連続百名店小説『青葉の歌』最終話:世界中をつなぐ日が(らぁ麺すぎ本/青葉台)

人気アイドルグループ「綱の手引き坂46」のメンバー・サリナ(25)がグループ卒業を発表した。アイドル界随一の人柄の良さで多くの人に癒しを与えてきたサリナはある日、綱の手引き坂特別アンバサダーを務めるタテル(26)を自分の住む街に招待した。

  

「サリナ、俺からも言いたいことがある」

  

グループからの卒業を決めたサリナだが、今後の進路については明言していない。明確に芸能界を引退するとはしていないが、サリナの性格からして表舞台に出る機会は少なくなると思われた。如何わしいアジアン雑貨を持ち込んだり、共演者から天然エピソードを暴露されたりして笑いを届けてくれる場面などもう無いのだろう。でもサリナから発せられる明るさを、タテルは未だ享受したい。

  

「俺思うんだけど、サリナは黒柳徹子さんの跡を継ぐ存在なんじゃないかな」
「私が徹子さんの後継者?烏滸がましいですって」
「ほら、徹子さんがいらっしゃると空気が和むでしょ?大御所であるはずなのに、そこに緊張感というものは全く無い」

  

世の中は嫌なニュースや罵詈雑言の嵐だけど、徹子さんからそのような雰囲気は微塵も感じない。荒んだ一面が全く無い。そんな雰囲気にさせてくれる人って本当に少なくて、その貴重な1人がサリナだと思うんだ。

  

平和を愛する人。でも日和見主義じゃなくて、間違ったことに対しては毅然と立ち向かう、輪郭のはっきりした人。過ちを良くないことだとわからせつつ手を差し伸べてくれる、真の心遣いができる人。世の乱れを鎮めてくれるのはサリナ、あなたしかいない。

  

「だから、これは俺の勝手な案だけど、サリナには国際協力やってほしい。ユニセフ親善大使とか」
「やってみたい!けどどうやって?」
「タレントとして活躍しながらヴォランティアや寄付をする。ユニセフだと子供が対象だから子供の気持ちを理解する」
「子供ももちろん大好きよ!」
「もし余裕あれば留学したり、大学で政治や国際関係論とか学ぶといいのかな。言語もそこで学べるだろうし」
「留学、してみたい。かつて暮らしていたインドネシア以外にも、東南アジアやヨーロッパ、行ってみたい場所が沢山ある」
「色々な国に行って色々な景色を見てほしい。目を背けたくなる現実もあるけど、サリナの思いやりで解決できる日が来ればいいな」

  

お喋りが盛り上がっている内に日が暮れた。タテルはそろそろお暇してらぁ麺すぎ本に行こうかと思っていたが、せっかくだからサリナと一緒に食べに行くよう提案された。

  

青葉台駅から続く環状4号線に戻り北方面へ行くとすぎ本が現れた。駅からだと徒歩10分強といったところだろうか。日曜だから混雑を覚悟したが、夜ということもあってかそこまで待つことなく入れた。

  

青葉台で暮らすサリナではあるが、生まれた場所は長崎である。長崎といえば1945年8月9日を忘れてはならない。サリナも親戚から原爆の悲惨さを伝えられており、毎年8月6日・9日・15日には青空の写真と共に平和を希うブログを上げている。
「嬉しいな、タテルさんも平和を愛する人で」
「小学生の頃から世界の国々についてネットで調べたり、貧しい子供達を取材したルポを読んだり。小学校で聴いた地元のおじいさんの戦争体験は未だに頭に残っている」
「戦争体験…ちょっと聴いてみたい」
「子供たちが皆足立区から長野市に疎開した。戦時下ではあったけど善光寺参りなどのイベントもあったという。だから疎開先での生活は意外と楽しかったらしい。シラミが出た時は大変だったけど」
「楽しかった、という辺りがまたリアルなお話しだね」
「戦争が激化して長野市内も危ないとなり周辺市町村に再疎開した。そして終戦間際、長野市内は空襲を受けた」
「あら!疎開しなかったら危ないところだったね」
「ついでに言うと、疎開を取り止め東京に戻った人は東京大空襲で亡くなったという。生きるか死ぬか間一髪の時代だったんだな…」
「本当だね。何で戦争なんかするんだろう。関係のない市民を巻き添えにするのが一番許せない…」
「何を争っているのか、虚しくなるよね。だから俺は12月8日を大切にしている。大好きだったIMC48の結成日であると同時に、太平洋戦争が始まった日、そして平和を願ったジョン・レノン氏の命日でもある」
「二度と戦争を起こしてはならない!この世から全ての憎しみが消えるように、私頑張る!」
「俺も、自分にできることやろう」

  

平和を誓う2人を祝福するかのように、ラーメンがやってきた。スープは醤油の華やかさや出汁の旨味が波状攻撃を仕掛ける。一方でツルツルした麺とのバランスも良く、「スープと麺の講和条約や〜」と言いたくなるほどである。
メンマはおつまみとしても楽しめるほどクセになる味。青ネギは快活なアクセントを生む。チャーシューはかなり脂の乗ったものと赤身主体だが硬さのないもので、それぞれに違った良さがある。海老ワンタンは中華風の味つけに思え、臭みを感じにくいから素晴らしいと思った。肉ワンタンや味玉は印象が薄いが、全員が全員主張強くても疲れるし別にいいじゃないか。この1杯には多様性が詰まっている。それはまさしく理想郷である。

  

ラーメンを食べ終え、近くのローソンで温かいお茶を買う。2人は早速、レジ横の募金箱に10円玉を1枚ずつ入れた。そして駐車場で最後の会話をする。
「実は今、心理カウンセラーの勉強をしているんだ」
「いいじゃないか。サリナに一番ぴったりだと思う」
「人の心を理解できるようになる。これが平和への第一歩だと思うんです」
「そうだね。自分では良いことしてあげているつもりでも、相手にとってはただのエゴの押し付けかもしれない」
「難しいよね。だから勉強頑張ってる」
「応援してるよ。でもやっぱり、表舞台からいなくならないでほしい」
「…」
「ま、まあサリナが生きたいように生きるのが一番さ。オードリー・ヘプバーンみたいに、おばあちゃんになってからでもいいから出てきてほしい」

  

するとサリナが小さな箱を取り出した。
「はいこれ、ガムランボール」
「俺にくれるの?嬉しい!」
「本場バリの職人さんが作った純正品だよ。音色も抜群だし、癒されること間違いなし!」
「やった〜!」
「こんな喜んでくれる人初めて〜」
「ちょうど欲しかったんだ。嫌な気持ちになった時、これを振れば和む気がして」
「タテルさん、本当はずっと優しい人でいたいんでしょ」
「ん?まあそうだね…」
「苛立ってしまう自分をもどかしく思っている。本当は優しくしたいのに。大丈夫、私にはわかるよ。タテルさんはとっても思い遣りのある人だって」

  

タテルの目に再び涙が溢れる。
「サリナ、何故貴方は全部わかってくれるんだ…」
「タテルさんが私達に注いでくれた愛を知っているから…」
「俺は信じてる。サリナなら絶対みんなのことを幸せにできる。そして、この世界を平和にしてくれる」

  

その後サリナは心理カウンセラーの資格を取得すると共に、ラジオの冠番組を改めて持ちラジオスターとして活躍する。その活動の最中で国際協力の姿勢が評価され、タテルの目論見通りサリナはユニセフ親善大使に任命された。世界を飛び回り大忙しだという。

  

青葉は永遠のものではない。やがては枯葉となり木から落ちて生命を終えてしまう。それでも木には新しい青葉が茂る。青葉は次の青葉へと生命を繋ぎ、永遠の安らぎを織りなす。

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