連続百名店小説スピンオフ『とっておきのケーキで年末年始のご挨拶2023-2024』③(シャンドワゾー/川口)

1月3日、人気アイドルグループ「綱の手引き坂46」の2期生で埼玉県出身のミクとニュウは、綱の手引き坂特別アンバサダーを務めるタテルの家を訪れる。

 

「あけましておめでとうございます!」
「おめでとう。今年もよろしくね。ニュウ、戻って来てくれて良かった」
「まだ腰痛残っていますけど、できることからコツコツやっていきたいと思います」

  

御節料理に飽きたタテルは、正月から開いていたケーキの名店「シャンドワゾー」でケーキを大量買いしていた。
「わぁすごい!」
「どんだけ買ってるんですか?食べ切れます?」
「ショウケースにあるもの殆ど全て掻っ攫った。皆でシェアすれば食べきれるさ。俺は何回も食ってるから遠慮せず食べて」

  

早速半球状のケーキを取り出すタテル。
「ミク、見覚えあるよなこれ」
「グラビアの撮影で食べたような…」
「そう。このケーキ屋で君はグラビアを撮った。俺も見てびっくりしたもん」
「私もまさかタテルさん行きつけの店とは思いませんでした。なんか嬉しいですね」
ミクも食べたことのあるこちらのケーキは紅茶のムース。勿論タテルも経験済みの味である。紅茶の味はもちろんのこと、ショコラムースも入っていて重厚。この店のケーキは全体的に味がはっきりしており、一流の味に慣れていない綱の手引き坂メンバーのような人でも美味しさを理解できる。

  

続いてショートケーキとガトーショコラフォンダン。ショートケーキは苺の味を強く感じられ、スポンジはとろっとしている。パサつきなどは一切無く、まさしく一流のショートケーキである。
ガトーショコラは酒を遠慮なく効かせており、プラリネも入っているため、他の店のチョコレートケーキでは味わえないような複雑な味の変化を楽しめる。ただ嗜好や体調の違いで酒をきつく感じてしまう人もいるため、食べる人を選ぶ一品である。

  

さらにサヴァランは完全に辛党向けの商品。クリームの味が濃いのでスイーツとしては成立しているが、標準的なサヴァラン以上にアルコールが染みており、子供、運転のある人、すぐ顔が赤くなっちゃう人は食べてはいけないレベルである。この店のケーキはアルコールを使った物が半分近くを占め、下戸には優しくないのかもしれない。
「2人ってお酒は飲むの?」
「ワイングラス1杯くらいなら飲みますね。ニュウは普通に飲みます」
「ニュウが酔っ払うとどうなるんだろう?ドラマの時みたいに泣くのか?」
「どうでしょう?実際に酔っ払ったことないので」
「清楚が売りのアイドルが酔っ払ったら問題だもんね。飲まないに越したことはない。でも今日は折角だからこれ飲んでみて」
「日本酒、ですか?」
「そう。十四代って言うレア物。日本酒初めての人でも水のように飲める」
「いただきます。うわぁ、フルーティですね」
「なんか日本酒究めたくなりますね」
「一緒に唎酒師の勉強でもしない?」
「今はちょっと…アイドル卒業後のセカンドキャリアとしてやりたいですね」

  

ケーキパーティーに戻る。フロマージュクリュはベイクドチーズケーキと謳っているが、どちらかというとレアチーズのようにフレッシュで濃厚なチーズの味わいがする。最近ローソンの生チーズケーキが大物パティシエも目を見張る進化を遂げているが、それに負けないぞという気概を感じる一品である。
「綱の手引き坂も今年は負けていられないからな。和気藹々とするのも良いけど、出るとこ出る覚悟も持っておけ」
「出るとこ出る、ですか…」
「みんなもっとテレビ出たいよな」
「出たいです。レギュラー番組欲しいです」
「私達のことをもっと皆さんに知ってもらいたいです」
「だよな。でも結局3月いっぱいまで塩漬けにされそうなんだよ、去年みたいに」
「正直嫌です」
「そりゃそうだよな。だから出るとこ出る」

  

そう言ってタテルは「ミゼラブル」を手にする。バタークリーム主体のケーキで、塩気がバターの味をこれでもかと引き立てる。レーズンがアクセントとなり最後まで美味しく戴ける。
「このケーキみたいにもっと刺激欲しいよな。VTR観て当たり障りないコメントだけする番組なんて退屈でしょ」
「退屈…と言うと失礼になりますが、出演する意義は見出せないですね」
「よく言ってくれた。君達がちゃんと輝ける場を用意してくれる番組だけに出よう。そのためにはYouTubeやTikTokの更新頻度を増やし、外仕事に結びつくようなコンテンツを提供するつもりだ。ニュウは何かやりたいことある?」
「やっぱりゲーム実況ですかね」
「アイドル界随一のゲーマーだもんね。レギュラー化しよう。ミクは?」
「寿司食べ歩きとかどうでしょう?」
「あれすごい再生回数跳ねたもんね。ミクに来てほしい寿司屋募ってみるわ」

  

続いてはフレジエとアンシエン。苺を使った定番ケーキのフレジエはムースリーヌがカッチリしており香り豊か。これまた満足度の高い1品である。
アンシエンはガトーショコラとは違い酒不使用。老若男女問わず美味しく食べられるチョコレートケーキである。
「ここのシェフはベルギーで修行したからチョコレート系が多いんだ」
「ベルギーチョコは有名ですもんね」
「俺はフランスの方が好きだけど。まあベルギー仕込みだからこそ解りやすい味に仕上がっているんだろうな」

  

クリームとナッツが載ったこちらのチョコレートケーキは、ショコラムースを包む外側のチョコに飴らしきザクザク食感の物が入っている。タテル母お気に入りの一品である(だから何だ)。

  

箱入りで1.5人分くらいのサイズがあるモワルーショコラは、オレンジリキュールの程よく薫る正統派ガトーショコラ。

  

食べ切れるか不安な場合は類似商品のショコラオランジュを試してみよう。天辺のガナッシュの出来が非常に良く、オレンジピールも入っていてやはり美味しい。
隣に置いたのはキャラメルエクレア。中のクリームは他の商品と比べるとやや味気なく感じるが、ナッツが載っているため満足感はある。

  

「綱の手引き坂による綱の手引き坂のためだけの番組も作ってもらえるよう打診している。コントやったりゲームやったり」
「MAPS×MAPSみたいな番組ですか?楽しそう、やりたいです!」
「冬元先生のコネがあれば絶対作ってもらえるも思うんだけどね。週末の深夜とか、夕方とか入れるでしょう」

  

次はモンブランを戴く。650円というお手頃価格でありながら和栗の味を確と感じられ、生クリームの質も良い。中には栗の渋皮煮も入っていて贅沢である。土台がメレンゲではなくタルト生地なので重たい気もするが、栗の味が十分出ているので互いに張り合える。

  

「ドラマはどうよ?ニュウは『トラベルドクター』で良い役やったけどさ」
「あの役はニュウそのまんまだったよね」
「そうなのかな。明里ちゃん、すっごく純粋な子で演じていて楽しかったです」
「ミクも主演ドラマの放送控えてるけど、出来栄えどう思う?」
「『老婆の診療所』ですね。良い作品になったと思います」
「ミクはクールで知的なイメージあるから、お医者さん役がピッタリはまる」
「嬉しいです。タテルさんも悪役お似合いでしたよ」
「どういうことだよそれ…」とは言いつつ嬉しそうなタテル。

  

ここで一旦夏の商品をご紹介。カップスイーツに傑作が多く、例えば「ヴェリーヌピスターシュ」はピスタチオクリームの濃厚さにさっぱりしたグレープフルーツがよく合う。この勇気ある組み合わせができるのは現時点でここか流山のレタンプリュスだけである。

  

ライチのジュレはバニラムースにより重厚感が生まれ、弱くなりがちなライチの風味もきちんと活きている。

  

アールグレイのジュレも上はさっぱり、下のミルクティームースと合わせると重厚な味に変貌する。さっぱりから重厚への移り変わり、減り張りというものを体現出来ているのが強みである。

  

タテルはソーテルヌのジュレをえらく気に入っているが、2020年を最後に見かけていないのが残念である。

  

「夏フェスやりたい?檜坂はロッキン出たけど」
「私達はやりたいと思ってます。ただ先輩方が夏お苦手なようで…」
「そこなんだよな。京子とかグミとかお歳だから」
「それ言ったらタテルさんもお歳ですけどね」
「20代後半になると恐ろしいほど体力落ちるからね。2人とも覚悟して。取り敢えず夏フェスやろう。なるべく涼しくて、綱の手引き坂の聖地に相応しい場所で」

  

ガトートロピックはトロピカルフルーツの味この店自慢のバニラの味が交互に光る。ココナッツの食感がアクセント。

  

タルトもこの店の定番商品。白桃が人気だが9月頃に行けば黄桃にも出会える。タルト生地の出来も桃の質も良いのだが、水分量の多い果実を丸ごと載せているため腹に溜まりやすい。ブルーベリータルトもブルーベリーとタルトが噛み合っていないように思える。フルーツタルトはメゾンジブレーのようにカッチリしたカスタードを挟むか、近江屋洋菓子店のようにゼリーを纏いタルト生地のアーモンド感を強くすると上手いバランスになる、というのがタテルなりの正義である。

  

一方で果実を加工し、密度を高めたタルトはこの店の強み。季節物のルバーブタルトはルバーブの酸味、ピスタチオの味香りがタルト生地と三位一体になっている。その他にもバナナタルト、アップルタルトがあり、トロピカルフルーツタルトに至っては嵩もかなりあって食べ応え満点。タテル父のお気に入りである(だから何だ)。

  

通年商品に戻ってクレームキャラメル。卵感少し強めのプリンに爽やかな生クリームが載っていて非常にバランスが良い。狭山茶のクレームブリュレはお茶の味が濃厚。ただブリュレが厚くかつ硬くなっていたため、注文を受けてから炙るシステムが理想である。てんやわんやになってしまいそうではあるが。

  

「お腹いっぱいになってきました…」
「まだ結構ありますよね。持って帰ってもいいですか?」
「もちろんいいさ。何持って帰る?」

 

「私はピンクのやつで」
「フランボワーズのケーキね。味はもちろんのこと、上に載っている粒々の食感が面白いんだ」
「楽しみです。あとシュークリームも気になります」

  

「これも美味いんだよな。シュー生地が分厚く、クリームはバニラのコクと酒によるキレがある」

  

「じゃあ私は緑色のとチョコがクルッとなっているものを」
「緑色のはピスタチオのサントノーレ。プチシューがくっついている。もう一つがバニラのムース。バニラの香りをこれでもかと楽しめるよ」

  

さらに店舗改装を機に売り出された(と思われる)焼き立てマドレーヌもプレゼント。バターがよく香り、クセのない卵の味と融合する。

  

「美味しいケーキいっぱい食べれて幸せです」
「楽しんでもらえて良かった。今年も頑張ろうな。あそうだ、2人に大事な任務があるんだ」
「任務ですか?」
「2人には埼玉県のイメージキャラクターを務めてもらう」
「イメージキャラクター⁈」
「公式のですか?」
「そう。俺が埼玉県の公務員試験の面接で『埼玉の魅力を発信したい』って主張した時に、面接官に2人の存在伝えたんだ。まさか本当に動くとは思わなかったけど」
「私達が埼玉のイメージキャラクター…できますかね?」
「埼玉を愛し埼玉に愛された2人だ。自信持ってやってほしい。それにこれもグループを大きくするための活動だ」
「やるからには一生懸命頑張ります!」
「今年こそ東京ドームと紅白返り咲き!」
「頼もしい。見とけよ檜坂、弟のカケル。今年は綱の手引き坂の年だ!」

  

—次回いよいよスタート!連続百名店小説『老婆の診療所』—

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