連続百名店小説特別編『The Anniversary of Pity』(御料理辻/麻布十番)

綱の手引き坂46アンバサダーにタテルが就任して1年。本当なら祝いをする気分であるはずだが、大きな曲がり角を迎えそれどころでは無くなっていた。

  

「綱の手引き坂46、紅白落選。これはひとえに私タテルの力不足です」
「いやいや、タテルさんだけの責任じゃないです」
「私達がもっと曲の良さを理解して発信できれば良かったんです」
「曲がね…もっとキャッチーでハッピーな曲をお願いしてるのに、何か掴みどころのない歌ばかりなんだよな」

  

綱の手引き坂の曲はプロデューサー冬元が作詞し、冬元の好みで作曲者が選ばれる。だから量産型の曲ばかりで印象に残る確率は低い。
でも冬元に刃向かうことも簡単ではない。政治とか日大もそうだが、組織を変えるのが難しいことは火を見るよりも明らかである。
「綱の手引き坂を変える、と言っても変えられないもどかしさがな…」
「檜坂はカケルさんが冬元先生を捩じ伏せて大躍進ですもんね」
「俺に力が無さすぎるのか…キャプテンのグミさん、2人でこれからの綱の手引き坂について話し合いましょう」

  

翌日、麻布十番の駅に集合した2人。
「タテルくん、麻布十番の日本料理店なんて緊張するよ。もっとカジュアルな店でいいのに」
「綱の手引き坂の逆襲はここから始まる。いいか、綱の手引き坂に足りないものといえば?」
「現代用語の基礎知識」
「ボケんでええって。綱の手引き坂に足りないものは『一流を見極める力』だ」
「一流…ですか」
「希典坂、檜坂は格付けチェックで一流認定されたが、綱の手引き坂だけ何回やっても消えるよな」
「…」
「綱の手引き坂だけ世間からナメられている。これじゃ紅白どころかどのメディアからもお声がかからなくなるぞ」
「そういえばラビットにも私達だけ呼ばれてない…」
「MCが共演NGを出している。芸人かぶれのアイドルは本物の芸人に悪影響及ぼすって」
「…」

  

グミが言葉を失ったところで目的地に到着。同じく有名店のSublimeの傍に入り案内通りに奥へ行くと地下に続く階段がある。そこを降りると、ミシュラン1つ星を獲得した「御料理 辻」のお出ましである。

  

「ひっそりしてる。良い雰囲気」
「だろ。まあ一流店だからって気負わずにね、ありのままで楽しもう」

  

カウンター席に通された2人。ガタイの良い人にとっては少し狭いかもしれない。
飲み物メニューを見ると、酒は全体的に控えめなラインナップであるがワインリストはそこそこ充実していた。京子との失恋で自棄酒を繰り返していたタテルはボトルワインを頼もうとしていたが、高級店で昼から大酒というのは格好悪いと冷静に考え、生ビールから始めることにした。

  

先付は黒胡麻豆腐の柚子味噌掛け。柚子の味が月のように光り、その後黒胡麻のコクが夜闇のように広がる。

  

「アイドルとしても今年一年は渋かったよな」
「停滞感は重々感じています」
「『月と鼈が踊るmiddle of night』が俺的には最後のヒット。今年の曲は中途半端なメッセージ性の強さが目立ったし、『I am lady?』なんて何がしたかったのか」
「まあまあ、ナノちゃんも一生懸命センターやってくれたからさ」
「ナノちゃん良い子すぎるんだよな。メンバーみんなそうなんだけど、番組とか出てコメント求められた時、優等生ぶったコメントするよね」
「優等生ぶる?」
「遊び心が足りないんだよな。当たり障りないこと言ってもつまらないし目立てない。そうなると次呼んでもらえない。勿論悪目立ちも良くないけど、ひょうきん者集団である以上面白さは追求してほしい」
「ひょうきん者集団って、タテルくん私達のことそんな風に思っていたの⁈」
「そうだよ」
「あの、私達あくまでもアイドルで…」
「いいからいいから、次の料理来たよ」

  

唐津の九絵と銀杏入り蓮根餅の入った汁物。出汁の繊細さはグミには理解できなかった。
九絵は若干の海臭さがあるものの、身が良く引き締まっており食べ応えを感じた。蓮根餅は銀杏のクセが入ることにより立体的な味となる。

  

「綱の手引き坂のグループカラーは『ひょうきん』だ。希典坂にも檜坂にもない武器なんだ」
「それはそうだけど…」
「大喜利やモノボケに力を入れるアイドルグループなんて綱の手引き坂だけだからな、その魅力を大事にするんだ」
「そうだね。私達は大喜利最強アイドル!ライバルは新宿凪咲ちゃん!」
「でもまだ練習は必要だね。NIPPONグランプリに出る芸人さんのレベルには到底及んでないから」

  

造りは能登から、平目昆布締めとつぶ貝。平目はねっとりしているが、生魚を好まないタテルには良さがわからない。つぶ貝は非常にコリコリしていて楽しかったが、途中から磯の味が押し寄せ、それが苦手なタテルはおろしポン酢と山葵で以降誤魔化した。

  

続けて白子の山椒焼き。ノリは完全に鰻の蒲焼である。白子のコクにこういった調理は間違いなくよく合う。

  

「でもアーティストとしても一流でありたい」
「そりゃそうよな。それ目的で皆集まってきたわけだし」
「良い歌があてがわれれれば良いんだけど…」
「いっそのこと作っちゃう?」
「えっ?」
「作詞作曲をメンバーがやる。作曲はスズカができるかな。作詞は卒業メンだけどマナモやカゲにやってもらうのもアリかな」
「面白そう!でも冬元先生が認めてくれるか…」
「そこは掛け合ってみるしかないな。その前段階として、YouTubeでオリジナルソング作って歌って冬元先生にアピールする」
「それならやりやすいかも。TikTok使ってもいいかな、最近更新止まってるし」
「TikTokは手軽で良いコンテンツだね。使えるものはもう最大限使おう。さあ次は日本料理に於けるお楽しみコーナーだ」

  

様々なおかずの乗った八寸の時間。せいこ蟹、和牛時雨煮、月光百合根、富田林海老芋、甘海老、蝦夷鹿、芹の根と椎茸と胡桃の白和えという豪華なセットリスト。日本酒を頼み臨戦態勢を作る。
蟹は身から卵まで、ポン酢ジュレで臭みを抑えながらたっぷり堪能する。時雨煮は控えめな味つけで肉の赤身を味わう。百合根は印象が薄いが仕方ない。海老芋はとろけ具合と味の染みが絶妙でうっとりする。世のフライドポテトは全部これになってほしいくらいである。甘海老はねっとりして臭み無し。蝦夷鹿も臭みは無いが印象は薄め。白和えは具材を綺麗に纏め上げている。

  

「個性豊かなメンバーが揃っていて尚且つ一連のコースを盛り上げようという一体感がある。それに引き替え私達は、同じ方向を向けていないのかな、って思います」しみじみと語るグミ。
「わかるよそれ。東京ドーム公演以降個人仕事が目につくようになったし。ミクはアート、ナノはドラマ、スズカは神レンチャンにF1、コノは小1クイズで3000万円獲得、ナオ・ヒナ・美麗一家は俺とやったドラマ、京子はソロライヴに冠番組にドラマ」
「京子の活躍すごかったよね」
「だよな。一方で外仕事の無いメンバーもいるから、グループとしての活動は大切にしなければならない。一般の人にグループのことを知ってもらうには、グループの冠番組を大きくする必要があると思うわけよ」

  

炊き合わせは桜海老の雁擬、春菊、香茸。
「グミ、これがメイン料理だけど大丈夫?」
「あ、これがメイン?魚とか肉じゃないんだ」
「そういうこともあるからな。一つ学びが増えた」
勿論ただの雁擬ではない。豆腐が綺麗にほぐされていて引っ掛かるところがない。桜海老がふんだんに入っているので満足度も高い。
繊細な出汁に対して香茸の芳香は若干浮いた存在か。でも美味しいことに間違いは無い。

  

「これは俺の野望なんだけど、『綱の手引き坂で会いましょう』を『MAPS×MAPS』みたいな番組にしたいんだ。ゴールデンやプライム帯に進出して多くの人に観てもらう。既存の企画に加えコントや他アーティストとの歌のコラボ。これやったら絶対国民的アイドルグループになれる」
「めちゃくちゃ良いじゃん。やりたいやりたい」
「冬元先生の力あればいけそうだけどね。青君や不比等ーズに注いでいるエネルギーを分けてもらいたい」

  

そして季節の土鍋ご飯へ。牡蠣と零余子の炊き込みご飯が登場した。余計な要素は一切なく、牡蠣を楽しむために作られた御飯。華奢な体でおかわりを連発するグミ。
「タテルくん、牡蠣は好きじゃないの?」
「あまりね。俺は零余子を楽しみに来たんだ」
「この丸いやつ?」
「山芋なのにコロコロしてるのが趣深いのよ」
グミはタテルの嗜好についていけないでいた。

  

甘味は粟善哉。餡子と粟だけという思い切った組み合わせ、どうのこうの言わなくても明らかに乙である。しかし五流グミには良さが理解できないようだ。
「タテルくん、一流を理解するって難しい」
「まあそうよね。人ってどうしても他人の評価に流されるからさ、自分で一流か否か見極める力はつきにくいんだよね」
「どうやったらつく?」
「自分が一流だと思うものを信じる。一流のためには金を惜しまない。その分一流と思わないものと距離を置けばいいから」
「なるほど」
「俺だって実を言うと日本料理が苦手なんだ。でも入口としてこの店は素晴らしい。グミにとっても良い入門編になったと思うよ」

  

そして2人は綱の手引き坂まで歩いていった。
「日向坂を登れば綱の手引き坂の頂上。綱の手引き坂46はここまで登ってきた」
「こうやって見ると込み上げてくる物があります」
「しかし今は一旦降りなければならない。なぁに大丈夫、もう一回上がってくるんだ。あそこ見て見ろ、工事中のビルがある」
「工事中のビル?」
「東京の景色って目紛しく変わるよな。変化について行くのは難しい。でもついて行った暁には違った景色が広がっている。今度はどんな景色が見れるかな、なんて楽しみに今を生きるんだ」
「あの頃の勢いをもう一度…」

  

夜、数名のメンバーと土産の牡蠣ご飯を囲むグミ。時間が経つことにより牡蠣の旨味が濃くなっていた。そしてグミは来年の抱負を決めた。12月、年内最後のライヴにてそれは明言された。
「今いるメンバーでもう一回東京ドームに立つ!」

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