連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』50杯目(柴崎亭/つつじヶ丘)

グルメすぎる芸人・TATERUと人気アイドルグループ「綱の手引き坂46(旧えのき坂46)」のエース・京子。2人共97年生まれの同い年で、生まれも育ちも東京。ひょんなことから出会ってしまった2人の、ラーメンと共に育まれる恋のような話。

  

一方の京子は調布市内でドラマ撮影に臨んでいた。演じる役は、現役アイドルがやるには刺激が強すぎる不倫女。初っ端からベッドシーンがあり、車の中でかくれてキスをしたり、男のいる浴室でシャワーを浴びたりとやりたい放題である。

  

休憩時間、京子は柴崎亭を訪れていた。つつじヶ丘駅ホーム八王子寄りの端に程近い場所にある。名前からして隣の柴崎駅が最寄りだと勘違いしやすいので注意である。ジョニー志村がタモリの物真似をし、志村けんの物真似をするのはレッツゴーよしまさであることくらいややこしい関係性である。

  

もう一つややこしいことに、京子は共演者の男性と一緒に来ていた。その男性は国民的ビッグバンド「MR.ADULTS」ヴォーカルの息子で、今注目を集める俳優である。当然人気も実力もタテルより遥か上を行く。
「ラーメン大好き京子さんがお勧めするラーメン、楽しみです」
「期待しててください、ここ本っ当に美味しいので」
「俺の家の近くにはこんなラーメン屋ないですね」
「地元どこなんですか?」
「練馬区です」
「え待って私も練馬区」
「奇遇ですね!練馬区の貫井です」
「貫井?」
「駅でいうと中村橋、富士見台ですね」
「西武池袋線だ!私も石神井なので使ってます」
「こんな偶然あるんですね」
「ついでにいうと同じグループのシホがその辺です。中村中学だから」
「可愛らしい方々が近くに住んでいるなんて思いもしなかった。世界は広いようで狭いですね」

  

今回2人が注文したのは、この店No.1人気の塩煮干しそばを、わんたん入りで。煮干しラーメンにしては非常に透き通っていて、煮干しの味などするのかという心配が付き纏う。
しかしこれこそが、煮干しラーメン史上最も煮干しらしさが出ている1杯である。今までタテルと食べてきたどの煮干しラーメンよりも煮干しを感じ、かつ雑味が一切ない。

  

麺も素晴らしい。煮干しの香り旨味が麺にちゃんと纏わりついて入ってくる。繊細なスープに合わさる麺など無いように思えたが、ここまで融合しているとは恐れ入る。雲呑こそ相対的に印象は弱まるが、これが煮干しそばの理想形である。捨てられた途端に理想形を見つけ出されるとは、タテルにとって何とも皮肉な話である。

  

そんなタテルは、つつじヶ丘駅に辿り着くと何故か体がむずむずしていた。背中を掻くと足首が痒くなり、そこを掻くと今度は二の腕の辺りが痒くなる。元来乾燥肌ではあるが、それだけでは説明がつかないような異変を感じていた。

  

懲りずに柴崎亭に並ぼうとするタテル。その時、店内から京子の声がした。何故こんなところにいるのか。でも漸く話せるチャンスだ、無視されないといいけど、などと考え目を遣ると、隣に男がいることに気づいてしまった。因みにタテルはこの時点で、京子がドラマに出ることを知らない。

  

え…もしかしてもう新しい恋人?

  

タテルは悲しかった。自分のことなど京子の眼中には最早無い。京子は野心に満ちた新しいパートナーと手を繋いで遠い世界へ行く。自分の非力さと熱意の無さを改めて実感し、いっそ死んで生まれ変わろうとまで考えていた。

  

「京子さん、他に好きな食べ物あるんですか?」
「最近は生牡蠣とかかき氷の方が好きだな。ラーメンも良いんだけど、太っちゃうからあまり食べたくない」

  

この会話がタテルに追い討ちをかけた。今まであれだけラーメン動画を一緒にやってきたのに、その思い出が全否定されたように聞こえた。

  

「タテルさん?」
他人行儀な京子の呼び掛けを無視して、タテルは柴崎方面へ号泣しながら遁走した。声は間違いなく聞こえていたはずだが敢えて無視した。もう京子との恋は終わった。ここで振り返って2人の前に現れたら、新しい恋の邪魔になる。だからもう振り返らない。
甲州街道に出てまだ暫く走ると、涙は枯れ果て、もぬけの殻となり立ち尽くした。

  

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