連続百名店小説『瞳の中のセンター』㊇後悔した2022(弘法屋/池下)

今でこそ綱の手引き坂46の特別アンバサダーを務めるタテル(25)だが、そんな彼が初めて本気で推したアイドルは、元NGY48の菅田アカリ(31)である。
高校時代以降のタテルの人生をいつも彩ってくれたアカリ。2人のあゆみを振り返りつつ、タテルはアカリに対して抱くある心残りを解消しようと動き出す

  

私が思いを伝えたい人、それはアーニャの事務所の先輩でもあります、元NGY48のアカリさんです。私は2013年からずっと彼女のことが大好きです。彼女がいたからこそ、僕は東大に入ることができたし、東大イクエーションに出て東大生タレントの第一歩を踏み出せました。
しかし私は浮気しました。すると私の人生に暗い影が落とされました。いなくなって初めて実感しました、やっぱり僕にはアカリがいないとダメなんだと。一度心離れておきながら生意気かもしれませんが、どうかもう一度、僕の人生を彩ってください。

  

「おめでとう、合格です」
熱のこもった愛のスピーチで30秒を完走したタテル。
「いやすごいスピーチ。これはゴング鳴らせるわけないわ」
「いつも際物ばかりだったからすごく新鮮」
「あれ?アーニャ、何か不服そう?」

  

2022年、ついに卒業発表したアカリ。さすがに最後だから、タテルも久しぶりに現場に行こうと意気込んだ。チャンスは3回。卒業記念コンサート、劇場での卒業公演、そしてアカリの飛躍のきっかけということで特別に許可が降りた握手会である。
名古屋カイジホールでの卒業コンサートはしっかりチケットを確保し、いつも通り名古屋観光を楽しんだ〆として行こうと計画していた。
だが当日、名古屋から東京にかけて台風が上陸した。東海道新幹線は午前中いっぱい運転見合わせで、再開しても混雑が激しく名古屋に向かうのは困難だった。既に買ったチケット及び乗車券は払い戻しが効き、タテルは家で家族と配信を観ることにした。

  

劇場公演は当然のことながら激戦。ファンクラブに入っていないタテルには不利があったようで、当選するわけがなかった。

  

そして握手会。その瞬間のために心血を注いでは思いを伝えきれず、東大イクエーションの力を借りてまでやってもらったこともある。なのにあろうことか申し込みを忘れてしまったのだ。ちょうどこの頃タテルは綱の手引き坂アンバサダーに就任し、脳内は完全に綱の手引き坂に支配されていた。浮気したアイドルに感けて元来の推しを蔑ろにする悪行。結局卒業発表の日を以て、生のアイドルアカリの姿は見納めとなってしまった。

  

「私納得いかないです」憤るアーニャ。「浮気しておいて今さらヨリ戻せ、なんて信じられない!」
「恋人じゃないし、いいでしょ」男性MC陣はタテルに味方する。
「私の思いはやっぱり伝わらないんだ…」

  

僕のアカリさんへの愛って、不思議なものなんです。アカリさんのどこがいいの、って人に訊かれても、パッと説明できないんです。
でもゆっくりアカリさんと向き合い言葉を綴ろうとすると、思いが溢れて仕方ないんです。このスピーチも、何度も言葉を書いては消して、変なアドリブを入れないよう練習して、真っ直ぐに伝えたいという思いで書きました。30秒では伝えきれないほどの愛を、アカリさんに対して抱いているのです。

  

「…アカリさん怒ってましたよ、タテルくん会いに来てくれなかったって」
アーニャのタレコミに驚くタテル。こんな薄情な自分でも忘れてくれなかったことを知り、タテルは嬉しさと申し訳なさで感極まりそうだった。
「会いに行きたかったんです!でも、でも…」
「まあタテルさん、熱意は伝わってますから、良かったらコネコネシート来て、もっと愛を語ってくださいよ」
「行きます!」
「隣の人もスタッフさんとは顔馴染みなんでしょ。連れてきていいよ」
「はい!ありがとうございます!」

  

入構手続きをしスタジオに入ると、女子大生らに振舞われていた「弘法屋のフルーツサラダ」が2人にも供された。
「金城学院大学のアカネです。ここのフルーツめちゃくちゃ美味しいので食べてください!」
確かに上質なフルーツ。小さく古めかしい商業施設の一角にこの店はあると聞いたが、そんな場所でいただけるとは思えないクオリティである。一方でヨーグルトはガチのマジの無糖であり、フルーツの魅力を立てるなどもなく無用の長物であった。
合わせて飲むミックスジュースは、巷のフルーツ牛乳では味わえない、果物そのものの自然な甘みに好感を持った。

  

「美味しかった。センスいいねアカネちゃん」
「ありがとうございます」
生放送はいよいよクライマックス、有名アーティストの生ライヴに突入した。
「そういえば今日のゲストって…」
「NGY48でしょ」エイジが答える。
「そんな回にスタジオ入れるなんて、運命なのかもしれない…」
「運命だよ!」聞き馴染みのある女性の声がこだました。

  

NEXT

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です