は介抱しないよ」
「わかってるから。タテルくんって一言多いよね」
「余計なこと言った俺?」
「酔い潰れた時は介抱してよ。酔い潰れないようにするからさ」
「わかったよ。気をつけてよ」

  

日本の都市名を冠した数少ないカクテル。オレンジジュースの味が強くある中、グレナデンシロップがそれをきゅっとまとめている。
「やっぱ思い出すな、タテルくんと一夜を共にしたあの日」
「大変だったんだからね。覚えてないでしょアヤ、ひどく酔っ払って喚いて号泣してたの」
「覚えてない」
「ケロッとするなよ。…まあ可愛いから許すけどさ」
「何それ。ちょっと気持ち悪い」
「アヤの見たことない一面見れて楽しかった。熱い想いも語ってたし」
「そうだったの?本当に覚えてない」
「酔った時が一番本音出やすいからね。アヤってしっかりしてるな、頼りになるお姉さんだな、って確信したもん」
「恥ずかしいけど、なんか嬉しい」

  

そんなアヤを見て、タテルが次に注文したのはセックスオンザビーチ。最初に感じたのはミドリ由来の、メロンの中心部みたいな甘さ。その後カクテルレシピを調べてパイナップルジュースが主であることを知れば、パイナップルの味しか感じなくなる。人間の味覚とは大体いい加減なものである。
「アヤって、横浜も似合うけど、南国も似合うよな。タヒチで撮った写真集、家宝にしたいくらい良かった」
「私も撮影すごく楽しかった。また行きたいな、できればタテルくんと一緒に」
「さすがに遠出すぎる。素敵な男性見つけて行ってきなさい」
「そうだよね…」
「でも行きたいっちゃ行きたい。サンダル履いてる夏のアヤがタイプ」
「あまり足元見ないでくれる?変だからね」
「それはわかってる」
「まったく。最近はスニーカーとサンダル、交互に履いてるんだ」
「白スニーカーも勿論似合ってるぜ。結局何を身につけても最強なんだよなアヤは」
「それは嬉しいけど」

  

慣れてきたところで続いては強めのカクテル・B&Bを戴くタテル。初めは純粋なブランデーだが、下に行くに連れベネディクティンから来る薬草の香りが強くなる。強い酒のため、卓上にディスプレイしてあった殻付きピスタチオを摘みとして注文した。

  

程よく酒が入ったところで、タテルはいよいよ芯の食った話をしようと考える。内容はアヤの卒業の理由である。アヤは「未来のTO-NAが立つステージに自分が見えなかった」と語っていたが、理屈臭いタテルは理由が気になって仕方なかった。
「ねえ、そもそもの話だけど何で卒業するの?これからTO-NAが大きくなろうとしているのに」
「大きくなったTO-NAに私はいない。それだけよ」
「…」
やっぱり問い詰めることではないと悟るが、有耶無耶にすると自分はこの世から消されてしまいそうな罪悪感に苛まれるタテル。何とかして穏便に建設的な理由を聞き出せないか、言葉を選びながら酒を舐める。
次の酒を模索していると、タテルは花言葉ならぬ「カクテル言葉」なるものがあることを知った。
「カクテル言葉?面白そうだね」
「どれがいいと思う、アヤ?ちなみに俺はラムベースのカクテルを飲みたいと思ってる」
「だったらグランドスラムかな。カクテル言葉は『二人だけの秘密』だって」
「今の俺らにピッタリだな。組成は…あるのかなこれ?」
マスターに恐る恐るレシピを見せ作れるかどうか訊いてみたものの、ベースとなるスウェディッシュ・パンチの在庫が無いため提供不可と言われてしまった。二人だけの秘密など無い、だからここだけの話を無理に聞き出すことも無いと自分に言い聞かせるタテル。

  

仕方ないのでラムベースカクテルからはXYZを選択した。ラムが芯となりつつも、レモンジュースが主体でさっぱり飲める。
「アヤはこれを3口で飲み干してたんだよ」
「バカみたい。もうあんな真似はしないから安心して」
「俺はこれ飲むと苗場を思い出す。俺のバーデビューは苗場で、そこで初めて頼んだカクテルがこれなんだ」
「苗場って、スキーで有名なところ?」
「そうだよ」
「スキーも行きたいな。もちろんタテルくんと一緒に」
「なるほど。夏のアヤも素敵だけど、雪が綺麗だと笑う冬のアヤにもキュンとくるな」
「やっぱり私のこと大好きじゃん」
「大好きだよ。大好きだからこそ、本当は辞めてほしくなくて…」
「でも私が決めた道だから、受け入れてほしい」
「だったら理由を聞かせてよ!何で未来のTO-NAにアヤがいないのか」

  

抑えていた質問を思わず口にしてしまったタテル。いけないと思い口を覆うが、出てしまったものは戻せない。
「それはタテルくんに言うことじゃない」
「どうして?」
「言いたくない」
「隠すことないだろ。あれか、さっき太もも痛めてたのってもしかして…」
「関係ないから!ほっといてよ!」

  

そう言ってアヤは泣き出してしまった。禁忌に触れてしまい呆然とするタテル。自分にはデリカシーが無さすぎる、と反省したい心と、何でこれくらいのことで臍を曲げるんだよ、と逆ギレしたい心が交錯し、タテルはどうしていいかわからなくなった。

  

そこへ予め頼んでいたカクテル・雪国がやってきた。こんな気持ちの中ではろくに味わうこともできず、マラスキーノ・チェリーのしなやかな甘みしか覚えていない。

  

支払いは現金のみだが、これだけ飲んでも7000円くらいで済むからお手頃である。
「もう帰るよ」
「…」
「強がってんの、アヤ?」
「…」

  

階段を降りる時もアヤは太ももを庇っていたが、声をかけても無駄であることをタテルはわかっていた。横浜駅で別れるまで、2人は一切言葉を交わさなかった。

  

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