連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』87杯目(燦燦斗/東十条)

グルメすぎる芸人・タテルと人気アイドルグループ「綱の手引き坂46(旧えのき坂46)」の元メンバー・佐藤京子。2人共1997年生まれの同い年で、生まれも育ちも東京。ラーメンYouTuber『僕たちはキョコってる』として活躍している2人の、ラーメンと共に育まれる恋のようなお話。
三ノ輪の拠点で同棲開始して間も無く、古巣である綱の手引き坂46の独立騒動に心を痛めた京子。綱の手引き坂のスタッフとして解決に奔走したタテルだったが、結局独立の道を選び、綱の手引き坂はTO-NAに改名、圧力をかけられ都心での一切の活動を禁じられる幕切れとなった。卒業した京子には個人の活動に集中してもらいたいと考えたタテルは泣く泣く別れを選んだ。

*時系列は『独立戦争・下』第5〜7話に相当します。

  

京子はテレビだけでなくラジオ番組にも多数呼ばれていた。元来のイケメンヴォイスはラジオにうってつけであり、テレビよりも積極的にトークをしやすいこともあって京子出演のラジオは好評を博していた。大好きな昭和歌謡を語るソロの冠ラジオ番組も決まったと云う。

  

一方のTO-NAは、少しずつではあるが味方を増やし始めており、芸能界の大物もTO-NAの置かれた状況を疑問視し直接救いの手を差し伸べてくれた。どん底から這い上がりつつある様を見て少し安堵したタテルの元へ、TO-NAメンバーのヒヨリがやってきた。
「タテルさん、京子さんと別れたんですよね」
「バレたか…」
「誤魔化そうとしても無駄ですよ。私たちみんな京子さんと連絡とってますから」
「そうだよね。潔く認めます。別れました。TO-NAの再建に注力したい、そしてTO-NAのことで京子に不安をかけたくなかったから」
「その気遣い、全くもって無駄ですよ。京子さん私たちのことすごく心配していて、みんなに連絡してますよ」
「そうだったのか。ということは、俺が過労で倒れたことも…」
「知ってますよ。すごい気にしてたみたいで、やっぱりタテルさんのそばにいてあげたいって」
「京子…」
「タテルさん頑固すぎますよ。また一緒に京子さんと暮らした方がいいですって」
「俺はろくに家に帰れない状況にいる。すれ違って終わるだけだ」
「じゃあせめて京子さんと連絡とるくらいしてください」
「でも今はTO-NAに集中したくて…」
「そんなことばっか言って、京子さん悲しみますよ!」声を荒げるヒヨリ。「今この瞬間、京子さん肩震わせて泣いていますよ。私の元に帰ってきてほしいって思ってますよきっと。連絡先あげますから、いつものようにお話してあげてください」
「じゃあこうしよう、どうしても京子に伝えたいことがあったら君に言伝して京子に送ってもらう。それでいい?」
「…わかりました。でも定期的にお願いしますよ」

  

翌日はヴォイストレーナーの菅井ちゃん最恐オンリーワンによるメンバーへの歌唱指導が行われていた。稀代の鬼コーチによる指導は多幸感でならしたTO-NAの根幹を揺るがすものであったが、メンバーの能力は着実に磨かれていく。

  

夜になってもレッスンは続く。タテルは一旦外出し、東十条にある夜しか営業しないラーメン店「燦燦斗」を訪れた。駅の北口を西に出て、スナックの並ぶ混沌とした路地をちょっと降りると8人の行列があった。30分弱待っている間、京子と連絡をとる是非について考え込む。ヒヨリには何か言伝することを約束してしまったが、ただひとこと言うだけでは素っ気ない気がする。では電話して会話をすべきか、とも当然思うわけだが、TO-NAが人気を取り戻すまで京子と会話を交わさない、という意思を変える気にはならなかった。じゃあどうするんだ、となった時、思いを一方的に、だけど情感込めて伝える方法はこれしかない、というものが思いついた。

  

入店して間も無くラーメンがやってきた。まろやかな煮干鰮スープに衝撃を受ける。太めのつるつるした麺はスープと融合し味がしっかり乗る。具材は塩気のあるメンマでスープとのメリハリをつけ、肉は噛みごたえありつつしっとり。最愛のラーメンを見つけたタテルは、今度は京子と訪れることを誓って退店した。

  

家に戻っても良かったのだが、向かった先はTO-NAの事務所、通称TO-NAハウス。鬼のような歌唱レッスンが終わり、暗闇に包まれながらようやく落ち着きを取り戻したレコーディングスタジオにタテルは入室した。明かりをつけることなく、ふと歌声を発する。

  

〽︎愛さなくていいから 遠くで見守ってて

  

すると突如明かりが点いた。そして、まだ控室で作業をしていた菅井が目の前に現れた。
「菅井先生、何ですか急に⁈」
「それはこっちのセリフよ。暗がりから歌声聞こえてきたら誰だって怖がるわよ」
「京子に歌声を届けたくてつい…」
「話は聞いてる。京子殿と別れた、TO-NAのことで迷惑かけたくないからって。でも本当は京子殿のことが忘れられないんだね」
「いや、今はTO-NAが一番大事です」
「強がるなよ。本当は繋がってたいくせに。まあいいや、じゃあ最初からフルコーラスで歌いなさい。ファーストテイクだからね、失敗してもそのまま出すよ」

  

心を落ち着け、マイクに向かって一礼する。京子への正直な想いを載せ歌い始めると、涙に声が震えた。上擦って音が外れた箇所も多かったが、菅井はこれでいいんだよと言わんばかりに大きく頷いていた。

  

「泣きすぎだ。でも想いは伝わるね。さすが俺が指導したシンガーだ。さ、京子殿に送りなさい」

  

こうしてタテルの歌った『最愛』は、ヒヨリのLINEを介して京子に贈られた。

  

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