連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』83杯目(児ノ木/落合)

グルメすぎる芸人・タテルと人気アイドルグループ「綱の手引き坂46(旧えのき坂46)」の元メンバー・佐藤京子。2人共1997年生まれの同い年で、生まれも育ちも東京。ラーメンYouTuber『僕たちはキョコってる』として活躍している2人の、ラーメンと共に育まれる恋のようなお話。
三ノ輪の基地(マンションの高層階の一室)でついに同棲を始める2人。

*時系列は『独立戦争・上』第3話〜第5話と重なります。

  

五月一日の朝も京子はタテルを叩き起こす。
「起きなさいタテルくん」
「まだ寝させてよ…」
「今日は大事な発表があるの!」

  

そう言って京子はタテルの顔面にスマホを突きつける。
「宝刀芸能に所属決定?誰が?」
「私に決まってるでしょ!憧れの長澤まさみさんと同じ事務所だよ!」
「す、すごいな!宝刀って、オーディション経由じゃないと入れないよな⁈」
「異例の『ぬきよう』?だってさ!」
「ばってき(抜擢)ね。となるとやっぱ俳優業がメインか」
「そうね。でもせっかく歌鍛えたから、どこかで披露できるといいな」
「目指せ福山雅治」

  

家事については、京子が大好きな掃除を、タテルが洗濯を担当する。2人とも料理は得意でないため、朝食を除き食事は外食または出前となっている。タテルは引越し先でもリモートワークを続けており平日は基本的に家にいる。京子もこの時点ではそこまで稼働が無く、一緒にいる時間は比較的長めであった。

  

しかしこの時、2人の間に暗い影を落としかねない重大な事件が発生する。ある日の朝、めざしテレビを観ていた京子。
「女性アイドルグループ綱の手引き坂46が、プロデューサー冬元氏からの独立を企てていることが明らかとなりました」
京子はすぐさま、綱の手引き坂アンバサダーを務めるタテルを叩き起こす。
「ちょっとどういうこと⁈綱の手引き坂が独立って何よ!」
「どく…りつ?俺も知らないよ」
「とぼけないでよ!」
「たまにはメンバーが作詞したい、とは言ったけどさ…」

  

事の顛末を知ったタテルは愕然とした。
「京子、落ち着いて聞いてくれ。この独立宣言は捏造されている」
「ねつぞう、って誰?」
「人の名前じゃない。嘘に塗り替えられている、という意味だ。俺と綱の手引き坂メンバーで会議開いて、たまには冬元先生以外に作詞を任せてほしい、と要請しようとしたのは確かだ。だがその議事録を、書記という名の裏切り者が書き換えた」
「裏切り者ってどういうこと?」
「わからない。でも冬元側の人間であることは間違いない」
「じゃあ綱の手引き坂は大丈夫なのね?誤解をとけば今まで通りなんだよね?」
「そうだ。俺は今日は仕事休んで事務所に行く。京子は自分のことに専念してくれ」

  

しかし事を収めることはできなかった。運営の強硬な姿勢により、弁明すら許されない生謝罪を日曜深夜に強制された。その事実を、独立騒動のニュースに際し取り乱していた京子に伝える勇気がタテルには無かった。

  

生謝罪前日となる土曜日の昼、いつものようにラーメンを食べに行く2人。
「最寄駅は落合。どうやって行けばいい?」
「東西線だね。三ノ輪から茅場町乗り換え。ちょっとダルいけど」
「ありがとう。タテルくん本当鉄道詳しくて助かる」

  

退店後に撮影。外待ちすら無かった

正午を少し回ったピークタイムに到着し、外に3人の並びであった。中にも最大4人が並ぶシステムである。暫くすると店員に案内され食券を購入する。

  

程無くしてカウンター席が一斉に空き、10分程の待ちで着席することができた。入口付近で水を汲み着丼を待つ。
「新500円玉ってあるじゃん?あれ使えない券売機が多くて嫌だよね」
「わかるわかる。しかも俺すごく不思議に思うんだ、使えない券売機からお釣りとして新500円玉が出てくるシステム。腹立つよねあれ」
「めっちゃわかる。嫌がらせとしか思えない」
「だから全部キャッシュレスにすればいいのに。その点ここの券売機はキャッシュレス対応だから素晴らしいよね」
「楽チンだよね。VISAタッチでちょちょぱっ、だもんね」
「他のラーメン屋も見倣って欲しいな」

  

この店の定番である特製純煮干しラーメンがやってきた。濁った濃いめのスープは、煮干しの苦味がガツンとくるが、不思議とすっきり飲み込める。伊藤や伊吹のような濁った見た目でありながら、柴崎亭や貪瞋癡のような夏でもしつこくない着地。このギャップに人は萌える。

  

麺はかなり硬めに茹でられており、咀嚼している内に煮干しの味と融合する。
そしてチャーシューは3種類。大風呂敷を広げるバラ、手広くやりすぎない赤身、分身した鶏肉。いずれも臭みを抑えつつも余計な味を加えない、優しい仕上がりの肉である。
「コノちゃんと富山で煮干しラーメン食べてきたんだよね。美味しかった?」
「美味しかったね。でもバタバタしちゃってさ、もっとゆっくり味わいたかった」
「タテルくんっていっつもバタバタしてるよね。もっと余裕持って動けないの?」
「この余裕の無さを楽しんでる」
「変なの。バス旅の観すぎだよ」

  

和え玉にも種類があり、タテルは期間限定のポルチーニ和え玉を頼んでみた。ポルチーニの香りはありつつも、高級中華の雰囲気を持ったまぜそばとして夢中になって食べてしまう。煮干しスープと合わせると煮干しに侵食され個性を失うので、最後までそのまま食べてしまった。

  

「ああ満腹。2種類の麺料理を楽しめて贅沢だ」
「また来たいね。あそうだ、かき氷食べに行きたいんだけど」
「じゃあサカノウエカフェ行こう。俺発見しちゃった、近くの小滝橋から上野公園へ行くバス。湯島通るから丁度良い」
「さすがタテルくん。バス旅好きもたまには役に立つもんだね」
「東テレさん、太川さんの後継は僕でどうでしょうか!」

  

この時、他愛の無い平和な会話をできる時間はそう残されていなかった。かき氷を食べ三ノ輪の家に戻る途中、ついに京子は生謝罪の件をネットニュースで知ってしまったのである。

  

「ちょっとタテルくん、これどういうこと⁈」

  

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