連続百名店小説『キミにはハマが似合ってる。』第3話:大きな観覧車「花火みたいだね」って(コフレ/桜木町)

人気女性アイドルグループ「TO-NA(旧称:綱の手引き坂46)」から、メンバーのアヤ(25)が卒業する。「横浜が似合う女」として話題となったアヤは、TO-NA特別アンバサダーのタテル(26)と卒業記念の横浜デートに出かける。

  

「大丈夫なのかそれ」
「大丈夫じゃないと思ってる。でもこのままTO-NAに居ることだけは違うと思った」
「なんでよ。俺は止めないぞ。何が違うのよ」
「それはあまり言いたくない」
地上へ降りる途中、アヤの行く末を案じるタテル。アヤの「月並みの美」は良くも悪くも人の目につきにくいから、このままでは芸能界に残っても埋もれてしまいそうである。だが今は夢のようなデートの最中だから、追及したり説教したりするのは野暮である。

  

「ねぇ、ケーキ食べない?夜ご飯までまだ時間あるし」
「良いね。改修前最後のロイヤルパークホテル、満喫しよう」

  

しかし15時周辺はピークタイムのようで、ウェイティングリストに入れてもらうことになった。次の呼び出しということで、その間少し離れた場所にあるショーケースを覗き品定めをする。
「オーソドックスなものが多いな。本当に美味しいの?」
「タテルくんはスイーツバカだからね、今さらときめかないよね」
「これは悪口?」
「悪口半分、尊敬半分、ってとこ」

  

食べるケーキを決めて戻ってくると、客の入れ替えは一切発生していなかった。近くのソファに座って辛抱強く待つ。
「お父さんは今もJリーガー目指してるの?」
「恥ずかしい…目指してるよ。暇さえあればフットサル行って、朝もリフティング1000回やってるらしい」
「そっか。アヤはお父さんに似たんだね」
「えー、どういうこと?」
「何歳になっても夢を見ているところ。そして、その夢を叶えようと動けるところ。俺には真似できないなぁ、って」
「タテルくんって結構ネガティヴなのね」
「母親譲り。困ったもんだよ、口が勝手に文句言い出して」
「でもタテルくん、MAPS×MAPSにも出演して人気者になりつつあるじゃん」
「わからんよ。ここで天狗になって、結局干されることだってあり得るし」
「じゃあ天狗にならなきゃいいじゃん!」

  

ハッとするタテル。
「芸能界は夢の世界。タテルくんはその世界に入れた。余計なこと考えないで楽しんでほしいよ」
「アヤ…」
「もし天狗になるのが心配なら私に連絡して。見守ってあげるから」
「ありがとう。アヤは本当に頼りになる姉さんだよ」
「何言ってるの。タテルくんの方が1つ上でしょ」
「甘えたくなるんだよ」

  

30分待って漸く席が空いた。皮肉なことにここからぞろぞろと客が退散し、後から来た人は待たずして入れてしまうものである。

  

セットの飲み物はアイスティーにした。暑い午後にぴったりの華やかな爽快感である。
「どう撮ろうかな。画角難しいね」
「アヤ、はいチーズ!」
「ちょやめてよ、突然すぎるって」
「どうやっても映り込むんだから、堂々とアヤを撮ってしまおうと思って」
「なるほどね。じゃあ私もタテルくん撮る。カッコいいポーズして」
「こう…かな」
「ダメ。もっとキリッとさせて」
「じゃあこう?」
「違うな」
「カメラテストじゃないんだから。早くケーキ食べさせて」
「わかった。あ、そのポーズでいいんだよ!」

  

何とかアヤを満足させ、一番人気のチョコケーキを戴く。市井のチョコレートケーキと変わりないように見えるが、スポンジからカカオのフルーティな香りが感じられ、ガナッシュやクリームの味わいも濃厚。チョコレートのアイデンティティをちゃんと保持している。
「良かった、ハードル下げておいて。期待するとガッカリしちゃうからね」
「それはわかるかも」
「でもテオブロマのチョコレートケーキはハードル上げておいても美味しいんだ」
「テオブロマって、あの七人のパティシエのひとり?」
「そうだよ。NHKホールの裏っかわにある」
「私その辺住んでる!」
「そういえばたしかに、代々木上原でわんこ連れてカフェ巡りしてるって言ってたよね」
「そうそう。今度絶対行こう」

  

夕食時までまだ少し時間があったため、2人は観覧車に乗ることにした。
「観覧車、何度も見てるけど乗るのは初めて」
「俺も2回目かな。まさか絶世の美女と乗れるなんて、夢みたいだよ」
「私もデートで乗れるなんて思わなかった。キュンキュンしちゃう」

  

「タテルくん、花火のてっぺんだよ」
「花火?どういうこと?」
「観覧車が花火みたいだね、ってこと」
「ゆずじゃん。まさか本気で観覧車を花火に喩える人がいるとは」
「いるでしょ。夜あれだけ綺麗なライトアップしたらもう花火でしょ」
「まあね。アヤらしい発言でキュンときた」
「いいね、2人きりで観覧車乗るの。京子とは乗ってないでしょ」
「京子は高所恐怖症だから、永遠に乗らないだろうな」
「良かったね、女の子と2人で観覧車乗る夢叶って」
「夢…だったね。本当に嬉しい、アヤと乗れて」

  

さらにワールドポーターズ裏の乗り場からロープウェイに搭乗し、2人は桜木町駅に戻ってきた。

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