連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』78杯目(宮元/蒲田)

グルメすぎる芸人・タテルと人気アイドルグループ「綱の手引き坂46(旧えのき坂46)」の元メンバー・佐藤京子。2人共1997年生まれの同い年で、生まれも育ちも東京。ラーメンYouTuber『僕たちはキョコってる』として活躍している2人の、ラーメンと共に育まれる恋のようなお話。
セカオワの聖地 club EARTHを特別に使わせてもらい、2人は1週間の歌唱合宿をすることになった。

翌朝6時、まだ眠っているタテルを京子が叩き起こす。
「いつまで寝てるの?今日から歌のレッスンだよ、準備しないと」
「準備って何を…」
「朝ごはん食べて散歩して、体を目覚めさせないと」
「俺いつも朝ごはん食べないんだけど」
「食べないと元気出ないよ。ほら、今日は上手く目玉焼き焼けたから。あったかいうちに食べて」
「わかったよ…」

  

朝の散歩をしながら、2人はオリジナルデュエットソングについて話し合う。
「詞から作る?それともメロディから?」京子が問いかける。
「俺はメロディからだな。歌詞をメロディで染めあげる様がイメージできない。メロディに歌詞を載せる方がしっくりくるかな」
「じゃあメロディは私が考えるね。できあがったらタテルくんに作詞頼む」
「了解。楽しみだな、京子の作る音楽」

  

午前10時、いよいよ特別講師がやってくる、
「えっ…菅井さんじゃないですか⁈」驚くタテル。
「そうだ。俺がユーミンに認められた孤高のヴォイストレーナー芸人、菅井ちゃん最恐オンリーワンさ」
「マジかよ⁈怖い先生じゃん!」
「タテル殿、ずべこべ言っている暇は無いぜ。時間が勿体無い!」
「は、はい!」

  

歌唱レッスンに入る前に、1時間みっちり準備体操を行う。タテルは意味を見出せないでいた。
「タテル殿、いつまでやらされるんだこの練習、と思っているのが見え見えだ!」
「ご、ごめんなさい!」
「退屈だと思うかもしれない。でも基本の練習を疎かにするようではプロを名乗って欲しく無いですね」

  

芸人の時とは違う、菅井の厳しい姿勢に言葉を失うタテル。そこへ京子がフォローをする。
「タテルくん、私も綱の手引き坂に入りたての時同じこと言われた。今はわからないかもしれないけど、後になって大事さに気づくようになるから」
「京子…」
「ずべこべ言わないで食いついていこう。よし、準備体操続けましょう!」

  

ウォーミングアップを終え、いよいよ歌唱指導に入る。取り敢えず1人ずつ課題曲を歌わせる菅井。まず京子が『センチメンタル・ジャーニー』を歌う。

  

「上手いね」
「ありがとうございます」
「上手いだけ。心は震えない」
「えっ…」
「ピッチを外さないとかビブラートを入れるとか意識しても、人を感動させる歌は歌えません!スキルばかり追い求めるのはおやめなさい。はい次、タテル殿」

  

『炎と森のカーニバル』を歌うタテル。
「リズムがぎくしゃくしているなぁ」
「ですよね…」
「でも表現しようとする姿勢はあるな」
「わかってくれました?歌詞を読み込んで、ファンタジックな世界観を描きたいという思いで歌ったんです」
「調子に乗るな。それは当たり前にやることだろ」
「…」
「昨日ここに来てから今に至るまで何してました?」
「ひたすら歌いました」
「2人で楽しく歌う、をモットーに掲げて、夕食も忘れるくらい歌ってました」
「自分だけ楽しければいいの?夕食抜いたとか知らねぇよ!」
「…」
「タテル殿には技術が伴っていない。京子殿には表現力が足りない。俺に言われて初めて気付くようではお話になりません」

  

あまりの厳しさに呆然と立ち尽くす2人。タテルは涙を流していた。
「残り6日で、各々2曲ずつとデュエット1曲を仕上げるというのは相当厳しいぜ。覚悟あんのかな?」
「あります!」息を合わせて返事する2人。
「じゃあどうするんだよ」
「俺は自分の声を録音して客観的に分析します」
「私は歌詞の意味を理解し、登場人物の気持ちになりきって歌います」
「その言葉は聞き飽きました。分析とか気持ちとか簡単に言うけど、どうやったら実践できるのか頭の中で描けてます?そこ明確にできないようではレッスン始められません!」
そう言って菅井は合宿所を出て行ってしまった。残された2人はどうして良いかわからず呆然と立ち尽くす。

  

「京子、こういう時って普通先生の部屋に行って謝罪して連れ戻すよね」
「大鳥居駅にまだいるかな。急いで連れ戻そう!」
「でもどう言って連れ戻せば…」
「とりあえず行こう!」

  

各駅停車しか停まらない大鳥居駅には未だ菅井がいた。何とか戻そうとするが、菅井の意思が翻ることはなかった。それでも2人は菅井に食いつき、京急蒲田駅で下車しても尚追いかける。

  

「お願いですレッスンしてください!」
「俺考える頭はちゃんとありますから!」
「考える頭あるなら全部自分でおやりなさい」
「自分の声は武器だと思っています。だからもっと歌上手くなりたいんです!」
「上手く歌おう、なんて言うこと自体が信じられない。俺は関わりたく無いね」
「待ってください、あと6日何をすれば良いんですか」
「だから自分でやれば良いでしょう。YouTubeのライヴ配信なんですよね?親戚に聴かせる程度の出来にはなっていますから、俺は関知しなくて良いですよね?」
「私はプロになりたいです!」
「ならその姿勢を見せてから俺の前に現れてください。こっちはオソプロとREI-WAのレッスンで忙しい中合間を縫って来ているんです。プロ気取りで来られては迷惑です、離れてください」

  

ついに見放された2人はJR蒲田駅西口に流れ着く。こうなったら麺だけ食べて帰ろうということになり、東京工科大学近くの名店「宮元」に入った。平日のためそこまで行列にはなっていなかったのだが、熱気に満ちているうえ店主の声がかなり大きく(菅井みたいな怖い人では無い)、聴覚過敏の人は耐えられないかもしれない。

  

受難は連鎖する。後から来た客のつけ麺の方が早く出てきたのだ。すると店員に「オーダー伺ってもいいですか?」と聞かれた。そういえば食券を出した時も麺の量を聞かれなかったし、オーダー自体が通っていなかった模様である。もしかしたら特製トッピングの有無で扱いの差があるのかもしれないが、決して気持ち良くはない運用である。

  

気を取り直して麺を味わってみる。確かに煮干しの味が濃い。しかし濃すぎて飽きてしまうタテル。濃い煮干しを前に、チャーシューも玉ねぎも柚子皮も山椒も無力であった。酢を入れるとさっぱりはするがそれでも重たい。出汁割り用スープで少し薄めて食べるのが正解のようである。

  

「何か虚しいな。このまま終わりなのかな」
「タテルくん、そんなの嫌だ。絶対に嫌」
「俺も悔しいよ。せっかく歌を究められると思ったのに」
「合宿所戻って、菅井先生を見返すくらいの歌うたえるようになろう」

  

蒲田駅に戻ると、何故か菅井が座っていた。2人を見ても反応は無かったが、タテルと京子が自ら話しかけに行く。
「菅井先生、私はもっと洗練された声を手に入れたいです。綺麗なだけでなく逞しさのある高音を出せるようになりたいです。あと早口の箇所でも崩れないリズム感を養いたいです」
「…」
「センチメンタル・ジャーニーの歌詞しっかり読み込みました。可愛らしい曲だと思っていましたが、思春期の女の子の揺れ動く恋心を描いた曲だとわかり、この揺れ動く様をどう歌い上げるか模索したいと思います」
「…初めからそう言いなさいよ。これくらい具体的に考えて初めて歌というものは歌えるの。わかったならすぐやるぞ」
「はい!」

  

菅井と共に合宿所に戻った2人。早速レッスンが始まる。
「タテル殿、今出してくれた高音単調なの、わかるよな」
「はい」
「体は楽器なんだぜ。こうやって全身を使って出してみ」
「アーアーアアアー…」
「そうそう。初めのうちはこれだけ大袈裟にやりなさい」

  

〽︎読み捨てられる雑誌のように…
「良くはなった。でもまだおセンチじゃないわね」
「そうですよね…」
「あなた女優もやるんでしょ?女優だったらこのセリフどう言う?」
「読み捨てられる雑誌のように…」
「でしょ。それを歌にすると?」
「読み捨てられる…」
「違うな。まだちょっと上手く歌おうとしている。まずは大袈裟でもいいから演技して歌いなさい」
「はい!」

  

その後2人は約8時間、長い休憩無しで練習を重ねた。

  

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