連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』51杯目(かめ囲/柴崎)

グルメすぎる芸人・TATERUと人気アイドルグループ「綱の手引き坂46(旧えのき坂46)」のエース・京子。2人共1997年生まれの同い年で、生まれも育ちも東京。ひょんなことから出会ってしまった2人の、ラーメンと共に育まれる恋のような話。

  

「タテルさん、何で逃げたんだろう…」
「俺達が付き合ってるとでも思ったんですかね?」
「そんなバカな…タテルさんなんか元気無さそうだった」

  

京子の心は揺れていた。タテルは間違いなく自分のことを好いていた。だから精神的支柱を失って倒れそうになっている。少し可哀想に思えてきた。
でも自分は今ドラマに夢中であり、クランクアップしたらラーメンよりも大好きなかき氷を沢山食べると決めている。タテルのことはやはり気がかりではあるが、縒りを戻す気にはなれないでいた。

  

その頃タテルは、これまたラーメンの有名店である「かめ囲」の行列に並んでいた。うどんのような手打ち麺と真四角のメンマがトレードマークの店だが、この日は限定営業で、メニューは通常とは違う「ブタマミレ」のみであった。14時を回っていたにも関わらず、並んでから着丼まで20分を要した。

  

この店は「夫婦二人三脚で営むラーメン店」という触れ込みで夕方のニュースに特集された。麺を打ちスープを作る夫、そして特徴的なメンマを仕込む妻。その関係性を間近で見たタテルはまたもや自分を卑下し始める。

  

旦那さんはラーメンに対する情熱に溢れている。だからその熱意を実らせてあげたいと支える奥さんに出逢える。
それに引き替え俺はどうだ。真っ新に生まれ変わると言ったけど、白昼夢の中、暗闇の中、大した変化のない道を歩き続けているだけだ。こんなつまらない俺のことなんか、誰も憧れやしないんだ。

  

ラーメンがやってきた。気持ちを切り替え夫婦の力を味わう体勢を作る。
極太麺ではあるが硬すぎないモチモチ感。手打ちなので襞に汁がしっかり絡む。二郎系っぽいラーメンだからジャンキーな味を想像するが、綺麗な濃さであり尖った後味とかも無い。用量も適切で食べやすい。通常のラーメンも間違いなく美味しいだろうと思える1杯であった。

  

そういえばこの夫婦、俺と同い年だった。だからもちろん京子とも同い年である。京子と2人で来ていたら、同い年カップル同士として何か得るものがあった気がする。
同じ97年生まれ同士でも、かたや番いとなって多くの人に愛されるラーメン屋を営み、かたや別れを選びカップルYouTubeを捨てた。ここに登場した同い年4人は皆立派だ、俺を除いては。
俺だけが圧倒的な不成者である。やりたいことはあっても気力が追いつかず、定年退職し生き甲斐を失った老爺のように路頭に迷う。俺は負けたんだ。このまま人知れず歳をとって、誰にも悲しまれることなく死ぬのだろう。

  

タテルが去って暫くすると、柴崎亭にいた京子もかめ囲に来店した。訪れるラーメン店の予習を欠かさない京子もまた、店主夫妻が自分と同い年であることを知っていた。
「(奥さんの「夫の美味しいラーメンを広めたい」という思い、素敵だな。私もタテルさんの面白いところ、ちゃんと広めないといけなかったのかな…)」
愛情の詰まった1杯を吸収した京子は、タテルに歩み寄ることを考え始める。

  

負のオーラが最大限まで増したタテルは、家に帰ると今まで以上に酒を呷った。コンビニで買ったウォッカやテキーラのボトル、泡盛の古酒、父が蒐集していた年代物のウイスキー、挙げ句の果てにはスピリタスまで見境なく飲み尽くした。

  

ある日の午後、仕事(白昼夢)中のタテルはやきもきしていた。紅白歌合戦の出場歌手が夕方に発表されると知ったからである。グループにとっては1年の活動の総決算となる舞台。改名デビューから4年連続、当たり前のように出場していた。一方で姉妹グループの檜坂46は昨年出場を逃していた。

  

夕方、初出場歌手記者会見の生中継が始まる。どのちゃん、古い日記のオマージュ、SEVENTY、青林檎夫人など豪華な面々が揃った後、高瀬舟アナウンサーから全出場者の発表がなされる。

  

そこに綱の手引き坂の名前は無かった。一方で檜坂は名を連ねていた。落選組にはコンプラのため不選出となった旧ジャネーノ勢、そもそもオファーを断っていそうなKing Gooや藤井聡太風もいたが、綱の手引き坂46は文字通りの「落選」であり、タテルは自責の念に駆られた。

  

檜坂を支配する実弟カケルからメッセージが届いた。ゼリガメのぬいぐるみを手にご満悦である。
「綱の手引き坂、残念だったな。ターテルくんの力不足だね。まあ来年頑張るがいいさ、檜坂には勝てないだろうケドッ」
「フレ、フレ、カケル!」カケル応援ギャルと化した檜坂メンバーが後ろで踊る。

  

「あぁもう!」タテルはこれ以上言葉を継げなかった。
この後綱の手引き坂メンバーは続々とブログを上げる。

  

この1年の努力が全て否定された気持ちだ
自分の力だけでは何も変えられなかった
悔しいよりも納得してしまう気持ちの方が大きいことがもどかしい

  

綱の手引き坂について回っていた閉塞感を打破するという大事な役割はとうとう果たせなかった。各人の発する言葉がタテルの心を体を押し潰す。いつものように酒を呷ろうとするが、体はそれを受け付けなかった。

  

次の日、タテルは体調がすぐれなかったが綱の手引き坂の現場にいた。そこにはドラマ撮影がクランクアップした京子も久しぶりに参加していた。相変わらず口を利く気になれなかった京子だが、げっそり痩せた姿を見て、タテルの体調が悪いことは見抜いていた。
「タテルさん絶対体調悪いよね」シホに話しかける京子。
「そうかな?ねぇねぇ、そんなことより私もかき氷食べに行きたい」
つれないシホ。京子の前でタテルの話をするな、という言いつけを頑なに守るが故の発言であったが、京子は知る由がなかった。
「い、いいよ…でもやっぱタテルさん体調悪いと思う」

  

その後もタテルは柱に体をぶつけたり、ゴミ箱にゴミを入れようとして外したりするなどの異変を見せた。
「(やっぱり支えてあげないと駄目なのかな…)」

  

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