連続氷菓小説『アイツはゴーラーでコイツはジェラ』⑥(椛屋/梅島)

不定期連載『アイツはゴーラーでコイツはジェラ』
アイドルグループ「綱の手引き坂46」の特別アンバサダーを務めるタテル(25、俗称「コイツ」)は、メンバー随一のゴーラー(かき氷好き)・マリモ(19、俗称「アイツ」「天才」)を誘い出し、美味しい氷菓探しの旅をしている。

  

紅白落選で悲しみに暮れる綱の手引き坂の面々へ、さらに心を擦り減らすような発表があった。

  

体調不良で先月から休業していたキシホですが、回復が見込めずこの度活動辞退という運びになりました。

  

近しい関係であるはずのメンバーにとっても青天の霹靂といえる発表であった。個性が開花しているとは言い難い4期生の中ではかなりぶっ飛んでいて面白いメンバーであった。一方でお嬢様でもあり、綱の手引き坂らしい気品に満ちていた。ほんわかとした雰囲気でみんなを包んでくれた。大切なメンバーがまた1人去る悲しみは、外野には理解できないほど計り知れない。

  

「サリナに続いてキシホまで…これからが楽しみだったのに寂しいよ」
放心状態のタテルの元へ、メンバーのマリモから連絡があった。
「タテルさん、私キシホがいなくなってしまうことに人一倍責任を感じています。ご存知かとは思いますが彼女は私の学校、そして部活の後輩です。私に憧れて入ってきてくれたのに、もっと向き合えれば良かったと後悔しています。だから最後に一回だけ、キシホを連れてかき氷食べに行きたいと思っています。タテルさんも一緒に行きませんか?」
「もちろん行こうぜ。ゆっくり話そう。お店はどこにする?」
「あそこが良いんじゃないかと思っています」
「…おっ、俺も丁度ここが良いと思ってた。マリモちゃんが良いのなら決まりだね」

  

やってきたのは梅島駅。あの日と同じように、タテルは自家用車でマリモ、そしてキシホを迎える。
「足立区来るの、『ぶっ翔んでアダ地区』の撮影以来ですね」
「公開楽しみですね。私の変顔、使われてるかな…」
「私達の高校、同級生で足立区の人多かったんですよ」
「そうなんだ。2人の高校って足立区民が通ってるとは思えないくらいお洒落な女子高よね」
「コイツさん、すぐ足立区の悪口言うんだよ」
「コイツさん…?」
「わからんよね。俺がマリモちゃんのことを『アイツ』呼びしてたら、マリモちゃんが仕返ししてきて俺は『コイツ』になった」
「アハハ。素敵な関係性ですね」
「でしょ?」

  

カリブに車を止めかき氷の名店「椛屋」へ向かう。裸足族のマリモでもブーツを履くくらい寒い日ではあるが、3人掛けの席が空くのを10分強待つ羽目になった。
「さ、今日はかき氷の前に食事をして体を温めましょう。この店の冬の楽しみ方は、温かいうどんを食べてからかき氷を食らう!」
「よっ!かき氷名人の『コイツ』さん!」
「俺いつから名人になった?『アイツ』の方が100枚は上手だよ」
ボケ合う2人を微笑ましく見つめるキシホ。

  

「キシホちゃん、ここのかき氷はベースとなる氷がミルクやヨーグルトと合わさってフワッと蕩けるのが魅力だ。肝心なのはフルーツ選び。苺か金柑か、紅まどんなという蜜柑か」
「金柑って、はちみつきんかんのど飴の『きんかん』のことですよね?」
「そうだよ」
「果実で食べたことないので、食べてみたいです!」

  

各々食べたいものを注文し、タテルが全員分の支払いをPayPayで行った。その後、高尾山周辺の山地の地図が何故か貼ってある4人席に案内される。
「キシホちゃんもかき氷食べるんだ?」
「いやぁ、お2人ほどではないです。でもマリモさんには色々良い店教わりまして」
「例えばどこ行った?」
「吉祥寺で2軒ハシゴしました」
「すごい。よくマリモちゃんのペースについていけるね」
「マリモさんといると胃が拡がって、いくらでも食べられます」
「これって褒め言葉?」複雑な表情を浮かべるマリモ。
「褒め言葉っていうか、マリモがマリモであることの象徴だよね。マリモの魔力」
「魔力って…」

  

うどんがやってきた。タテルは肉汁うどんを選択。かき氷の前座という立ち位置にしては本格的な仕上がりで、つけ汁の濃さ、麺との絡みがちゃんとしている。さすがにエン座や桶川松屋のような凄さは無いものの、純粋に美味しいうどんを提供していて良い。キシホの頼んだ味噌煮込みうどんも美味しそうであった。

  

話題はいよいよキシホの活動辞退へ移る。
「いなくなっちゃうの、やっぱ残念だな。綱の手引き坂にぴったりのぶっ飛びお嬢様枠なのに」
「ぶっ飛びお嬢様枠って…」
「1期生のマオ、2期生のマナモ、3期生のマリモ、そして4期生のキシホ。このラインが素晴らしくてね」
「タテルさん…」
「キシホはセンスがある。祭りで掬った金魚に『鯛』とか『ハマチ』とか名付けたり」
「面白いよねキシホちゃん。もう大好きすぎる」
「よね。マリモちゃんがこうやって成長して大暴れするようになったから、キシホの成長も本当楽しみで…こんなこと言ってもどうにもならないけどな」

  

しんみりしたところへかき氷がやってきた。女性陣が頼んだのは金柑ヨーグルト。上に金柑の果実が載っていて、金柑ソースを別途かけながら食べる。
「上をほじって穴を開け、そこに少しずつソースを垂らすと綺麗に食べられるよ」
「ありがとうございますタテルさん。いただきます…うわっ!スッと溶けていきます!」
「でしょ?」
「金柑のソース、濃厚ですね。金柑の味がぎっしり詰まっています。すごく美味しい」
「最強ですよね。ヨーグルトソース自体も美味しくて氷と融合して」マリモも改めて絶賛する。
「金柑は大当たり。2人とも選球眼が素晴らしい」

  

一方のタテルは「ミルコキッス」なるものを注文。ミルクをかけた氷のキャンバスに生の苺、苺ソース、そしてココアパウダーで彩る。冷やされた苺は輪郭がはっきりしていて歯応えがある一方、変な酸っぱさとは無縁である。苺ソースで甘味も加わり、ココアパウダーが苺の味わいを邪魔しない程度に役割を果たす。ミルクのコクがそれらを全て受け止め、これまた完成度の高い1杯である。

  

「おい、2人とも何残してるんだ?」
「えっ、何をでしょう?」
「金柑は皮ごと食べるんだよ。皮にこそ金柑らしさがあるんだから」
「あらやだ、お恥ずかしい…」
「まああまり口にしないもんね。そうだ、俺マナモから言伝を預かっていた」
「マナモさんから、ですか?」
「マナモさん、卒業して作家先生になってもしっかり君たちのこと見てくれてるよ」

  

キシホちゃん。あなたとは接点は少ないけど、かわいい後輩のひとりであることは確かだ。悔しくてしんどいと思うけど、あなたの出した決断に間違いはない。いつかその決断が正しかったと思える日は来る。それまでは、あなたを支えてくれる人たちに身を委ねてください。
マリモちゃん。あなたのことだから責任を強く感じているかもしれないけど、そんなに気負わないで。どうにもならないことは沢山ある。誰のせいでもない。キシホちゃんを喜ばせられるように、これからの活動を頑張っていけばいいと思うよ。

  

「マナモさん…」
「ダメだ、俺も読んでいて涙が止まらない…」
「キシホちゃん、私もっと頑張るから。綱の手引き坂に所属していたということ、誇りに思ってもらえるように」
「俺ももっとグループでっかくする。もちろんキシホがいたこと、忘れないからな」
「ありがとうございます。最後のミーグリ、後悔のないようにやらせていただきます!」
「目一杯感謝を伝えてな」

  

焼き芋を土産に店を出た3人。
「ちょっと食べ過ぎたかな?体動かそうか」
「オススメの場所あります?」
「カリブの裏にバッセンあるんだ」
「100円で14球?安いですね」
「速度は中速がいいかもね。初心者がかっ飛ばすには丁度良い」

  

「アハハ!タテルさん何ですかそのへっぴり腰」
「怖いんだよ、ボール当たるんじゃないかって」
「臆病ですね、全然距離ありますよ」

  

「おっ!キシホちゃん、ホームラン級の当たり!」
「キシホちゃんの楽しそうな笑顔、久しぶりに見れた」
「その包容力があれば、どんな道でもやっていけるさ。これからも応援してるよ」

  

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