連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』84杯目(山と樹/高円寺)

グルメすぎる芸人・タテルと人気アイドルグループ「綱の手引き坂46(旧えのき坂46)」の元メンバー・佐藤京子。2人共1997年生まれの同い年で、生まれも育ちも東京。ラーメンYouTuber『僕たちはキョコってる』として活躍している2人の、ラーメンと共に育まれる恋のようなお話。
三ノ輪の基地(マンションの高層階の一室)でついに同棲を始める2人。しかし綱の手引き坂46に独立騒動が巻き起こり、2人の関係性に亀裂が生じようとしていた。

*時系列は『独立戦争・上』第6話に相当します。

  

「ごめん、誤解を解くことができなかった!」
「そういうことじゃない」
「独立宣言がリークされた日スキャンダル対策委員会が開かれて釈明しようとしたんだ、だけど運営の奴ら全然聞く耳持たなくて…」
「そういうことじゃないって言ってるでしょ!」
「どういうことだよ」
「綱の手引き坂が生謝罪させられることよりも、タテルくんがそのことを黙っていたのが悲しい!どうして隠してたの!」
「京子に余計な心配かけたくなかった…」
「そんなの理由にならない」
「…」
「一緒に暮らす者どうし、隠し事は良くない!」
「そうだよ、その通りだよ…本当にごめんな、臆病な俺で」
「とにかく、今日はこの後メンバーのケアしっかりしてあげて。大好きな綱の手引き坂の子たち、守ってほしい」
「わかった。今日は気の済むまで寄り添ってあげよう」

  

翌日深夜、冠番組『綱の手引き坂で逢いましょう』内で行われた生謝罪を京子は1人で見守った。台本通りのことしか言わせてもらえないメンバー達。耐えかねたタテルが画面に飛び込み弁明を行う様を観て、京子は目を丸くした。だがメンバーを守ろうとする姿勢を明らかにしていて、タテルへの信頼を再確認した。

  

朝帰りのタテルを優しく出迎える京子。
「お疲れさま。ありがとう、綱の手引き坂のこと守ってくれて」
「勇気出して弁明できて良かった。これで世論は綱の手引き坂に味方してくれるはずだ」

  

しかし怒った冬元がメディアに圧力をかけ、タテルの弁明は無かったかのような報道がなされた。結果世間は綱の手引き坂に味方するどころか、不義理な奴らだという印象を抱き毛嫌いする流れになってしまった。

  

ある日、タテルと京子は高円寺へラーメンを食べに来ていたが、表情は冴えなかった。
「綱の手引き坂、どうなっちゃうのかな…」
「ごめんよ京子、制御不能だ…」
「タテルくんはよくやってくれてるよ。でも最近全然テレビでメンバー見かけない。寂しいな…」
「こういう風潮だから、新規で使ってくれるところなんて無い。新曲もリリースされたけど、音楽番組への出演も全部白紙になった」
「『君は夕張』、好きなんだけどな。陽子ちゃんも可愛いし、みんなに見てもらいたいのに…」

  

目的のラーメン店「山と樹」は環七沿いにあるが、駅から環七までは地味に距離があり、環七に出ても反対側に移動するために歩道橋を使わなければならない。まだ5月だというのに真夏のような暑さであり、辿り着くまでにタテルは疲弊していた。平日に行ったためそこまで待たずに入店できた。

  

「包み隠さず言うと、綱の手引き坂は芸能界でも嫌われ始めている。特に若手芸人の中では最悪の評判だ」

  

ソロロロちゃんねるでーす!早速言ったりますけど、綱の手引き坂、おもんない!アイドルのクセして俺らの畑を踏み荒らしに来ている。自分はオモロいとか、勘違いもほどほどにせいや!

  

この他にも多くの若手芸人が綱の手引き坂との共演NGを公言する。朝の帯番組ラビットの出禁は相変わらずであり、某M-1ファイナリストはこの春始まったお笑い系冠番組にアイドルを必ず呼んでいるが、綱の手引き坂だけ露骨に避けている。
「俺らの大好きな綱の手引き坂がどんどん嫌われていく。どうすればいいのか、途方に暮れている」
「圧力が凄すぎるもんね。私も何とかしてあげたいんだけど、事務所からは自分の活動に集中するよう言われちゃってさ」
「そりゃそうだよ。これからNEW京子でやっていくんだから、あまり引きずらない方がいいと俺も思う」
「でも完全に関係を断ち切るのは嫌だ。だから今度、3期の子たちとかき氷食べに行く約束した」
「いいねぇ。京子が後輩ちゃんと仲良くしてるのを見るだけで泣けてくる…」
「綱の手引き坂のみんなは一生大切、だからね」

  

ラーメンがやってきた。気持ちが落ちていたせいか、スープの旨味が開いていないように感じた。パワーバランスが麺に偏り、チャーシューもヴォリューミーで美味しいのだが、いかんせんスープが弱くて食べ疲れてしまうタテル。
「普段なら絶対美味しく食べれるはずなのに、どうしちゃったのかな俺…」

  

すると京子はタテルの背中をぽんぽんと叩く。
「私は信じてるよ。タテルくんならきっと、メンバーのこと守り抜けるって」
「京子…」
「だからしっかり前を向いて。落ち込まれても困るよ」
「ありがとう。京子の存在は励みになるよ」

  

その思いとは裏腹に、ついにメンバーにも実害が出始める。コノは自身がパーソナリティを務めるオールナイトニホンで放送禁止用語を言って(言わされて)しまい謹慎、さらにタテルとのツーショット写真(デートではなくただの食事会だったが)をすっぱ抜かれたグミも謹慎を強制されてしまった。

  

そしてある日、タテルが家に帰った時のこと。
「ただいま〜、ってあれ?いつも返事してくれるのに…京子、どこにいるの?」

  

ソファの前のテーブルに、京子からの置き手紙を発見する。

  

タテルくん、私もう耐えられない。しばらく実家に帰らせてください。

  

メンバーを大切に思う京子にとって、現状はあまりにも過酷であった。

  

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