東京ラーメンストーリー外伝『生まれ変わっても、アイドルになりたい。』後編(カサブランカ片野酒類販売/関内)

人気女性アイドルグループ「綱の手引き坂46」からエースメンバーの佐藤京子(26)が卒業する。卒業コンサート当日、綱の手引き坂特別アンバサダーを務め、京子とラーメンYouTubeをやっているタテル(26)も、会場である横浜スタジアムに向かっていた。

  

アンコールが始まると、純白のドレスに身を包んで登場する京子。ファンへの手紙を読み上げる。長続きしない性格を打ち明け、中学の時入った部活を、堂々と「先輩が怖いから」と発言して即辞めたエピソードを話すとタテルは爆笑しながらも、京子らしいな、と頷いた。そんな京子が8年もの長い間グループにいてアイドルを務めてくれた。胸が熱くなるタテル。

  

同期のメンバーが集まると、感動的な手紙の後とは思えないほどしょうもない掛け合いを見せた。側から見ればちゃんとやれと言いたくなる場面だが、このグダグダこそが彼女達の日常であり、京子にとってはもうすぐ当たり前でなくなるものである。

  

客席が虹に染まると再び感動モードに包まれる。曲中、メンバーが涙ながらに花を渡す場面では、タテルは顔がぐしゃぐしゃになるほど号泣していた。

  

最後に披露したのは京子への卒業曲。これでアイドルとしての京子は本当に見納めである。ラスサビに入ると花火が上がり、京子の門出は壮大に祝われた。タテルの心は人生で一番の震えを見せた。

  

「タテルさん、この後1杯やっていきます?」同じく号泣していた大久保が話しかける。
「良いですね。余韻に浸りたいです。…京子から連絡が。もしもし、俺はいいよ。メンバーとは最後の時間だ、水入らずで過ごせ」
「水要るよ!せっかくのドレスだから一緒に写真撮ろう」
「…まあいいや行くよ、すぐ帰るからね。大久保さん、1時間くらい待ってもらえますか?」
「勿論です。そしたら俺はチゲ味噌ラーメン食べてから行きます」

  

約束通り1時間後、タテルと大久保はバー「カサブランカ片野酒類販売」の下に集合した。場所はわかっているが入口がわかりづらい。正しい入口は「コーポサンライフ太田町」と書いてある階段で、2階の奥に店がある。
「良いですねバー。人が少なくて落ち着きます」
「さすがに終演後バーにくる人はいないですよね」
「さすがタテルさん。お洒落な店ご存知で」

  

フルーツカクテルが自慢の店と踏み、ルビーグレープフルーツとフランボワーズのカクテルをオーダー。グレープフルーツの苦味とフランボワーズの種が印象的であるが、タテルにとってはただのフルーツジュースである。

  

お通しのローストビーフ。小さめながら肉の旨味が十分発揮されている。
「SKY-HI屋混んでました?」
「もう大行列です。考えることは皆同じですね」
「チゲ味噌ラーメンは京子の象徴ですからね」
「すごいですよね。タテルさん、メンバーの皆さんと一緒にいなくていいんですか?」
「俺はこれからも会えますから。中華街で買ったとっておきの中国茶だけ淹れて来ました」

  

大久保が半分飲み切らないうちにゴッドファーザーを頼んだタテル。アマレットの甘くセクシーな香りを負ぶるようなウイスキーの強さ。
「どっしりと甘美な強さ。まるで京子みたいだ」
「かっこいいですよね」
「大久保さんはどうして京子を好きに?」
「俺は滑走路時代から好きですね」
「漢字榎の下で誰も握手会に並んでなかった時代からですか⁈」
「そうです。独特の声とパフォーマンスの良さを感じて、京子は絶対人気になる、と確信していました」
「先見の明ありますね。御見逸れしました…」

  

夕飯を食べていなかったタテルは天使海老とオクラのペペロンチーノを食べる。海老は身が引き締まっていてクリーンな味。控えめな味つけが却ってクセになる。

  

併せて再びフルーツカクテルを攻め、ウォッカベースのキウイフルーツカクテル。市井のキウイにはたまに痺れる感覚があるが、こちらは群馬県産で清らか。しかしタテルにとってはやはりジュースである。

  

ここでマスターと会話するタテル。マスターは横浜スタジアムと店の間辺りに住んでいるらしく、この日もスタジアムからの音漏れが気になっていたという。
「妻が『今日希典坂のライヴなんだよ』と言ってまして」
「いえ、今日は綱の手引き坂です」
「綱の手引き坂…坂道には疎くてすみません」
「そんなもんですよ。知らなくても大丈夫です」

  

国民的アイドルには程遠い綱の手引き坂。京子の卒業により知名度はより低くなることが予想される。
「綱の手引き坂の未来、どうなんでしょう」心配する大久保。
「グループと近しい俺だからこそ言えることですが、大丈夫という保証はありません」
「やっぱそうですよね…」
「ハマスタライヴも完売とまではいかず、ファンも結構離れている。運営の動きも消極的で、新規ファンの獲得も活発でない」
「…」
「でも魅力的なメンバー揃いであることには間違いなくて。だから俺、動こうと思ってるんです。大久保さんにも協力していただきたいなあ、って」
「できることあれば勿論やりますとも」
「ありがとうございます。また今度連絡しますね」

  

連絡先を交換し、最後に頼んだのはサイドカー。ブランデーの芳香とレモンの酸味が、確とした背景の中で踊る。
「京子のセンター曲みたいな力強さがある。あぁ今日は伝説のライヴだった」
「ですよね。職人気質で1人が好きそうな京子も、気づけば皆に頼られるようになって」
「素晴らしいことですよ。こんなに格好良くて力強くて面白くて可愛いくて、一匹狼に見えるけど仲間想いで義理堅くて、時に何言ってるかわからないことあるけどやっぱ頼もしくて、バカみたいに真っ直ぐな気持ちで夢を叶える姿が素敵なアイドル、もう一生出逢えない…」

  

涙を流すタテル。
「生まれ変わってもまた、アイドルになりたいって言葉。これが一番心に響いた。低い声でおっさんっぽい一面もあったけど、誰よりも王道アイドルでいてくれた」
「ですよね…京子は最強のアイドルです」
「京子、飽きずにアイドルでいてくれてありがとう。そして、これからもよろしくな」

  

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