連続百名店小説『MOSO de BOSO! 2』②黄砂に吹かれて(食事処 池田/安房鴨川)

人気アイドルグループ「綱の手引き坂46」の特別アンバサダーを務めるタテルは、車好きで話題のメンバー・スズカと2泊3日の千葉旅行をする。約1年ぶりの房総ドライブは、前回と同じく波乱に満ちている予感で…

  

昼食に蕎麦を食べた2人だが、せっかく鴨川に来たから海鮮も食べたいと思い、安房鴨川駅への道すがらにある定食店に寄り道することにした。

  

「駐車自信ないんだよな…」不安なスズカ。
「そういえばこの前の動画でも悪戦苦闘してたよね」
「でも練習したから大丈夫です!モニター見たくなるじゃないですか。違うんです、バックミラーに頼るんですよ!」

  

意気揚々と駐車に臨むスズカではあったが、何度やっても収まりが悪い。
「あれ…全然できない」
焦るスズカ。結局駐車に10分を要してしまった。
「もう…何でいっつも負けるんだろう私」
「また落ち込んで。スズカのそういうところが皆好きなんだって」
「でもやっぱ勝ちたい…」
「そりゃそうだけど」

  

結局前には6組の待ち。席数はそこまで多くなく、回転も悪めであるため1時間近い待ちとなった。その間2人は、忘れかけていたミッションを思い出す。
「あ!全然動画回していなかった」
「ホントだ。ネズミ捕りに気を取られて忘れてたな」

  

1年前の房総旅、成り行きで開設したYouTubeチャンネル『僕たちは付き合ってるわけない』。鋸山や野島埼、誰もいない海で燥ぐ様や車内に轟くスズカの美声など盛り沢山の内容で人気を博したが、開設から2週間もしない内にチャンネルは閉鎖された。今回はグループ公式YouTube『ツナテビちゃんねる』の1企画として一回限りの復活を果たすことになっている。

  

「アクアラインのトンネルパートしか撮れてない。映えないですよね…」
「でもスズカの歌声があるから画になるよ」
「タテルさんすっごく褒めて下さる。嬉しいです」

  

待ち時間を活用し、付近の映える景色を探してみる。すると菜な畑ロードなる菜の花の名所があるとのことで行ってみる。

  

「うわぁ!めっちゃ綺麗…」
スズカは菜の花畑に駆け出す。童心にかえり無邪気にポーズを決める。
「いいね、スズカの良さが全部出てる。はぁ美しい…」
カメラを手にするタテルはスズカに首ったけであった。

  

〽︎黄砂に吹かれてきこえる歌は…
テンションの上がったスズカは人目も憚らず歌声を響かせる。居合わせた人々はスズカの美声に喝采を送る。
「何だかんだ言って元気いっぱいだよなスズカ」
「タテルさんも一緒に歌いましょうよ」
「俺はいいよ…」
「京子さんといる時は歌うのに?」
「いや、それはさ…」
「はぁ…タテルさん、最近京子さんばっかりに擦り寄っていて、私寂しいです」
「何を言うんだ。スズカのことも大好きさ」
「最初に2人きりで行動を共にしたの、私ですよね?私に何が足りなかったんですか?」
「どうしたスズカ?落ち着けよ、また寝不足か?」
「今日はばっちり寝てきた!12時間!」
「逆に寝過ぎだよ…」

  

言動が暴れ出したスズカを何とか抑えつけ、次の呼び出し、というタイミングで店に戻って来た2人。しかしここからなかなか席が空かず、漸く空いたと思ったら3組まとまって出てくるものである。2人より後に待っている人はおらず、2人が着席して間も無くふらっと通りかかった人が待ち無く入店。1時間待ったことが馬鹿らしく思えて悔しいタテルとスズカであった。

  

「私はなめろう食べたいです。タテルさんにも少しあげますね」
「なめろう初めてだな。楽しみだ。俺は金目鯛煮付けにする」

  

事前に注文を訊かれる訳でも無いため、料理が出てくるまで更に待たされる。
「タテルさん、さっきは変なこと言ってごめんなさい」
「大丈夫。怒ってないよ」
「実は最近結構悩んでて…この前ファンレターの中に私への誹謗中傷が書かれていたんです」
「けしからんな!」
「ショックすぎて、ちょっと心がポキっとなりました
「こんな素敵な女の子の何が気に食わないのかね。俺がしばいてやりたい」
「アイドルやってる以上しょうがないのかな、と思います」
「いやいや、弱気になっちゃ駄目。何も悪いことしてないんだから。それにしても座敷にいるあの男気になるな。食べる時は帽子とれよ…」

  

ああだこうだしているうちに料理がやってきた。まずはタテルの注文した金目鯛の煮付け。丸々1尾で迫力はあるし、可食部も決して少なくは無いのだが、味の染み具合がどうも良くない。穏やかな味が好きな人なら美味しくいただけるのだろうが、タテルにとってはとことん退屈であった。

  

そして初体験のなめろうを分けてもらったタテル。期待に胸を膨らませていたようだが、口に入れて暫くすると顔を歪めた。
「どうしました?」
「すごく生臭い訳では無いんだけど、何か脳が拒否反応を示す。血合いとかあるからかな」
「タテルさん生魚そんなにお好きじゃないですもんね」
「でもさすけ食堂の刺身は美味しかったからな。鯵にも当たり外れがあるのかな」

醤油と七味唐辛子をかけて食べても美味しい、ということで試してみたが、生姜の力が弱まるためかより臭みが目立ってしまう。食べるのであればそのまま食べた方が良いのだろう。

  

「スズカ、満足した?」
「私は美味しくいただきましたけど…」
「そっか…」
タテルのつれない態度のせいで何とも言えない空気に包まれる2人。
「鴨川シーワールド行く?」
「でももう2時過ぎてますよ。今から行ってもあまり楽しめない気がします」
「内房にも行きたい店あるし、現実的じゃないね。…あ、脱帽しなかった男も出てきた」
「タテルさん、いくらマナー悪いからってジロジロ見ない方がいいですよ」
「ヤバい、目が合った」

  

咄嗟に目を逸らすタテル。
「危ない危ない…スズカの言う通りだ、俺の悪い癖出ちゃった」
「気をつけてくださいね。じゃあ内房行きましょう」

  

〽︎熱くなった銀のメタリックハート
「タテルさん、低音もカッコいいですね!」
「ありがとう。ラルクはいいよな。hydeになった気分さ」
カメラを向けられひとたび歌えばすぐ楽しくなる2人。スピード違反も間の悪さも気まずさも全て忘れて、房総を暴走する。

  

「許さなねぇぞ、スズカと隣の野郎…」

  

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