連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』88杯目(ほたて日和/秋葉原)

グルメすぎる芸人・タテルと人気アイドルグループ「綱の手引き坂46(旧えのき坂46)」の元メンバー・佐藤京子。2人共1997年生まれの同い年で、生まれも育ちも東京。ラーメンYouTuber『僕たちはキョコってる』として活躍している2人の、ラーメンと共に育まれる恋のようなお話。
三ノ輪の拠点で同棲開始して間も無く、古巣である綱の手引き坂46の独立騒動に心を痛めた京子。綱の手引き坂のスタッフとして解決に奔走したタテルだったが、結局独立の道を選び、綱の手引き坂はTO-NAに改名、圧力をかけられ都心での一切の活動を禁じられる幕切れとなった。卒業した京子には個人の活動に集中してもらいたいと考えたタテルは泣く泣く別れを選んだ。

*時系列は『独立戦争・下』第8〜9話に相当します。

  

寝る支度をしていた京子はタテルの歌唱動画を再生する。そして歌い出しから涙した。号泣しながら歌うタテルにつられ、京子も呼吸を忘れるほど涙に咽ぶ。暫く眠れないでいた京子は、タテルに向けた伝言をヒヨリに託す。

  

タテルくん、強がらないでよ!本当は私と一緒にいたいんでしょ!京子と出逢うことが夢だって、前言ってたよね?叶ったじゃんその夢。なのになんで手放すの…

  

未だ眠れない京子は部屋から出て気分転換することにした。そこへお手洗いに起きていた父が通りかかる。
「どうした京子、目を腫らして。タテル君のことか?」
「そう…」
「タテル君は現実主義なのかもしれない」
「どういうこと?」
「京子のパートナーとして、自分は未だ相応しくないと思っているのかもしれない。本当のところはわからないけど、TO-NAに茨の道を歩ませてしまって、こんな自分が京子を幸せにできるのか、と考え込んでいるのかもしれない」
「そんなことないのに…」
「俺がタテル君の立場だとしても、TO-NAを守ることに専念すると思う。責任というものがあるからね。そっとしておいてあげな、そして遠くからでいいからタテル君を応援して」
「はい…」

  

翌朝、京子のメッセージはヒヨリを介してタテルに伝えられた。
「京子…俺も一緒にいたいさ。いたいんだよ。でもまだ約束を果たせていない…」
「タテルさん、意地張るのもいい加減にしましょうよ。京子さんといた方が絶対落ち着きますよ」
「まあそうだよな」
「未練タラタラの状態で私たちのことサポートされても迷惑です。ヨリを戻してください!」
「そうだな…1つ質問していい?八広の野外ライヴ、京子は観に来るのか?」
「その日は夕方から撮影らしいんですけど、終わり次第向かうって言ってました」
「じゃあそこで、キョコってる復活だな」
「ようやくわかってくれましたね。私たちも精一杯パフォーマンスして花を添えます」

  

八広ライヴ当日。京子は気合いを入れて早起きし、7:45に秋葉原にある「ほたて日和」の記帳待ち行列に並んだ。店舗傍の路地から、コインパーキングを曲がってピザ屋の前まで行列が延びていた。日傘を差して溽暑の中40分ほど待ち漸く列が進む。初来店の客に店員が丁寧に説明するため列の進行は地味に遅く、並んでから1時間してやっと記帳台に辿り着く。20分毎に枠が用意されていて、京子は14:20の枠を2人分押さえた。

  

空いた時間を使い、京子はスタッフ大石田と共に、久方ぶりに三ノ輪の基地(タテルの住まい)を訪れた。
「うわ何これ、全然掃除してないじゃん。相変わらずズボラすぎるよタテルくん」
「タテルさんも忙しいんだ。掃除している暇もないんじゃない」
「大石田さん、掃除してあげましょう」
「いくら元恋人どうしとはいえ、勝手にやるのは」
「大丈夫ですよ。あでも物の位置は変えちゃダメですからね。特にリモコンの先はテレビに向けておかないと、タテルくん子供のように怒るので」

  

「ピカピカ!帰ってきたら驚くだろうなタテルくん」
「さすがに勝手すぎるような…」
「物の位置は変わってないので大丈夫です!はぁ楽しみだな、タテルくんとやっと会える。胸がいっぱいだ。何話そうかな〜」
「時間取れるかわからないよ」
「食べに行けてるかわからないけどラーメンやかき氷の話とか、お気に入りのテレビや動画の話とか」
「(聞いてないな…)」
「あ大石田さん、今日ってこの後予定あります?」
「ないけど、どうした?」
「ほたて日和の予約が取れたんです」
「行こう行こうと思って行けてなかったところか。行きます!」
「ありがとうございます」

  

時間になったため店に向かう京子と大石田。10分前集合を要求されていたが、前の枠の人がやっと入店できたという状況で、遅刻に厳しい京子は少しムッとした。
「16時には表参道に行かないと、ロケでアサイーボウル食べに行くんですよ」
「よく食べますね」
「ずっと食欲沸かなかったんですけど、タテルくんと会えるとなって急に胃が元気になって」
「ハハ。良いことじゃないですか」
「TO-NAも応援してくれる人が増えてきて、メンバーも活き活きとしてる」
「河川敷の野球場とはいえ、満員の野外フェスを開催できるところまで人気が回復しましたもんね」
「タテルくんにはまずありがとう、言わなくちゃ」

  

7分遅れで漸く入店。着丼まではさらに8分。この店は全体的にゆったりとした運用をしている。
席は奥へ7席、傍へ2席。手前5席、奥4席を代わりばんこに使用するシステムであり、14:20組は奥に通された。

  

卓上にはサイコロが置かれており、これを使用して食べ方の説明の要不要を表明する。卓上に食べ方が書いてあるし、食べ方を遵守しなくても怒られないし、そもそも説明ものらりくらりしていそうだしで、「初めての来店ですが『美味しい食べ方』を読んだので説明不要です。」を向けておくのが正解と言えよう。

  

まずは帆立カルパッチョからいただく。帆立そのもの以外に何か味付けをしているようだが、ねっとりした感覚もあって美味しくいただいた。

  

続いて昆布水を纏った麺の味を確かめる。全粒粉独特の香りと小麦の味が引き立っていた。特製トッピングの豚チャーシュー・鳥チャーシューはいずれも低温調理が施され、つけ汁と合わせると良い具合に旨味が引き出される。少し甘めのメンマはツマミ感覚で。

  

つけ汁には帆立をはじめとしたうま味が詰まっていて、麺を浸すと丁度良い濃さになる。ワンタンの生姜味の効かせ方は他のラーメン百名店と比べてトップクラスであり、ベビー帆立の食感と旨味も穢れが無い。鶏団子は特徴があまり無く、軟骨などが入っていると食感のアクセントがつくだろう。

  

とはいえ昆布水がつけ汁の味を薄めてしまう感覚は否めず、舌も慣れてしまうため後半は味気なく感じてしまった。麺の上の炙り帆立も臭みは無く良質だが、店名で帆立を謳っている以上もう2,3ヶ載せてほしいところである。

  

ミニ丼は白飯にベビー帆立と昆布佃煮を載せたもの。ダイレクトに帆立の味を楽しみ、スープ割りの出汁で茶漬けにして流し込む。

  

最後はつけ汁もスープ割りし旨味を再確認する。早朝記帳制かつ長時間の待機というハードルを越えているかと言われると疑問であるが、帆立という殻に閉じ籠りがちな難しい食材を扱っているから仕方ないのかもしれない。

  

タテルとの再会を心待ちにする京子は意気揚々とロケに向かった。電車内で流れるちょっとした番組のロケで、特に頑張るとかいうものではなかったが、いつも以上に晴れやかな表情をしていてスタッフからの評判も良かったと云う。

  

「タテルさん、ついに京子さんが観に来てくださりますよ。楽しみですね」
「そうだな」
「京子さんと会ったら、まず何話すつもりですか?」
「考えてない」
「ヨリを戻すかどうかは?」
「それは君たちの頑張り次第だ。八広ライヴが成功すれば、TO-NAの人気を取り戻すという使命は一先ず果たせたことになる。そしたら考えるよ」
「それならもう私たちは全力でやるだけです」
「当たり前だ。頼むよ、伝説のライヴにしようぜ」

  

八広へ向かう車は箱崎ジャンクションに起因する渋滞に巻き込まれた。夕刻の首都高では不可避の事案であるが、早くタテルに会いたい京子はウズウズして仕方なかった。

  

ライヴ会場に到着したのは19:10過ぎであった。既に開演時間は過ぎており、3曲目に差し掛かっていたところであった。何となく物騒な気がしていた京子。車を降りて河川敷の道を走り、会場へ向かってみると現場は騒然としていた。
「京子さん⁈大変です、タテルさんが機材の下敷きに!」
「どういうこと⁈」

  

照明機材がTO-NAメンバーの1人を目掛けて落下し、庇ったタテルの頭を直撃。意識不明の状態でステージに倒れていた。ライヴは中止され、タテルは近くの病院に搬送された。間も無く京子もその病院に駆けつける。漸く会えたタテルは、死んだように眠っていた。ベッドの傍で、京子は人目も憚らず泣き続けた。

  

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