連続食べログ百名店小説『nao』1st Memory:いつまでも変わらぬ愛を(納言志るこ店/鎌倉)

アイドルグループ「TTZ48」のエースメンバーだった直(享年19)。人気絶頂の最中、突如自ら命を絶ってしまった。兄でタレントの建(24)は地元鎌倉を歩きながら、直と過ごした日々を思い返す。

  

直、そっちの世界はどうだ?俺は何とかやってる。思い悩むことも多いけどね。鎌倉にも春が来て、暖かいというよりもう暑くなってきた。君のいない2度目の夏は、思ったよりすぐそこにあるようだ。

  

一周忌の法要を終え材木座海岸に繰り出した建。普段会わないような親戚が集まると、人見知りが発動して黙り込んでしまう。自分より引っ込み思案だと思っていた従兄弟でさえ初めて会う親戚と打ち解けているのに、自分は会が果てるとそそくさと別れ海に来てしまった。

  

でもそれは、直も同じであった。直も極度の引っ込み思案で、建と共に親戚の集まりでは無言を貫いていた。「建くんと直ちゃんって、おだまりコンビだね」なんて叔母に言われるくらいだった。でも2人だけの時はよく喋っていたし外にも出ていた。親を除けば、お互い唯一心を許し合える存在だった。

  

革靴を履いていたため何度も砂浜に足を取られる。ズボンの裾を汚さぬよう持ち上げながら波打ち際へと近づく。小さい頃は毎週末朝、寒くなければ直と裸足で遊んでいた海岸。そこに広がっていた、汚れのないまっさらな水平線は、今もまだそこにあった。

  

お前の大好きだった海は果てしなく広がっている。君のいる世界まで歩いて行けそうなくらいだ。でも俺は行かない。俺の自慢の妹、もっと皆に知ってもらいたいから。

  

「建!」
「なんだ母さんかよ」
「アンタの考えてることなんてお見通しだよ。人と喋るより海見てる方が好きだもんね。直といっつも遊んでいた場所だから」
「うん。なんか直に会えそうな気がするんだ」
「アンタ、本当に直のこと好きね。こんな妹おもいのお兄ちゃんがいて、直は幸せ者だね」
「いや、俺は直を守ってやれなかった…なんで直を死なせてしまったんだ!」
海に向かい叫び泣く建。
「建、そんなこと言っても直は帰ってこないわよ」
「…」

  

服を着替えるため一旦実家に戻った建。四十九日の法要以来はじめて帰ってきた。アルバムを手に、直との思い出を振り返る。
「海辺で撮った写真。この頃は俺も直も生き生きしてたなぁ。今の俺は砂浜を裸足でなんか歩けない」
「これは七五三の時の写真。直の着物姿は本当に絵になるよなぁ。成人式も見たかったよ…」
またも涙にむせぶ建。

  

「これは正月のときの写真だ。お汁粉食べたなぁ。母さんの作ってくれたお汁粉。でも直だけ違うもの食べてる」
「直は好き嫌い多かったもんね」
「そうだったなぁ。そこがまた直らしくて良かったんだ…それにしてもお汁粉、食べたくなってきた」
「えー、今から作るのは大変だよ」
「そうだよね…」
「じゃあ小町通り行こうか。お汁粉の名店があるわよ。どうせ建は鎌倉駅から帰るもんね、ちょうどいいじゃん」

  

桜シーズンの日曜ということもあり、小町通りは人で溢れ返っていた。それでも右手の些末な路地に「納言志るこ店」を見つけると、スピードスケート選手のように店内へ滑り込んでいった。
「良かった!最後の1席ゲット!」
「建、走らないの。もう大人でしょ、子供じみたことしないで」
「抜けないんだよこの習性」

  

趣のある甘味処。店名にもあるように、ここの名物はしるこである。つぶ餡の田舎しることこし餡の御膳しるこがあるが、建は前者を選択した。一方の母はつぶ餡が嫌いなためこし餡を選ぶ。
「す、す…すいませーん!」店員を呼ぼうとする建だったが反応はなかった。
「忙しいのかな…」
「アンタもっと堂々と声張りなさいよ。そんなオドオドしてたら存在感出ないよ」
「だって店員さん、声かけづらいオーラ出してるんだもん」
「何そのオーラ。アンタ本当オクテね」
注文は母が無事にこなした。

  

「母さんって本当つぶ餡嫌いだよね。何が嫌なのさ」
「皮が嫌。歯ごたえあるの好きじゃない」
「贅沢な」
「贅沢なのはどっちよ。つぶ餡とこし餡の2種類作るの、手間かかったんだからね」
「まあそうだけど…でも直よりはマシか」
「直だったらここで食べられるの、バニラアイスくらいだろうね」
「ハハッ…帰ってこないかな直」
「直のこと考える前に、自分のこと考えなさい。今度こそ公務員試験に受かってもらわないと」
「いいじゃん、思い出に浸らせてよ」
「過去も大事だけど、未来見なきゃ。私たちの老後、面倒見るのは誰?」

  

久しぶりに食べる汁粉だったが、何故か臭みを感じた。スイーツにはあるまじき臭みだった。
「ほら、やっぱこし餡の方が良いのよ。皮が臭うんでしょ?」
「わからん。でも汁粉は普通つぶ餡じゃん。あぁダメな臭いだ」
「あんまそういうこと言わないで。こっちまで臭く感じるわ」

  

「やっぱ母さんの汁粉の方が良いや。今度作ってよ」
「そうね。家で作れるなら家で作った方が安上がりだし」
「その時には、直にも作ってあげて」
「えっ?」
「あっちの世界ではきっと欲しているかもしれない。気持ちだけでいいんだ。いつまでも変わらない愛を届けてあげてほしい」
「そうね…」

  

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