連続百名店小説『独立戦争・下』第4話「憎しみの中の愛」(長命寺桜もち/曳舟)

人気に翳りが見えていた女性アイドルグループ・綱の手引き坂46。色々あってプロデューサー冬元の手から独立することになり、怒った冬元は彼女達を都心から締め出した。グループ名「TO-NA」に改名し流れ着いた先は墨田区。新プロデューサー・大久保、特別アンバサダー・渡辺タテルのサポートを受けながら、「地域密着型アイドル」として活動を始めた。冬元は暴露系インフルエンサー集団「GARASO」を編成し、TO-NAの活動を邪魔しようとする。
*この物語はフィクションです。食レポ店レポを除き、実在の人物・組織とは一切関係ございません。

  

「タテルさん、おかえりなさい!」
「すまんな、心配かけて」
「早速行きましょう!」
「行く、ってどこへ?その前に休ませてよ…」
「幼稚園ですよ。お歌を聴かせに行くんです」
「それは良かったな。行ってきなさい、俺は子供が苦手だ。五月蝿くて走り回るしイライラする」
「タテルさんしかいないんですよ、同行できるスタッフさん」
「マジかよ…しょうがないな」

  

「お兄ちゃん、鬼ごっこしよ!」
「ああダメだ!蕁麻疹が出てくる」
「大袈裟なこと言わないでください。可愛いじゃないですか」
「痛っ!ぬいぐるみぶん回すなよ!理性が無さすぎる」
「そんなこと言ってる暇ありませんよ!ファンを増やさないと!」
「わかったよ…もう、戯れつくな!やっぱ嫌だ!」

  

逆境にめげず誠心誠意活動してきたことにより、少しずつではあるが味方を増やしているTO-NA。特に純粋な心を持つ子供から多くの人気を集めていて、墨田区内の教育機関や児童館などを訪問する機会が増えていた。
そうなるとGARASOが黙っておらず、TO-NAが訪れた施設に対し、「TO-NAとか言うアバズレ集団を招いて歌を歌わせた。教育に悪い」「汚い歌声を撒き散らした。近所迷惑」などとGoogleマップに投稿した。さらにその口コミをSNSで拡散しネット民を煽動する。

  

所変わって、ある日の「ラビット」の楽屋。お笑いコンビ「NY」「湯にbath」が桜餅を巡って喧嘩していた。
「これのどこが桜餅なんだ!ただのあんこ包んだクレープだろ!」
「そっちの方こそおかしいわよ!米に桜味が合うわけない!」
「餅じゃないくせに『餅』名乗るな」
「葉っぱにひっついて取りにくいのマジ不便!」
「何揉めてんだ」おかまたちが突撃してきた。
「おかまたち兄さん、どうしたんですか…」
「道明寺も長命寺も立派な桜餅だろ。喧嘩は止めなさい」
「はい、すみません…」
「本題忘れるところだった。みんなってアイドルグループのTO-NAのこと、どう思ってる?」
「綱の手引き坂から改名したグループですよね?共演したくないですね」
「そうか…」
「俺達の畑踏み荒らすんですよ。大してオモロくないのに、芸人ナメるな」
「変な空気感醸し出していて、絡んだら俺達までスベらされます。悪魔ですよ、干されてくれてせいせいします」
「ふーん。そうやって自分の力量不足棚に上げるんだ?」
「ちょっと待ってくださいよ…」
「色気出したり思いっきりケツバットしてくれたり、俺らのグッズ持ち込んでイジったり。あんなに笑いに前向きなアイドルおらへんって。俺らはいつも共演楽しんでた」
「すごいですね」
「戸惑うかもしれないけど懐に入り込めば笑いは生まれる。それをサボって文句言うのは違うやろ」

  

おかまたちの熱い気持ちを前に、何も言い返せない芸人達。
「だから1つお願いがある。今やたらとTO-NAを叩く風潮があるよな。この『滝川クリスマス』とか『高橋メリージェーン』とかいうアカウントが事実無根の噂を広めている。俺らはこれを引リツして、『TO-NAのみんなは歌もダンスも一生懸命やっていて上手い、バラエティにも前向きに取り組んでいるし、裏では礼儀もしっかりしている。何も知らない人がTO-NAを貶めるのは不愉快極まりないです』と投稿した。みんなにはこれをリツイートしてもらいたい」
「はい!」
「嘘がまかり通るのは許せません。他の芸人にも協力頼みますね」
「ありがとう!」

  

同時刻、TO-NAはメンバー水入らずで朝野球をしていた。隅田公園少年野球場は、墨田区を代表する野球選手・王貞治氏が少年時代に練習していたことから、又の名を「王さん球場」という。ジャイアンズファンのグミ・タマキは特にテンションが上がっていた。
「王さん?名前は聞きますけど、どれくらいすごい方かは…」
「世界一多くホームラン打った人だよ」
「今でも破られてないんですか?」
「そうだと思う」
「それはすごいですね!」
「こうやって打つの。一本足打法って言うんだ」
「へぇ〜」

  

「うわ疫病神来たよ」
TO-NAの後に利用する少年野球チームのメンバー・坂田が早めにやって来て、TO-NAのメンバーを揶揄う。
「あの女が始球式してからジャイアンズ弱くなってやんの!く○ばれヨミーリく○ばれヨミーリ」
「酷い…」
「ジャイアンズファンと言っておきながらハマスタを聖地にして、次は王さんに媚び売ってボーグスに歩み寄るつもりだ?こんなブレブレの奴らに野球語ってもらいたくないね」

  

泣き出すグミ。
「ちょっとやめてくださいその言い方!」毅然と立ち向かうメンバー。
「何だクソッタレアイドル。俺の街から出てけ!」
「坂田くん、やめようよ人をバカにするの」他の野球チームメンバーが諭しに入る。
「文句あんのかテメェ⁈ボコボコにしてやろうか」
どうやら坂田はガキ大将のようである。それも義侠心の欠片すら無い、いじめることしか能の無い利かん坊である。

  

「坂田!また暴力か!」監督がやってきた。
「は、ははあ!」立場が上の者だけには従順な坂田。
「あれ、TO-NAさんじゃないか。お前、TO-NAの人達にも偉そうな口利いてたよな!」
「聞こえてましたか…」
「聞こえる訳ねぇだろ!でもお前ならやりかねないと思った。そしたら案の定認めたね」
「…」
「TO-NAの皆さん、うちのメンバーが失礼なこと言って申し訳ございませんでした!おい坂田、謝れ!」

  

監督のファインプレーにより事案は解決したものの、心に深傷を負ってしまったグミ。特に仲の良いシホが慰めるが、どんな困難な状況でもメンバーに発破をかけていたキャプテンとしての姿はそこには無かった。
球場を出て間も無く、見かねた長命寺の僧侶が声を掛ける。
「TO-NAの皆さん、ご苦労様です。元気無さそうですね、どういたしました?」
「さっきキャプテンのグミが男の子に酷いこと言われて、深く傷ついちゃって…」
「あらまあ。ちょっと中入ってください。心が乱れた時は、坐禅がお勧めですよ」

  

素足になり真剣に坐禅を組むメンバー達。無になることによって罵詈雑言を浴びせられた屈辱を洗い流す。気落ちしていたグミも、坐禅を通して晴れやかな表情に戻ったようである。

  

浄化した心でいただくおやつは長命寺の桜餅。桜の塩気があるクレープ状の生地がモチモチともグニグニともとれる食感で面白い。穏やかだが強いあんこの甘さともよく合っていて、関東流桜餅の先駆者としての風格がある。
「西日本の方は道明寺の方が主流かと思いますが、お口に合いますかね?」
「とっても美味しいです!」関西出身のミレイが太鼓判を押す。
「私たち鳥取ですけど、このタイプの桜餅もよく見かけます」
「山陰の方は関東式も広まっていますもんね。あ、檀家さんからお呼び出しが…」

  

しばらくしてメンバーのニュウとミクも呼び出された。そこには見覚える人物の写真があった。
「え、タルさんじゃないですか」
「もしかして…」
「はい、実はタルさんがお亡くなりになりまして」

  

『トラベルドクター』ではニュウ演じる明里の、『老婆の診療所』ではミク演じる美玖の祖母役を務め、ファンの間では「綱の手引き坂公式おばあちゃん」の呼び声が高かったタル。老婆の診療所クランクアップから半年後、突然の逝去であった。タルの長女が2人に声をかける。
「タルが生前、告別式やる際はニュウさんとミクさん、そしてタテルさんを招待してほしい、と申しておりました」
「本当ですか⁈」
「シー!あまり大きい声出さないでください、皆さんが参列すること、バレるとまず…」
「おい何やってんだ!」お手洗いから戻ってきたタルの長男は激怒した。
「やっぱり…」
「綱の手引き坂という不届者を招待するとは何事だ」
「不届者とか言わないで!それに綱の手引き坂じゃなくてTO-NA!」
「どっちでもいい!いかにも香典の水引を蝶結びにしそうな無礼者の顔してる、絶対に招待するな!」
「どういう顔だよ?勝手なことはさせません。ニュウさんミクさん、連絡先交換しましょう」
「やめろ、縁起でもない」
「いいでしょ連絡先交換くらい」

  

事務所に戻るとタテルが出勤していた。ニュウとミクは早速タルの件を報告する。
「タルさん、いつの間に…」
「私たちもまさかあの場所で聞くとは思わなかったです」
「ご長女さんからはぜひ告別式に、とお誘いを受けたのですが、それを止めてくる遺族の方もいらっしゃいまして不安定な状況です」
「何事も無ければすんなり参列できたのに…独立の皺寄せがここにも波及してくるのか」
「何とか長女さんとのLINE交換できたので、何かあれば連絡来ると思います」
「良い連絡が来てほしいね」

  

その頃長命寺桜餅の店舗には、元NGY48の古畑がYouTube番組でロケに訪れていた。
「暑いねぇ、駅から遠すぎだよ。ここですね、桜餅屋さんは。中に入ってみましょう。うーん、店員さんそっけないですね。おっ、店内で食べることもできるんですね。煎茶つきで500円。持ち帰りはバラだと1個250円だからちょっと高いか。でも疲れたのでここで食べましょう。キャッシュレスは…PayPayのみ対応。草餅屋も言問団子も、この辺みんなPayPayだけは使える、と。今泉ちゃん、払っといてください」
「私がですか⁈」
「当たり前でしょう。榎坂にいたんだからがっぽり稼いでる」
「NGYも凄かったですよ」
「まあいいから払って」
「わかりました。…おっとっと!」
「今泉ちゃんそんな狭いところ無理に通ろうとしない。ん?手紙が出てきた誰のだろう。差出人書いてあるかな、大橋タルさん」
「あれ、その人長命寺で寺院葬やられる方ですよ」店員が反応した。
「本当ですか。じゃあ長命寺さんに届けてあげた方が良いですね」
「後で届けておきます。見つけてくださってありがとうございます」

  

通夜の日、タルの長女は改めて3人の参列を要請するが、長男は相変わらず許そうとせず、3人を疫病神呼ばわりする。そこへ住職がやって来て、桜餅屋に忘れていった手紙を長女に渡す。
「すっかり忘れてました…ありがとうございます!そうだ、ちょっと読んでみてほしい」

  

そこには今までお世話になった家族への感謝が綴られていた。そして、長年歩んできた女優としての道を振り返る中で、ニュウとミクの出演作に関しても言及があった。

  

「タルには強い意思がある。これを見てもまだ3人を拒否するのですか」
「…母さんの言うことなら反対はできん。出しゃばった真似だけはするな、と伝えて」
「ありがとうございます」
こうしてタテル・ミク・ニュウの3人は告別式への参列を許可された。

  

タルの告別式当日。ミク・ニュウ以外のメンバーは自由時間を過ごすことになり、そのうちコノはソラマチにいた。気分転換がてら、大好物の梅干しを買いに来ていた。

  

「コノちゃん、久しぶり!」
声をかけたのはお笑いカルテット「しん猫」のリーダー・田辺農園。4人でロケに来ていた。
「会いたかったよコノちゃん!全然ラビット来てくれないんだもん」
「ゴンザレス桂里奈さんも心配してたよ」
「本当は行きたかったんですけど、色々事情があって…」
「その話は聞いてる。安心して、私たちはずっとあなたの味方よ」

  

涙するコノ。あまりの嬉しさに言葉が出ない。
「今ね、おかまたちさんが動いてるの。これ見て、TO-NAは何も悪いことしてない、干されるのはおかしい、って宣言してくれているの」
「私たちもリツイートしておいたよ。誤解が解けるといいね」
「ありがとうございます…」
「せっかくだから好きな梅干し買ってあげる。ここの梅干しすっごく美味しいの。これとかこれ、これもいいわよ〜」
「そんなに…いいですよ」
「遠慮しないで。コノちゃんの笑顔、可愛くて大好きなんだ」
「泣かないで。また共演しようね」
「はい!」

  

その頃タルの告別式では、タルの遺した手紙が読み上げられる。

  

生涯最後の2作は特に印象に残っています。人生最後の旅で昔の恋人との思い出を探す女性を演じたトラベルドクター、90歳100歳になっても鋭い切り口で患者の病気を見抜く名医を演じた老婆の診療所。それぞれでヒロインを演じて下さったアカリちゃん(*ニュウの下の名前)とミクちゃん、そして両方の作品で重要な役どころを務めて下さったタテルくんとのひとときは実に思い出深いものでした。アカリちゃんはキャラクターそのまんま、いつも明るくニコニコしていて優しい子でした。一緒にいてこんなに楽しい子はいません。ミクちゃんの役は少し冷たさのある新米医師でしたが、裏ではとても優しくて無邪気な子でした。撮影で出てきた大きなステーキを2人で食べたことは特に印象的でしたね。春日部の外郭放水路で撮ってくれた写真、いつも眺めて思い出に耽っています。
タテルくんもすごく優しい方で、TO-NAのスタッフさんと聞いて、タテルくんの人柄があってこそ、ミクちゃんやアカリちゃんが純粋な気持ちで活動できているのだと感じました。TO-NAの出ているテレビやラジオは全部視聴して楽しんでおりました。最近出てこないのがすごく寂しいです。TO-NAの皆さんを悪く言う報道が目立つこと、遺憾に思っています。皆さん決して悪い人じゃない。私はもうこの世で見ることはできないのかもしれませんが、TO-NAの名誉が回復し、再び脚光を浴びる日々が来ること、天より祈っております。

  

告別式が終わり、タルもよく訪れていた桜餅の店舗に入ってみる。茶葉の味濃いめの緑茶はいつも以上に身に沁みた。

  

晴れやかな表情になった3人は、青天に向かって誓いを新たにする。
「俺達は沢山の人を敵に回してしまった。でも着実に味方を得ている。応援してくれる人の期待に応えたい」
「タルおばあちゃんのように、みんなに愛される人になりたい」
「負けることもあるけど、絶対に腐らない。最強のグループになってみせる」

  

さらに同時刻、しん猫と共にスカイツリーに登っていたコノも遥か彼方の空を見て誓いを立てた。
「風は私たちに吹いている。だから歩みを止めない。つらい時は、優しくしてくれる人の顔を思い出そう。そうすれば、どこまでも行けそうだったあの日々に、また戻れる」

  

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