連続百名店小説『瞳の中のセンター』㊄夢が叶った2018(あつた蓬莱軒/熱田神宮伝馬町)

今でこそ綱の手引き坂46の特別アンバサダーを務めるタテル(25)だが、そんな彼が初めて本気で推したアイドルは、元NGY48の菅田アカリ(31)である。
高校時代以降のタテルの人生をいつも彩ってくれたアカリ。2人のあゆみを振り返りつつ、タテルはアカリに対して抱くある心残りを解消しようと動き出す。

  

生放送がスタートした。司会は神の舌をもつ敏腕プロデューサーに、POISONスリルバンビーナ田森、ジャックルビー伊東。女性MCは峰岸さうすと重村アーニャ。タテルが目をつけたのはアーニャであった。彼女もまた、アカリと同じ事務所所属のタレントであり、元FKK48メンバーである。アーニャのツテを頼ってアカリに会えないかと画策していたのである。

  

2018年に入り、タテルは再び東大イクエーションに呼ばれる。そこでまたも大笑いをとり、以降タテルはレギュラー出演者となった。握手会のためだけに西武ドームに行くなど、推し活も順調に続けていた。

  

そして例により総選挙の時期がやってきた。開催地がナゴヤドームと発表されると、地元NGYメンバーの躍進が期待された。アカリはついに1位を目指すと宣言したのだ。
とはいえタテルの推し活はマイペースで、何枚もCDを買って何票も入れるとかはしない。総選挙当日も、朝イチの新幹線で名古屋に着いたにも関わらず、昼間のライヴパートには顔を出さなかった。
では何をしていたのかというと、いつも通りモーニングを食べた後、熱田神宮を参拝していた。桶狭間の戦い前に信長が戦勝祈願をしたことで有名な神社、なんて聞くとどう考えても縁起良さそう。もちろん願うはアカリの大躍進である。

  

きよめ餅を食べながら時間調整し、昼ご飯はあつた蓬莱軒へ。参拝前に記名をしておいたから、無駄な時間なく入店することができた。

  

せっかく来たからにはひつまぶしの前に何か一品料理を、ということでチーズの天ぷら盛り合わせを注文。面白い試みではあったが、腹が膨れてしまった。

  

せっかくのひつまぶしは勿体ないことに満腹状態でいただく。その場で食べた時は確かに美味しく、あっという間になくなっているものではある。でもどこがどう美味しいかハッキリしない、良くも悪くも普通のひつまぶしである。

  

生放送は着々と進行し、いよいよお立ち台の時間がやってきた。30秒で自己アピールを思いっきりやり、合格すればスタジオに行けるというシステム。しかし順番決めのじゃんけんに負け、タテルは10番目という回ってくるか怪しい順番になってしまった。
このコーナーの進行はアーニャである。タテルの間近にあのアーニャがいる。それだけでも貴重な体験だが、主目的は想いを伝えること。他の人のアピール中もプラカードを掲げて映り込むが、酒を呷るアイドルやバラエティ班への配属争いに敗れそうだとやきもきする富士テレビの新入社員、さらには夜の営み事情を赤裸々に語るものもいて、タテルの純粋でまっすぐな想いはかき消されそうだった。

  

ひつまぶしを食べ終えたタテルは名駅に一旦戻り、やけにバス乗り継ぎ事情に詳しい係員がいる名鉄バスセンターを見に行った。そこでナゴヤドームに速く行けるバスがないかなんて尋ねたが、普通に地下鉄に乗るべきだと言われた。過去3度訪れ慣れているはずの名古屋駅の地下で迷いに迷い、ナゴヤドームへの到着はギリギリとなった。

  

到着すると、推しメン毎に席が固まっていた。周りは全員アカリのファンである。いかにも太客っぽい人が多く独特の温度感と香りがする。
この期に及んで17位以下はないだろうと思いつつも、NGY48という言葉を聞く度にアカリが呼ばれるのではないかヒヤッとする。

  

8位でも名前が呼ばれず、GOD7入りはほぼ確定した。その後も名前が呼ばれない。とうとう3位でも呼ばれなかった。つまり2位か1位である。クイズビリオネアで最終問題まで到達したかのような興奮を覚えたタテル。
共に1位争いをする松井ジュレナはNGY48のチームN。チーム名が呼ばれた時点で白黒がつく。特光が読み上げる。

  

「NGY48チーム…Y」

  

惜しくも1位とはならなかったが堂々の2位。3年前福岡でふぬけていた姿からは想像できない快挙である。ステージの端っこから始まり、GOD7に入ったら入ったで世間から醜いと蔑まれても、持ち前の愛嬌と直向きさで栄光へと駆け上がって来た。タテルはそれが堪らなく嬉しかった。

  

一方生放送は終盤を迎え、当初は回って来なさそうだった順番も、怒涛の巻きにより9番目まで到達していた。次だ、となってお立ち台に立った瞬間、アーニャは中継終了を告げる。
「ちょ待て、俺も俺も!」絶叫しヤケになるタテル。
「終わってるから!」年下であるはずのアーニャに冷たくあしらわれて台から引きずり下ろされた。
「やっぱりそうだよな、俺なんかに想いを伝える資格はないんだ」

  

2位になったアカリは完全に売れっ子ルートに入った。オールスター感謝祭では事務所の先輩鈴木なんなんらとぬるぬる対決をし、あの北川景子に応援された。コメンテーターやコラム執筆など文化人っぽい活動も益々増えていった。そして念願の写真集を出版。元々容姿をディスられることが多いから売上はそこまで伸びなかったが、アイドルとしての夢を叶えたことは事実であった。
「NGなし」で売り出されたアカリだから、過激な仕事もしばしばあった。ドッキリ番組で鼻毛を抜かれ、その鼻毛が10秒くらい晒された。これにはタテルも戸惑いを隠さなかった。自分の中では正統派アイドルだと思っていたアカリがこんなことやってる。売れることはもちろん有難いことだけど、タテルの思い描いていた売れ方とは大きく違っていた。

  

そして10月の半ば、あるアイドルが自身のブログで、アカリのことが大好きだと公言した。そのアイドルこそ、今タテルと共にラーメンYouTubeをやっている京子である。
まだ綱の手引き坂46に改名する前のえのき坂46。4月に冠番組がスタートするとタテルも偶然それを観ていた。京子の名前が連呼される様子を見て、何となく京子のことは認知していたが、このブログをきっかけに京子のことが気になってしまった。坂道グループなんて絶対推さない、と思っていたタテルの心は少しずつ揺れ始めた。

  

とはいえ一推しはアカリのままである。年末には大学の実験をサボってまで再び劇場公演を観に行った。この年に流行ったPA DUMP『U.A.E.』の振り付けをアドリブで取り入れたアカリが印象的だった。アカリの人を楽しませる力は変わることがなかった。

  

「タテル君、残念だったな。でもまた来週も来ようぜ」待ち時間に喋っていたエイジという名の男が励ます。
「来週…ですか?」
「君には確かな信念を感じる。それ大事にしよう。俺も行くから」

  

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