連続百名店小説『nao』to the future:世界中の誰よりきっと(DADA/鎌倉)

この店は現在閉店しております。

  

アイドルグループ「TTZ48」のエースメンバーだった直(享年19)。人気絶頂の最中、突如自ら命を絶ってしまった。兄でタレントの建(25)は地元鎌倉を歩きながら、直と過ごした日々を思い返す。

  

建は暗闇の世界に放り出された。
「直…直はどこにいるんだ⁈」
歩いても歩いても、そこには誰もいない。おだまりコンビの絆を以てしても、互いの姿を確認することはできなかった。それでも歩き続けると、ようやく直の声だけが聞こえた。
「直!今行くからな!」
「お兄ちゃん、来ないで!」
「えっ?」
「帰って!お兄ちゃんはここにいちゃダメ!」
「直、俺悲しいよ。もういいじゃん一緒にいたって…」
「ダメ!この世界、お兄ちゃんには早い!」

  

「冷たいな、直…」
「建!アンタ何やってんのよ!」
「…?」
「どうして海なんかに飛び込むの!命知らずもいいとこよ!」
「俺…生きてるの?」
「生きてるよ!建までいなくなるなんて嫌だから!」
泣き叫ぶ母。建はようやく、自分がまだこの世にいることを認識した。
「建さん、心臓止まってましたからね。ひとまず蘇生して良かった。まだ予断は許さない状況ですから、しばらく入院が必要です」
「先生、ありがとうございました…」

  

その後建は、脳に障害を負うこともなく順調に回復していった。無事退院を迎え、実家に戻った。
「直に止められたんだ。こっち来るなって」
「しっかりしてよ建。何の話?」
「たぶん臨死体験ってやつだな。三途の川を渡るみたいな」父が補足する。
「俺本当に死の一歩手前まで来てたんだ…」
「よく生き返れたよね。あんな長い時間溺れていて回復することは普通ないって」
「その分厚い脂肪のおかげだね」
「やめてよ。人より体が頑丈だから!」

  

「それにしても建、公務員試験は大丈夫なの?」母は相変わらず口うるさい。
「受けるよ。受けるさ。でも…」
「まあいいんじゃないか。建のやりたいことやらせてあげても」
「何よやりたいことって」
「誰よりも誇れること見つけたんだ。俺、グルメタレントになりたい!」
「グルメタレント?石ちゃんとか彦摩呂さんとか、ごまんといるわよ」
「いや、俺はその類ではない。全国の美味しい店を自分で探して出向き、様々な美食に触れ、自分の言葉でその魅力を思う存分語りたい。そしてより多くの人に食の楽しさを伝えたい」
「そうか。いい心構えだと思う。頑張りなさい、後悔だけはするな」

  

その後東京に戻った建は、「直の兄」であることをなるべく表に出さず、グルメな一面を強調するようになった。グルメ専門のブログを開設すると人気はうなぎのぼりとなり、テレビ番組の出演も増えた。空いていた渡部建の枠に入り込むように、渡邉建は一流グルメタレントの仲間入りを果たしたのである。

  

人見知りの性格も徐々にではあるが変わり始めた。シェフと会話することが増え、建の食に真摯に向き合う姿勢は料理人の間でも評判を呼んだ。ここまでくるとシェフから特別料理を振る舞われるなど好待遇を受けることも多いというが、建はあくまでも普通の客で料理を味わいたいとそれを拒む。頑固な気質はまだ変わっていないようだ。

  

ある日、建はふとソニー損保のCMに目を遣った。
「めちゃくちゃ可愛いなこの子。あれ?直にそっくりだ…」
気になった建はすぐさま検索した。
「日向坂46の小坂菜緒ちゃんか。ナオ…直とおんなじ名前じゃん…」
大阪出身で関西弁の抜けきっていない子ではあるが、それ以外の特徴はことごとく直に似ている。幼少期は活発だったけど後に引っ込み思案になり、そんな自分を変えたくてアイドルになった。そしたらセンターを張るエースに抜擢され、人気を集めるも心身共に疲れ果て半年ほど休んだ後、東京ドームの舞台に立ったところまでは全く同じだった。でも菜緒の方は今もこの世界にいる。

  

「そういえばこのハンカチ…」
あの日えのすいでおじさんにもらったハンカチは、白とすみれ色のストライプであった。この2色は菜緒のサイリウムカラーである。
「これは運命だ。こさかなに会いたい」
直がいなくなり止まっていた時計が、再び動き出そうとしている。気づけばミーグリの券を10枚も買っていた。

  

「こんにちは!」
「はじめまして菜緒ちゃん、タレントの渡邉建です。僕の亡くなった妹にあまりにも似ていて、思わず来ちゃいました」
「もしかして、TTZ48の渡邉直さんのお兄さん?」
「そうです!」
「めっちゃ好きでした直さん、だから嬉しいですお兄さんに逢えて…」
「俺も嬉しい…」涙を浮かべる建。菜緒も、次に待つ人のことを考え抑えていたと思うが、目には光るものがあった。
「直さんの分まで、私も頑張ります!」
「ずっと応援してるね。頑張りすぎないで、弱音吐いてもいいから」

  

それ以来建は日向坂46のファンになった。ファンとは言っても、建も売れっ子タレントになったから、番組での共演も少しはある。その度に建は菜緒のことを、適度に距離感をとりつつ気にかける。

  

n年後、菜緒の卒業セレモニー。建はいちファンとしてコメントを寄せた。

  

最初見た時、菜緒ちゃんって俺の妹・元TTZ48の渡邉直にそっくりだなと思って。それ以来菜緒ちゃんのことが気になりすぎて応援させていただきました。
菜緒ちゃんは自分を出すことは苦手かもしれませんが、内に秘めた情熱はすごい子。持ち前の可愛さと優しさで僕たちを勇気づけてくれました。私情を挟むなと言われるかもしれませんが、渡邉直が志半ばで成し遂げられなかったことを、菜緒がやり遂げてくれました。感謝しかありません。今後の進路がどうであれ、俺は菜緒を一生応援し続けます。卒業おめでとう。

  

それから1ヶ月後の春、建の一家は菜緒を鎌倉の家に招待した。直に挨拶を済ませた菜緒は、建と共にいつもの海へ繰り出す。
「ここがいつも直と遊んでいた海岸。波打ち際走ったり砂に絵描いたりして楽しんでたんだ」
「めっちゃ素敵ですね。この鎌倉の海が、優しい直さんを育んだのか…」
「直は汚れの取り除かれた水平線の先にいると思ってます。一度行ってみたんですけど、やはり俺には早いな、って」
「それどういうことですか?」
「俺一度死にかけたんですこの海で。普通なら死ぬところを救われた。多分直が『まだ生きろ』って言ってくれたんだと思う」
「何て素敵なお話…」感涙する菜緒。

  

昼は家の庭でバーベキューを楽しんだ。菜緒も大好きだと言う陣内智則のネタDVDを観て、夕食は鶴岡八幡宮近くのピッツェリア「dada」に行った。

  

「綺麗ですね夜桜。まさかここで桜を見れるとは」
「いいでしょ鎌倉」
「良かったらまた来てくださいな。建もたまには帰って来てよ」
「ごめん、忙しくなっちゃったから。タレント業もそうなんだけど、誹謗中傷に苦しむ人のため講演会とか署名活動とかもやってるんだ。直みたいな苦しみ、もう誰にもしてほしくないから」
「建さんって本当に妹おもいですね」
「昔からそうなの。おだまりコンビの絆は最強だって、建が言い張るの」
「おだまりコンビ?」
「建も直も家族以外と喋らないから、親戚にそう呼ばれてた」
「そうそう、その分お互い愛が強い」
「もうちょっと早く社交的になってほしかったけど」
「いいことじゃないですか。私も人見知りですし。建さんも直さんも、本当にお優しい方ですよ」

  

しらすのピッツァがやってきた。
「菜緒ちゃん、せっかく湘南に来たんだから食べて」
「菜緒、集合体嫌い」建の耳元で囁く菜緒。
「菜緒はトライポフォビアなんだ。キャビアとかもダメ」
「でも食べてみます。せっかくおすすめいただいたので…ん!美味しい!」
「しらすがガーリックの味を纏っていて旨味が引き出されている。チーズのコクともよく融合している。ビールに合うねこれ」

  

「素晴らしいお店ご紹介いただいて、ありがとうございました」
「こちらこそ遠路はるばるお越しいただいて感謝感激です。最後、鶴岡八幡宮見ていきます?」
「はい!」

  

「初めてだな、夜の鶴岡八幡宮」
黄緑色に光る社殿へ階段を上っていく。近づくにつれその色は水色へと変わっていった。

  

「建、菜緒ちゃん、見て!大通りの夜景、綺麗だよ!」
「わぁ!めっちゃエモい」声を揃える建と菜緒。
「泣きそうです建さん」
「泣いていいさ。感動したら泣く、それが人間ってもんさ」

  

「星空も綺麗よ。あれ多分オリオン座」
「ホントだ!」またも声を揃えた建と菜緒。
「菜緒ちゃん、本当に直みたい。お似合いね」
「いやいやお似合いだなんて。でも菜緒と出逢えて俺は幸せだ」
「私もです」
「ありがとう、菜緒」

  

直、八幡宮から延びる光の道は、お前の大好きないつもの海へと続いている。直のいる世界まで歩いて行けそうなくらいだ。でも俺は行かない。使命を果たすための居場所を見つけたから。直の魂は、この世の多くの人に宿り続ける。これから生まれくる人々の心にも伝えていきたい。俺はまだこの世で頑張るから、応援してくれよな。
そして、お前の意志を継ぐ、お前にそっくりな子を見つけた。お前と同じく、とても優しい子だ。いいよな託して。もちろんお前のこともずっと愛してる。おだまりコンビの絆は、世界中の誰よりも強く永遠だ。いつまでも変わらぬ愛を、ここに誓う。

  

—完—

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です