連続百名店小説『独立戦争・下』第5話「女帝降臨」(うを徳/東向島)

人気に翳りが見えていた女性アイドルグループ・綱の手引き坂46。色々あってプロデューサー冬元の手から独立することになり、怒った冬元は彼女達を都心から締め出した。グループ名「TO-NA」に改名し流れ着いた先は墨田区。新プロデューサー・大久保、特別アンバサダー・渡辺タテルのサポートを受けながら、「地域密着型アイドル」として活動を始めた。冬元は暴露系インフルエンサー集団「GARASO」を編成し、TO-NAの活動を邪魔しようとする。
*この物語はフィクションです。食レポ店レポを除き、実在の人物・組織とは一切関係ございません。

  

ある週末、大阪に帰省していたナオは、西の女帝・えり子が言いたい放題する関西ローカルの番組を観ていた。
「そういえばさ、綱の手引き坂の子達ってどうなったん?結局独立したやんけな」
「そうですね。TO-NAとかいう名前になりましたね」
「ちょこちょこテレビとか出てはったけど、最近見いひんな。圧力かかってんちゃう?」

  

冬元がTO-NAを都心から締め出した事実は報じられていない。ただメディアに流されない良識ある人々であれば、冬元が怒って圧力をかけていることは容易に察せるものである。
「えり子さん、TO-NAと面識あるんですか?全く絡み無さそうですけど」
「これがあんねん。ナノちゃんって子の作ったビリヤニを食べさせてもらってな、美味かったのよ」
「なんちゅう仕事ですか」
「あの子とてもいい子。すごい礼儀正しい。だから今困ってないか心配しとる。今度会いに行ってみようかしら」

  

この発言を耳にしたナオは驚くと同時に大きな期待を抱いた。芸能界を牛耳る女帝に気に入ってもらえれば、風向きは大きく変わることになるからだ。すぐさまタテルに連絡する。
「タテルさん、ナノちゃんと一緒にビリヤニ作ってえり子さんに食べさせてましたよね?」
「そんなことあったね。それがどうした?」
「えり子さんがTO-NAに会いたいって言ってたんですよ!」
「ホントに⁈どこで言ってた?」
「『えり子・大和のヌカズケ!』っていう番組です」
「知らないな。人気なの?」
「めっちゃ人気です。関西の人はみんな観てますね」
「影響力あるな…でも本気で言ってるのか?リップサーヴィスかもしれないよ」
「それを本気にさせるために連絡したんです。タテルさんならえり子さんとの連絡手段お持ちかなと思いまして」
「持ってる。ビリヤニ試食会の後わざわざ駆けつけて下さって事務所の連絡先もらった。大物だけど大らかな方だったよ」
「良かったです。じゃあコンタクトとってみてもらえますか?」
「勿論さ。ああでもやっぱ緊張する〜」

  

電話を切ると即座にえり子へメールを送る。失礼の無いように、インターネットでMAX敬語を頻りに調べ、出来上がった文章を何度も読み上げ推敲を重ねた。

  

次の日、本当にえり子から返信があった。

  

TO-NAのメンバーの方が関西ローカルの番組を観てくれて、まさか反応までいただけるとは思いませんでした。TO-NAの皆さんの力になりたいと、私は本気で思っています。嘘なんて大嫌いですからね。
TO-NAの皆さんに是非お会いしたいです。来週の火曜日または水曜日は空いておりますでしょうか。事務所にお邪魔して、夜はタテルくんとナノちゃんと私の3人で食事、なんてどうでしょう。せっかくだからTO-NAの事務所の近辺で一番お高いお店行きません?

  

西の女帝が本当にTO-NAに会いに来る。その話を聞いて、胸に痞えていたものがとれた気がしたタテル。女帝の言うことであればさすがの冬元も受け入れざるを得ない。状況が好転する絶好のチャンスと考えた。
しかし間も無くして、再び胸の痞えを覚える。相手は西の女帝である。在京局の番組では多少大人しく振る舞っている印象があるものの、M-1では毎年誰かを説教していたし、嫌いな人物を実名で堂々と扱き下ろすという噂も耳に入っていたから、粗相を働いたら終わる。気の利いたことを言えなければ面と向かって「つまらない」と言われ、初心なメンバーにとってはトラウマになるかもしれない。

  

「みんな聞いてくれ、今度の火曜日、あのえり子さんが事務所に来てくれることになった」
「え⁈本当ですか⁈」
「えり子さんはみんなのことを救ってあげたいと仰っていた。だから全力で歓迎しよう。パフォーマンスを見せて、美味しいお菓子でもてなそう。そしてナノ、夜は俺とえり子さん3人で寿司を食べに行く」
「わ、私がですか?」
「ナノが突破口を開いてくれたようなものだからな。ゆっくりお話しよう」
「緊張しますね…」
「俺もだ。でもえり子さん義理深い方だからそこまで心配することないだろ。ナノはソーシャルマナーも持ち合わせているし、そもそも一度会っている訳だし。あなたなら大丈夫!」

  

運命の火曜日。事務所の前にタクシーが乗りつける。本当にえり子がやってきたのだ。
「えり子様、お久しぶりです渡辺タテルです。遠いところお越しいただきありがとうございます!
「本当に遠いな。東京駅から4000円もかかった」
「申し訳ございません遠すぎて」
「まあまあええねん。隅田川沿いずっと走ってきて綺麗でございました」

  

建物内ではメンバー全員がフォーメーションを組んで待ち構えていた。
「着いて早々恐縮ですが、メンバーのパフォーマンスをご覧ください」

  

メンバー作詞作曲の曲を披露するTO-NA。えり子は適度ににこやかに、でも真剣な眼差しでパフォーマンスを見届ける。

  

「ありがとさん。私こういうのようわからんけど、みんな一生懸命歌って踊ってはったな」
「ありがとうございます!」
「でも胸震わす、というところまではいかなかったなぁ。上には上がいると思うけど、みんなだったらやってくれると信じとるよ」
嘘偽りの無い物言いだが、優しさも併せ持つ懐の深い女帝。その後向島を代表する3つの和菓子(志”満ん草餅・長命寺桜もち・言問団子)と、タテルがわざわざ地元足立区で買ってきたケーキでえり子をもてなす。
「この辺いらっしゃるの初めてですか?」
「初めてやねぇ。大体東京来てもテレビ局との往復やし、泊まるいうてもニューオータニとかオークラとかのスイートやねん」
「自慢やないですか!」えり子のノリをよく知っている関西勢は対等にツッコむ。
「墨田区言われてもようわからんねん。スカイツリーはわかるけど、それが墨田区にあるとは知らんかった」
「テレビ局は皆港区ですからね。私たちその港区から追い出されてしまって」
「聞いたよ聞いた。だからテレビ出られへんのか」
「意味わかんないですよね。冬元先生に圧力かけられて」
「こんなパフォーマンスできる子たちが干されるなんておかしいよな。安心して、私が応援してあげるから」

  

その後もTO-NAハウスの各部屋を見学したり、屋上でスカイツリーを眺めたり、パーティーゲームで盛り上がったりしていたら夕食の時間になった。ナノを除くTO-NAメンバーと別れ寿司屋に向かう。

  

「ホンマに下町やね。こんなところに立派な寿司屋あるんか。まさかあのくら寿司ちゃうよね?」
「私もまさか真向かいにくら寿司あるとは思いませんでしたよ。安心してください、こちらの寿司屋です!」

  

向島エリアで恐らく最も高級な店、おすもじ処うを徳。入口で靴を脱ぎ、掘り炬燵式のカウンターに座る。えり子が昼過ぎに東京到着だったため、少し遅めの19:00に予約していた。そのため先客は既に刺身盛り合わせを嗜んでいた。

  

タテルは乾杯酒に梅酒ソーダ割を注文した。
「えり子さんはお寿司よく召し上がるのですか?」
「普段は肉の方が多いかな。肉の方が力出るやん、神戸牛とか近江牛とか」
「和牛お好きなんですね」
「俺なんてちょっと食べたら胃もたれする…」
「若いのに胃もたれするんか」
「よく言われます。葉山牛は好きですけどね」
「葉山って、鎌倉の近くやっけ?」
「そうです。脂の旨味しっかりあるんですけどすっきり食べられます」
「若いのに食に詳しいわ。すっごいませてるタテルくん」

  

愛知渡り蟹メスをおこわと合わせて。間違いなく美味しいが、ややおこわが多すぎて蟹に集中しづらい。

  

続けて島根産アワビと鳥羽産タコの煮物が登場。どちらもしみじみとした旨味を蓄えている。蛸は柔らかく煮込まれていてより旨味を感じやすい。鮑の肝はナノにはちょっと苦かったようである。セリの胡麻和えは胡麻の香りが苦味を調えつまみとして最適である。

  

そもそもえり子がナノを知ったきっかけは、綱の手引き坂時代の冠番組でナノが大喜利の回答にえり子の名前を使ったことである。直接オンエアをチェックした訳では無いのだが、あまりにも面白い回答だったため芸人界でも話題になり、えり子の耳にも入ってきたのだ。
「よく私の名前を出したと思うねん。何がそうさせたんナノちゃん?」
「面白いかな、と思いまして」
「度胸あるよな。そもそも何故私の名前スッと出てきたん?」
「小学生の頃から『べしゃりクッキング』よく観てました」
「私の番組観てくれてたんや!あれ真昼間よ」
「午前授業の日や長期休みの時に観てましたね。べしゃりクッキング観て相棒の再放送観て」
「小学生が相棒!随分渋いねぇ」
「ナノは相棒大好きすぎて、小学生の時お小遣い全額を相棒ガチャに注ぎ込んだんです」
「2人とも何歳やねん。こんな大人びた20代なかなかおらんよ」

  

能登の岩もずくと鯛の白子。ポン酢ジュレの味がはっきりしており、もずくと合わせてさらさらと戴ける。白子は鱈のものに比べると輪郭がはっきりしているが濃厚さは負けておらず、鯛のニュアンスも感じられる。

  

時刻は19:30。時計からユーミンの『ANNIVERSARY』が流れる。
〽︎あなたを信じてる あなたを愛してる…
「うぅ…」涙ぐむタテル。
「どうしたんタテルくん?」
「TO-NAって個性的で優しい性格の人たちの集まりで、みんなに愛される存在であると思っていた。なのに罠に嵌められて苦しい思いをさせてしまったこと、急に痛感して…」
「私もそう思いますわ。みんな礼儀正しくて、話してみれば面白い子多くて。すごく楽しいひと時過ごさせてもらいましたわ」
「えり子さんに認めていただけてすごく嬉しく思います。こうやって出逢えたこと、当たり前じゃないですもの…」
「私もすごくお優しくしてくださって、感謝してもしきれないです」
「やっぱ来て良かったわ。何ならTO-NAの冠番組の司会、いっぺんやってみてもええと思った」
「そそそそれ、本当ですか⁈」
「ええ。毎週レギュラーは厳しいかもやけど、季節の変わり目毎にやってもええかな」
「絶対面白くなりますよ!圧力が解けたらやりましょう!」

  

次の料理は先客とタイミングを合わせて提供された。使い込んだカセットコンロで加熱した常陸牛サーロインしゃぶしゃぶに物集女の筍、銚子のクロムツ、そして花山椒を載せて。肉と魚が喧嘩しそうだが、程よい脂加減の肉とこざっぱりした旨味の魚は相性が良かった。筍の甘さ、花山椒の香りも光る。
「まさか物集女の筍を東京でいただくとは思わなかった。花山椒まで載せちゃって、ほんま贅沢やわ」
「久しぶりですこんな贅沢。お金も騙し取られたもので自転車操業なんですよ」
「ホンマかいな⁈」
「完全に私の落ち度なんですけど」

  

そしてタテルはえり子に、事務所が別の人に占有された話をした。続々と出てくる知られざる過酷な事情を聞いて、TO-NAの支援をしたいという思いをより確固たるものにするえり子。
「これは最初から決めていたことやけど、今日のここのお代は私が払いまっから」
「良いんですか⁈」
「私はぎょうさん金持ってるからええねん。酒も頼みなさい、我慢してはったんでしょ?」
「じゃあお言葉に甘えて、日本酒を追加します…」

  

先客には既に出されていた刺身と肴盛り合わせを戴く。味噌だけでなく弾力も楽しめるホタルイカ、たまり醤油漬けの濃厚な味が堪らないあん肝。バフンウニはちびちび食べると臭みを封じ込めつつ濃厚さを感じられる。三河の星鰈は身の引き締まりが印象的で噛む内にちょっとした旨味を覚える。同じく三河の平貝はしゃくしゃくとした食感で、後半になると磯の風味が強くなる。

  

「ナノちゃんタテルくんは東京の子やけど、TO-NAって地方の子多いな。私に馴染みある関西の子も多かった」
「うちの関西勢は強いですよ。可愛いの王道をゆくナオ、ラジオスターコノ、クールビューティー524、今売り出し中の陽子ちゃんは芦屋のお嬢様です」
「あの子すごく緊張してはったな。でも自分をはっきり持っている子やね。そうだ陽子ちゃんで思い出した。あの子もTO-NAのために動いてくれてるんやった」

  

芸人界隈だけでなくアイドル界隈からも支援の手が上がった。その急先鋒は「おえど男子」。リーダーの新大橋和樹は、年末の音楽番組で急遽センターを任され緊張で固まってしまった陽子を励ました。それにより両グループのファンに交流が生まれ、番組での共演も多くなっていたのだった。
「最近どうしてるんだろう綱の手引き坂の子たち…」
「はっちょー(新大橋の愛称)、綱の手引き坂じゃなくてTO-NAだよ」
「そっかそっかTO-NAね。陽子ちゃん元気かな?」
「TO-NAは墨田区で細々と活動してるみたい」
「細々と⁈どういうこと⁈」
「どうやら圧力がかかっている。一時期のMAPSさんのように、テレビに出られなくなっているみたい」
「信じられない!一緒に頑張ろうって誓ったのに…」
「何かしてあげたいよね。綱の手引き坂にはファンの方含め本当にお世話になったから」

  

一方寿司屋の3人はいよいよ握りを楽しむことになる。まずは星鰈。白身魚は米とは合いにくいが、米の粒立ちが良く、咀嚼する内に馴染んでくる。

  

そして塩竈本鮪のトロ。噛んだ瞬間バヮーと溶け出す脂。柔らかい部分もあれば歯応えのある部分もあったりと食感のコントラストも印象的。

  

「しかしおえど男子の子たちもどう動いていいかわからんみたいやな」
「下手に動いて圧力かけられてしまうと、ファンの皆さんにも迷惑かかっちゃいますもんね」
「圧力が厄介よな。おかまたちもTO-NA支援の姿勢を見せたことが決定打となって『リンドーン』打ち切りやって」
「え⁈終わっちゃうんですか…」
「スタッフ総入れ替えでこれから面白くなりそうだったところを…」
「私たちを庇ったせいで打ち切りなんて、申し訳なさすぎます…」
「せやから私が動くんや。失うものあらへんからな」

  

えり子の故郷(淡路島)にも近い、神戸で獲れた鰯。これまた脂がしっかり載っている。少し身の詰まったところには酢が効いていて乙である。

  

伊勢の鳥貝は想像以上に快活な食感で、シャリと馴染まなさそうで馴染む。1人2貫提供されるが、全体的にゆったりとしたペースで供されるため腹が膨れ、3人は1貫でお願いした。

  

三河の車海老。7割くらいの茹で加減だろうか、ふるふるとした食感の身。ただ味わいは平凡だったかもしれない。

  

「あれ、鰻の匂いせえへん?」
「鰻丼ですね。この店の名物です」
「寿司屋って聞いとったけど、結構手広くやるもんなんやね。オモロいわ」
「良かったです。寿司一本勝負の方がお好きだったらどうしよう、かと思ってまして」
「寿司ばっかやと飽きる。色んな料理あった方が楽しいと私は思います。TO-NAのみんなもそうやで。歌・ダンスだけやなくて笑いにも一生懸命、親しみやすくてええと思うねん。若いうちは欲張ってやりなさい」
「ありがとうございます!」
「ナノちゃんの一発ギャグやモノボケのセンス、最高やん。王道じゃないところがまた良いんだよね、伸ばしていった方がええで」
「はい、頑張ります!」

  

そして鰻が仕上がった。この日は浜名湖産の鰻を使用。上には粉末山椒の代わりに花山椒が再登場。江戸でありながら関西風の調理であり、えり子もご満悦であった。東京っ子のタテルとナノも、焼きにより引き出される鰻本来の旨味に感服する。
「僕江戸っ子なんですけど、鰻は意外と関西の方が好きなんですよ」
「そうなんや。やっぱバリッと焼いてくれた方がええよな」
「素材本来の味を感じるなら絶対関西流だと思います」
「素材本来の味、なんて若いのによく心得てるねぇ。京都のお出汁も味わかる?」
「勿論です。ああいう奥ゆかしい味は体に沁みますよね」
「すごいなぁ」
「TO-NAのみんなにも一流芸能人になってもらいたい。それで僕が知っている一流を教えてあげたい、と考えたとき、メンバーと一緒にご飯を食べに行くことを思いついたんです」
「芸能界の成功者はみんな食を心得ているからな、良い試みやと思う」

  

寿司に戻り、鮪の赤身。こちらは先程のトロと比べると弱く感じてしまうが、赤身とはそういうものである。

  

ここからは追加分。桜鱒はさすがの脂乗りで蕩ける蕩ける。綺麗な水で育ったのだろうか、臭みも全く無い。

  

イカを食べている頃には、タテルは勝ちを確信していた。ナノのこと、TO-NAのこと、そしてTO-NAをコントロールする自分のことをえらく気に入ってもらえた。西の女帝に認められれば圧力など跳ね除けられる。実力が正当に認められ、一流アイドルグループに返り咲くことができる。じっくり準備して懇切丁寧なもてなしをした甲斐があった。張り詰めていた糸が漸く緩んだ、その時のことであった。ナノがグラスを倒してしまい、えり子に水をかけてしまう。
「…ごめんなさい!」
「びしゃびしゃになってしもうた!何してくれとんねん!」
「ごめんなさい!すみません、タオル持ってきてもらえますか?」
「アンタこれ高級品やで。台無しやもう、どないしてくれんねん」
「弁償しますから、落ち着いてくださいよ」
「落ち着けるわけあるか!もう怒りました、帰ります」
「待ってください、本当に申し訳ございませんでした!」
「謝って無駄!サヨウナラ!」

  

手切れ金10万円だけ残してえり子は去ってしまった。呆然とするタテル、涙に沈むナノ。一方外には何故かGARASOのメンバー・清宮がいてえり子に話しかける。
「あの、えり子さんですか?」
「そうやけど。何か用?」
「何故こんな東京の下町にいらっしゃるのかな、と思って思わず…」
「悪いけど今イライラしてんねん。TO-NAの子に水かけられて」
「それは失礼いたしました」

  

含み笑いをしながらえり子を見送った清宮はGARASO事務所に戻る。
「ゴシップ掴んだぞ!メンバーのナノがえり子さんに水ぶっかけたって!」
「何て失礼なやつだ!」
「グループで最も礼儀正しいやつがこんな失礼働くなんて衝撃的。大打撃間違い無し」
「しめしめ。昼間から追っかけまわして良かったぜ」
「えり子さんまでTO-NAの味方になられたら終わりですからね、危ないところだった」

  

最後に食べる予定だったとろたく巻はTO-NAハウスに持ち帰ってメンバーみんなで食べてもらうことにした。良質なトロ、粗末な缶からに入っていたとは思えないほど香り高い海苔が堪らなく美味いものではあるが、お通夜のような雰囲気で食べざるを得ないことが非常に勿体無かった。

  

デザートは、粒立ちの良い柑橘の果実と、少し凍らして2種類の食感を生み出したジュレ。タテルは何とか味わえたがナノは手をつけることさえできず他の客にあげた。

  

「積み上げてきたものが全部崩れてしまった…!」
「起こったことは仕方ない。俺も油断しすぎたよ」
「私もうこのグループにいられないです」
「そんなこと言うなって。またやり直そうよ」
どんな言葉をかけても、ナノの元気を回復させることはできなかった。

  

TO-NAハウスに戻り、えり子を怒らせてしまった事実を伝えるとメンバーはひどく落ち込んだ。その様子を見たナノは遂に部屋に篭って出て来なくなってしまった。

  

一方GARASOの面々には気になることがあった。冬元との会議にて。
「カケルさんから連絡ってありました?」
「無いね」
「あれだけ綱の手引き坂への圧力を煽動してきた人が何も連絡よこさないのって不気味ですよね」
「そうだな…」

  

綱の手引き坂のライヴァルグループであった檜坂46の実質的プロデューサー・カケル。TO-NAが独立して1ヶ月後、檜坂の冠番組収録に立ち会っていたところをMC・工田に呼び出された。
「最近綱の手引き坂の子達ってどうしてる?」
「冗談を。何であんな下品なグループのこと訊くんですか?」
「今何て言った⁈」
「下品なグループ…」
「あのなカケルくん、俺は綱の手引き坂がまだえのき坂だった頃に一緒に番組をやってきたんだ。あの子達は番組を盛り上げてくれるとても意欲的な子だ。それを何だ、下品なグループとは」
「…」
「綱の手引き坂からTO-NAに改名して、メディアに出れず泥水を啜っていること、俺は知ってるからな。カケル君、何が彼女達をそうさせたか、正直に喋ってくれ」

  

カケルは全てを洗いざらい話した。
「何てことをしてくれたんだ!」
「ごめんなさい…」
「今すぐやめてくれ。TO-NAを元に戻してくれ!」
「わかりました、どうにかします」
「認めてくれたことは感謝するから、どうにかして救ってあげてほしい」
こうしてカケルは、冬元を裏切る方向へ舵を切った。

  

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