連続百名店小説『独立戦争・下』第1話「茨の道より」(東毛酪農63℃/押上)

女性アイドルグループ・綱の手引き坂46。人気グループではあったが、ここ2年その人気に翳りが出ていた。特別アンバサダーを務める渡辺タテルはメンバーと話し合い、プロデューサー冬元の支配を緩めるよう要請した。だがその要請を独立宣言と曲解され、怒った冬元は綱の手引き坂に改名を強いると共に都心(千代田区・中央区・港区・新宿区・文京区・渋谷区)での活動を禁じた。二進も三進もいかなくなった綱の手引き坂が向かった先は…
*この物語はフィクションです。食レポ店レポを除き、実在の人物・組織とは一切関係ございません。

  

押上・向島エリアにお住まいのみなさん、私たち綱の手引き坂46改め「TO-NA」です!この度私たちは坂道グループから独立しまして、心機一転「地域密着型アイドルグループ」として活動する運びとなりました。
そこで私たちが選んだ場所はここ押上です。理由は世界一の高さを誇る電波塔「東京スカイツリー」のお膝元であること。世界都市となった押上で、皆さんと一緒に世界のトップを狙いたいと思います!ごひいきのほど、よろしくお願いします!

  

押上・向島エリア全ての広報板に張り出された、綱の手引き坂46改めTO-NAの挨拶ポスター。8年にわたり築き上げた名声を捨て、ローカルアイドルとして再出発を決意していた。しかし一連の独立騒動により世間の大半が彼女達に嫌悪感を抱き、最終的に独立を強行したことでイメージは地に堕ちた。勿論押上の住民も多くがその騒動を知っていて、ポスターには心ない落書きが絶えなかった。
「帰れ帰れ!近寄ってくんなこの害虫が」
「恩知らずもいいとこだわ。冬元に頼らないと何もできないくせに」
「下品なグループだからファンも下品。日本の恥だ」

  

そんなこととは露知らず、スカイツリー近辺に設けた新事務所へ引越しを行う一同。明日の見えない苛酷な状況ではあるが、TO-NAのメンバーはちょっとやそっとのことで明るさを失うような人達ではない。
「楽しみだな、共同生活!」
「憧れてはいたけど、まさか本当にやるとは思わなかった」
「今まで以上に一体感生まれそう。作詞作曲にも集中できそうですね」
「新生TO-NA、へこたれやしねぇ!」

  

しかし事務所に着くと、5人の男女が予定地を占拠していた。
「あのすみません、ここ私たちの事務所なんですけど」
「何を言ってる?ここは俺らが契約したんだ」
「いやいやおかしいですって」
「は〜い騙された!」
「高橋さん、お前何てことを…」
「契約を人任せにしたアンタが悪いんですよ」

  

独立騒動の渦中で発生した社員大量離脱の際も残ってくれていた高橋。しかし実際はスパイであったようだ。
「ヘッ。敵は思わぬところにいるもんだよ」
「裏切りやがって!」
「とにかくここは俺らの事務所だ。他をあたるんだな」
「待て!待てってば…」

  

不動産業者に連絡し契約解除を試みるタテル。しかし契約は正当に成立していると言われ取り合ってもらえなかった。
「金、持ってかれたな…」
「うそ…」
「じゃあ代わりの場所探すこともできないってことですか?」
「そうなる…」
「心機一転頑張ろうと思ったのに、何もできないじゃないですか!」
「本当にごめん、全部俺の責任だ」
「せっかくみんなで共同生活できると思ったのに!」
「もう前の家解約してるんですよ!行き場無いということですか⁈」
「信じられない!どうなっちゃうんですか私たち」
「勿論どうにかする。時間をくれ。帰る場所が無いメンバーは、他のメンバーの家か、三ノ輪の俺ん家かに泊まって」

  

TO-NA新事務所を占有していたのは、綱の手引き坂運営を辞め冬元の手下となった5名、滝川クリスマス、道端ジェンガ、高橋メリージェーン、清宮イェイ、関口メンツユー。グループ名を「GARASO」という。冬元とzoomを繋ぎ会議を開く。
「TO-NAを追い出して金を巻き上げました!」
「OK。君もなかなかやるね、さすがTO-NAのスパイ」
「タテルの脇が甘いだけです。東大卒なのに世間知らずすぎて笑えます」
「あまり悦に浸りすぎるな。今一度状況を整理しよう。あいつらがリリースした『君は夕張』は販売中止、店頭からは全て回収。テレビ・ラジオのレギュラーは全て失った。音羽のある文京区から締め出したからグラビアにも出てこない。公式SNSのフォロワーやYouTubeのチャンネル登録者数は1/3になり、国民の支持を失っていることは目に見えている」
「はい」
「ただ追い込まれた人間は何するかわからない。失うものは何も無いからな。ここで手を緩めたら逆にやられてしまう」
「アイツらしぶとそうですからね」
「ああそうだ。だから君たちには暴露系インフルエンサーとしてTO-NAの活動を邪魔してもらいたい」
「TO-NAを監視してスキャンダルを見つける、ということですか?そんな簡単に出てきますかね?」
「曲解でも嘘でも構わない」
「はあ…」
「この世において真実なんてどうでも良い。自分にとって都合が良ければ何言っても構わない、それが今の世の中だ」
「なるほどです」
「ネット民なんてチョロいもんだ。簡単に印象操作できる。それが人を追い込むものであれば尚更容易い」
「わかります。人を叩くことにしか生き甲斐を見出せない連中ばっかですもんねあの界隈は」
「その通りだ。大事なのは球数を増やすこと。少しでも浮ついた点があったらすぐ晒そう。TO-NAを下げて下げて、メンバーの気力を削いで、活動停止まで追い込め」
「ウィームッシュ!」

  

次の日、途方に暮れるタテルは、同胞の大久保と共に東武鉄道に呼び出されていた。
「怒られるのかな…」
「しょうがないですよ、こんなことになっちゃったのですから」
「俺が避雷針になるよ」

  

「TO-NAのプロデューサー・大久保様と特別アンバサダー・渡辺様ですね。お越しいただきありがとうございます」
「この度はTO-NAの件でご迷惑をおかけし申し訳ございませんでした!」
「そんな、謝らないでください!我々としては寧ろTO-NAの皆様に感謝の思いでいっぱいなんです」
「本当ですか…嬉しいですそれは」

  

「TO-NA仕様のライトアップ、12年の歴史の中で最も多くの好評の声いただいております。色とりどりのメンバーカラー、虹色のライトアップ。TO-NAの皆様無しでは実現し得なかった光景です」
「ありがとうございます!」
「トラベルドクター、ぶっ翔んでアダ地区、老婆の診療所、あと友に綱をもそうですね、東武沿線を舞台にしたメンバー出演作品が多く、アンバサダーの渡辺様は西新井のご出身で東武線ユーザー。これだけ縁があるのですから、我々は全社を挙げてTO-NAをサポートしたいと思います!」
「スポンサー、ということですか?」
「そうなりますね」
「嬉しいです…」
「本当に本当にありがとうございます。ただ1つ問題がございまして…」
「どうしました?」
「新しく事務所を構えようとしたら、お金を騙し取られてしまったんです。活動拠点を設けることができなくて、スタートからいきなり躓いている状態なんです」
「そうでしたか…」

  

しばし考え込む東武の役員。活動拠点を提供してあげたい気持ちは山々であるが、さすがに動く金が大きすぎて簡単に決断ができないでいた。
「そしたらこういうのはどうでしょう。渡辺様はご存知かと思いますが、我々東武グループは幅広く事業を展開しています。レジャー施設やホテル、百貨店に不動産業。そこで不動産チームから活動拠点を提供してもらい、その見返りとしてTO-NAの皆様は東武の各種施設でパフォーマンスを披露してもらう。暫くはそれでいきましょう」
「ナイスアイデアです!」
「そしたら早速で申し訳ないのですが、今週末の土曜日にソラマチ4階スカイアリーナでミニライヴをやってもらいたいです」
「わかりました」
「練習場はこちらで用意するのでご安心を。新生TO-NAの幕開け、景気付けには持って来いだと思いますよ」
「ありがとうございます!ワクワクしますね」

  

「朗報だ。東武グループが一丸となって君たちをサポートしてくれるとのことだ。墨田区内で活動拠点となる場所を提供してくれるらしい」
「良かった…」
「やっと動き出せる!」
「ただし交換条件もある。東武グループの施設でライヴをこなすことになる」
「それって例えばどこですか?」
「東武百貨店の屋上とか東武動物公園、日光・鬼怒川のホテルとか」
「旅行気分で楽しそうですね」
「ポジティヴだな。まあでもパフォーマンスはちゃんとやらないとね」
「そうですよね。私たち世界一目指すんですから」
「そして4日後の土曜日に早速ミニライヴが決まった。場所はソラマチだ」
「もうですか⁈ちょっと待ってください、曲ってどうすれば…」

  

独立にあたり、綱の手引き坂時代の曲はある1曲を除いて封印することにしていた。今後はメンバー作曲作詞のオリジナル曲で売り出すことにしていたが、当然まだ1曲もできていない。
「そしたらカヴァー曲やるしか無いかな」
「それ良いですね!OCHA ZIPPERや超鼓動♡おしらせ部みたいな可愛らしい曲やりたいです!」
「FiSHも好きだな。前向きになれる曲多くて」

  

話し合った結果、カヴァー曲3曲と封印していないオリジナル曲1曲、計4曲を披露することにした。今までは踊りながら歌うスタイルをとっていたが、歌唱が乱れるのを防ぐためヴォーカルとダンサーを分けることにした。ヴォイストレーナーも振付師もいないためメンバー自らでパフォーマンスを創り上げる。東武が用意してくれた練習場を使い、短い期間だが持ち前のガッツと集中力で完成形を見た。

  

ライヴ当日、ソラマチは家族連れと外国人でごった返していた。TO-NAの出番は14時丁度からである。
「暑いですよね。差し入れにソフトクリーム食べてください。東毛酪農63℃さんから特別にソフトクリームマシン貸し出していただきました」
「人気の店じゃないですか。ありがたいです!」

  

タテルは社交辞令で人気と言ったが、行列ができる店という訳ではなく、5割以上の確率で待つことなく注文できるし、会計が終わると同時に商品を受け取ることができる。比較的お手軽に行ける店である。

  

「こだわりのコーンは2種類あります。香ばしさのある竹炭ごまか塩気がクリームの甘さを立てる海の塩コーン、好きな方をお選びください。ソフトクリームは人気のミックスを2種類用意しています」

  

年長組に人気だったのはコーヒーとミルクのミックス。ミルクソフトの方は最初は直球、その後広がっていく乳のコクが特徴的である。
コーヒー味の方は微かな苦味。このさりげなさがソフトクリームにおいては良いものである。

  

「あ、そろそろ時間ですね。会場に向かいましょう」
「アドレナリン出てきたね。久しぶりのライヴ、張り切っていくぞ!円陣やりま〜す!」

  

青天を衝き白雲を穿つ、仲間と共にあの頂へ!我ら世界のTO-NA!はい!

  

しかしスカイアリーナに出てみると、TO-NAを観ようとする客は疎らであった。
「申し訳ございません…5階スペース634で『デニムと桂太郎の鉄道トークショー』、梅干し屋で『トミザワウメオと梅』公開収録、ボケモンセンターでデラックスマツコをゲストに『カピゴンとおひるね』が行われていまして、お客さんが皆そちらへ流れてしまってます」
「何故全部時間帯が被ってるんだ…」
「トークショーとおひるねはどちらも13:30開始予定だったんですが、ゲストの到着が遅れてこの時間に…」
「仕方ない、観客は0じゃない。ライヴやっているうちに足を止めてくれる人もいるはずだ。今日までやってきたこと、全力で発揮しよう」

  

そしてライヴが始まる。しかし客席からは歓声より野次の方が強く聞こえる。
「裏切りアイドルが恥さらししてやんの!」
「何が世界だって?笑わせてくれるな」
「オメェらのライヴ観るような物好きなんていやしないって」
泣きそうになるメンバー達を、タテルは諭しに上がる。
「いいかみんな、あんな奴らに負けるんじゃねぇ。パフォーマンスで見返してやるんだ」
「ありがとうございますタテルさん、勇気出ます」

  

止まない野次の中、曲が始まる。一糸乱れぬ力強いダンスを見せたと思えば、可愛らしさ満点の仕草で数少ない味方を魅了する。間違いなく一流のパフォーマンスであったが、通りかかる人々を振り向かせることは到頭できなかった。

  

そして最後となるオリジナル曲を披露しようとした瞬間、暑さに耐えかねた音響が故障する。すぐさま係員が来て復旧を試みるも、ざまあみろの野次が止まず心が折れるメンバー一同。しかしタテルが黙っていなかった。
「野次飛ばしに来たのならお帰りなさい!」
「あ?何だ生意気なデブ」
「ああ生意気なカピゴンだ。わざわざ野次飛ばしに来る物好きに忠告したくて出てきた」
「物好きじゃねぇし。他人の曲でしか勝負できないアイドルなんて邪魔なだけだ」
「時間は有限だ。もっと有意義なことに時間を使え」
「その言葉お返しします。アイツらはとっとと男見つけて嫁入りすればいい」
「ひとつ質問させてください。貴方は何故彼女達が憎いのですか?」
「…実力ないくせに独立して、生意気じゃねぇか」
「それはメディアに煽動された人の抱く感想だね」
「煽動とは何だ」
「真実も知らないくせに何威張ってやがる!嘘を根拠にして人を叩くなんて間違ってる!」
「あぁ⁈」
「彼女達は本気で作品を創り上げている。世界を目指すからこそ、いらない柵から逃れたくて独立を決めたんだ。それをごちゃごちゃごちゃごちゃ何だ。貴方の発言からは何もリスペクトを感じない!リスペクトが無いならせめて黙って。野心あふれる創作者の邪魔をしないで。文句言いが上に立つ世界なんて何が面白い?創作者が何も知らない評論家に負けてたまるか!」
「うるせぇ黙れ!」
「黙りません!黙るのはお前だ!お前も何かに本気になってみろ!話はそれからだ!」
「…」
「ありがとう黙ってくれて。達者でな」

  

結局機材は復旧せず、ライヴは中途半端な形で打ち切りとなった。メンバーは涙ながらにソフトクリームを貪る。
「悔しい…せっかくのスタートダッシュが何でこんなことに…」
「お客さんも少なかった。結成当初でもあんなガラガラなことは無かった」
「人を振り向かせることができなかったのが本当に悔しい。やっぱり冬元先生の力無いと輝けないのかな」

  

「そんなこと無いだろ!」熱りの冷めないタテルが再び叫ぶ。
「由緒正しいいちごミルク。思ったより苦味渋みを表現できている抹茶。面白いのは、一緒に食べるといちごと抹茶が互いに持っていないものを補完し合っていることだ」
「それと私たちに何の関係が?」
「いちごには渋みが無い。ヒナやナオにはあからさまながめつさが無い。抹茶には万人受けする甘みが無い。スズカやマリモには清純さが無い」
「それ…貶してません?」
「それらを補ってこそのグループなんだよ。単一の素材では出せない新しい一面が出てくる。それが魅力なんだよ。TO-NAはそれが顕著で面白い、だから俺は貴方達の元に来た」

  

感涙するメンバー達。
「思い出せ、TO-NAのスローガン、何だったっけ?」
「へこたれやしねぇ!」
「良いスローガンだ。どんなとげとげの道でも、乗り越えてやろうじゃないか」

  

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