連続百名店小説『老婆の診療所』CASE 8(細井/南桜井)

埼玉県越谷市まんげん台、独協学園の近くにある、新米医師の美玖とその母・由佳、祖母のタケの3世代で営むクリニック「金山診療所」。タケは凄腕の医師で理解ある患者からの信頼は厚いが、一癖も二癖もあるため評判が芳しくない。
一方、美玖の幼馴染で、国家公務員として厚生労働省で働く能勢建。彼も医者を目指していたが医学部受験に失敗し別の道を歩まざるを得なかった。

  

国道16号に出て、次に向かった先は外郭放水路。撮影スポットとして名高い「地下神殿」を見学する。齢90のタケもすいすいと階段を昇り降りする。写真に一家言のある美玖は、ソニーのα7 Ⅲを手に続々とシャッターを切り始めた。
「幻想的ね」
「フレアっていう光の輪が入るレンズ使ったんだ。ほら、こうやると虹も出せるんだ」
「あら綺麗」

  

今度はフィルムカメラを取り出す。CONTAX Aria。ボケ感が最高なんだと美玖は言う。
「若い人でもフィルムカメラ使うんだね」
「最近流行ってるんだ。温かみがあるし、何回も失敗できないから1枚1枚集中して撮影できる」
「へぇ〜、おばあちゃんもやってみようかしら」
「やってみようよ。趣味を増やせばボケ防止になるかもだし」
「やってみる。カメラに関しては美玖さんに弟子入りだね」
「やめてよ、美玖さんだなんて…」

  

見学を終え再び車を走らせる。道の駅庄和で少しばかり野菜などを購入し、もう少し北に走らせて赤い幟を掲げる邸宅に車を停める。
「お母さん、人の家だよねここ?怒られない?」
「和菓子屋なんだって」
「和菓子屋?全くわかんない」

  

引き戸を開けると、店内は開放感と清潔感に満ちていた。小さな菓子が150円前後、あんみつが340円、2人分くらいのわらび餅が600円(値段は全て訪問当時)とかなりお手頃。売り切れや早仕舞いもあり得るためタケは取り置きを頼んでいた。早々に受け取り帰路につく。

  

夕食は軽めに済ませ和菓子を戴く。この店のあんこは全体的に軽めに仕上がっている。どら焼きは生地に気泡が多数入っていて軽くできているが、それでもあんこの軽さが勝るため生地がやや悪目立ちしているようだった。

  

一方で地酒饅頭は酒がしっかり効いていて輪郭となる。あんことのバランスも取れてとても美味しい。あんみつも、寒天がグニグニとした食感で噛み締め甲斐がある。

  

「ねえ美玖、ご近所の朋美さん、また太ってたわね」
「確かに。つい半年前、ダイエットに成功したって喜んでいたのに」
「言ってあげた方がいいかな、脂肪肝の疑いあるって」
「朋美さんってうちのクリニックに来てくれてるっけ?」
「来てないわよ」
「流石にお節介すぎるよ」
「美玖、お節介とは何事よ!」不自然なほど語気を強めるタケ。
「日常会話でいきなり『あなたは病気です』なんて切り出されたら戸惑うでしょ」
「また言ってる。戸惑うとか関係ない。命の危機は警告しておかないと」
「私もそれはやり過ぎだと思う」由佳も美玖に同調した。
「由佳まで何⁈言ってあげないと大変なことになるよ!」

  

夜中。タケにこってり絞られ、ショックで眠れない美玖。ベッドを抜け出し、テレビでも観ようと思いリビングに降りていった。その途中、暗闇の台所で、タケが何故か野菜を切っていた。
「あら美玖、今お昼ご飯作ってるからね、もうちょっと待ってなさい」
包丁を持ったままタケは美玖に近づく。美玖は腰を抜かした。
「ななな、何やってんのおばあちゃん⁈」
「だからお昼作ってるって。肉、肉、肉は〜」
「夜中だよ!ボケてんの⁈」
「ええ。朋美さん、そのまま放っておくと多分こうなるわよ〜」
「脅さないでよ…」
「怖いよね。だから言ったでしょ、朋美さんに伝えてあげないとって」
「だからってドッキリかけることないでしょ」
「身を以て知ってもらわないと。脂肪肝が進行して肝硬変や肝癌になると、アンモニアなどの有害物質が体に滞留し脳にダメージを与える。その結果日時や場所がわからなくなったり判断力が低下、最終的に意識を失えば命に関わる」
「それはわかるよ」
「朋美さんはこれまで何度も痩せては太ってを繰り返した。肥満に加え、急激なダイエットでタンパク質が不足して余計に脂肪が蓄積されている可能性がある。これがNASHという疾患のメカニズムよ」
「はーい…あらお母さん、どうかした?」
「ちょっと胸が紅く腫れてて」
「ダニにでも噛まれたのかな。薬塗っておけば?」
その時タケは、何かを諦めたような表情を浮かべていた。

  

一方、自宅待機となっていた建には改めて懲戒免職の処分が下された。

  

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【季節違いのため本編に入らなかった商品の解説】

  

葛桜。外側の葛が薄めだが食感強めで面白い。あんこは軽い分ぎっしり詰めて少しでも強く存在をアピールする。

  

わらび餅。京都のもののような黒いわらび餅ではないものの、きな粉・黒蜜無しで滋味深い甘みを覚える。

  

鮎焼き(画像無し)。カステラで求肥を包んだだけの単純なお菓子だが、それぞれの要素が上質でびっくり

  

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