連続ラーメン百名店小説『東京ラーメンストーリー』3杯目(圓/八王子)

グルメすぎる芸人・TATERUと人気アイドルグループ「綱の手引き坂46」のエース・京子。
2人共25歳の同い年で、生まれも育ちも東京。ひょんなことから出会ってしまった2人の、ラーメンと共に育まれる恋の話。

  

約束の3日後。東大卒のタテルはちょうど八王子市内の高校で進路講話の仕事があった。しかし結果は大スベり。高校生は外部の人間に心開かないからだと本人は言うが、根っからの真面目さが災いして話が単調になっただけではなかろうか。

  

失意のまま煮干しラーメンの名店に辿り着く。
「にぼし…?何て読むのこの魚へんの漢字?」
「『いわし』ですよ」

  

突如として1人の女性が現れた。
「東大生なのに『鰮』読めないんですね」
「皆が皆読めるわけじゃない…ってか本当に来てるし」
3日前話しかけてきた、あの京子らしき女性だ。あの日と全く同じ出立だった。
「突然話しかけないでくださいよ、まだ4時50分ですよ」
「私待ち合わせの時間の10分前に来るタイプなので。タテルさんだってちゃんと来てるじゃないですか」
「僕は仕事が早く終わったから…そもそも僕まだ売れっ子じゃないですよ。なんで僕が東大卒なこと知ってるんですか」
「キャプテンのクミがよく渋谷の劇場に行くから教えてもらったんだ。そんなことよりまだ信じてないようですね。私、京子ですよ」
「え…でも…」
「私プライベートはすっぴんだから。めんどくさくてさ」

  

タテルは俄に信じ難かった。トップアイドルが八王子という地にしれっと現れ、特定の個人と仲良くするなんて。
スキャンダルになったらタテルに明日はない。タテルは帰ろうとした。
「待って。なんで帰るんですか。せっかく来たから楽しみましょうよ」
「いや私的な交流はマズいんじゃ…」
「大丈夫だから。付き合って。ラーメン仲間いないからさ」
2人のラーメンクエスト、始まりの扉が開く。

  

「じゃあ食券、京子さんから買ってください」
タテルはレディファーストを遂行した。2人とも慣れた手つきで、濃口を選択。
「京子さんが煮干しラーメン。いなせですねぇ」
「何ですか『いなせ』って?」
「イケてる、ってことですよ。京子さんもうちょっとモノ知ってください」
「タテルさんこそ、敬語やめてください。私たち同い年でしょ?」
「え、京子さんも25歳?」
「そうよ、9月5日生まれ。タテルくんは10月9日だよね」
「(何で知ってるの…)」
出会って15分、こうして2人は友達同士になった。

  

2人で食べる初めてのラーメン。しかしタテルは思っていたものと違かったようだ。
「ちょっと苦い。透き通っているのを期待してたんだけど…」
「煮干しとはそういうものだから。文句言わないの。ってかラーメン食べるときは無言でしょ」京子はムッとした。
苦味のある煮干しスープを前に、麺・チャーシュー・メンマ・海苔・茎わかめの5者は心を開かなかった。何もかもがバラバラに思えた。そして出会ったばかりの2人も、まだ心は通じ合っていなかった。

  

「(京子、なんで八王子まで来てこれを食べたかったのかな)」
「(タテルさん、あまり満足してなさそうだな)」
2人は無言のまま店を去り、夜の闇へと消えていった。

  

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