連続百名店小説『老婆の診療所』CASE 2(厨Sawa/せんげん台)

埼玉県越谷市まんげん台、独協学園の近くにある、新米医師の美玖とその母・由佳、祖母のタケの3世代で営むクリニック「金山診療所」。タケは凄腕の医師で理解ある患者からの信頼は厚いが、高齢で衰えが出始めており危なっかしい場面も多々あった。

  

「これやっといてくれ。終わるまで帰るんじゃねぇ」
「はい…」

  

厚生労働省に勤める国家公務員の建。美玖とは幼馴染で共に医者を目指す仲であったが医学部受験に失敗。少しでも医療に携われるようにと親に半ば強制され、官庁訪問では御託を並べて面接官の歓心を買いこの道を勝ち取った。待ち受けていたのは残業の日々。家に帰れずデスクで仮眠をとって朝を迎えることもざらである。
「医者になっていれば、自分に嘘をつくことなく悠々自適な暮らしができたはずだ。何故俺はこんなことしなきゃならないんだ…」

  

一方、望み通り医者になって日々奮闘する美玖。
「今日はどうされましたか?」
「頭が痛くて熱も出て…」
「喉やお腹は大丈夫ですか?」
「はい」
「風邪ですね。頭痛を抑える薬と…」
「美玖、また忘れてるよ。昨日何食べたか訊く!」
「でも食中毒の症状とかない…」
「ずべこべ言わず訊く!もういい、私が代わります。昨日は何食べました?」
「朝はトースト、昼は蕎麦、夜になって食べられなくなりました」
「一昨日は何食べましたか?」
「朝は(以下略)」
「3日前は…」
「その質問要ります?早く帰してください!」タケの質問攻めに苛立つ患者。

  

午前の診療が終わり、この日も母と2人でランチする美玖。電話で2部(12:45〜)を予約した洋食店「Sawa」を訪れる。シチューをかけたオムライスが有名な店のようで、美玖は若鶏のトマトシチューオムライスを選択。セットのサラダを食べながら待つ。

  

「おばあちゃん、何でいちいち3日前の食事まで聞き出そうとするんだろう。怒られるの私なのに…」
「昔からそう。質問がしつこいってGoogleマップの口コミにも書き込まれてるからね」
「治らないんだね、その癖」
「でもおばあちゃんの言うことにはちゃんと従った方が良いよ。私も散々口煩く言われたけど、後になってその意味が解るようになった」
「そうなんだ…」
「医学の道は究めても究めきれない。日々勉強。国家試験受かって医者になれただけで満足しちゃダメよ」

  

気を引き締めた美玖の元にオムライスが湯気を纏って登場。シチューは具沢山で、文字通り若々しい肉質で旨味もある若鶏、少し硬めの煮込み具合が丁度良い根菜が入っている。オムライスは卵が載っているというよりは米に溶け込んでいる。シチューがシャバシャバ系であるため、シチューとオムライスがあまり融合していないように思えた。パスタでもそうだが、洋の炭水化物は密度の濃いソースと絡めるのが正解だと美玖は考える。

  

デザートに頼んだ自家製ババロアは一転、濃厚なババロアとありがちなはずの黒蜜きな粉が融合してとても美味しかったと言う。

  

午後の診療。美玖の元に高熱を訴える患者がやって来た。
「風邪ですね。お薬出しておきます」
「はい…」
「美玖!何でもっと深く訊かないんだい!」
「これは普通の風邪だよ」
「さっきから見てたけどこの患者さん、やけにソワソワしている。何か怪しい、代わって!美玖は採血して!」

  

器用な美玖は慣れた手つきで採血を行う。その後、タケの無遠慮な質問攻めが始まる。
「仕事は忙しいのかい?」
「はい、毎晩のように残業しています。休日出勤もよく」
「眠れてないね」
「はい」
「ストレス溜まってる?」
「溜まってます」
「趣味は?」
「ツーリングと食べ歩き」
「それ以外は?」
「えっ?」
「それ以外は?隠してることあるでしょ」
「赤の他人に隠し事なんて話すわけないでしょ」
「隠さなくてもバレてますよ。その前に、あなたには一刻も早い治療が必要です。美玖、説明して」
「はい。単刀直入に申しますと、あなたは人食いバクテリアに感染しています。溶連菌がハイスピードであなたの体を蝕んでいます。今すぐ処置が必要です」
「ありがとう美玖。で、ここ数日怪我などして傷できてませんか?」
「できてないです」
「そう来たらもうこれしか無いね。あなた、昨日か一昨日あたりエッチしたでしょ」
「…何てことを訊くんだ!」
「特大級のエッチしたね。フ○○とか」
「ふざけんな!俺の尊厳傷つける気か!」
「必要な情報なんですけど。フ○○が原因でアソコに溶連菌が入りあなたの体を食いちぎっている」
「な訳ないだろ」
「じゃあどうして股間ゴソゴソしてたわけ?」
「そ、それは…痛いから」
「診断確定!今すぐ越谷病院へ搬送!」

  

デリケートゾーンに踏み込んだタケのお陰で、その後この患者は壊死が酷くなることなく一命を取り留めた。

  

「美玖、これくらい踏み込まないと駄目」
「さすがにデリカシー無さすぎるよ」
「緊急時にデリカシーとか関係ない。勇気持たないと」
「勇気…」
「躊躇う前に、命を救うことを第一に考えなさい。いいね?」
「はい!」

  

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